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勘当された泥まみれ令嬢は、公爵家に愛でられる  作者: 霞灯里
第8章 もう一つの家族

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第47話 奇跡の力

 以前、エリオット様から頼まれていたことがある。


 私の《花の帳(フローラル・レコード)》に登録されている植物を、公爵家の庭園に咲かせてほしいと言うお願いだった。その中に彼の『製作図(レシピ)』が解放できる植物がいるかもしれないからだ。


 それ以来、私は庭園の一角を使わせてもらって、少しずつ地面を整えながら花を咲かせたり、薬草を生やしたり、果樹を植えたりしてる。そんな私を、ゼネブさんとアネッサさんが手伝ってくれていた。


 土を掘れば「手袋をしてください」と心配され、石垣に登ろうとすれば「落ちますよ」と止められ、気付けばお茶とお菓子まで用意されている。


 過保護だけどそれが心地良かった。こうして幼い頃から二人はずっと見守ってくれて、ずっと傍にいてくれたから。


 子爵家では家族に疎まれ、邪魔者のように扱われていた私だったけれど、ゼネブさんとアネッサさんは本当の両親のように可愛がってくれた。


 泣けば慰めてくれて、熱を出せば夜通しの看病してくれて、誕生日にはささやかにプレゼントを用意してくれた。私が今こうして笑っていられるのは、間違いなく二人のおかげ。


 だけど最近、少しだけ気になることがあった。


「お嬢様、少々席を外します」

「怪我をしないようお気を付けくださいませ」


 こんな風に少し前から、私を置いて一緒にどこかへ行くことが増えたのだ。


「いってらっしゃーい」


 そんな二人を、土にまみれた姿で手を振って見送る。何をしてるのか、特に聞かなかったけど。お店の運営について相談でもしているのだろうと思っていた。


 最近はすっかり仕事に慣れて頼もしくなった侍女さん達がお爺様とお店を切り盛りしてくれて、余裕のできた私達は公爵家に招待される機会が多くなっている。




 ◇◇◇




 そんな穏やかな日常が続く中、突然その日はやって来た。雲ひとつない青空が広がる穏やかなお昼前だった。


「お嬢様、大事なお話があります」


 客室でゼネブさんとアネッサさんに、真剣な表情でそう言われた。一緒に暮らしている同居人、いつもならベッドで布団にくるまって、幸せそうに寝ているルミエラお姉様の姿もない。


 何となく空気がいつもと違うことに気付く。


「どうかしたんですか?」

「まず最初にお伝えしたいことがあります」


 私が席に着くと、ゼネブさんは背筋を伸ばし深く息を吸い込んだ。二人は向かい合うように座り、まるで何かを決意したような顔だった。


「公爵家に光を灯した、お嬢様の《花の帳(フローラル・レコード)》は神に愛された奇跡の力です」

「は、はぁ……?」


 あまりにも壮大な前置きに、間の抜けた返事が漏れてしまった。けれど二人は真剣な表情のままだ。


「特に、登録した植物を無尽蔵に生み出せる力。それは常識で測れる価値ではありません」

「ゼネブさん、どうしたの急に?」


 静かな声には確かな重みがあった。


「それ故に、私達とアルヴェリア公爵家は、お嬢様の力が世に知られることを深く憂慮(ゆうりょ)しております」

「えっ?」


 エリオット様が心配しているの?


「例えば希少な薬草、高価な果実や絶滅寸前の花を自在に生み出せると知られたら、商人も貴族も絶対に放ってはおかないでしょう。国家が動くほどです」

「こ、国家ぁ!?」


「私達が特に恐れているのは、その価値を理解した”悪意と力を持つ者”に目を付けられることです」

「そ、そうなの!? 目を付けられちゃうの!?」


 そんな危険な案件だったの!?


「最悪は、お嬢様に命の危険が及びます」


 アネッサさんが続けて言った言葉に、私はごくりと唾を飲み込んだ。


 最近のことを思い出す。《花の帳》は私のイメージ次第。今では植物の一部分だけを生み出せるようになっていた。


 例えば、林檎(りんご)林檎(りんご)の木そのものじゃなくって、林檎の果実だけを好きなだけ生み出せる。


 林檎(りんご)葡萄(ぶどう)蜜柑(みかん)。連日のようにルミエラお姉様と果物パーティーが始まるのは必然だった。しかもすんごく甘くて美味しい、高品質な果物が食べ放題!


 その時思った、これは果物屋さんに怒られると。


 でも、どうやら話はそんなレベルではなかったらしい。私はごくりと息を呑んだ。


「”植物を生み出す力”は無暗(むやみ)に人に話さず、他人の前ではおいそれと使用しない方がいいでしょう」

「わ、分かりました!」


 ゼネブさんに優しく(さと)され、私は勢いよく頷いた。二人は少し安心したように微笑んだ。


「私達は、お嬢様のためなら命を懸けられます」

「えっ?」


 その重い言葉に私は思わず目を見開いた。今の言葉は本心だった。


「ですが、力の無い私達が幾ら命を懸けても、お嬢様を守り切れるとはとても言えません」


 ゼネブさんは静かに続ける。胸がざわつく、嫌な予感がした。


「私達は騎士でも貴族でもない。本当に危険な相手がお嬢様を狙った時、守り切れないでしょう」

「そ、そんなこと……!」


 言い返そうとして言葉に詰まる。真剣に考えた末にこの話をしているのだと分かるから。


「それに私達はもう若くありません」


 アネッサさんが穏やかに微笑んだ。


「五十をとうに越えていますからね」

「や、やめてくださいよぉ……」


 胸がぎゅっと締め付けられて、苦しくなった。


「確実にお嬢様より先にこの世を去るのです」

「そんなこと言わないでくださいよぉ……」


 半泣きになった私に、二人は困ったように微笑む。その優しさが余計につらかった。


「私達は昔からずっと考え、探していました」


 ゼネブさんがゆっくりと言う。その笑顔が余計につらかった。


「私達がいなくなった後の未来でも、お嬢様が穏やかに毎日を過ごせられて、幸福でいられる方法を」

「ど、どうして……そんなこと言うんですか……」


 部屋が静まり返る。私の頬を一筋の涙が伝った。


「だから、正しい心と力を持つ方々に、庇護(ひご)を求めようと思うのです」

「庇護……?」


 そしてゼネブさんは静かに告げた。


「アルヴェリア公爵家から、お嬢様を正式に”養女”として迎えたいとの申し出を受けています」

「……は?」


 頭が真っ白になった。


 アルヴェリア公爵家の……養女……私が?

 養女になる……公爵家の娘になる?


 それはつまり――。


 その言葉から真っ先に連想したのは、ただ一つの事だった。胸の奥から一気に込み上げてくる感情が、どうしても抑えられなかった。


「嫌です、お断りします」


 立ち上がって、きっぱりと言い切った私の言葉に、二人は驚いたように目を見開き(またた)かせた。

この物語を読んで頂き有難うございます。

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