第28話 最上級の魔物除け
「エリオット様、私は“黒香草”よりもっと臭って、魔物が嫌う花を知ってるんです!」
「えっ?」
「その花をここに生み出します! 薬が作れないか見てもらえますか!?」
切羽詰まった声で身を乗り出す私に、エリオット様は目を丸くしたあと、すぐに真剣な顔へと切り替わった。
「……分かった、やってみよう」
前線ではなおもドラゴンと騎士達の激突が続いている。
大地を踏み砕くような衝撃音。咆哮。飛び散る火花。吹き荒れる熱風。
その全てに震えながら、私は《花の帳》へと意識を集中した。
近づいただけで涙が零れそうになった、”悪臭の怪花”の姿を思い浮かべる。
「咲いて――“ラフレシア”!」
淡い緑光が地面に広がり、その中央から、ずるりと巨大な花が姿を現した。
人が丸ごと入れそうなほど巨大な花弁は血のような深紅に染まり、その表面には黒ずんだ斑点が浮かんでいる。肉厚の花弁が微かに揺れ、ほんの少し妖しく紫色に光っていた。
中心部には深い穴のような窪みがあって、そこから「もわぁぁぁ……」と、形を持つかのような異臭が溢れ出した。腐った肉と湿った土と硫黄を混ぜ込み、更に何年も放置したような、凶悪な臭気。
「ぐっ……!?」
「うぇぇっ……!?」
私も彼も、反射的に鼻と口を押さえる。
周囲の騎士と魔術師まで「な、なんだこの臭いは!?」と動揺の声が広がった。
硫黄臭。”黒香草”の魔物除け。ドラゴンの焦げ臭い吐息と燃える木々。
そこへラフレシアの悪臭が加わった結果――この場は今、地獄のような臭い空間になっていた。
「こ、これは……っ!」
涙目のエリオット様がラフレシアへ触れたその瞬間、彼の前に光る『製作図』の板が三枚も浮かび上がった。
「えっ……!?」
エリオット様が目を見開く。
そのうちの一枚を凝視した彼は、驚愕と興奮を混ぜたような顔で叫んだ。
「つ、作れる……! ドラゴンすら逃げ出す程の、魔物除けが……!」
「ほ、本当ですか!?」
「作れる、今ここで! アイリス、“黒香草”もお願い!」
「はいっ!」
私は即座に『芽吹き』を発動する。
ぼこぼこと地面から大量の黒香草が芽吹き、辺りに更なる悪臭が追加された。
「うっ……っ、く、空気が死んでる……!」
涙をぼろぼろ零しながらも、エリオット様は《錬金の神匠》を発動し、眩い光と共に大きな錬金釜が出現する。
彼は”ラフレシア”と”黒香草”をナイフで刈り取り、鞄から取り出した鉱石や液体と一緒に、釜へ次々と素材を投げ込んでいった。ぐつぐつと煮立つような魔力が巡る釜から、鼻が曲がりそうな紫色の煙が立ち昇った。
そして――。
「ぽぉんっ!」
いつもの可愛らしい完成音。だが今回ばかりは全然可愛くない。
釜の中に完成していたのは、異臭を放つ沢山の真っ黒で大きな丸薬。
それは最早、薬というより兵器だった。
その名も――【竜殺し】。
「こ、こわっ!?」
「多分、あのドラゴンにも本当に効く!」
彼から薬の名前を聞いて、思わず叫んでしまった。
早速、後ろに居る騎士と魔術師へ丸薬が配られていく。そんな時だった。
「ギャオッ!?」
ドラゴンが、びくんっと巨体を震わせた。
真紅の瞳が大きく見開かれ、鼻先をひくひくと痙攣させる。
「ガ、ガァッ……!? ギャッ、ギャッ、ギャオォォン!?」
「効いてるぞ!」
さっきまで恐怖の象徴だったドラゴンが、急に情けない声を上げ始めた。
「投擲開始! 魔術師は補助を!」
そんな中、魔術師が風魔法で臭気をドラゴンへ押し流しながら、沢山の【竜殺し】が投げつけられる。
ぱこんっ!
ぼふっ!
ぺちっ!
丸薬がドラゴンの体に当たるたび、黒紫の煙が炸裂した。
「ガァアアアァァッ!?」
ドラゴンは前脚で鼻先を激しく掻き、そして押さえながら大混乱の様子だ。
ぶるぶると顔を震わせ――。
「グ、グシュンッ!!」
頭を振り下ろす爆発のようなくしゃみが炸裂した。熱風が吹き荒れ木々が揺れる。
同時に目鼻口から大量の液体を零し始めた。
「ガッ……ガッ……グシュゥウウンッ!!」
しかもくしゃみは一回では終わらない。
「ギャオッ!? ギャ、ギャインッ!? グシュウンッ!!」
(すっごい効いてるぅ!?)
効果は抜群だった。ドラゴンは地を叩き揺らしながら暴れ、犬のような鳴き声を上げ始めた。
そんな中、丸薬の一つが綺麗な放物線を描き――開きっぱなしだった大口の中へと吸い込まれていった。
「グギァアアアッ!!?」
その瞬間、ドラゴンが直立した。
一直線に首までピーンと伸ばして硬直し、全身の鱗が総毛立たってるように見えた。
やがて「どざぁー」と、顔中から滝のように大量の液体が流れ落ちてくる。
「今だ、叩き込めぇぇ!!」
騎士が一斉に突撃し、魔力を纏った剣で鱗の隙間を切り裂く。更には魔術師の多彩な魔法が追撃する。
「ギャアァァンッ!!」
先ほどまでの威圧はどこへやら、ドラゴンは水飛沫と血飛沫を撒き、鼻を押さえごろごろ転がりながら、前脚で顔を掻きむしりギャンギャン悲鳴を上げていた。
襲われたのは私達だけど……ちょっと可哀想……。
「クォ、クォオオオン……」
「攻撃停止!」
前線の騎士が離脱すると、満身創痍のドラゴンは怯えたように体を丸め、よろめきながら後退を始めた。
「追わなくていい! 僕達の目的は”焦炎樹”の採集だ」
「はっ!!」
エリオット様が声を張り、騎士が剣を下げる。
「クォォォン……」
やがて、ドラゴンは穴の空いた翼を広げた。
涙をぼろぼろ流しながら嗚咽のような声を漏らし、よろよろと傷だらけの巨体が大地を飛び立つ。
最後にこちらを振り返ったその姿は、酷く切なそうだった。
「クオォォ――ン……」
ドラゴンは空へと逃げ去り、その巨体はゆっくりと火山の向こうへ消えていった。
数秒の静寂、そして――――
「勝ったぞおおおおお!!」
「我らの勝利だ!!」
「うおおおおぉっ!!」
歓声が響き渡る。この場に居る全員の勝鬨が、火山へ轟いた。
その熱狂の中心で、私はへなへなと座り込みながら呟いた。
「……た、助かったぁぁ……」
「アイリスの機転のおかげだよ、ありがとう」
皆の役に立てたことに、じんわりと心が温かくなる。
私達は笑い合いながら、勝利の余韻に浸るのでした。
この物語を読んで頂き有難うございます。
もし宜しければ、ブックマーク・評価を頂けると励みになり有難いです。
また、評価いただいた方、有難うございました!
今後ともよろしくお願いします。




