第41話 追悼献花式
先頭を歩くのは、白銀の香炉を抱えた神官だった。鈴の音を静かに響かせながら、白い香煙を揺らして進むその背を、公爵家の一族が続く。
喪を示す漆黒の礼服を纏ったアレクシス様は、焔のような真紅の瞳を静かに伏せ、ルミエラお姉様は眠たげな虹色の瞳を瞬かせながら、夢の中を歩いているような幻想的な雰囲気を纏っていた。
そしてエリオット様は、まだ少年とは思えないほど凛とした姿で、車椅子に座る当主様のすぐ傍を歩いている。
私はそんな公爵家の人達と共に、最前列の末席に加わっていた。
(うぅ……やっぱり場違い感がすごいですぅ……!)
私の背後には騎士団、使用人、魔術師達が整然と列を成して続いている。
何となく感じる視線に胃がきゅっと縮むけれど、後ろを振り返ればゼネブさんとアネッサさんが居てくれて、安心させてくれるように微笑んだ。二人が穏やかに頷いてくれるだけで、少しだけ心が軽くなる。
やがて、生垣を抜けた瞬間。
見渡す限りの白。
庭園いっぱいに、“白星花”が咲き乱れていた。
朝露を纏った六枚花弁の花々が、春風に揺れてきらきらと輝いている。まるで星空そのものを地上へ降ろしたみたいだった。
石畳の道を囲むように咲く白星花は、霊廟へ続く道筋を清らかに彩り、その最奥に建つ白亜の建物をより神聖なものへ変えている。大きな尖塔を持つその霊廟は、もはや墓所ではなく大聖堂のようだった。
白亜の石造りの荘厳な外壁。天へ届くようなアーチ窓。星を模したステンドグラス。神殿のような威厳を放ちながら、それでもどこか優しい空気を纏っている。
その光景を見渡した当主様が、ゆっくりと目を細めた。金色の瞳に、”白星花”の海が映り込む。
「……美しい」
掠れた声だった。けれど、その声音には確かな温もりがあった。
「エレノアが……喜びそうな……美しい景色だ……」
そう呟いた当主様は、まるで遠い過去を見つめているようだった。その横顔には深い悲哀が刻まれているけど、それでもどこか嬉しそうで胸がじんと熱くなる。
エリオット様もまた、そんな当主様を見て安心したように微笑んでいた。
やがて霊廟の重厚な扉が開かれる。中へ足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。白石造りの内部は、静謐で神聖な空間だった。
高い天井へ伸びる巨大な柱。色硝子から差し込む淡い七色の光。無数の燭台に揺れる小さな灯。香炉から漂う静かな香り。まるで祈りそのものが形になったような場所だった。
祭壇には、“白星花”に囲まれた一枚の肖像画。
――この御方が。亡き公爵夫人、エレノア様。
柔らかな金髪の美しい女性だった。優しげに微笑むその姿は慈愛に満ちていて、見ているだけで胸が温かくなる。
神官が祭壇前へ進み、香炉を掲げた。
「白き花に愛された御方へ。今年もまた、祈りの日が訪れました」
静かな声が霊廟に響き渡り、一同が静かに頭を垂れる。
「これよりアルヴェリア公爵夫人、追悼献花式を執り行います」
神官が銀の香炉を振り、祈りを捧げ始めた。
「星の女神よ。この尊き魂へ安らぎを与え、残された者達へ変わらぬ加護を賜りたまえ。別たれし者の想いが、なおこの家を守り続けんことを――――」
祈りが満ちる中、献花が始まった。
最初に進み出たのは、当主様。
侍女に車椅子を押されながら、ゆっくり祭壇の前へ進む。”白星花”を大切な宝物のように、震える指で抱き締めている。
長い沈黙の後、やがて当主様は絞り出すように声を零した。
「……エレノア。私は……お前に、生きていてほしかった……」
ぽたり、と涙が”白星花”へ落ちる。震える声が静かな霊廟へ響く。
「死の淵にいた私を、お前は眠らずに看病してくれていたらしいな……私の傍で、何日も……何日も……」
当主様は、肖像画を見上げる。
「私は何も覚えていない。お前がどんな顔で私を見つめ、どんな想いで手を握っていたのか……私は知らない」
その言葉には、耐え切れないほどの苦しみが滲んでいた。
「……目を覚ました時、お前はもう居なかった」
当主様が意識を取り戻した時には……もう全て終わっていたんだろうか――。
「生きていてほしかった……子供達と共に、笑っていてほしかった……」
車椅子の上で、当主様の肩が震えていた。
「すまなかった……エレノア……本当に、すまなかった……」
その懺悔は愛する妻を失った、一人の男の叫びだった。
深く、深く頭を垂れるその姿が、あまりにも痛々しくて。胸が締め付けられた。霊廟に満ちる静寂の中、当主様は最後にそっと花を供えた。
「……いつまでも、永遠に……愛しているよ、エレノア」
その言葉が、静かに白い聖堂へ溶けていった。
◇◇◇
続いてアレクシス様、ルミエラお姉様、エリオット様。公爵家の一族の者たちが、順番に祭壇へ進み出ていく。
三人とも言葉は少なかった。ただ静かに目を閉じ、奥様へそれぞれの想いを胸に祈りを捧げていた。
(すっごい緊張する……)
そして、いよいよ私の番が回って来た。
公爵家の方々や使用人の皆さんの視線を感じるだけで、心臓がばくばくしていた。でも、ゼネブさんとアネッサさんと一緒に、三人での献花だ。一人じゃないだけ心強い。
私達は静かに祭壇の前へ進み出る。ふと、手元にある”白星花”を見下ろした。白い六枚の花弁が、霊廟へ差し込む光を受けて淡く輝いている。
――故郷への想い。
――変わらぬ祈り。
――帰る場所。
花言葉を思い出した瞬間、胸の奥がきゅっと締め付けられる。
(奥様の故郷……帰る場所は、きっと……このお城よね)
異国から嫁いで来て、このアルヴェリア公爵家を自分の帰る場所として愛していた御方。
私はゆっくりと顔を上げ、祭壇に飾られた肖像画を見つめた。絵画の中の奥様――エレノア様は、柔らかく微笑んでいて、どこまでも慈愛に満ちていていた。
(奥様の子供達は皆元気になりました。だからどうか、安心してください!)
(そして……当主様の心も、いつか少しでも救われますように)
私は白星花をそっと祭壇へ捧げ、小さく祈りを落とした。
◇◇◇
私の後に、使用人達の献花が始まった。
長年この屋敷に仕えて来た老執事は、祭壇の前で肩を震わせながら涙を堪えていた。侍女達もまた、”白星花”を抱えたまま静かに目元を押さえている。騎士達は無言で胸に手を当て、深く頭を垂れていた。
エレノア様が愛され慕われていることが、痛いほど伝わって来た。
やがてすべての献花が終わると、神官の低く厳かな祈りの声が、静謐な霊廟に響き渡る。
「願わくば、この白き花が永遠に故人の魂を照らさんことを」
その言葉に、一同は静かに頭を垂れた。
「今日という祈りの日が、残された者達の歩みを支え、愛された記憶が、これから先も失われぬ灯火となりますように」
香炉の煙が、白い天井へ淡く溶けていく。
こうして――追悼献花式の第一部は、厳かに幕を閉じた。
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