第37話 アルヴェリア公爵家の霊廟
高くそびえる尖塔に、繊細な彫刻が施された大理石の柱、色硝子の窓には柔らかな陽光が差し込み、神秘的な佇まいをしている。
静謐でありながら圧倒される存在感があって、公爵家の重みを改めて思い知らされるようだった。
その霊廟を囲むように、美しく整えられた庭園が広がっている。
円形に刈り込まれた低木、生け垣の迷路のような小道、小さな噴水と白い石像が点在していて、丁寧に手入れされていた。中央へ続く参道の両脇には花壇が連なり、季節の花々が控えめに咲いている。
この庭園一帯を、奥様が生前愛した“白星花”で満たすのが私のお仕事。
「こちらです、アイリス様。庭の土は既に耕してありますので、いつでも始められますよ」
案内してくれた庭師さんが、帽子を取って穏やかに微笑む。
「ありがとうございますっ!」
目の前に広がる庭園を見ると、胸の奥が自然とわくわくしてくる。土はふかふかで柔らかく、適度に湿っていて、指先で軽く触れるだけで良い土だと分かった。
さすが公爵家の庭師さん達が管理しているだけあって、花が育つための環境が完璧に整えられている。
「こんなに土壌がいいなら、きっと元気に咲きますね」
しゃがみ込んで土を撫でながら呟くと、庭師さんは誇らしげに胸を張った。
胸元で《花の帳》をそっと抱きしめる。
こんなに広い庭園を任せてもらえたのだし、折角だから、狙った場所に、狙った数だけ、丁寧に"芽吹き"をする練習をしよう。
私は小旅行の中で、無意識のうちに特定の場所に思った数だけ植物を生み出していた事に気付いた。つまり、私のイメージ次第で生み出す力はコントロール出来る!
「よし……頑張るぞっ!」
私はそう心の中で呟くと、小さく拳を握って気合いを入れた。
目の前に広がる霊廟を囲う庭園を見渡す。静かな空気の中、遠くで噴水の水音だけがさらさらと響いていて、その音に背中を押されるように、私はそっと魔力を《花の帳》へ流し始めた。
(この庭園を、“白星花”で一杯にしたい!)
霊廟を囲む広い庭園を見渡しながら、私は胸の前でそっと《花の帳》を開いた。
庭師さん達が少し離れた場所で見守る中、私は深く息を吸い込み、亡くなった奥様に捧げる景色を想像する。ここにあの“白星花”が一面に咲けば、きっとこの霊廟は別世界のようになる。
霊廟へ続く白い石畳の道に沿って星々が降り積もるように、噴水の縁を囲うように、木漏れ日の下で風に揺れるように――そんな幻想的な風景を、ありありと想像しながら魔力を指先へ流していった。
「”芽吹き”……白星花」
囁くように唱えた。
ふわり、と。
まるで春の訪れを告げる精霊が通り過ぎたかのように、柔らかな風が庭園を駆け抜けた。次の瞬間、《花の帳》から溢れた無数の光の粒子が、一斉に空へ舞い上がる。
「わわっ……!?」
それは今まで見たどんな”芽吹き”よりも規模が大きく、そして美しかった。陽の光を受けてきらきらと瞬く粒子は、まるで白銀の雪が逆さに舞い上がったようで、庭全体が淡い光に包まれていく。
光の粒子はゆっくりと地面へ降り注ぎ、土に触れた場所から次々と芽が伸び、茎が育ち、つぼみが膨らみ――そして一斉に花開いた。
ぱあっと、世界が白く染まる。
幻想的に、名の通りの夜空の星を模したような六枚の花弁が瞬く。風に花々が揺れて、まるで地上に広がる星海のようだった。咲き乱れた白星花は凛として、息が止まるほど綺麗だった。
「す、すっごい……綺麗……!」
呆然と呟く私の声に、真後ろから唐突に声が重なる。
「すごいわね」
「ひゃああっ!?」
するり、と細くしなやかな腕が後ろから私の首元に巻き付き、そのまま抱き寄せられる。
驚きすぎて飛び上がりながら振り返ると、そこには眠たげな虹色の瞳を瞬かせるルミエラお姉様がいた。
「これがアイリスの力なのね……お姉ちゃん、感動したわぁ」
「る、ルミエラお姉様!? い、いつの間に!?」
本当にいつ来たのか分からなかった。神出鬼没すぎる!
「こんなところまで出歩いちゃ駄目です! まだ病み上がりなんですよ!?」
慌てて顔だけ振り向くと、お姉様は私をぎゅっとしながら、ぽやぽやした顔でこくりと頷いた。
「大丈夫よ、しゅわしゅわ飲んだし。美味しかったわ」
「それはお薬ですからね!? 果実水じゃないです!」
彼女は私の訴えを全く気にした様子もなく、私の手元の《花の帳》を覗き込んでいた。
「《花の帳》……植物魔法、というより概念魔法と呼んだ方が近いわね。とても稀有な力よ」
「えっ……そ、そうなんですか?」
その真面目な声音に、私は少しだけ目を丸くした。
いつもの雰囲気とは違って、その時のお姉様の表情は真剣だった。虹色の瞳が静かに私と《花の帳》を見つめていて、どこか知識を探る学者のような鋭さがある。
やっぱり、ただのお茶目なお姉ちゃんじゃないんだ……。
そう思いながら図鑑を見ると、”白星花”のページにある文字が記されている事に気が付いた。
「あっ……気づかなかった。”白星花”は花言葉をもってるんですね」
「花言葉ってなあに?」
「花に人が祈りや願いを込め続けると、その想いが長い年月を経て花に宿って、意味として実ることがあるんです。植物にまつわる言い伝えみたいなものですね」
お姉様は興味深そうに顔を寄せてきて、私の肩越しにページを覗き込んだ。
「“白星花”の花言葉は……故郷への想い、変わらぬ祈り、帰る場所……」
眠たげな虹色の瞳が静かに揺れる。
「……母様らしいわね」
「そうなんですか?」
「母様は隣国の王女だったの。その国では、この“白星花”が国花なのよ」
「えっ……王女様!?」
思わず変な声が出てしまった。
「母様はとても綺麗な人だったって、皆が言うわ。よくこの花を見ながら、故郷の話をしていたらしいの」
公爵夫人が他国の王家の方だったなんて。改めてアルヴェリア家のとんでもなさを思い知る。
「私とエリオットは幼かったから、母様の事をあまり覚えていないのよね」
「そうですよね……」
ぽつりと落ちたその言葉に、私は何だか胸が締めつけられた。
「父様とは恋愛結婚だったそうよ。視察で訪れた隣国で出会って、身分差も国境も越えて一緒になったって……絵本みたいでしょう?」
たしかに、絵本のような物語。けれどその結末を知っているからこそ、胸が痛くなる。
愛する人と、天国にまで一緒に行こうとした奥様。
遠い祖国を想いながら、この家を自分の居場所として愛した奥様を想うと、白星花の花言葉が切なく感じられた。
そして当主様の、静かで深い悲しみを湛えた金色の瞳を思い出す。
エリオット様は、元気になったアレクシス様とルミエラお姉様の三人で、当主様の心を少しでも癒したいと願っていたのだと思う。
(何か……役に立てたらいいけど……)
けれど、踏み込むべきじゃない。部外者の私が軽々しく触れていいはずがない。これは家族の、とても大切で繊細な傷だ。
だからせめて。この庭園の”白星花”が、少しでも当主様の心を慰めてくれますように。
私はそう、祈ることしか出来なかった。
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