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勘当された泥まみれ令嬢は、公爵家に愛でられる  作者: 霞灯里
第7章 遺された想い

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第40話 幸福を咲かせる少女

 摩訶不思議(まかふしぎ)なティータイムの後、追悼献花式(ついとうけんかしき)の集合時間となり、そのままの流れで私は公爵家の三人と、ゼネブさんとアネッサさんも一緒にお城のエントランスへ向かっていた。


 黒の礼服に身を包んだ三人は、並んで歩いているだけで圧倒的だった。


 そこへ朝の柔らかな陽光が差し込み、黒衣の輪郭を淡く照らしているものだから、まるで神話の一族のような神々しさがある。


 その中心を、何故か私が歩いている。公爵家の三人に左右と後ろを囲まれて、逃げ場がなかった。


(れ、連行されてるみたい……)


 お城の空気は、いつもと違って静かで重たかった。


 侍女さん達の歩く足音も自然と控えめで、談笑の声もほとんど聞こえない。窓辺や廊下には”白星花(アステリア)”を活けた花瓶が置かれ、香木の穏やかな匂いが漂っている。


 祈りの日。


 そんな厳かな気配が城全体を包み込んでいた。


「うぅ……緊張します……」


 思わず漏らすと、隣を歩くエリオット様が安心させるように微笑む。


「大丈夫。この追悼式は身内だけのものだからね。社交のように堅苦しいものじゃないよ」

「そ、そうなんですか?」


「うん。母様を想ってアルヴェリア家の皆で静かに祈る日なんだ」


 その声は穏やかで、大切なものを抱きしめるみたいに優しかった。


 エントランスへ辿り着くと、既に大勢の人々が集まっていた。


 騎士団。魔術師団。侍女や執事。庭師や料理人達まで。人数は絞ったらしいけれど、それでもかなり多い。黒を基調とした礼装に身を包み、整列を始めている。


 その中央には、白布を掛けられた長卓が置かれていた。


「あっ、“白星花(アステリア)”……」


 卓上に並ぶ花瓶。そこへ活けられているのは、亡き公爵夫人が愛した花――”白星花(アステリア)”。朝露を纏う白い花々は、まるで小さな星の群れのように輝いていた。


「母様の追悼式では、三輪の”白星花(アステリア)”を捧げる」


 一輪目は霊廟(れいびょう)へ。二輪目は慰霊碑(いれいひ)へ。

 そして最後の一輪は、水へと還す。


 そう、エリオット様が小さく教えてくれた。


「最後の花は母様が亡くなった池へ流して、祈りを還すんだ」


 それはとても静かで、美しい風習だった。


 参列者達は順番に白星花を三輪、手に取っていく。六枚の花弁が淡く揺れ、その様子を見ていると不思議と胸が締め付けられた。


 やがて整列が始まり、空気がさらに張り詰める。


 そして、その先頭にいる人物が目に入った。


 ――アルヴェリア公爵家、当主レオンハルト様。


 黒衣を纏い車椅子へ座る当主様は、静かな威厳を纏いながら私達を見つめている。その眼差しがあまりにも優し気であった。元気に集った子供達を見つめる瞳には、確かな喜びが浮かんでいる。


 それなのに……その奥底には、今も消えない深い悲哀の影が潜んでいる気がした。


「僕達は正面に集まるようだ」


 エリオット様がそう言って歩き出そうとする。私は慌てて頭を下げた。


「そ、それでは私達は使用人の列へ並びますね。皆様、行ってらっしゃいませ」


 そう言ってカーテシーをした、その時だった。


「何を言ってるの?」


 ルミエラお姉様が、きょとんとした顔で私を見た。


「アイリスはお姉ちゃんと一緒でしょう?」

「えっ?」


 そのまま当然のように私の手を取り、にっこりと微笑んだ。


「さぁ、行きましょう」


(ま、まさか!?)


 私は真っ青になった。


「ちょ、お姉様!? 流石にそれは駄目ですってぇ!?」

「むっ……反抗期?」


「違いますぅ!」


(今日は奥様の命日ですよ!? こんなの絶対ダメ!)


 私まで連れて当主様のいる正面に行こうとするお姉様に、必死に抵抗して踏ん張る私。


 そんな時に。アレクシス様が穏やかに言った。


「父様とはもう話してある。だから、私達と共に来て欲しい」

「えっ……?」


 さらに、エリオット様がにこりと微笑む。


「アイリスはアルヴェリア家の恩人だ。この日を家族全員で迎えられたのは、君のおかげなんだよ」


 金色の瞳が真っ直ぐ私を見つめた。


「母様へ君の事を伝えたい。僕達を救ってくれた女の子が居るって」


 エリオット様は大切な願いを抱えるように、静かに微笑んだ。


「だから僕達と一緒に、追悼してほしい」


 その言葉に、私はぽかんとしてしまう。


 そして周囲を見回すと、この場に居る皆が私を見ていた。使用人達も騎士達も、当主様までもがこのやり取りを微笑ましく見てつめている事に気付く。背筋に冷たい汗が伝った。


 これは完全に、逃げられない案件だ。そう悟った私。


(せ、せめて事前に言ってよおお!?)


 さっきまで一緒にお茶してたでしょう!?


 そんな私の心の叫びを見透かしたように、エリオット様は悪戯っぽく笑った。


「だってアイリスに真面目にお願いしたら、断るか逃げようとしちゃうでしょ?」

「そ、それはそうですけどぉ!」


 すると、不意に使用人の列が割れた。


 当主様がゆっくりとこちらにいらっしゃって、息を呑む私に手を差し伸べた。


「アイリス嬢」


 低く穏やかな声。私は慌てて姿勢を正した。


貴女(あなた)がこの城へ来てから、止まっていた時間が少しずつ動き始めた」


 黄金の瞳が、静かに細められる。


「病に倒れた子供達が、こんなにも元気を取り戻した。我が妻が遺した愛しい家族に、笑顔が戻った。諦めかけていた奇跡が、この城に訪れたのだ」


 その声は静かなのに、不思議なくらい胸へ響いた。


貴女(あなた)は幸福を咲かせる少女だ。我が家に光を芽吹かせてくれた」


 そして、当主様は穏やかに微笑んだ。


「だから今日は、どうか私達と共に歩いてほしい。亡き妻へ、この奇跡を伝える為に」


 静かで、それでいて深く胸に染み入る当主様の言葉に、周囲の空気がふわりと(やわ)らいだ気がした。


「アイリス嬢、貴女(あなた)がこの城に灯してくれた温もりに、心から感謝している。本当に、ありがとう」


 次の瞬間には、参列していた使用人達や騎士達から、自然と祝福するような拍手が大きく広がっていく。


 私はというと、突然すぎる展開と、当主様直々の感謝の言葉に頭が真っ白になってしまい、心臓はばくばくと暴れ、残念ながら余裕がまるで無かった。


(む、無理ですぅ!? 皆に見られて……当主様から直々に感謝されてるぅ!?)


 そんな情けない悲鳴だけが、頭の中で延々と響いていたのでした。

この物語を読んで頂き有難うございます。

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