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勘当された泥まみれ令嬢は、公爵家に愛でられる  作者: 霞灯里
第7章 遺された想い

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第42話 懸命に咲く花

 追悼献花式(ついとうけんかしき)の第二部は、慰霊碑(いれいひ)への献花。


 大きな貯水池のほとりにその慰霊碑は建てられているらしい。そこが奥様――エレノア様が亡くなられた場所。


 川から引かれた池の水が静かに揺れている。その広さは湖のようで、風が吹くたび水面が鈍く波打ち、どこか底知れない深さを感じさせた。


 この池の水はお城の敷地内のみならず街中の水路へ流れ、人々の暮らしを支えているらしい。


 湿った土。苔むした石。荒れた砂利道。まばらに生い茂る野草。私達が歩いている池を囲う土手は高く築かれていて、増水時にはここまで水位が上がるのだと分かる痕跡(こんせき)が残っていた。


「あそこだね」


 隣を歩くエリオット様が、小さな声で耳打ちした。


「あっ……」


 視線の先。池に架けられた大きなな石橋の真下、その日陰(ひかげ)になった土手に目的地はあった。白く大きな大理石で作られた慰霊碑(いれいひ)鉄柵(てっさく)と石垣に囲われ、大切に守られるように建っていた。


(この場所で……奥様が……)


 この場所だから見ただけで分かってしまう。エレノア様は、きっとこの池に身を投げられたのだ。


 そして――あの場所で見つかった。


 そう考えた瞬間、胸の奥がずしりと重たく沈んだ。




 ◇◇◇




 一行は慰霊碑(いれいひ)の前へ到着し、公爵家の皆を先頭に整列を始める。神官が再び前へ進み出て、銀の香炉を掲げ、白い煙が静かに立ち昇った。


「これより、慰霊碑への献花を執り行います」


 (おごそ)かな祈りの声が響く中――私は、視界の端に黄色い影を見た。


(あら……?)


 慰霊碑周辺の地面は、荒れた土手とは違って綺麗に整えられており、白い石畳が敷かれている。


 その石畳の隙間。


 雑草すら育ちにくそうなそこに、小さな花々が健気に咲いていた。黄色から(だいだい)へと淡く色づく、()だまりのような花。


 太陽の欠片を落としていったような、愛らしい花弁(はなびら)が慰霊碑をささやかに彩っていた。


(わぁ……可愛い……!)


 こんな厳粛(げんしゅく)な場で不謹慎(ふきんしん)だと思いながらも、つい目を奪われてしまう。


(あのこは、“陽紡花(ソラリス)”ね)


 小さく揺れるその花を見て、思わず頬が緩む。


 ”陽紡花(ソラリス)”。


 街でも人気のある、とても身近なお花。陽だまりみたいに明るくて可愛らしくて、家やお店に飾られているのをよく目にする。


 神官の祈りが響く中、太陽のような花弁が揺らめく可愛い”陽紡花(ソラリス)”を、ニマニマ見つめてしまう私。


(こんなところに咲くなんて……んっ?)


 その時、私はあることに気付いてしまった。


(……ここは“陽紡花(ソラリス)”が咲けるような場所じゃない)


 ”陽紡花(ソラリス)”は、沢山の陽光を必要とする花だ。乾いた風が吹く高台を好み、余分な湿気を嫌い、日陰では育たない。


 こんな日が当たらない橋の真下のじめじめした場所では、絶対に咲かない。


 増水すれば池の水が流れ込むような場所なのに――。


 私は思わず、エリオット様の袖をつんつん引っ張った。


「エリオット様、あの黄色のお花って、庭師さんが植えたものなんですか……?」

「ん? いや、ここは土手だからね。清掃はしていても、特別な装飾はしていないはずだよ」


「えっ……?」

「どうかしたの?」


 ぽかんとしてしまう。


(植えられたものじゃない? じゃあ、本当に自然に自生して咲いているの?)


 私は再び”陽紡花(ソラリス)”を見つめた。湿った石畳の隙間から、必死に顔を出す小さな黄色の花々。


 生きるにはあり得ない場所で、それでも懸命(けんめい)に咲いている。


 まるで――誰かの想いを伝えたいと叫ぶように。


 そう考えた時、胸が熱くなった。


「あの花は、献花式の時にいつも咲いていたんですか?」

「そういえば……毎年咲いていた気がするね」


 その言葉に、唖然としてしまう。


(毎年……十年もの間ずっと? こんな育つには過酷(かこく)すぎる環境の中で?)


