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勘当された泥まみれ令嬢は、公爵家に愛でられる  作者: 霞灯里
第5章 素材収集の小旅行

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第24話 辺境の湖畔街

 フワフワ草を心ゆくまで堪能したあと、名残惜しさに何度も振り返りながらも、私たちは次なる素材――”水鏡睡蓮(みずかがみすいれん)”の採集へ向けて、高原を後にした。


 目的地は、大きな湖のほとりに築かれた辺境の湖畔街(こはんがい)、ルミナレイク。

 馬車が丘陵地帯(きゅうりょうちたい)を越えた頃、不意に視界が開け、そこに広がる湖に息を呑んだ。


「うわぁ……!」


 夕陽を浴びた湖が、まるで一枚の鏡のように朱色へ染まっていた。


 遠目からでも湖面は信じられないほど澄み渡り、その上を淡い光がきらきらと滑っている。魔力を含んだ水だからなのか、どこか神秘的で幻想的な輝きを放っていた。


 さらに湖の周囲には、赤、青、黄、緑――色とりどりの可愛らしい家々が並び、小さな橋や石畳の道が湖を囲むように続いている。まるで精霊の国に迷い込んだみたいな景色だった。


 煙突からは白い煙が立ち昇り、花飾りのついた窓辺には洗濯物が揺れ、風に乗って鐘の音まで聞こえてくる。


「妖精さんが住んでそう……」


 窓に張り付きながら呟く私を見て、向かいの席に座るエリオット様がくすりと笑った。


「この街は、古くから湖と共に生きてきた歴史ある街なんだ。”自然文化遺産”に登録されている」

「自然文化遺産……! この湖が全部、”清流の霊水”なんですよね?」


「そうそう。湖そのものが霊水の源泉さ」

「へえぇ……楽しみです!」


 わくわくしながら窓の外を眺めている間に、馬車は街の入口へ到着した。


 ……けれど。


 そこで待っていた空気は、重かった。

 先遣隊の騎士たちが数名の住民を連れて駆け寄ってきたんだけど、彼らの表情はどこか暗い。


「エリオット様、お待ちしておりました。到着直後で恐縮ですが、緊急の報告があります」

「お疲れ様。どうかしたの?」


 先遣隊の一人が、少し渋い表情で口を開いた。


「この街で現在、風邪が流行しておりまして……往来には十分注意が必要かと」

「ん? 注意が必要なほど?」


 すると、その隣にいた深い(しわ)のお爺さんが、一歩前へ進み出た。


「お初にお目にかかります、公爵様。わしはこの街の町長、エミルと申します」


 深々と頭を下げた彼は、苦しそうな表情で続ける。


「”ポムリの渡り風邪”が、街中に広がっておるのです……公爵様に万が一があってはと……」

「ふむ……渡り風邪か。街の状況を教えてもらえる?」


(渡り風邪って、普通の風邪より症状が重くて伝染しやすいんだよね?)


 あまり風邪になじみの無い私は、あんまり実感が湧かずに首を傾げる。




 ◇◇◇




 町長さんが街の入口にある少し大きな家へと案内してくれて、状況を話してくれた。


 春から夏にかけて湖に飛んでくる、ポムリという大きな渡り鳥がいるようで、美味しくて街の主食みたい。だけど稀に、そんなポムリは重い風邪まで一緒に運んでくる事があるらしい。


 治りにくくて酷い時には高熱や肺炎を引き起こす――そんな重い風邪。

 それが今、この街で大流行しているそうだ。


「既に数名、死人も出ております……」

「えっ……? 亡くなった方までいるのですか?」


 思わず耳を疑って、声が漏れてしまう。

 私を見ながら、町長さんは悲しげに目を伏せ、静かに頷いた。


(そ、そんな風邪で……?そこまで悪化するんだ……)


