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勘当された泥まみれ令嬢は、公爵家に愛でられる  作者: 霞灯里
第8章 もう一つの家族

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第49話 新生アルヴェリア家 家族会議 (side エリオット)

 アイリスが養女縁組の話を聞いて突然の人生の転機に慌てていた、その頃。


 アルヴェリア城の長い廊下を、エリオットは上機嫌で歩いていた。磨き上げられた大理石の床に靴音が軽やかに響き、窓から差し込む午後の日差しが白銀の髪を照らしている。


 彼の頭の中は、一人の少女のことで一杯だった。


(やっとだ)


 自然と口元が緩む。


(やっと、アイリスを正式にアルヴェリア家へ迎え入れられる)


 胸の奥から込み上げる喜びを抑えきれない。普段なら冷静沈着な彼も、この時ばかりは十四歳の少年らしい浮かれ方をしていた。


 それも無理はない。ブルームーンの日から今日まで、彼はずっと待ち焦がれていたのだから。公爵家に光を取り戻してくれた少女、アイリスと出会ったあの日から彼の全ては大きく変わっていた。


 彼女と出会ったその日に、父レオンハルトに告げていた。


 アイリスを”養”女として迎え入れること。

 そして将来、彼女を”妻”にしたいと。


(さと)いお前がそこまで言うのなら、認める』


 その時、父から返ってきたのは苦笑交じりの了承だった。


(これでアイリスも公爵令嬢……もう、”私は平民だから”って言えなくなるね)


 エリオットはくすりと笑みを零す。


 長かった。本当に長かった。


 何しろ今まで家族を救うことを最優先にしていた彼には、自分の将来計画を進める余裕など殆どなかったのである。こんな状況で己の恋や将来に思い耽る(ふけ)人間ではない。


 彼はこれまで忙しすぎた。


 でも、ようやく自分自身の人生を歩き始められる、その時がついに訪れたのである。エリオットは己の将来を見つめられるようになったのだ。


 アルヴェリア家を救った神童の、明瞭明察(めいりょうめいさつ)な頭脳と重たすぎる熱量がすべて、アイリスとの未来に向けて注がれようとしていた。


(領主の仕事は、元気になった父様と兄様に全部返そう)


 当然、そう考える。


(そして僕は、アイリスと一緒に――自由に生きる!)


 素材や植物を採集したい。世界中を旅をしたい。また一緒に薬を作りたい。新しい商品も開発したい。ハニーペタルを大きくして商品を国中に届けたい。そんな未来を考えるだけで胸が弾み、楽しくて仕方なかった。


 養女縁組の主目的は、公爵家の力でアイリスを守ることだ。彼女の力は価値がありすぎる。


 でも、彼には別の思惑もあった。


(婚約は慎重に申し込む、下手をすると彼女は逃げるからね)


 きっとアイリスは、”私は平民だから””住む世界が違うから”と恐縮して断る。只でさえ自己評価が低い彼女だ、そんな姿が容易に想像できる。だから慎重に段階を踏むことが重要だった。


 まずは養女縁組、貴族に戻し家族になる。そして愛情と信頼をより深める。その先に婚約。


 そして――結婚。


 完璧だ、実に合理的で計画的である。


(そして、あと二年)


 法で定められた結婚可能年齢は十六歳。そして養女縁組は、彼が十六歳になるまでの約二年間、アイリスに余計な虫を寄せ付けないための措置でもあった。


 ハニーペタルでの一幕を思い出す。商品を買いに来ているように見せかけて、アイリスを見に来ている男たち。彼女に笑顔を向けられ舞い上がっていた。非常に不愉快だった。実に不愉快だった。


(もう花屋の看板娘なんてやらせない!)


