第42話 懸命に咲く花
追悼献花式の第二部は、慰霊碑への献花。
大きな貯水池のほとりにその慰霊碑は建てられているらしい。そこが奥様――エレノア様が亡くなられた場所。
川から引かれた池の水が静かに揺れている。その広さは湖のようで、風が吹くたび水面が鈍く波打ち、どこか底知れない深さを感じさせた。
この池の水はお城の敷地内のみならず街中の水路へ流れ、人々の暮らしを支えているらしい。
湿った土。苔むした石。荒れた砂利道。まばらに生い茂る野草。私達が歩いている池を囲う土手は高く築かれていて、増水時にはここまで水位が上がるのだと分かる痕跡が残っていた。
「あそこだね」
隣を歩くエリオット様が、小さな声で耳打ちした。
「あっ……」
視線の先。池に架けられた大きなな石橋の真下、その日陰になった土手に目的地はあった。白く大きな大理石で作られた慰霊碑が鉄柵と石垣に囲われ、大切に守られるように建っていた。
(この場所で……奥様が……)
この場所だから見ただけで分かってしまう。エレノア様は、きっとこの池に身を投げられたのだ。
そして――あの場所で見つかった。
そう考えた瞬間、胸の奥がずしりと重たく沈んだ。
◇◇◇
一行は慰霊碑の前へ到着し、公爵家の皆を先頭に整列を始める。神官が再び前へ進み出て、銀の香炉を掲げ、白い煙が静かに立ち昇った。
「これより、慰霊碑への献花を執り行います」
厳かな祈りの声が響く中――私は、視界の端に黄色い影を見た。
(あら……?)
慰霊碑周辺の地面は、荒れた土手とは違って綺麗に整えられており、白い石畳が敷かれている。
その石畳の隙間。
雑草すら育ちにくそうなそこに、小さな花々が健気に咲いていた。黄色から橙へと淡く色づく、陽だまりのような花。
太陽の欠片を落としていったような、愛らしい花弁が慰霊碑をささやかに彩っていた。
(わぁ……可愛い……!)
こんな厳粛な場で不謹慎だと思いながらも、つい目を奪われてしまう。
(あのこは、“陽紡花”ね)
小さく揺れるその花を見て、思わず頬が緩む。
”陽紡花”。
街でも人気のある、とても身近なお花。陽だまりみたいに明るくて可愛らしくて、家やお店に飾られているのをよく目にする。
神官の祈りが響く中、太陽のような花弁が揺らめく可愛い”陽紡花”を、ニマニマ見つめてしまう私。
(こんなところに咲くなんて……んっ?)
その時、私はあることに気付いてしまった。
(……ここは“陽紡花”が咲けるような場所じゃない)
”陽紡花”は、沢山の陽光を必要とする花だ。乾いた風が吹く高台を好み、余分な湿気を嫌い、日陰では育たない。
こんな日が当たらない橋の真下のじめじめした場所では、絶対に咲かない。
増水すれば池の水が流れ込むような場所なのに――。
私は思わず、エリオット様の袖をつんつん引っ張った。
「エリオット様、あの黄色のお花って、庭師さんが植えたものなんですか……?」
「ん? いや、ここは土手だからね。清掃はしていても、特別な装飾はしていないはずだよ」
「えっ……?」
「どうかしたの?」
ぽかんとしてしまう。
(植えられたものじゃない? じゃあ、本当に自然に自生して咲いているの?)
私は再び”陽紡花”を見つめた。湿った石畳の隙間から、必死に顔を出す小さな黄色の花々。
生きるにはあり得ない場所で、それでも懸命に咲いている。
まるで――誰かの想いを伝えたいと叫ぶように。
そう考えた時、胸が熱くなった。
「あの花は、献花式の時にいつも咲いていたんですか?」
「そういえば……毎年咲いていた気がするね」
その言葉に、唖然としてしまう。
(毎年……十年もの間ずっと? こんな育つには過酷すぎる環境の中で?)
