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勘当された泥まみれ令嬢は、公爵家に愛でられる  作者: 霞灯里
第6章 家族の灯火

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第35話 温かい食卓

 夜の晩餐の間は、いつもよりもずっと華やかな空気に包まれていた。広い食卓の空気が柔らかく、燭台に灯る金色の炎まで楽しそうに揺れて見えた。


 何故なら普段はエリオット様とアネッサさん、私の三人で囲む食卓なのだけれど、今夜はそこにルミエラお姉様が加わっているからだ。


 ……いや、正しく言うなら、加わったというより。


 大浴場を出たあと、眠たげな虹色の瞳をとろんと細めたまま、ルミエラお姉様が私の夜着の裾をそっとつまみ、そのまま離れなかったので、結果として晩餐の間まで一緒に来てしまった、というのが正しい。


「お、お姉様!? 本当に動いて大丈夫なんですか!? ついこの前まで寝たきりでしたよね!?」


 廊下を歩きながら何度も確認したのに、そのたび彼女はふわりと白銀の長い髪を揺らし、夢の続きを見ているような微笑みで答える。


「少しなら大丈夫よ」


 ……いや、少しじゃないですよね?


 お風呂に入って、そのあと食堂まで歩いて来て、しかも途中でお庭を眺めてましたよね?


 そんな私の心の叫びとは裏腹に、食卓へ姿を現したルミエラお姉様を見た瞬間、エリオット様は目を見開き、それから心底嬉しそうに頬を(ほころ)ばせた。


「姉様……! 本当に起きて来られたんだね」

「ええ、お腹が空いたもの」


 あまりにも自然な返事に、私は思わず吹き出しそうになる。


 それなのに、その言葉を聞いたエリオット様はくしゃっと笑って、席を引いてあげた。長い年月、姉がまともに食事を摂れなかったことを知っているからこそ、その一言がどれほど嬉しいのかすぐに分かった。


 そして、ルミエラお姉様の食欲の回復には驚かされた。


 最初こそ上品にスープをひと匙ずつ口に運んでいたものの、一口飲んだ瞬間、虹色の瞳がぱあっと輝き、そのまままるで何日も食べていなかった小動物のように、夢中で食べ始めたのだ。


「……おいしい」


 その小さな呟きには、しみじみとした幸福が滲んでいて、見ているこちらまで胸が温かくなる。


 パンをちぎってスープに浸し、仔羊の肉を小さく切って頬張り、果実をつまんではとろんと目を細める。痩せすぎている身体のどこに入るのか不思議になるくらい、彼女は私たちと同じ量をぺろりと平らげた。


 エリオット様は、何度も食事の手を止め、その様子を潤んだ瞳で見つめていた。


 お姉様が目覚めて一緒に食事している。それだけのことが、彼にとっては夢みたいな光景なのだろう。金色の瞳が潤んでいて、けれど泣くまいと笑顔を作っているのが分かって、私まで胸がいっぱいになる。


「お姉様、ほっぺにソースがついてますよ」


 気づいて思わず声を掛けると、彼女はきょとんと私を見たあと、首を傾げた。


「あらぁ? どこかしら」

「こ、ここです」


 私はナプキンを取って身を乗り出し、白い頬にちょこんとついたソースをそっと拭ってあげる。すると彼女は、まるで撫でられた子猫みたいに目を細めて、ふにゃあと柔らかく笑った。


「ありがとう、アイリス」


 その笑顔があまりにも綺麗すぎて、同性の私ですら一瞬息が止まる。本当に、美の化身のような方だ。でも、どこかぽやぽやしていて、少し目を離すとどこかへふらふら歩いて行きそうな危うさがある。


 私とルミエラお姉様のやり取りを見ていたエリオット様が、不思議そうに目を丸くした。


「いつの間に二人はそんなに仲良くなったの? 姉様、寝たきりだったのに」


(私が聞きたいです!)


