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勘当された泥まみれ令嬢は、公爵家に愛でられる  作者: 霞灯里
第8章 もう一つの家族

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第45話 公爵家の晩餐

 エレノア様の命日から、一か月ほどが過ぎた。


 アルヴェリア公爵城の晩餐(ばんさん)の部屋は、今夜もまばゆい光に包まれている。


 高い天井には幾重もの装飾が施され、その中央では巨大な水晶のシャンデリアが柔らかな輝きを無数に反射していた。白銀の壁面には精巧な彫刻が刻まれ、長卓に並べられた銀食器や水晶杯は、まるで星を散りばめたように煌めいている。


 一層の気合を入れた料理人たちの、焼き立ての香草パン、黄金色のスープ、香ばしく焼かれた白身魚、艶やかなソースがかかった肉料理、色鮮やかな野菜料理に果実の盛り合わせまで並び、ここが大貴族の食卓なのだと嫌でも理解させられる。


 以前までは、エリオット様とアネッサさん、そして私の三人で静かに囲んでいた食卓だったのに。


 今では――。


(なんでこんなことになってるのぉぉ……!?)


 長卓に揃う顔ぶれを見て、私は内心で頭を抱える。


 アルヴェリア公爵家当主、レオンハルト様。


 次男、アレクシス様。

 長女、ルミエラお姉様。

 三男、エリオット様。


 そして平民の私と、ゼネブさんとアネッサさん。


 何度お断りしても、どうしてもと一緒に食事をすることになってしまう。最近では、お城に居る限り朝も昼も夜も一緒だった。


 ……あまりにも場違いです。


 まるで神話の絵の中から抜け出してきた一族のようなのだ。公爵家の人達、格が違いすぎる。


 長い白銀の髪を後ろへ流したレオンハルト様は、壮年でありながら圧倒的な美貌と威厳を兼ね備えていて、その金色の瞳に見つめられるだけで、こちらの背筋が自然と伸びてしまう。


 しかも最近は心の重荷が取れたせいか、以前より遥かに表情が柔らかくなり、不自由だった身体まで回復してきたことで、纏う空気にまで力強い生命感が戻っていた。


「アイリス嬢、口に合うかね?」

「は、はいっ、すごくおいしいです」


 和やかに目尻を下げて私を細かく気遣ってくれる。逆にほっておいて欲しいんですけど……。


 その隣では、アレクシス様が静かに食事をしている。黒の礼装を隙なく着こなしたその姿は、もはや芸術品だった。煌めく紅い瞳、引き締まった輪郭、騎士らしい精悍さを宿した美貌。


(む、無理ぃ……! 王子様がいるぅ……!)


 以前の病的な影は完全に消え失せ、鍛え直された身体には凛々しい色気まで宿ってしまっている。


 ……ほんとに直視できません。


 あわあわしていると、アレクシス様がふと私を見た。


「アイリスは白身魚が好きだったな」

「へっ!? は、はい!」


 すると彼は、ごく自然な動作で立ち上がり、私の皿に料理を取り分け始める。


「このソースも合う。食べてみろ」

「えっ、えっ!? じ、自分で出来ますよぉ!?」

「遠慮するな。私が寝たきりの時、アイリスはしてくれただろう?」


 フッと微笑みながら、さらりと言ってのける姿が格好良すぎて困る。


(だから距離が近いんですってぇぇ!)