 しかし、公爵令嬢になれば話は別だ。店は使用人に任せればいいし、そもそも軽々しく声を掛けられる存在ではなくなる。


 ふふふっ、と妖艶(ようえん)に笑うエリオット。


 そんな少々腹黒い思惑まで含めて、彼は今日という日を心待ちにしていた。そして今から向かう家族会議では、改めて公爵家の今後の話をする予定になっている。


 ようやく自由になれる。ようやく自分の人生を歩ける。ようやくアイリスと未来へ向かって羽ばたける。きっと家族の皆が、祝福してくれる。


 そんな希望に満ちた気持ちで会議室の扉へ手を掛けたエリオットは、知らなかった。アイリスだけではなく、彼もまた人生の転機が訪れ衝撃を受けることを。




 ◇◇◇




「は、はぁ? 今なんて言ったの、父様!?」

「エリオット。次期当主はお前を指名する」


 次期当主。再び自然な口調で告げられた言葉に、思考が停止した。


「は……?」


 間抜けな声が漏れたのも仕方がないだろう。彼の人生設計に”当主”なんて項目は、存在していなかったのだから。


「はあぁぁっ!?」


 父も兄も表情一つ変えない。どうやら冗談ではないらしい。


「当主として最も優秀な者が任命される、代々アルヴェリア家はそうしてきた」

「ちょ、ちょっと待って下さい!? 兄様がいるじゃないですか!」


 これからはアイリスと一緒に自由に生きていく――そんな未来を思い描いていた矢先の話だった。


「いいや、私ではない。当主の才はエリオット、お前が最上だ。これ以上が無い程にな」

「な、何を言ってるの兄様まで!? 病気を治したことは、家族として当然のことだよ!?」


「ふふふ、自分の事には鈍い。病を治した事の感謝などではない、分からないのか?」


 やがてレオンハルトは椅子に深く腰掛けたまま、穏やかな声で語り始める。


「その件で言うと、困難を解決した過程と、遂行してみせた能力だ」

「えっ?」


「頼りない私に代わり、十四歳のお前が、城中の使用人や騎士を統率し、指揮系統を構築し、城を機能させ、迅速に的確に行動した」


 それは本来、当主が行う仕事だった。


「そして本当に不治の病を治す薬を作り、家族を救ってみせた」


 誰にも出来ない事を、エリオットは可能にした。


「それと、エリオットは未来を創る人間だからだ。お前は夢物語を良く語るだろう?」

「えっ?」


 すると、今度はアレクシスが苦笑しながら続ける。


 病で苦しむ者のいない領地。辺境の隅々に必要な物資が届く物流網。作物が不作でも飢えない備蓄体制。貧しい者でも十分学べる学校。誰でも治療を受けられる医療制度。貧困の無い社会基盤。


 さらには遠方との通信技術や、魔導列車による高速移動の確立まで。


(そ、それは……いつかやろうとしてるけど?)


「そう、お前なら現実に出来てしまうのだろう? 私やアレクシスには出来んよ」

「《錬金の神匠(デウス・アルケミア)》。きっとその力から誰にも思いつかない発想が生まれている」


 兄が凛々しく笑った。


「むしろ、そんなことできる人物がいるか? 世界中探してもきっといない。だから当主として最上だと言ったのだ」

「例えこの場にシリウスがいたとしても、私はエリオットを指名する」


 レオンハルトの力強い頷きに、エリオットは血の気が引き震えた。


(し、しまったあぁ! 色々語りすぎた!)


 彼は、自分の発想を語り始めると止まらない。それが失敗だった。嬉々として語り続けた結果、それら全てが当主適性として換算されていたのである。


 最近やたらと領主の仕事を任されていた理由がようやく理解できた。自由に羽ばたこうとしていた彼は、自らの夢物語によって重責と執務机に縛り付けられることになる。


(こんなに僕の評価、上昇してたの!?)


 アイリス同様、彼もまた己の事をよく理解してなかった。


「いや、僕は当主にはなりたくないのです! だから、兄様を指名して下さい!」

「駄目だ。先ほど言ったように、当主として最も優秀な者にアルヴェリア家を託す」


(う、嘘でしょおぉ!?)


「安心しろエリオット。私とルミエラがお前を支える。軍部は任せろ」

「んんぅ?……終わった?」


 アレクシスの言葉に、ずっと机に伏せて寝てたルミエラが目を覚ました。


「がんばれ~? エリオット~?」

「姉様ぁ……」


 そして手をひらひらさせると、また寝始めた。


 こうしてエリオットは、アイリスと自由に生きようと思ったその日に、次期当主という重い未来を手に入れてしまった。

この物語を読んで頂き有難うございます。

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