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勘当された泥まみれ令嬢は、公爵家に愛でられる  作者: 霞灯里
第6章 家族の灯火

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第31話 虹色の宝石

すみません、現実世界がとても忙しく、しばらくの間は不定期更新になりそうです。

 【 四環の(アルカナ・)調律薬(ハーモニクス) 】を沢山つくって、私達はそのまま彼のお姉様——ルミエラ様のお部屋へ向かうことになった。


 できたばかりの虹色の小瓶を籠に入れて、大事そうに抱えたエリオット様の横顔は、いつもよりずっと硬く見えた。ルミエラ様の病気が本当に治るのか不安なのだろう。


「あ、あの……本当にいいんですか? 私も一緒で……」


 そんな中、私は部屋の前で足を止めてしまう。


 彼にとって何より大切なひと時で、私が居ていいのだろうかと思ったけど、エリオット様は振り返って、微笑みながら言った。


「一緒に居てほしい。アイリスがいたから、この薬は作れたんだ」


 その言葉は真っ直ぐで、結局そのままついて行くことに。


 部屋の扉が静かに開かれ、私達は静かな部屋へ入る。窓から差し込む柔らかな午後の日差しが、天蓋付きのベッドを照らしていた。


 ベッドに眠っているルミエラ様に、私は再び見惚れてしまう。病に侵されてるとはっきり分かるほど衰弱しているのに、それでもなお、美しい。


 雪みたいに白い肌は透けるほど薄く、長く流れる髪は絹糸そのもののような白銀色で、寝台いっぱいに広がっている。体は痩せ細ってしまっているのに、その儚ささえ神秘的で壊れそうな陶器の人形のようだ。


 エリオット様はベッド脇に膝をつくと、虹色の小瓶をそっと開け、零れないようにハンカチを添えながら彼女の唇へ近づける。


「姉様……頼む……治ってくれ……!」


 祈りの言葉が紡がれる中、虹色に煌めく液体が、雫となって少しずつ彼女の唇へ落ちていく。意識のない人に薬を飲ませるのは難しい。固唾を呑んで見守っていたのだけど————


 こくり。


「あっ……! う、動いた……!」

「飲んでくれてる……!」


 かすかに、彼女の喉が動いた。


 もう一滴、更にまた一滴。

 ルミエラ様の喉は確かに動き続け、口は小さく開かれまるで乾ききった身体が水を求めているかのように、自然とそれを飲み込んでいく。


 やがて、小瓶一本分がすべて空になった。先ほどまで苦しそうに寄せられていた眉間が、少しずつ解けていく。


「……せ、全部、飲みましたね」


 私が呟くと、エリオット様は唖然としながら彼女を見つめていた。


「驚いた……こんなに素直に飲んでくれるなんて……」

「きっと治りますよ、絶対!」


 私は自分でもびっくりするほど力強く言った、そう信じたかった。だって、エリオット様が努力を重ね頑張って作った薬なのだから————


 ルミエラ様の様子を見ようと、少しだけ身を乗り出した時だった。


「……んっ」


 小さな吐息が漏れた。


「えっ……?」

「ね、姉様……!?」


 その瞬間は唐突に……ルミエラ様の瞼と睫毛がぴくりと震え、一度ぎゅっと閉じたあと————ゆっくりと開かれた。


 そして——ばっちり、彼女と目が合ってしまう。


(わっ、わわっ!?)


