第46話 外の世界
アレクシス様やルミエラお姉様の薬を作ったり、素材収集の小旅行をしたり、追悼献花式を行ったり、お庭の草花の世話をしてハーブを作ったりと。
私達が慌ただしく過ごしている間に、外の世界もまた大きく動いていたらしい。そのことを知ったのは、庭園での仕事を終えた午後のことだった。
”白星花”と”陽紡花”が風に揺れる庭園で、私はエリオット様に誘われて向かい合いハーブティーを飲んでいた。柔らかな木漏れ日が差し込み、咲き誇る花々の香りが風に乗って流れていく。
皆が元気になったアルヴェリア公爵家はすごく穏やかで、こうしてのんびりと談笑しながらお茶を飲む時間も増えていた。平和で幸福に満ちている。
だからこそ。
エリオット様が何気ない口調でさらりと告げた言葉に、私はお茶を噴いてしまった。
「ぶふっ!?」
「わっ、大丈夫?」
「げほっ、ごほっ……だ、大丈夫じゃありません」
慌てて口元を押さえながら、私は目を白黒させた。
「新しく即位された女王様の王配が、エリオット様のお兄様なんですか!?」
「うん、そうだよ」
あまりにもあっさり肯定されてしまい、頭が追い付かない。
「長兄の、シリウス兄様だよ」
「ええぇぇぇ!?」
私達が暮らすグランディール王国では、つい先日、新女王陛下の即位式が盛大に執り行われたらしい。王都には国中の貴族や有力商人、各地の騎士や国民が集まり、何日にも渡って祝賀行事が続いているのだとか。
そんな国を挙げた一大行事の中心人物である女王陛下。その夫がアルヴェリア公爵家の長兄だなんて、そんな重要な話を今頃知るなんて思わなかった。
「そんな大事な話……教えて下さいよぉ」
「話す機会なかったしね」
「絶対ありましたよね!?」
抗議しながら大慌てしている私の様子に、エリオット様は肩を震わせながら楽しそうに笑った。
「まあ、正直に言うと、僕は王族を恨んでる」
「え?」
「シリウス兄様は本来、公爵家の跡継ぎだったから」
「あっ……」
その言葉に私は納得した。
長兄であるシリウス様が公爵家を継ぐ予定だったのなら、女王陛下との結婚の為に王都に行ってしまった事は、公爵家にとって思いもよらない出来事だったはずだ。
しかも、家族が病に倒れている時に――。
「かなり強引に、王配になることが決まったんだ」
「強引……?」
「ものすごく」
そう言いながら若干の怒りを見せるエリオット様を見ていると、女王陛下の人物像が何となく想像できてしまう。優しい彼のこんな表情を見るのは初めてかもしれない。
「で、でも……シリウス様のお祝いはするんですよね?」
「もちろんするよ。今ちょうど家族で考えているところだね」
そんな険しい表情が一瞬で元に戻り、いつものようにエリオット様が微笑んだ。
「だけど、アルヴェリア公爵家が完全に復活したことを、僕達はまだ国に公表していないんだ」
「えっ?」
私は首を傾げた。
レオンハルト様は元気を取り戻し、アレクシス様もルミエラお姉様も健康になった。
「どうしてです?」
するとエリオット様は、深々とため息を吐いた。
「面倒だから」
「ぶっ……!? もっと大層な理由だと思いました!」
またまたお茶を噴く私。すると彼は楽しそうに声を上げて笑ってから、真面目な顔で頷いた。
「いや、本当に面倒なんだよ、王族も貴族も本当に面倒で嫌なんだ」
「そんなエリオット様も大貴族じゃないですか!」
でも彼が遠い目をしながら話す言葉には説得力があった。
「父様が回復した、兄様が復活した、姉様も元気になった――アルヴェリア公爵家が完全に復活したなんて公表したら……最後だ」
祝賀会。晩餐会。夜会。お茶会。舞踏会。
社交会。商談会。献上会。陳情に嘆願。
そして――膨大な縁談。特に困るのが王族からの求婚。
「うわぁ……」
ようやく私は理解した、本当に面倒そうだって。彼は再び深いため息を吐いた。
