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勘当された泥まみれ令嬢は、公爵家に愛でられる  作者: 霞灯里
第8章 もう一つの家族

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第50話 最強の恋敵 (side エリオット)

 げっそりとした三男を傍目(はため)に、家族会議は続きアイリスの養女縁組(ようじょえんぐみ)の案件へと移っていた。


「近日中に、アイリス一家をアルヴェリア家に迎え入れる、正式な手続きを開始します」


 エリオットは改めてそう宣言し、手元の書類へ視線を落とした。


 この件については今さら説明するまでもない。父レオンハルトも、兄アレクシスも、姉ルミエラもとっくに承知している。むしろ全員に「早くしろ早くしろ」と突かれていた。最も熱のある案件だ。


 反対意見など出るはずがない。今日は手続きの日程や今後の段取りを確認する場だ。だからこそ、アレクシスがゆっくりと手を上げた時、エリオットは首を傾げた。


(兄様?)


「別に、養女縁組をしなくてもいいんじゃないか?」

「……は? 今更何を言ってるんですか、兄様?」


 言葉の意味が分からなかった。流石(さすが)に怒りを覚え、兄を睨んでしまう。


 アイリスを守るため、アルヴェリア家の庇護下(ひごか)に置く。その為には養女が一番自然だ。それは、全員が認め決めたはずだ。


「いや、アイリスを家族に迎えることは絶対だ」


 アレクシスは落ち着いた声音で続ける。


「私が言いたいのは、その手段についてだ」

「手段?」


 ますます意味が分からず、怪訝(けげん)な顔をするエリオットを見ながら、兄は淡々と言った。


「アイリスは十六歳だ、結婚できる年齢でもある」


(それが何?)


 少々苛立(いらだ)ち始めたエリオットに、アレクシスはごく自然に続けた。


「だから、私がアイリスを妻に迎える」


 数秒。エリオットの思考は完全に停止した。


 会議室の空気が固まる。


 そして――。


「…………は? はああぁ!?」


 ようやく出た彼の声は、間の抜けたものだった。


「私が妻に迎えれば養女にする必要はない。アルヴェリア家の一員となり、家族になる」

「…………!?」


「何か問題があるか?」

「あ、ありますよ!? だめです、そんなの!」


 エリオットは思わず立ち上がった。椅子が大きな音を立てる。


「な、何を言ってるの、兄様!?」

「私は本気だ、エリオット」


 即答だった、冗談ではない。あまりにも真剣な表情だった。


「い、いやいや! それはだめです!」

「何故だ? アイリスを家族に迎え入れる事。それは同じ事ではないか」


(……ま、まさか?……嘘でしょ?……女性嫌いな兄様が!?)


 エリオットは言葉を失う。そして彼はようやく気付いた。そんな発想をしたことすらなかった。


「エリオット、お前も本心を言え。でなければ、私は引かん」

「に、兄様……」


 鋭く紅玉の瞳に貫かれ、エリオットは震える声で呟く。


 真っ直ぐな兄だから、救ってくれた少女に感謝し、大切にしているのだと思い込んでいた――だが、違っていた。その感情はもっと強く、もっと深い。


(兄様は……アイリスの事を……)


 愛する兄が。尊敬する兄が。信頼している家族が――自分と同じ女性を、愛していた。


 会議室に長い静寂が流れる。


「……僕は、引かない絶対に」


 兄が、”焔冠(えんかん)麗君(れいくん)”が、最強の恋敵(こいがたき)として彼の前に立った。その事実に体が震える。だが、彼はそれでも続けた。


「僕はアイリスを愛しています」


 ブルームーンの夜に出会った日から。彼女が光をくれたあの日から。


「二年後に、僕が彼女と結婚します」


 エリオットは兄に、真っ直ぐ言い放った。その言葉を聞き届け、目を(つむ)るアレクシス。


 再び――長い、長い静寂が訪れた。


「……そうか、分かった」


 長い沈黙の末、兄は静かに息を吐く。


「彼女を見つけ、この城へ連れて来たのはお前だ。そして私を救ってくれた」


 そして僅かに微笑んだ、どこか寂しげに。


大恩(だいおん)と、弟を想う兄として、今回は引こう」


 その言葉に一瞬だけ安堵が生まれる。


「だが勘違いするな、彼女を諦めたわけでない」


 紅玉の瞳が再び弟を射抜いた。


「お前がアイリスに相応しくないと判断したら……分かってるな? 私は迷わず奪う」


 静かな言葉だが、それは剣より鋭かった。一人の男としての宣言だった。


「その時は来ません、僕が誰より彼女を幸せにします」


 だが、エリオットもまた視線を逸らさなかった。黄金と紅玉の視線がぶつかり合う。互いを尊敬し、互いを大切に思っている兄弟は、それでも――彼女だけは譲れない。


 家族会議の空気は重かった。


 アレクシスとエリオット。互いに譲れぬ想いを抱えながら静かに向き合っている。


 そんな緊張感に満ちた空気の中――。


「二人とも駄目ね、アイリスとの結婚は認めないわ」


 深い溜息と共に、気の抜けるような声が割り込んだ。


「えっ!?」

「なっ……!?」


 兄弟が同時に振り向くそこには、長い銀髪を机の上に広げながら、眠たげな虹色の瞳を瞬かせ頬杖をついていた姉、ルミエラがいた。


「養女縁組には賛成したわ。でも結婚は絶対に許さない」

「な、何故ですか姉様!?」

「理由を聞こう」


 エリオットとアレクシスが同時に問い返す。するとルミエラは小さくため息を吐き、呆れたように首を振った。


「今の会話、二人とも自分のことしか考えていないじゃない」

「……っ!?」


 その一言に兄弟の肩がぴくりと震える。だが、ルミエラは容赦がなかった。


「アイリスの気持ちを考えた言葉は何一つなかったわ。本人がどう思うかを全く考えていない」

「そ、それは……」


「勝手に(めと)る、勝手に待たせる、随分と貴族らしくなったわね。女の二年は貴重なのよ?」


 反論しかけた二人だが、言葉が続かない。それは図星だったからだ。


 アイリスを大切に思う気持ちは本物だ。だが想いが強すぎるあまり、自分自身の願望が先立っていた事は否定できない。


 虹色の宝石がそんな兄弟をじっと見つめる。


「貴方達はアイリスの事を真剣に考えているの? 考えてるふりでしょう? 彼女は物じゃないのよ?」

「い、いや、違うっ!」


 静かで鋭い、問い詰める声だった。


「自分本位。自己中心。独善主義。 そんな傲慢(ごうまん)な男達に、可愛い妹を任せられないわ」


 エリオットは思わず目を伏せ、アレクシスも眉間を押さえた。二人とも反論できない、何も言えない。


 ――完全なる正論だった。

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