 心の中で叫ぶ私をよそに、ルミエラお姉様はもぐもぐしながら、当然のように言った。


「生まれた時からよ、お姉ちゃんだからね」


(私は公爵家の人じゃありません!!)


 こうして晩餐は終始穏やかで、笑いの絶えない時間になった。長く止まっていた時間が、ようやく動き出したようだ。その光景があまりにも幸せそうで、私は食後のハーブティーを飲みながら胸の奥で思う。


 ――本当に、治ったんだ。エリオット様の奇跡の薬が、この家族を救ったんだ。


 そう思うと、自分のことみたいに嬉しくて、頬が自然と緩んでしまった。




 ◇◇◇




 そして――。


 その幸せな晩餐のあと。問題は、そこからだった。


 時刻はすっかり深夜を回り、私は自室として借りている客室へ戻ってきていた。


「あ、あの……ルミエラお姉様?」

「どうしたの? アイリス」


 彼女は相変わらず眠そうな顔で、ふわあと小さな欠伸(あくび)をしながら、私のすぐ後ろを付いてきている。その距離、ほぼぴったり。影のようにぴたりと付いて来る。


 私は自分の寝室の扉を開けたところで、ようやく振り返った。


「ええと……私、今日はもう寝ようと思ってるんですけど……」

「ええ、そうね」


 こくり、と彼女は頷く。そして次の言葉に、私は固まった。


「早く寝ましょう? 私も眠たいわぁ」

「……はい?」


 彼女は当たり前のように私の寝室へ入り、そのままベッドへ向かった。理解が追いつかない。いや、意味は分かる。分かるけど、分かりたくない。


「も、もしかして……一緒に寝る気ですかぁ!?」


 思わず裏返った声が出る。

 すると彼女は振り返り、不思議そうに瞬きをした。


「もちろん、姉妹は一緒に眠るものなのよ? 当たり前じゃない」


 一切迷いなく言い切った。


「姉妹って、そういうものなんですか!?」

「そうよ? アイリスはいじめられて、そうしてもらえなかっただけ」


 白銀の長い髪を揺らしながら、ぽやぽやした表情で彼女は断言した。


 絶対違うよね!?


「だ、駄目です! お姉様はまだ病み上がりなんですよ!? 何かあったらどうするんですか!?」

「大丈夫よ。アイリスと一緒に眠れば、もっと元気になるもの」


 もはや意味が分からない。ルミエラお姉様はにっこり微笑んで一歩も引かなかった。私の袖をつまみ、眠たげな瞳でじっと見つめてくる。


「いやいやいや、流石にそれは駄目ですって……!」


 その瞬間だった。ルミエラお姉様の長い睫毛(まつげ)がふるりと震え、虹色の瞳が潤み、涙が頬を伝う。


「あぁ……妹が、一緒に寝てくれない……」

「わ、わわっ!?」


「やっぱり……私を、お姉ちゃんと思ってくれてないのね……他人と思ってるのね……」

「ち、違います違いますぅ!」


 彼女は両手で顔を覆い、肩を小さく震わせる。


「あっ、ああ……も、もうっ、分かりましたっ! 一緒に寝ましょう!」


 顔を覆った指の間から、彼女がしてやったりな表情を浮かべ唇をぺろっと舐めた瞬間を、私は見逃さなかった。


 涙はどこへいったんですかぁ!? さっきまでの悲壮感はぁ!?


 思わずじとっと見つめてしまったけれど、ルミエラお姉様はそんなことお構いなしに上機嫌で私の手を取り、ベッドへ向かう。


「さあ、眠りましょう、アイリス。姉妹の大切な時間よ」

「……は、はぁい……」


 もう逆らう気力も残っていなかった。


 結局その夜、私は広いベッドの中で、白銀の髪から花の香りを漂わせるルミエラお姉様に、優しく抱きしめられながら眠ることになった。

この物語を読んで頂き有難うございます。

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