アルヴェリア公爵家の受難は王族や国中の貴族達は知っていて、これまでは大事な国の行事に一族が不参加でも、致し方ないとみなされていた。
そしてそれらの行事は、王都に居るシリウス様が代表し、一人で対応してくれてたとのこと。
「でも貴族として公表しない訳にはいかない。だから今は、機会を慎重に選んでいるんだ」
「なるほど……」
「このまま公表したくない……」
公爵家が貴族社会を面倒臭がっている事に、私は苦笑するしかなかった。
「あとね、公表を遅らせている理由はもう一つあるんだ」
「えっ?」
「第二王女殿下がもうすぐ結婚するから、その後がいい」
私は瞬きをした。
「どうして王女様の結婚の後なんです?」
すると、エリオット様が心底うんざりした顔になった。
「彼女はアレクシス兄様に猛烈に執着していたからね」
「ぶっ!」
また吹いた。三度目のお茶噴出である。
「ええぇぇ!?」
「本当に凄かったよ」
エリオット様は頭を押さえた。兄弟揃って、王女様に見初められたってこと!?
「兄様が行く先々を追い掛ける。夜会に出れば隣を確保する。舞踏会に出れば一曲目を強奪する。挙句の果てには結婚を迫る……そんな事態だったらしい」
「うわぁ……すごいですね」
「兄様は全力で逃げてたよ……」
アレクシス様が逃げそうな光景が想像できてしまう。恋愛というより追跡劇だ。
そして、兄弟揃って王女に捕獲されたアルヴェリア家の令息の絵柄を想像してしまって、何とも言えない心境になった。
「結局、逃げ切れず兄様は婚約することになったけど……」
「えっ、婚約……?」
(婚約……? あれ、結婚って?)
エリオット様は呆れたように、肩を竦める。
「でも、兄様が病気になってしまい、病が進行し始めてね」
彼の声色が冷たくなって、私は表情を引き締めた。
「第二王女はその状況と病名を知った途端、婚約を取り下げ無かった事にした」
「は……?」
一瞬、言葉を失い頭が真っ白になった。
「そ……それって……酷い……! 最低じゃないですか!」
むかっとして、思わず声が大きくなった。
「アレクシス様を想ってたんじゃないんですか!?」
そんな私を見て、エリオット様はくすりと嬉しそうに微笑んだ。
「分かるだろう? でも、貴族令嬢はそんなものさ、見得と損得勘定しかない。アイリス以外はね」
「わ、私は平民です!」
慌てて言い返す。すると彼は楽しそうに笑った。
「損得も家柄も地位も関係ない、僕達を善意だけで助けてくれたのは君だけだ」
そう言いながら、金色の瞳が柔らかく細められる。不意打ちだった、胸が熱くなってしまう。
だから私は慌てて話題を逸らした。
「そ、それで第二王女様が結婚するまで待つんですね」
「うん、二度とアレクシス兄様に執着しないようにね」
エリオット様は頷き、私も頷いた。
今のアレクシス様は完全復活している。そんな麗しい姿を見たら、結婚前の第二王女様が再び暴走する可能性は十分ありそうだ。
「なるほど……本当に、面倒なんですね」
「だろう?」
アルヴェリア公爵家を取り巻く事情にしみじみした私でした。ちなみに、アレクシス様は色んな事があって、女性嫌いになったそうです。私にはすごく優しいけど。
最上位の貴族の家柄はもちろん、天上の神の一族のように人外じみた美貌の方々だもん。当然、王族や貴族に求婚されてるのね。
身分も教養も容姿も完璧な人達が、彼らの隣へ立つのだろう。
そして私は、花屋の娘でしかない。
そんな事を考えた時だった。
胸の奥がちくりと痛み、切ない気持ちになった。
(あ、あれ……?)
そんな私を見つめるエリオット様の視線は、いつものように何処までも優しかった。
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