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勘当された泥まみれ令嬢は、公爵家に愛でられる  作者: 霞灯里
第6章 家族の灯火

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第30話 四環の調律薬

 素材収集の小旅行から帰ってきて、暫らくのお暇を頂き三日が過ぎた。


 生活は穏やかな日常へと戻っていく。


 『ハニーペタル』は相変わらず繁盛していて、旅の間は特に問題はなかったらしい。ゼネブさんがしっかり庭の植物の世話をしてくれていて、草花も元気だった。


 店内を見回せば、公爵家から派遣されてきた侍女さん達が今日もきびきびと働いている。


 注文を受ける人、焼き上がったお菓子を包む人、商品を案内する人。全員がきっちりした制服姿で、所作も洗練されていて、完全に従業員として馴染みきっている。


 ……いや、馴染みすぎていた。


 私はクッキーの生地を捏ねながら、ちらりとその光景を眺めて首を傾げる。


(う、うーん……?)


 お店のお手伝いさんって、私が公爵家のお仕事で不在の時の補佐って話だったよね?


 それなのに、いつの間にか普通に毎日居る。常駐してる。

 朝から閉店まで居る。しかも、すごく自然に。


(……これっていいのかな?)


 もちろん助かってる。ものすごく助かっている。

 おかげで私は植物の世話やハーブ作りに集中できるし、売り上げだってびっくりする程増えている。


 でも、よく考えたらおかしい。


 公爵家の侍女さんが平民のお店に常駐でお手伝いって、絶対におかしい。


(でも、うちはもう御用達の商会になったし……いいのかな?)


 そう思って、自分を納得させようとした時だった。


(何だか、公爵家に囲われてるみたい……ん?)


 ふと、その考えが妙に胸の奥で引っかかった。


 お店は公爵家御用達で侍女が駐在し、出資もしてくれて共同経営してるような状況。そして、ちょっとした助手のはずだったのに、お城ではいつの間にかエリオット様の副官扱い。


 アルヴェリア公爵家は大貴族、私はただの平民なのに。公爵家の馬車がお店に私を迎えに来るのが当たり前になっている。


 そんな一つ一つがあり得ない話なのに、流してしまうくらい自然な日常になっていた。あまりにおかしな現状に、今更気付く。


(……あれ?)


 生地をこねる手が止まる。


(……本当に囲い込まれてる? )


 その言葉が再び頭に浮かんだ瞬間、すとんと腑に落ち背筋にぞわりと寒気が走った。


(えっ……待って待って!?)


 よく考えたら逃げ道なくない?


(いやいやいや……まさかね!?)


 ぶんぶんと頭を振って、必死に勘違いだと自分に言い聞かせていた時。


「アイリス様!」


 ぱたぱたと一人の侍女さんが駆け寄ってきた。その呼びかけに、ぴくっと肩を震わせる。


(その“様”がそもそもおかしいんだよね!?)


 平民の花屋の娘に、どうして敬称をつけるの!? やっぱりおかしいよね!?


 ぐるぐると頭が混乱している私に、侍女さんは何事もない顔で一礼した。


「エリオット様から伝言です。手配していた”ユニコーンの螺旋角”が到着したそうで、急ぎご来城いただきたいとのことです」


 次の瞬間、私の意識は全部そちらへ飛んでいた。


「えっ……! 本当ですか!?」


 待ち望んでいた連絡だった。


(つ、ついに、薬が作れる!)