 そんな私の皿に、今度は横からころんと何かが転がってきた。小さな人参だった。


「アイリス、お姉ちゃんの愛のこもった人参(にんじん)を食べて」

「あっ、またですか!?」


 眠たげな虹色の宝石を瞬かせながら、ルミエラお姉様が当然のように私へ人参を押し付けてくる。この方は人参が嫌いなのだ。他にも苦手なものは私の更に乗っけてくる。そんな仕草すら絵になってしまうのが恐ろしい。


 長い銀髪をふわりと流し、陶器みたいに白い肌に、幻想的な瞳。元々神秘的な美貌だったのに、健康を取り戻した今では血色と艶やかさまで加わって、もはや完全に女神様になっていた。


 実際、お城の使用人さん達が廊下でお姉様を見かけると、本当に足を止めて見惚れている。最近では騎士さんが柱にぶつかってた。


「ルミエラ、それは無い。アイリスが困っているだろう」


 ぴしゃりとアレクシス様が注意する。するとルミエラお姉様は、ふわりと微笑みながら言った。


「いつものことでしょう? 私達はいつもお菓子や果物を食べさせ合ってるもの」

「…………な、なんだと?」


 アレクシス様が固まった。ルミエラお姉様は勝ち誇ったような顔をしている。


(ほんとに食べさせ合ってはいますけどぉ!)


「ふふっ、アイリスは誰よりも私と仲良しなの」

「お、お姉様!? 変な言い方しないでくださいっ!」


 するとアレクシス様が、すっと真顔になった。


「……アイリス、本当に食べさせ合っているのか? ……私には?」

「な、なんで真剣なんですか!?」


 そんな中、くすりと穏やかな笑みを零したのはエリオット様だった。


「今日も皆、元気だね」


 柔らかな銀髪を揺らしながら微笑む姿は、相変わらず爽やかで優雅だ。けれど最近のエリオット様は、以前よりずっと感情を隠さなくなった。


 特に私を見る時の笑顔が、妙に甘い。毎日会っているのに、まるで久しぶりに再会したみたいに嬉しそうにするのだ。今日だって、この部屋に入った瞬間から目が合うたびに幸せそうに微笑みかけてくる。


「アイリスが来てから、本当に毎日が幸せで、賑やかだ」

「そ、そうですか?」

「うん。僕は今のこの時間が、とても好きだよ」


 優しい声音でそんなことを言われてしまい、胸がむず痒くなる。エリオット様はきっと、苦難の中でずっとこの食卓を望んでいたのだろう。


 誰も欠けず、誰も沈まず、家族みんなが笑っている晩餐(ばんさん)を。


「こうして皆で食卓を囲めることが、こんなにも幸福だったのだと……改めて思うよ」


 レオンハルト様が穏やかに言い、静かにワイングラスを置いた。十年もの間、後悔と絶望の中で生きてきた方の言葉。そこには深い実感が滲んでいた。


 アレクシス様が目を伏せ、エリオット様が柔らかく微笑み、ルミエラお姉様は嬉しそうに私へ寄りかかってきた。


「アイリスはもっと食べていいのよ? もう少しふっくらしても構わないわ」

「た、食べてますってば!」


 すると今度はレオンハルト様まで微笑む。


「確かに、年頃だからな……アイリス嬢はもっと食べたほうが良い」

「当主様まで!?」


「アイリスは遠慮しすぎなのだ」

「アレクシス様までぇ!?」


「アイリスは働きすぎるからね」

「エリオット様も乗っからないでくださいぃ!」


 食堂に笑い声が広がった。


 ゼネブさんとアネッサさんも、そんな様子を見ながら穏やかに笑っている。大貴族と平民が同じ食卓を囲んで、こんな風に笑い合うなんて、本来なら絶対に有り得ないことだ。


 でも――。


 今この場に流れている空気は、とても自然で、暖かかった。白銀の食堂に灯る明かりの中、愛に溢れた公爵家の皆の表情はどこまでも柔らかい。長い冬を越えた人達が、ようやく春の陽だまりへ辿り着いたように。


 そして私は、そんな眩しい光景の真ん中で、今日もひたすら居たたまれなくなっていた。


(やっぱり、何で私がここにいるのぉぉぉ!?)


 鈍感な私でも、さすがに感じる。私はアルヴェリア公爵家に、過保護に愛されていることに――。

この物語を読んで頂き有難うございます。

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