表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勘当された泥まみれ令嬢は、公爵家に愛でられる  作者: 霞灯里
第7章 遺された想い

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/61

第38話 今を大事にしたい

 霊廟(れいびょう)の庭園から戻った私は、一休みした後に書庫へと足を運んでいた。


「ありがとう。庭園に“白星花(アステリア)”を咲かせてくれたようだね」


 私を見つけるなり、大量の書類に埋もれていたエリオット様が、ぱっと顔を明るくする。


 午前中も会ったのに、まるでずっと待っていた再会のような彼の嬉しそうな表情に、思わず瞬きを繰り返してしまった。


「はいっ、お仕事完了しました!」


 私が胸を張って答えると、彼はふっと肩の力を抜いたように微笑む。


「ごめんね、本当は僕も一緒に行きたかったんだけど……」

「分かってますよ。書庫を出る前、すごく悲しそうでしたもん」


 心底残念そうに言いながら、彼は机の上に積み上がった書類へ視線を落とす。


 そこには決裁待ちの書類、報告書、予算表らしき紙束まで山積みになっていて、14歳の少年が向き合う机とは到底思えなかった。


 彼はその山を睨みながら、むぅっと頬を(ふく)らませている。


「これは絶対、僕の仕事じゃないと思うんだ……」

「ふふっ」


 本当に忙しそうなのに、私が来ると毎回こうして嬉しそうにしてくれるから、胸が温かくなる。


「いえいえ、エリオット様はお忙しいですから。庭師さん達も手伝って下さいましたし、大丈夫でしたよ」


 少しだけ頬を膨らませる姿に、思わずくすりと笑ってしまう。


「庭園いっぱいに“白星花”が咲きましたよ! とっても綺麗でした!」

「うん、庭師達からも聞いたよ。皆すごく感動していた」


 エリオット様は優しい目をして頷く。


「母様は花が好きだったんだよ。アイリスと同じだね」

「そうみたいですね」


 そう言って微笑まれると、何だか照れてしまう。


「きっと“白星花(アステリア)”に囲まれた献花式(けんかしき)を、奥様も喜んでくれると思います」


 そう告げると、彼は静かに笑った。けれど、その後ふっと視線を伏せ、どこか遠くを見るような表情になる。


「……父様の心が、少しでも救われるといいんだけどね」


 その声音は、とても静かだった。


 脳裏に浮かぶのは、あの悲哀に満ちた当主様の瞳。静かで、穏やかで、けれど深い場所に消えない喪失を抱えたような眼差し。


 当主様はきっと、最愛の奥様が亡くなったのは、自分のせいだとお考えになられている。


「僕は、話でしか母様の事を知らないんだ」


 ぽつりと(こぼ)された言葉に、私は顔を上げた。


「僕達を、家族を、とても愛してたらしい」


 彼の表情の奥に寂しさが混じる。


「でも僕はまだ4歳だったからね。正直、母様のことを(ほとん)ど覚えていないんだよ」

「……そう、ですよね」


「だから亡くなった時も、何があったのか直接自分で見知ったわけじゃないんだ」


 その言葉に含みを感じ取り、思わず目を見開いてしまった。


 隣国の王女様で、公爵夫人。


 そんなお方の訃報(ふほう)は、ただの家族の不幸では済まないんじゃないかと思っていた。きっと、国と国を揺るがしかねない問題に発展しかねない。


 そんな考えが頭をよぎって、気付けば私は尋ねていた。


「奥様は本当に……身投げをされたのでしょうか……?」


 言った瞬間、やってしまったと思った。


(あああっ!? 無遠慮に聞いてしまったぁ!?)


 こんなこと、私が踏み込んでいい話じゃない! 


 けれど、そんな私を優しく見つめながら、エリオット様は静かに頷いた。


「うん。当時の現場や状況から、確かにそうだとしか考えられない。事件性は何もなかったようだ」


 内心で頭を抱えながら、彼の言葉が身に染みる。明瞭(めいりょう)聡明(そうめい)なエリオット様のことだ。きっと昔から、当時の出来事を裏で調べ続けてきたのだろう。


「でも、この目で見たわけじゃないからね」


 彼は少しだけ寂しそうに笑った。


「正直なところ、本当の意味では断定しきれない。十年も昔の事だし、分からなかった」

「す、すみません……立ち入ったことを尋ねてしまって……」


 私は慌てながら頭を下げる。


「いいんだよ、気にしないで」


 彼はいつものように、柔らかく微笑んだ。その笑顔が優しいからこそ、余計に胸が締め付けられる。


 流石(さすが)にこれ以上、何も聞けない。聞いてはいけない。


 そんな私の表情を見て、逆にエリオット様が気遣うように言う。


「僕達はきっと、母様の想いを継いで、忘れずに、生きていくしかないんだと思う」


 金色の瞳が、静かに細められる。


「過去を変えることは出来ない。だから残された僕達は、今を大事に生きて、幸せにならなきゃって思ってるよ」

「はい……」


「僕は、今ここに居てくれる人を大切にしたい。これから増えていく幸せを守りたいんだ」


 その言葉は、14歳の少年のものとは思えなかった。


「兄様も、姉様も、そして父様も。皆が元気になって、一緒にご飯を食べて、他愛ない話をして……そんな家族の時間を取り戻せたらって、願ってる」


 エリオット様はそう言って笑ったけれど、その笑顔は少しだけ切なかった。公爵家の子供たちが元気になって揃えば――止まってしまった当主様の時間も、前に進むと信じてる。


 彼は、家族の為にずっと頑張ってきたのだ。


 エリオット様と短い時間しか共にしていない私であっても、そこにどれだけの努力があったのか容易に想像が出来る。


「……はい、そうですね」


 だけど、私は私は胸の前で手をぎゅっと握り、か弱く頷くことしか出来なかった。


 何か役に立てたらいいのに。

 何か支えられたらいいのに。


 けれど私に出来ることは、何も無い。


「君が来てくれたから、前よりもずっと“今を大事にしたい”と思うようになったんだよ」


 そんな私を、エリオット様は少し照れながら優しく微笑んで、そっと(なぐさ)めてくれた。

この物語を読んで頂き有難うございます。

もし宜しければ、ブックマーク・評価を頂けると励みになり有難いです。

また、評価いただいた方、有難うございました!

今後ともよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