第32話 焔冠の麗君
強い属性魔力を持つ者は、年を重ねるごとにその力が瞳へ色として現れることがあるらしい。
属性魔力を持たない私は、生まれつき母から受け継いだ翡翠色の瞳。だけど、アルヴェリア家の皆はどこか特別だった。エリオット様と当主様は澄んだ黄金色。アレクシス様は火属性に強く愛された燃えるような真紅。
そしてルミエラ様に至っては赤、青、緑、黄の四色がひとつに溶け合う、神話の宝石のような瞳をしていた。
そんな彼女が目を覚ましてから二日。
ルミエラ様は驚くほど回復が早く、長らく拒食だったとは思えないほど食欲旺盛で、「お腹空いた」「甘いお菓子が食べたい」「しゅわしゅわ飲みたい」と元気に侍女さんにおねだりしてるみたい。
まだ寝たきりで安静にしてるけど、順調に回復してるようでほっこりする。お城の皆の表情がすごく明るくなっていて、エリオット様もようやく肩の荷を下ろしたようにすごく晴れやかだ。
でも彼は、旅の間に溜まった領地仕事に追われて忙しくなってしまい、渋い顔をして書庫で書類に追われてる。
私は時間に余裕が出来て、アネッサさんと広いお庭で草花を育てたりと、自由にのびのびと過ごし始めた。
ハーブクッキーを包みに入れて、小旅行から帰った挨拶を口実にここへ来たのも、半分は差し入れで、もう半分は――ただ彼とおしゃべりしたかったからだ。
私の憩いの場所、お城のオアシス。
つまりは、アレクシス様のお部屋。
病床に伏している彼は、ふくよかで穏やかな雰囲気の、気さくで親しみやすい方だ。大きな身体でよく笑いながら話を聞いてくれて、いつも私のクッキーを楽しみにしてくれていた。
だから、ルンルンと彼の部屋を訪れた私は何の躊躇いもなく扉を叩いたのだ。
いつものように、彼がふくよかに迎え入れてくれると、思い込んだまま。
◇◇◇
その真紅の瞳が、真正面から私を見つめていた。
「妹まで治してくれて、本当にありがとう」
「い、いえ……そんな……エリオット様が頑張ったからですよ」
いつものように彼は嬉しそうに微笑みながら、私を歓迎してくれた。
だけど――。
「それで旅は、どうだった? 少しは楽しめたか?」
「えっ、あ、ええとっ……フワフワ草がすごく可愛くて、その……抱きしめたりして……」
以前のように、彼の瞳に目を合せられない。顔に熱を感じ俯いたまま、どきまぎしてしまう。
「はははっ、相変わらずだな」
窓から差し込む午後の陽射しが、ベッドで上半身を起こしたその人の輪郭を照らし、瞳をルビーのように煌かせている。確かにアレクシス様だ。でも――
(ア、アレクシス様が……や、痩せている……!?)
まるで別人だった!
頬を覆っていた丸みはすっかり消え、輪郭はすっきりと研ぎ澄まされ、鼻筋は高く、すっと通っている。
長い睫毛の影を落とす真紅の瞳は深く艶やかで、肩まで流れる白銀色の髪が陽光を受けて揺れる。元々整っていた顔立ちが、容赦なく”完成”されてしまってる。
本当に絵画から抜け出してきた王子様のようだった。とんでもなく凛々しい美青年がそこには居た。
(ふ、ふくよかなアレクシス様は……どこへ……!? どこに行っちゃったの……!?)
体が回復に向かってるすごく喜ばしい証なのに……大変失礼なことを考えてしまう私。
(そ、そりゃ減量効果の薬と、ハーブティーとクッキーも召し上がってたけど……!)
そ、それでも、こんなに人って変われるの!?
頭が追いつかない! エリオット様のお薬、すごすぎない!?
ついこの前まであんなにふくよかで大きかった人が、たった二週間程度でこんなにも変わるなんて思わない!こんな……こんな、物語に出てくる王子様になるなんて聞いてない!
(わわっ、だめだ、直視できない……!)
アレクシス様は穏やかな眼差しで、そんな私を不思議そうに頭を傾けながら見つめてくる。彼はかなり回復している様子だけど、まだ立ち上がり動く事は眩暈がして辛いらしい。
「まさかドラゴンに遭遇するなんてな……怖かっただろう?」
「そ、そうなんです! 前にお話したラフレシアが、役に立ったんです!」
彼は「そうか」とにこりと微笑み、告げた。
「次の機会があれば、私がアイリスを守るよ」
「……えっ?」
その言葉に一拍を置いてから、みるみると熱が顔に昇って来た。胸が早鐘を打って、目がばしゃばしゃ泳いでしまう。
(い、いや……結構ですう……!)
アレクシス様は病気になる前、王宮魔術士の団長を務めていたらしい。以前は想像すらついていなかったけど、今の彼の姿を見るているとその片鱗さえ感じてしまう。
頭の中は大混乱のるつぼと化していた。私は動揺を隠しきれずに立ち上がる。
「じゃ、じゃあ今日はこのくらいで……! ゆっくり休んでくださいね」
「ま、待って!」
逃げるように告げる私に、アレクシス様の手が伸びて私の袖口を掴んだ。
(ひゃ、ひゃああ!?)
「ど、どうした? どうして私から目を逸らすのだ? 何か問題でも?」
「い、いえ!? そんな事ありません!」
敢えて言うと、貴方が痩せたのが問題ですぅ!
「何か気に障ったなら、謝罪する」
「ち、違うんです! そ、そんな、何もありません!」
ち、近い!!
私は顔真っ赤で慌てまくった。心音が煩いほど鳴って、ぐるぐると頭が回りもう限界だった。
「ご、ごめんなさい……私……! 凛々しい殿方に慣れてなくて……っ!」
「は?」
アレクシス様はきょとんと目を見開き、それからゆっくりと理解したように頷いた。そんな彼の頬がみるみる赤く染まっていく。それを目にして更に焦る私。
「格好いい人は苦手なんですぅぅぅ!」
「ア、アイリス!?」
大混乱のまま私は彼の手を振りほどき、とても無礼で意味不明な捨て台詞を叫びながら、私はこの部屋から脱兎のように逃げ出すのでした。
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