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勘当された泥まみれ令嬢は、公爵家に愛でられる  作者: 霞灯里
第7章 遺された想い

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第39話 公爵夫人の命日

 献花式で捧げる“白星花(アステリア)”を余分に準備したり、公爵家に振舞うハーブや焼き菓子を作ったり、お庭の草花を育てて整えたり。


 そんな穏やかな日々を過ごしているうちに、気付けばあっという間に奥様の命日が訪れていた。


 追悼献花式(ついとうけんかしき)の朝。


 空は雲一つない快晴で、窓から差し込む朝陽が白いレースを透かし、客室を柔らかな金色に染めている。

 庭園から吹き込む風には花の香りが混じり、まるで今日という日を祝福しているようだった。


 けれど今日は祝いの日ではなく、故人へお祈りを捧げる日。


 私は侍女さん達に手伝って貰いながら、公爵家が用意してくれた喪礼服(もれいふく)へと着替えていた。


 黒を基調にした格式高いドレスは、艶のある布地に繊細な刺繍が施されていて、喪服なのに思わず見惚れてしまうほど美しい。胸元には小さな“白星花(アステリア)”の銀刺繍が施され、静かな品格を感じさせる。


「アイリス様、とてもお似合いです」

「そ、そうですか……?」


 鏡越しに侍女さんがうっとりと微笑む。けれど私は、豪華すぎる自分の姿に落ち着かなくてそわそわしてしまった。


 そして着替えを終えた後、久しぶりに客室横のドレッサールームを覗いた私は、思わず硬直してしまう。


(……えっ?)


 ずらり。


 そこには以前には無かった大量のドレスが、美しく整頓され並んでいた。季節ごとの装いまで揃っていて、どれも明らかに質の良すぎる高級品。


 このお城に住み込み始めた頃は、私の侍女服と制服だけが収納された部屋だったはずなのに。


(ドレスが沢山……ふ、増えてるぅ!?)


 まるで昔からそこにありましたみたいな顔で増えている。


(い、一体、どなた様のドレスなのでしょうね……?)


 私はしばらく呆然とドレッサールーム眺めた後、そっと扉を閉めた。


 うん……見なかったことにしよう。


 もう最近は公爵家の日常に慣れてしまって、感覚がおかしくなってきている。


「アイリス、髪飾りはお姉ちゃんとおそろいよ」


 後ろから抱きつかれ、私は「ひゃっ」と肩を震わせた。


 振り返れば、黒の喪礼服に身を包んだルミエラお姉様が、眠たげな虹色の瞳を(またた)かせながら嬉しそうに微笑んでいる。


 腰まで流れる白銀の髪には、“白星花(アステリア)”を模した銀細工の髪飾り。私の髪にも、同じものが飾られていた。


「可愛いですよね、“白星花(アステリア)”の髪飾り」

「でしょう? 姉妹だからおそろいなのよ」


 もう当然のように姉妹だと言う彼女。


 すっかり元気を取り戻したルミエラお姉様は、何故か私達の客室に居着いてしまい、今では同棲状態になってしまった。


 最初こそ戸惑っていたけれど、毎朝抱きつかれ、毎晩一緒に寝て、隙あらば頭を撫でられ、お菓子を「あーん」してあげたりと、もう感覚が麻痺してきてそれが当たり前になりつつある今日この頃。


 でも、本当に嬉しそうにすごく可愛がってくれるから、心がぽかぽかする。きっとルミエラお姉様は妹が欲しかったんだろうなぁ、と思った。公爵家の女性は彼女一人だけだし。


 今日はアネッサさんだけでなく、お店をお休みにしてゼネブさんも来ている。着付けを終えた後、私達四人は客室の丸テーブルを囲み、ハーブティーを飲みながら追悼式までの穏やかな時間を過ごしていた。