 思わず後ろへ飛び跳ねそうになった。その瞳があまりにも綺麗すぎたから。


 ルビーの深紅、サファイアの蒼、エメラルドの緑、琥珀の黄金。四つの色彩。


 煌めく四つの宝石を閉じ込めたように、瞳が角度によって色が揺らめき変わってる。ありえない色彩が宿っていて、まるで神が遊び心で作った宝石のようだった。


 そんな虹色の瞳が、まっすぐにじっと私を見つめている。


「き……綺麗……!」


 呆然としながら、思わず本音が漏れてしまった。すると、その虹色の瞳がゆっくり瞬いて、小さな唇がかすかに動く。


「……可愛い」

「えっ?」


 固まる私の横で、エリオット様が感動に震えていた。


「ね、姉様……目が……覚めたんだね……!」


 その声は、今にも泣き出しそうだった。

 ルミエラ様はぼんやりと天井を見上げてから、ゆっくり彼に視線を移す。


「……エリオット……ここは……? 私は一体……?」

「病で倒れて……ずっと眠ってたんだ……やっと……やっと薬を作れたんだよ……」


 彼はもう声を抑えられていなかった。ぽろぽろと涙が零れ落ちる。ルミエラ様は少し考えるように目を伏せ、そして優しく微笑んだ。


「……そう、そうだったわね……ありがとう」

「兄様も治したんだ……姉様も治った……! これでもう……」


 そこまで言って、エリオット様の声が途切れた。


 次の瞬間。


「うっ……うわぁあああ……っ」


 彼はルミエラ様の手を両手で握りしめ、そのまま顔をベッドに伏せて泣き崩れた。年相応の少年のように。


 きっと、ずっと我慢していたんだ。公爵家を一人で背負い、その重さに負けずに足掻いて、家族を治すことだけを願い、ひたすら走り続けてきた。


 その悲願が今、ようやく叶ったんだ。


「エリオット……頑張ったのね。一人にしてごめんなさい」


 奇跡って、起こせるのね。


 その瞬間に立ち会えて、私の胸まで感動でいっぱいになった。




 それから少しして、ルミエラ様が上目遣いで私を見る。


「……あなたは……だあれ?」

「あっ! わ、私はアイリスといいます。街で花屋を営んでます」


 エリオット様が涙を拭いながら顔を上げた。


「アイリスは僕達の恩人だよ。彼女が居たから、この薬を作れたんだ」


 ルミエラ様の虹色の瞳が、ぱちぱちと瞬く。そして、じっと私を見つめた。


 な、なんだろう……?


 何か変だったかなと思っていると、彼女がにっこり微笑んだ。


「……そう……アイリス……ありがとう」


 その笑顔が、同性の私でもどきっとするくらい綺麗で戸惑っている中、彼女はぺろっと小さく唇を舐めた。


「……しゅわしゅわが……飲みたい」

「えっ?」


「まだ口の中に残ってる……しゅわしゅわ……おいしかった」


 エリオット様と顔を見合わせる。それって、お薬のこと?


「……姉様、それは薬なんだけど?」

「もっと飲みたい」


 すごく真剣な表情だった。私たちは困惑してしまう。


「お薬、そんなに飲んで大丈夫なんですか?」

「うーん、分からないけど。飲みたいという事は体が薬を欲しがってるのかもしれない」


 結局、私達はもう一本だけ飲んでもらうことにした。ルミエラ様は目を細めて、こくこくと自分から飲んでいく。まるで果実酒でも飲んでるような幸せそうな顔だった。


「おいしい……」


 拒食だと聞いてたのに、なんだか食いしん坊な子みたい。そして飲み終えると、今度は鼻をすんすんさせながら私を見た。


「アイリス……いい匂いがする……」

「えっ?……あっ!」


 そうだ!


「目を覚ましたら食べて欲しいなって、クッキーを焼いてきたんです」


 私はポケットから小袋を取り出した。食べやすいようにちっちゃい、乾燥フルーツ入りで栄養価も高い、小粒のハーブクッキー。


 その袋の中を見た瞬間、ルミエラ様の虹色の瞳がきらきら輝いた。


「……いい匂い……お腹空いた……ちょうだい」

「えっ?」


 今、起きたばかりなのに食べるの?


 再びエリオット様と顔を見合わせる。


「姉様はずっと何も食べられなかったんだ……食欲があるのはいい傾向だと思う」


 そんなこんなで結局食べて貰うことになって、私は一粒ずつ彼女の口へ運ぶ。小さく唇を開けて、幸せそうにもぐもぐと食べる姿は、年上なのに可愛らしくて何だか小動物のようだった。


「おいしかった……また食べたい」

「ふふっ、また今度、作ってきますね」


 結局、彼女はクッキーを全部ぺろりと食べてしまった。食べ終えたあと、ルミエラ様は満足そうに目を細めながら、満面の笑顔を浮かべた。


 自然と笑い声が部屋に溢れる。


 この光景を見ているだけで胸がいっぱいになる。彼の力になれて、役に立てて、本当に良かった。そう心から思えるほど、温かいひと時だった。

この物語を読んで頂き有難うございます。

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