第50話 最強の恋敵 (side エリオット)
げっそりとした三男を傍目に、家族会議は続きアイリスの養女縁組の案件へと移っていた。
「近日中に、アイリス一家をアルヴェリア家に迎え入れる、正式な手続きを開始します」
エリオットは改めてそう宣言し、手元の書類へ視線を落とした。
この件については今さら説明するまでもない。父レオンハルトも、兄アレクシスも、姉ルミエラもとっくに承知している。むしろ全員に「早くしろ早くしろ」と突かれていた。最も熱のある案件だ。
反対意見など出るはずがない。今日は手続きの日程や今後の段取りを確認する場だ。だからこそ、アレクシスがゆっくりと手を上げた時、エリオットは首を傾げた。
(兄様?)
「別に、養女縁組をしなくてもいいんじゃないか?」
「……は? 今更何を言ってるんですか、兄様?」
言葉の意味が分からなかった。流石に怒りを覚え、兄を睨んでしまう。
アイリスを守るため、アルヴェリア家の庇護下に置く。その為には養女が一番自然だ。それは、全員が認め決めたはずだ。
「いや、アイリスを家族に迎えることは絶対だ」
アレクシスは落ち着いた声音で続ける。
「私が言いたいのは、その手段についてだ」
「手段?」
ますます意味が分からず、怪訝な顔をするエリオットを見ながら、兄は淡々と言った。
「アイリスは十六歳だ、結婚できる年齢でもある」
(それが何?)
少々苛立ち始めたエリオットに、アレクシスはごく自然に続けた。
「だから、私がアイリスを妻に迎える」
数秒。エリオットの思考は完全に停止した。
会議室の空気が固まる。
そして――。
「…………は? はああぁ!?」
ようやく出た彼の声は、間の抜けたものだった。
「私が妻に迎えれば養女にする必要はない。アルヴェリア家の一員となり、家族になる」
「…………!?」
「何か問題があるか?」
「あ、ありますよ!? だめです、そんなの!」
エリオットは思わず立ち上がった。椅子が大きな音を立てる。
「な、何を言ってるの、兄様!?」
「私は本気だ、エリオット」
即答だった、冗談ではない。あまりにも真剣な表情だった。
「い、いやいや! それはだめです!」
「何故だ? アイリスを家族に迎え入れる事。それは同じ事ではないか」
(……ま、まさか?……嘘でしょ?……女性嫌いな兄様が!?)
エリオットは言葉を失う。そして彼はようやく気付いた。そんな発想をしたことすらなかった。
「エリオット、お前も本心を言え。でなければ、私は引かん」
「に、兄様……」
鋭く紅玉の瞳に貫かれ、エリオットは震える声で呟く。
真っ直ぐな兄だから、救ってくれた少女に感謝し、大切にしているのだと思い込んでいた――だが、違っていた。その感情はもっと強く、もっと深い。
(兄様は……アイリスの事を……)
愛する兄が。尊敬する兄が。信頼している家族が――自分と同じ女性を、愛していた。
会議室に長い静寂が流れる。
「……僕は、引かない絶対に」
兄が、”焔冠の麗君”が、最強の恋敵として彼の前に立った。その事実に体が震える。だが、彼はそれでも続けた。
「僕はアイリスを愛しています」
ブルームーンの夜に出会った日から。彼女が光をくれたあの日から。
「二年後に、僕が彼女と結婚します」
エリオットは兄に、真っ直ぐ言い放った。その言葉を聞き届け、目を瞑るアレクシス。
再び――長い、長い静寂が訪れた。
「……そうか、分かった」
長い沈黙の末、兄は静かに息を吐く。
「彼女を見つけ、この城へ連れて来たのはお前だ。そして私を救ってくれた」
そして僅かに微笑んだ、どこか寂しげに。
「大恩と、弟を想う兄として、今回は引こう」
その言葉に一瞬だけ安堵が生まれる。
「だが勘違いするな、彼女を諦めたわけでない」
紅玉の瞳が再び弟を射抜いた。
「お前がアイリスに相応しくないと判断したら……分かってるな? 私は迷わず奪う」
静かな言葉だが、それは剣より鋭かった。一人の男としての宣言だった。
「その時は来ません、僕が誰より彼女を幸せにします」
だが、エリオットもまた視線を逸らさなかった。黄金と紅玉の視線がぶつかり合う。互いを尊敬し、互いを大切に思っている兄弟は、それでも――彼女だけは譲れない。
家族会議の空気は重かった。
アレクシスとエリオット。互いに譲れぬ想いを抱えながら静かに向き合っている。
そんな緊張感に満ちた空気の中――。
「二人とも駄目ね、アイリスとの結婚は認めないわ」
深い溜息と共に、気の抜けるような声が割り込んだ。
「えっ!?」
「なっ……!?」
兄弟が同時に振り向くそこには、長い銀髪を机の上に広げながら、眠たげな虹色の瞳を瞬かせ頬杖をついていた姉、ルミエラがいた。
「養女縁組には賛成したわ。でも結婚は絶対に許さない」
「な、何故ですか姉様!?」
「理由を聞こう」
エリオットとアレクシスが同時に問い返す。するとルミエラは小さくため息を吐き、呆れたように首を振った。
「今の会話、二人とも自分のことしか考えていないじゃない」
「……っ!?」
その一言に兄弟の肩がぴくりと震える。だが、ルミエラは容赦がなかった。
「アイリスの気持ちを考えた言葉は何一つなかったわ。本人がどう思うかを全く考えていない」
「そ、それは……」
「勝手に娶る、勝手に待たせる、随分と貴族らしくなったわね。女の二年は貴重なのよ?」
反論しかけた二人だが、言葉が続かない。それは図星だったからだ。
アイリスを大切に思う気持ちは本物だ。だが想いが強すぎるあまり、自分自身の願望が先立っていた事は否定できない。
虹色の宝石がそんな兄弟をじっと見つめる。
「貴方達はアイリスの事を真剣に考えているの? 考えてるふりでしょう? 彼女は物じゃないのよ?」
「い、いや、違うっ!」
静かで鋭い、問い詰める声だった。
「自分本位。自己中心。独善主義。 そんな傲慢な男達に、可愛い妹を任せられないわ」
エリオットは思わず目を伏せ、アレクシスも眉間を押さえた。二人とも反論できない、何も言えない。
――完全なる正論だった。
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