「すぐ行きます!」


 思わず大きな声で返事をしてしまい、侍女さんがくすりと微笑んだ。




 ◇◇◇




 これで【 四環の(アルカナ・)調律薬(ハーモニクス) 】に必要な素材はすべて揃った。お薬を作る為、私は急ぎお城へ向かった。


 中庭へ案内されると、そこには荷台があり集めた素材が整然と積まれていた。ここで作業する理由は”焦炎樹”が大きいから。一角に木を生やせる場所が確保され、すでに準備は整っていた。


 既に中庭にはエリオット様の姿があった。普段は落ち着いている彼が、頬は少し上気し瞳には抑えきれない期待が宿っている。使用人と騎士もいる。


「ついに……作れる!」


 震えるような声だった。どれだけこの日を待ちかねてたのか伝わってきて、私まで胸が高鳴ってしまう。


「良かったですね、エリオット様」

「ああ!」


 彼はゆっくりと頷き微笑むと、大きく深呼吸した。そして静かに片手を掲げる。


「《錬金の神匠(デウス・アルケミア)》」


 淡い光が渦を巻き、大きな錬金釜が中庭に現れた。それは何度見ても胸が躍る光景だった。

 エリオット様は慎重に素材をひとつずつ手に取り、釜へ入れていく。


「”ユニコーンの螺旋角”……”虹翅蝶(こうしちょう)の鱗粉”……”薬草”……そして”清流の霊水”」


 素材が釜に沈み霊水が注がれた瞬間、内部で淡い虹色の光が揺らめいた。


「アイリス、一種類ずつ属性植物を生み出してくれ。”焦炎樹”は最後だ」

「はいっ!」


 属性植物は適した土地でないと枯れてしまうので、この場で生み出して即座に釜へ入れる。私は《花の帳(フローラル・レコード)》を開き、魔力を込めた。


「まずは……”地脈毛草”!」


 本の上にさらりと現れた茶色の毛束を差し出すと、彼は大事そうに受け取り釜へ入れた。


「次は、”フワフワ草”です!」


 ぽんっと光の中から出現したまん丸の綿毛を、私はついぎゅっと抱きしめてしまう。


「”水鏡睡蓮(みずかがみすいれん)”!」


 光の粒子が集い、白い花弁を揺らす睡蓮が揺らめく。地上であっても幻想的で美しかった。


「そして最後に、”焦炎樹(しょうえんじゅ)”ですね!」

「レニウス、木が生えたら枝の伐採を頼む」

「はい!」


 エリオット様に呼ばれた騎士が剣を構えた。

 私は彼が示した一角に向かい、両手で本を抱える。


「『芽吹き(グロウ)』」


 光の粒子が地面に吸い込まれ、赤黒い幹を持つ”焦炎樹”が生えてきた————次の瞬間、レニウスさんの姿がぶれて、瞬きの間に”焦炎樹”の枝がすべて地面に落ちていた。


(えっ……? はやっ……!?)


 剣を抜いた瞬間がさっぱり分からなかった。唖然とする私をよそに、エリオット様は枝を拾い集めて釜へ入れていく。


「よし……これで全部だ」


 その声は震えていた。彼は両手を釜へかざし、魔力を注ぎ始める。


 錬金釜が渦を巻き、その中から虹色の光が一気に膨れ上がり、中庭を照らしていく。

 まるでこの世界が、完成を祝福しているようだった。


 やがて。


「ぽぉん!」


 毎度の機嫌の良さそうな音が響く。


 エリオット様が震える手で釜の中へ腕を差し入れ、取り出したのは——薄い虹色に輝く液体の入った小瓶だった。


「できた……」


 光を受けて、液体の中に”火水風土”の4つの属性色がゆるやかに溶け合っている。あまりにも綺麗な、虹色の薬。


「できたあ!【 四環の(アルカナ・)調律薬(ハーモニクス) 】完成だ!」

「わあぁ!」


 彼はさらに釜の中を覗き込み、次々と小瓶を取り出していく。1つ、2つ、3つ……。10を超えてもまだ続き、最終的には20本近くになった。


「一回でこんなに沢山作れたよ」


 エリオット様の顔に、年相応の少年らしい満面の笑みが広がっていた。


「よし、もう少し余分に作ったら、姉様に飲ませに行こう!」

「はぁい!」


 旅のすべての思い出が、この薬へと繋がった。


 空には穏やかな陽射しが降り注ぎ、中庭を吹き抜ける風が花の香りを運んでいた。

この物語を読んで頂き有難うございます。

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