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勘当された泥まみれ令嬢は、公爵家に愛でられる  作者: 霞灯里
第5章 素材収集の小旅行

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第28話 最上級の魔物除け

「エリオット様、私は“黒香草(こっこうそう)”よりもっと臭って、魔物が嫌う花を知ってるんです!」

「えっ?」


「その花をここに生み出します! 薬が作れないか見てもらえますか!?」


 切羽詰まった声で身を乗り出す私に、エリオット様は目を丸くしたあと、すぐに真剣な顔へと切り替わった。


「……分かった、やってみよう」


 前線ではなおもドラゴンと騎士達の激突が続いている。

 大地を踏み砕くような衝撃音。咆哮。飛び散る火花。吹き荒れる熱風。


 その全てに震えながら、私は《花の帳(フローラル・レコード)》へと意識を集中した。

 近づいただけで涙が零れそうになった、”悪臭の怪花(かいか)”の姿を思い浮かべる。


「咲いて――“ラフレシア”!」


 淡い緑光が地面に広がり、その中央から、ずるりと巨大な花が姿を現した。


 人が丸ごと入れそうなほど巨大な花弁は血のような深紅に染まり、その表面には黒ずんだ斑点(はんてん)が浮かんでいる。肉厚の花弁が微かに揺れ、ほんの少し妖しく紫色に光っていた。


 中心部には深い穴のような窪みがあって、そこから「もわぁぁぁ……」と、形を持つかのような異臭が溢れ出した。腐った肉と湿った土と硫黄を混ぜ込み、更に何年も放置したような、凶悪な臭気。


「ぐっ……!?」

「うぇぇっ……!?」


 私も彼も、反射的に鼻と口を押さえる。

 周囲の騎士と魔術師まで「な、なんだこの臭いは!?」と動揺の声が広がった。


 硫黄臭。”黒香草(こっこうそう)”の魔物除け。ドラゴンの焦げ臭い吐息と燃える木々。

 そこへラフレシアの悪臭が加わった結果――この場は今、地獄のような臭い空間になっていた。


「こ、これは……っ!」


 涙目のエリオット様がラフレシアへ触れたその瞬間、彼の前に光る『製作図(レシピ)』の板が三枚も浮かび上がった。


「えっ……!?」


 エリオット様が目を見開く。

 そのうちの一枚を凝視した彼は、驚愕と興奮を混ぜたような顔で叫んだ。


「つ、作れる……! ドラゴンすら逃げ出す程の、魔物除けが……!」

「ほ、本当ですか!?」


「作れる、今ここで! アイリス、“黒香草”もお願い!」

「はいっ!」


 私は即座に『芽吹き(グロウ)』を発動する。

 ぼこぼこと地面から大量の黒香草が芽吹き、辺りに更なる悪臭が追加された。


「うっ……っ、く、空気が死んでる……!」


 涙をぼろぼろ零しながらも、エリオット様は《錬金の神匠(デウス・アルケミア)》を発動し、眩い光と共に大きな錬金釜が出現する。


 彼は”ラフレシア”と”黒香草”をナイフで刈り取り、鞄から取り出した鉱石や液体と一緒に、釜へ次々と素材を投げ込んでいった。ぐつぐつと煮立つような魔力が巡る釜から、鼻が曲がりそうな紫色の煙が立ち昇った。


 そして――。


「ぽぉんっ!」


 いつもの可愛らしい完成音。だが今回ばかりは全然可愛くない。

 釜の中に完成していたのは、異臭を放つ沢山の真っ黒で大きな丸薬。


 それは最早、薬というより兵器だった。

 その名も――【竜殺し(ドラゴ・ペイン)】。


「こ、こわっ!?」

「多分、あのドラゴンにも本当に効く!」


 彼から薬の名前を聞いて、思わず叫んでしまった。

 早速、後ろに居る騎士と魔術師へ丸薬が配られていく。そんな時だった。


「ギャオッ!?」


 ドラゴンが、びくんっと巨体を震わせた。

 真紅の瞳が大きく見開かれ、鼻先をひくひくと痙攣(けいれん)させる。


「ガ、ガァッ……!? ギャッ、ギャッ、ギャオォォン!?」

「効いてるぞ!」


 さっきまで恐怖の象徴だったドラゴンが、急に情けない声を上げ始めた。


投擲(とうてき)開始! 魔術師は補助を!」


 そんな中、魔術師が風魔法で臭気をドラゴンへ押し流しながら、沢山の【竜殺し(ドラゴ・ペイン)】が投げつけられる。


 ぱこんっ!