ありえない。どうしてそんな奇跡じみたことが起きているの?
私はもう、居ても立ってもいられなかった。そんな私をエリオット様はじっと見つめている。
「あ、あのぉ……」
「うん」
あの”陽紡花”がどうしても気になっちゃう。詳しく調べたい!
「こ、こんな大事な時にすみません。《花の帳》を使わせて頂けないでしょうか……?」
「もちろん。あの花に何かあるんだね?」
恐る恐る尋ねると、エリオット様は驚きもせず、微笑みながらすぐに頷いた。
「どうしたんだ?」
「どうしたの?アイリス」
そんなやり取りに、アレクシス様とルミエラお姉様が気付き……やがて、先頭にいた当主様までもが振り返った。
「どうかしたのか?」
(ひゃああ!? 注目されてる……! お邪魔してすみません……!)
冷や汗が止まらない。
けれど、あの健気に懸命に咲いている陽紡花”がどうしても気になった。何かを伝えようとしているようで、胸の奥がざわめいて放っておけない。
私は両手を胸元で組むと、《花の帳》を呼び出す。無数の光の粒子が集まり、一冊の図鑑が現れた。
「『花読み』……”陽紡花”を、見せて!」
ぱらぱらぱら、と風のようにページがひとりでに捲られていく。そして――“陽紡花”のページで止まった。
追悼式の最中に《花の帳》を開いた私は、皆の注目を一層浴びていた。けれど構わず”陽紡花”を調べ、やがてその文字を見つけた。
そして、その文字に込められた花に宿る想いを頭に巡らせ、思考の海に沈んでいく。
――エレノア様……やっぱりそうですよね?
「アイリス……?」
「わっ!?」
気付けば、ルミエラお姉様に抱きしめられていた。眠たげな虹色の瞳を心配そうに揺らしながら、私の頭を優しく撫でている。
「どうしたの……? 大丈夫……?」
「あ、あれ……?」
そこで現実に戻って気付いた、自分が泣いていることに。ぽろぽろと涙が頬を伝っていた。
「アイリス嬢……? どうかしたのか?」
レオンハルト様まで、私の傍に来ていた。
これはただの推測、偶然かもしれない。このお城で十年前に起きた出来事を、私は何も知らない。部外者が無神経に口を出していい事じゃない。
――それでも、あの”陽紡花”が。
石畳の隙間から懸命に咲くあの花が、必死にエレノア様の想いを伝えようとしている。私にはそうとしか思えなかった。
「……大事な式の最中に申し訳ありません。記念碑の周辺に咲いている花が気になって、調べさせてもらいました」
「うむ、構わんよ」
当主様は穏やかに頷き、私は震える声で口を開く。
「……あの花は、“陽紡花”です」
皆の視線が、一斉に慰霊碑に咲く小さな黄色い花へ向いた。
「本来なら、このような日陰で湿気のある荒れた土手には、絶対に咲かない花です」
「ほう、そうなのか……?」
静かに空気が張り詰めた。
「本当は、高台のような陽当たりの良い、やや乾燥した土地を好む花なんです」
私は涙を拭いながら、必死に続けた。
「こんな湿地や日影、水辺では絶対に育たない……それなのに、記念碑に咲いている」
当主様は目を細めて、健気に咲く黄色の花を眺めた。
「増水すれば水が溢れるような環境の中、奇跡のようにあの”陽紡花”は慰霊碑に自生してるんです」
「……そ、そうだったのか? そういえば毎年、あの花は咲いていた気がする」
私は深呼吸をして、続けた。
「花には人の想いや祈りが宿り、それが言葉となって実ることがあります」
「あっ、前に教えてくれた”花言葉”ね」
ルミエラお姉様がうんうんと頷いた。
「そして、”陽紡花”にも花言葉があったのです」
「……ま、まさか?」
公爵家の皆が目を見開いた。
私は《花の帳》を皆へ見せながら、そこに記されていた花言葉を告げた。
「“陽紡花”の花言葉は――」
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