「普通の風邪薬では効きが悪いのです……特に幼子と老人が……」


 窓から街へ目を向けると、確かに活気がない。窓を閉め切っている家が多く、人通りもまばらだった。時折聞こえる大きな咳払いが、余計に不安を煽る。


 そんな重い空気の中で――エリオット様は躊躇(ためらい)いなく口を開いた。


「町長、僕は薬師なんだ。渡り風邪の特効薬を作れるかもしれない」

「……えっ!? な、なんと?」


 真っ直ぐな声に、町長さんが目を見開く。やっぱりエリオット様は、英雄でした。


「患者を一人、()せてくれないか?」


 チラリとその真剣な彼の横顔を見て、胸が跳ねる。その姿が――どうしようもなく眩しかった。


「危険だから、君はここで待ってて。すぐに戻る」


 そう言って彼は顔の半分を布で覆い、護衛の騎士を二人連れて患者のもとへ向かっていった。『鑑定(アナライズ)』で風邪の病名を確認してくるみたい。


(待ってるだけなんて……う~ん、いいんだろうか……)


 残された私は、落ち着かない気持ちで応接室をうろうろしてしまう。

 無力感が胸を刺す。まるで置いてきぼりされた子犬である。


 そんな私を見て、心境を察してくれたアネッサさんが優しく微笑む。


「大丈夫ですよ、お嬢様。このあと、きっとお嬢様の力が必要になりますから」

「そ、そうだといいんですけど……」


「お嬢様が風邪を引かないのは、普段から飲んでいるハーブのおかげなのでしょうね」

「あっ……!」


 言われて気づいた。確かに私、全く病気になってない!


「私もゼネブも、ハーブティーを飲み始めてから風邪を引いておりません」


 そう言いながら、アネッサさんは香り立つハーブティーを淹れてくれた。

 部屋いっぱいに広がる優しい香り。それだけで、張り詰めていた空気が少し和らぐ。


(ポムリの渡り風邪……ちゃんと薬、作れるかな……)


 不安を抱えながら暫らく待っていると、彼は帰って来た。


「ただいま」


 エリオット様は、いつものように穏やかに笑っていた。けれど……。


「病名は確認できた、薬も作れるよ。アイリスに手伝ってもらえれば素材も足りる」

「ほんとですか!?やったぁ!」


 安心して表情がぱあっと明るくなる。


「早速だけど、風邪薬を作っちゃおう。馬車に行くよ」


 そう言って、彼は急いで馬車へと向かった。


 エリオット様の背中を追いかけながら、彼の内心を知ってしまう。普段通りに見える彼だけど……表情に陰りが見えた。


(この街の異変に、もっと早くに気づけていればって……思ってるんだ)


 自分を責めるような静かな苦さが、ほんの少し彼から伝わってきた。




 ◇◇◇




 馬車へ戻ると、彼はすぐ《錬金の神匠(デウス・アルケミア)》で大釜を呼び出した。


「アイリス、”レインモンド”と”薬草”を大量にお願い」

「はぁい!」


 役立てる時が来た!


 私が『芽吹き(グロウ)』で次々と薬草を生み出すと、彼は棚から素材を選び出し、慣れた手つきでそれらを釜へ投入していく。


「”黄金蜂の蜜”、”肺石(はいせき)”……あと、この湖の霊水も使おう」

「霊水って、風邪薬にも使えるんですね」


 彼の手際は相変わらず鮮やかで、まるで料理人みたいだった。

 最後に瓶の材料となる砂や石まで放り込み、魔力を込め始める。


 やがて――


「ぽぉんっ!」


 あの機嫌が良さそうな可愛らしい音が響いた。


「きたぁ!」

「ふふっ、完成だ。【 渡り鳥(バード)風邪薬(コールドレメディ) 】だね」


 はしゃいでる私に苦笑しながら、エリオット様が釜の中から次々と丸薬の入った瓶を取り出した。

 それを見た瞬間、胸がじわっと熱くなる。


「これで……街の皆が元気になるといいですね」

「きっと大丈夫。町長に街の皆へ配ってもらおう」


 頼もしい彼が、眩しく見えた。


 こうして私たちは、素材収集に訪れた湖畔街で――渡り風邪に苦しむ人々を救うことになったのだった。

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