 ぼふっ!

 ぺちっ!


 丸薬がドラゴンの体に当たるたび、黒紫の煙が炸裂した。


「ガァアアアァァッ!?」


 ドラゴンは前脚で鼻先を激しく掻き、そして押さえながら大混乱の様子だ。


 ぶるぶると顔を震わせ――。


「グ、グシュンッ!!」


 頭を振り下ろす爆発のようなくしゃみが炸裂した。熱風が吹き荒れ木々が揺れる。

 同時に目鼻口から大量の液体を零し始めた。


「ガッ……ガッ……グシュゥウウンッ!!」


 しかもくしゃみは一回では終わらない。


「ギャオッ!? ギャ、ギャインッ!?  グシュウンッ!!」


(すっごい効いてるぅ!?)


 効果は抜群だった。ドラゴンは地を叩き揺らしながら暴れ、犬のような鳴き声を上げ始めた。

 そんな中、丸薬の一つが綺麗な放物線を描き――開きっぱなしだった大口の中へと吸い込まれていった。


「グギァアアアッ!!?」


 その瞬間、ドラゴンが直立した。


 一直線に首までピーンと伸ばして硬直し、全身の鱗が総毛立たってるように見えた。

 やがて「どざぁー」と、顔中から滝のように大量の液体が流れ落ちてくる。


「今だ、叩き込めぇぇ!!」


 騎士が一斉に突撃し、魔力を纏った剣で鱗の隙間を切り裂く。更には魔術師の多彩な魔法が追撃する。


「ギャアァァンッ!!」


 先ほどまでの威圧はどこへやら、ドラゴンは水飛沫と血飛沫を撒き、鼻を押さえごろごろ転がりながら、前脚で顔を掻きむしりギャンギャン悲鳴を上げていた。


 襲われたのは私達だけど……ちょっと可哀想……。


「クォ、クォオオオン……」

「攻撃停止!」


 前線の騎士が離脱すると、満身創痍(まんしんそうい)のドラゴンは怯えたように体を丸め、よろめきながら後退を始めた。


「追わなくていい! 僕達の目的は”焦炎樹(しょうえんじゅ)”の採集だ」

「はっ!!」


 エリオット様が声を張り、騎士が剣を下げる。


「クォォォン……」


 やがて、ドラゴンは穴の空いた翼を広げた。

 涙をぼろぼろ流しながら嗚咽のような声を漏らし、よろよろと傷だらけの巨体が大地を飛び立つ。


 最後にこちらを振り返ったその姿は、酷く切なそうだった。


「クオォォ――ン……」


 ドラゴンは空へと逃げ去り、その巨体はゆっくりと火山の向こうへ消えていった。


 数秒の静寂、そして――――


「勝ったぞおおおおお!!」

「我らの勝利だ!!」

「うおおおおぉっ!!」


 歓声が響き渡る。この場に居る全員の勝鬨(かちどき)が、火山へ轟いた。

 その熱狂の中心で、私はへなへなと座り込みながら呟いた。


「……た、助かったぁぁ……」

「アイリスの機転のおかげだよ、ありがとう」


 皆の役に立てたことに、じんわりと心が温かくなる。

 私達は笑い合いながら、勝利の余韻に浸るのでした。

この物語を読んで頂き有難うございます。

もし宜しければ、ブックマーク・評価を頂けると励みになり有難いです。

また、評価いただいた方、有難うございました!

今後ともよろしくお願いします。

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