 ありえない。どうしてそんな奇跡じみたことが起きているの?


 私はもう、居ても立ってもいられなかった。そんな私をエリオット様はじっと見つめている。


「あ、あのぉ……」

「うん」


 あの”陽紡花(ソラリス)”がどうしても気になっちゃう。詳しく調べたい!


「こ、こんな大事な時にすみません。《花の帳(フローラル・レコード)》を使わせて頂けないでしょうか……?」

「もちろん。あの花に何かあるんだね?」


 恐る恐る尋ねると、エリオット様は驚きもせず、微笑みながらすぐに頷いた。


「どうしたんだ?」

「どうしたの?アイリス」


 そんなやり取りに、アレクシス様とルミエラお姉様が気付き……やがて、先頭にいた当主様までもが振り返った。


「どうかしたのか?」


(ひゃああ!? 注目されてる……! お邪魔してすみません……!)


 冷や汗が止まらない。


 けれど、あの健気に懸命に咲いている陽紡花(ソラリス)”がどうしても気になった。何かを伝えようとしているようで、胸の奥がざわめいて放っておけない。


 私は両手を胸元で組むと、《花の帳(フローラル・レコード)》を呼び出す。無数の光の粒子が集まり、一冊の図鑑が現れた。


「『花読み(リード)』……”陽紡花(ソラリス)”を、見せて!」


 ぱらぱらぱら、と風のようにページがひとりでに(めく)られていく。そして――“陽紡花(ソラリス)”のページで止まった。


 追悼式の最中に《花の帳(フローラル・レコード)》を開いた私は、皆の注目を一層浴びていた。けれど構わず”陽紡花(ソラリス)”を調べ、やがてその文字を見つけた。


 そして、その文字に込められた花に宿る想いを頭に巡らせ、思考の海に沈んでいく。


 ――エレノア様……やっぱりそうですよね?


「アイリス……?」

「わっ!?」


 気付けば、ルミエラお姉様に抱きしめられていた。眠たげな虹色の瞳を心配そうに揺らしながら、私の頭を優しく撫でている。


「どうしたの……? 大丈夫……?」

「あ、あれ……?」


 そこで現実に戻って気付いた、自分が泣いていることに。ぽろぽろと涙が頬を伝っていた。


「アイリス嬢……? どうかしたのか?」


 レオンハルト様まで、私の傍に来ていた。


 これはただの推測、偶然かもしれない。このお城で十年前に起きた出来事を、私は何も知らない。部外者が無神経に口を出していい事じゃない。


 ――それでも、あの”陽紡花(ソラリス)”が。


 石畳の隙間から懸命に咲くあの花が、必死にエレノア様の想いを伝えようとしている。私にはそうとしか思えなかった。


「……大事な式の最中に申し訳ありません。記念碑の周辺に咲いている花が気になって、調べさせてもらいました」

「うむ、構わんよ」


 当主様は穏やかに頷き、私は震える声で口を開く。


「……あの花は、“陽紡花(ソラリス)”です」


 皆の視線が、一斉に慰霊碑に咲く小さな黄色い花へ向いた。


「本来なら、このような日陰で湿気のある荒れた土手には、絶対に咲かない花です」

「ほう、そうなのか……?」


 静かに空気が張り詰めた。


「本当は、高台のような陽当たりの良い、やや乾燥した土地を好む花なんです」


 私は涙を拭いながら、必死に続けた。


「こんな湿地や日影、水辺では絶対に育たない……それなのに、記念碑に咲いている」


 当主様は目を細めて、健気に咲く黄色の花を眺めた。


「増水すれば水が溢れるような環境の中、奇跡のようにあの”陽紡花(ソラリス)”は慰霊碑に自生してるんです」

「……そ、そうだったのか? そういえば毎年、あの花は咲いていた気がする」


 私は深呼吸をして、続けた。


「花には人の想いや祈りが宿り、それが言葉となって実ることがあります」

「あっ、前に教えてくれた”花言葉”ね」


 ルミエラお姉様がうんうんと頷いた。


「そして、”陽紡花(ソラリス)”にも花言葉があったのです」

「……ま、まさか?」


 公爵家の皆が目を見開いた。


 私は《花の帳(フローラル・レコード)》を皆へ見せながら、そこに記されていた花言葉を告げた。


「“陽紡花”(ソラリス)の花言葉は――」

この物語を読んで頂き有難うございます。

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