 そんな時に不意に扉がノックされる。


「おはよう、アイリス、姉様」


 現れたのは、黒の喪礼服を纏ったエリオット様だった。


 金糸のような髪を整え、黒衣に身を包んだ姿は年齢を感じさせないほど端正で、窓から差し込む朝陽がその横顔を照らす様子は、まるで絵画の天使ように美しい。


 彼は私を見るなり、ぱあっと笑顔を浮かべた。


「礼服、似合ってるよ」

「あ、ありがとうございます」


 エリオット様は、私を見つけると本当に嬉しそうにする。


「天気にも恵まれて良かったね」

「はいっ。きっと庭園の“白星花(アステリア)”も、朝陽を浴びて綺麗ですよ」


「うん、見に行くのが楽しみだ」


 そう言いながら、彼は自然に私達と同じ席に腰掛けた。


(……ん?)


 こんな大事な日に、公爵家の二人が使用人の客室で普通にお茶してる不思議。こういう事が多すぎて慣れてしまったけど、よく考えたらおかしいよね。


 ぼんやりそんなことを考えていると再び、コンコンと扉が鳴った。


「失礼する」


 低く穏やかな声。部屋の扉が開いたその瞬間、私は盛大にお茶を吹きそうになった。


「ア、アレクシス様!?」


 燃えるような紅い瞳。すらりと伸びた長身。以前のふくよかな姿は無く、今の彼は“焔冠(えんかん)麗君(れいくん)”の異名そのもの。黒を纏う、紅玉の瞳の美青年がそこには立っていた。


 喪礼服の黒が彼の美貌を一層際立たせ、窓から差す朝光が赤い瞳に宿る様は、お伽噺(とぎばなし)の王子様みたい。


(し、心臓に悪い……!)


「兄様!? もう歩いて大丈夫なの!?」

「ああ、今日は調子がいい。もう多少なら動いても大丈夫だ」


「どうして兄様まで来るの?この聖域に」

「お、お前たちこそ何故ここに居るのだ?」


 エリオット様は驚き、ルミエラお姉様は冷淡だ。そんな二人に微笑みながら答えるアレクシス様。


(私も聞きたいです! 何故貴方(あなた)まで来るんですか!?)


 そして私をじっと見てから、彼は私の隣へ来て座った。


(近い近い近い!?)


「最近アイリスは私の部屋へ来ないからな……まだ時間があるし寄ったのだよ」

「そ、それは……!」


(だって……無理です! 今のアレクシス様にはまだまだ慣れません!)


 盛大に狼狽(うろた)える私。


「ここは姉妹の部屋よ? 女子だけの楽園なの。男子は去るべきよ」

「ルミエラ、ここはアイリス達の客室だ」

「兄様も、動けるようになったんだね……嬉しいよ皆で集まれるなんて……」


 とっても混沌(こんとん)とし始めた客室。


 ゼネブさんとアネッサさんは肩を震わせて笑いを堪えた顔をしているけれど、私は猛烈に混乱していた。どうしてか今、この客室に公爵家の最上に美しい三兄妹が勢揃いしている。


 金色の瞳の神童。

 炎を宿した麗君。

 虹色の美の化身。


 一人づつなら多少は耐性がついた。でもこの三人が同じ空間にいると、その格も三倍。まるで天上の国に迷い込んだような圧倒的な品格と存在感があって、平民な私は居たたまれなくなって震えてしまう。


 それなのに当の本人達は、私を囲んで楽しそうにお茶を飲んでいる。


(な、なんなのこの状況ぉ!? どうして私の部屋に集まるの!?)


 三人は嬉しそうに笑っていて、とても幸せそうだ。


 そんな賑やかなやり取りを見つめながら、不意に胸の奥が少しだけ締め付けられた。また、余計な思考が頭を(かす)めてしまう。


 奥様は、当主様と子供達を深く愛されていたと(うかが)った。


 そんな御方(おかた)が、こんなにも愛らしく、(とうとい)い子供達を残し、身投げをされるなんて……私にはどうしても思えなかった。


 笑い合う三人を静かに見つめながら、私は胸の奥の小さな違和感にそっと目を伏せた。

この物語を読んで頂き有難うございます。

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