第29話 焦炎樹
ドラゴンという最強の魔物と遭遇しながら、怪我人こそ出たものの誰一人欠けることの無い完璧な勝利に、全員が興奮冷めやらぬ様子でいた。
どうやらファイアドラゴンは、本来ならイグニス火山の更に最奥――火口付近に生息しているようで、普通ならこんな山の麓まで下りてくることは無いらしい。
「もしかすると……”黒香草”の魔物除けの臭いが火口近くまで届いて、怒って飛び出してきたのかもしれないね」
エリオット様が遠い目をしながら呟く。
「ドラゴンって、そんなに嗅覚が鋭いんですね……」
(何て臭い奴らなんだって、思われてそう……)
脳裏に浮かぶのは、涙と鼻水を滝のように流しながら、切なそうに逃げ去ったあのボロボロの巨体。最後なんて完全に泣いてた気がする。
「怒って飛び出してきたのに、更に酷い目にあったんですね……」
「クォォォン……」という悲し気な鳴き声まで思い出してしまい、私は何とも言えない心境で空を見上げた。
私達が襲われた側なのは間違いないんだけど……ドラゴンが可哀想……。
幸いドラゴンは生命力が高く、あれ程の傷を負っても暫くすれば治るらしい。尻尾も生えるとか。
その場で簡易的な野営を行い、ポーションと回復魔法で怪我を癒し充分休息を取った後、一行は”焦炎樹”の群生地を目指して再び歩き始めた。
相変わらず魔物除けの強烈な臭いが辺りに漂っていて、硫黄の刺激臭と混ざり合い鼻がおかしくなっている気がする。
山の景色はどんどん荒々しさを増していく。地面は黒くひび割れ、ところどころから白い湯気が噴き出している。風は熱を帯び胸に焼け付いた。
そんな中――私はそれを視界に捉え、目を見開いた。
「あっ……!」
湯気が立ち昇る向こう、熱気に揺らめく陽炎の先に、それは立っていた。
まるで炭化したような、赤黒い木々が群生している。
「エリオット様……あれは!」
「ああ、遂に見つけた――“焦炎樹”だ!」
先遣隊の騎士が大きく頷き、声を上げた。
「目的地へ到着しました!」
「おおっ!」
その瞬間、皆の間に安堵が広がった。
「さあ行こう、最後の植物収集だ!」
「はいっ!」
私達は喜び勇んで駆け出していた。
”焦炎樹”は枯れ木のような見た目で、葉を持たず枝は鋭く捻じれ空へ向かって爪のように伸びている。表皮は焼け焦げた炭みたいに黒ずんでいるのに、その隙間から赤い光の筋が脈打つように浮かび上がっていた。
まるで木の内側に溶岩でも流れているみたい。
熱風の中でも堂々と立ち続けるその姿は生命力を感じさせた。過酷な環境をものともしない、火山のような木。
「わぁ……すごい」
「これが……”焦炎樹”」
私はそっと樹皮へ触れると、少し熱を感じた。
そして”焦炎樹”は淡い光を放ちながら、無数の光粒へと変わっていく。
きらきらと火の粉のような光が舞い上がり、《花の帳》へ吸い込まれていった。
「……終わった」
ぽつりと零れた言葉に、自分でも驚くほど色んな感情が詰まっていた。
この旅の出来事の全てが頭の中で繋がって、心がじんわりと熱くなる。
「終わったね」
隣でエリオット様が優しく微笑んだ。
「はい……全部、集まりました」
そう答えた瞬間、不思議と胸がきゅっと締め付けられる。
嬉しい――でも同時に寂しい。
「どうかしたの?」
彼が私の顔を覗き込む。
私は少し俯きながら、小さく笑った。
「……この旅が終わっちゃうんだなって思うと切なくて……大変だったけど、楽しかったんです」
するとエリオット様は柔らかく微笑みながら、私の頭へそっと手を置いた。
「ふふっ、僕達には“未来”があるんだ」
彼は優しい声で続ける。
「また旅をしよう。今度はもっと自由に、ゆっくりとね」
「……! は、はいっ!」
その言葉に、胸の奥がふわっと温かくなる。
火山の熱風が吹き抜ける。
荒々しい自然の中で、私たちの笑い声が風に溶けていった。
こうして――。
私たちついに、薬に必要な全ての植物素材を収集したのでした。
◇◇◇
収集を終えた私たちは、達成感と安堵を胸に領都アンダルシアへの帰路へと就いた。
行きとは違い、帰りの馬車は随分と賑やかだ。
何と言っても、私たちはとんでもない戦利品を持ち帰ることになったのである。
――ファイアドラゴンの尻尾。
切り落とされたそれは、もはや大木のような大きさだった。
赤黒い鱗は鈍く輝き少し熱を感じる。そして重い。
「うおおっ、そっち持ち上げろ!」
「無理だ! 滑る!」
「尻尾だけで、こんな重いのか!?」
汗だくになりながら騎士たち総出で馬車に尻尾を縄で巻きつけていた。
騎士が奮闘する中、エリオット様はきらきらした目で尻尾に触れて、ちゃっかり『製作図』を開放していた。
ドラゴンの尻尾を宿場街へ持ち帰った時は、大騒ぎになってお祭りになった。
「おい見ろ、ドラゴンの尻尾だぞ!?」
「嘘だろ!? 本当か!?」
「英雄だ!!」
「竜殺しだぁ!!」
豪快な笑い声と歓声が飛び交い、肩を叩かれ酒を勧められ、騎士と魔術師は皆まんざらでもなさそうに胸を張っていた。
今回の旅で、私は護衛の騎士や魔術師たちとも随分仲良くなった。最初の頃は護衛対象の客人扱いといった雰囲気だったと思う。
けれど旅の中で、皆どんどん気さくに話しかけてくれるようになっていた。いつの間にか自分もこの一行の“仲間”になれたような気がして、それが嬉しかった。
帰り際に”清流の霊水”を持ち帰る為、再び湖畔街ルミナレイクへ立ち寄ると、街の人達が総出で迎えてくれた。あまりの歓迎ぷりに、2日滞在することになる。
どうやら風邪薬は見事に効いたらしく、たった数日で重症だった人まで元気を取り戻したそうだ。
町長さんが感極まって泣いていた。
「本当に……本当に、この街を救ってくださって感謝しております……!」
そんなふうに何度も頭を下げられてしまい、おろおろしてしまう。
盛大な宴まで開かれ、湖で獲れた新鮮な魚料理が振る舞われた。脂が乗っていてすごく美味しかった。
湖畔に灯る灯りに、水面に浮かぶ睡蓮と、夜風に揺れるカラフルな家々。幻想的な街並みを眺める。
(また来たいなぁ……)
私は改めて、この美しい街が大好きになっていた。
ドラゴンの尻尾に、沢山の水瓶、加えてエリオット様が各地で買い集めた大量の素材。
更に大きな水瓶がずらりと積み込まれ、もう三台の馬車が荷物でぱんぱんだった。
「こ、これ、全部持って帰るんですか……?」
「もちろん!」
呆れる私に、エリオット様は満面の笑みで答えていた。
そんなこんなで、小旅行に出発してから12日後。
旅路を終えた私たちは、無事に領都アンダルシアへ帰還した。
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