第24話 辺境の湖畔街
フワフワ草を心ゆくまで堪能したあと、名残惜しさに何度も振り返りながらも、私たちは次なる素材――”水鏡睡蓮”の採集へ向けて、高原を後にした。
目的地は、大きな湖のほとりに築かれた辺境の湖畔街、ルミナレイク。
馬車が丘陵地帯を越えた頃、不意に視界が開け、そこに広がる湖に息を呑んだ。
「うわぁ……!」
夕陽を浴びた湖が、まるで一枚の鏡のように朱色へ染まっていた。
遠目からでも湖面は信じられないほど澄み渡り、その上を淡い光がきらきらと滑っている。魔力を含んだ水だからなのか、どこか神秘的で幻想的な輝きを放っていた。
さらに湖の周囲には、赤、青、黄、緑――色とりどりの可愛らしい家々が並び、小さな橋や石畳の道が湖を囲むように続いている。まるで精霊の国に迷い込んだみたいな景色だった。
煙突からは白い煙が立ち昇り、花飾りのついた窓辺には洗濯物が揺れ、風に乗って鐘の音まで聞こえてくる。
「妖精さんが住んでそう……」
窓に張り付きながら呟く私を見て、向かいの席に座るエリオット様がくすりと笑った。
「この街は、古くから湖と共に生きてきた歴史ある街なんだ。”自然文化遺産”に登録されている」
「自然文化遺産……! この湖が全部、”清流の霊水”なんですよね?」
「そうそう。湖そのものが霊水の源泉さ」
「へえぇ……楽しみです!」
わくわくしながら窓の外を眺めている間に、馬車は街の入口へ到着した。
……けれど。
そこで待っていた空気は、重かった。
先遣隊の騎士たちが数名の住民を連れて駆け寄ってきたんだけど、彼らの表情はどこか暗い。
「エリオット様、お待ちしておりました。到着直後で恐縮ですが、緊急の報告があります」
「お疲れ様。どうかしたの?」
先遣隊の一人が、少し渋い表情で口を開いた。
「この街で現在、風邪が流行しておりまして……往来には十分注意が必要かと」
「ん? 注意が必要なほど?」
すると、その隣にいた深い皺のお爺さんが、一歩前へ進み出た。
「お初にお目にかかります、公爵様。わしはこの街の町長、エミルと申します」
深々と頭を下げた彼は、苦しそうな表情で続ける。
「”ポムリの渡り風邪”が、街中に広がっておるのです……公爵様に万が一があってはと……」
「ふむ……渡り風邪か。街の状況を教えてもらえる?」
(渡り風邪って、普通の風邪より症状が重くて伝染しやすいんだよね?)
あまり風邪になじみの無い私は、あんまり実感が湧かずに首を傾げる。
◇◇◇
町長さんが街の入口にある少し大きな家へと案内してくれて、状況を話してくれた。
春から夏にかけて湖に飛んでくる、ポムリという大きな渡り鳥がいるようで、美味しくて街の主食みたい。だけど稀に、そんなポムリは重い風邪まで一緒に運んでくる事があるらしい。
治りにくくて酷い時には高熱や肺炎を引き起こす――そんな重い風邪。
それが今、この街で大流行しているそうだ。
「既に数名、死人も出ております……」
「えっ……? 亡くなった方までいるのですか?」
思わず耳を疑って、声が漏れてしまう。
私を見ながら、町長さんは悲しげに目を伏せ、静かに頷いた。
(そ、そんな風邪で……?そこまで悪化するんだ……)
「普通の風邪薬では効きが悪いのです……特に幼子と老人が……」
窓から街へ目を向けると、確かに活気がない。窓を閉め切っている家が多く、人通りもまばらだった。時折聞こえる大きな咳払いが、余計に不安を煽る。
そんな重い空気の中で――エリオット様は躊躇いなく口を開いた。
「町長、僕は薬師なんだ。渡り風邪の特効薬を作れるかもしれない」
「……えっ!? な、なんと?」
真っ直ぐな声に、町長さんが目を見開く。やっぱりエリオット様は、英雄でした。
「患者を一人、診せてくれないか?」
チラリとその真剣な彼の横顔を見て、胸が跳ねる。その姿が――どうしようもなく眩しかった。
「危険だから、君はここで待ってて。すぐに戻る」
そう言って彼は顔の半分を布で覆い、護衛の騎士を二人連れて患者のもとへ向かっていった。『鑑定』で風邪の病名を確認してくるみたい。
(待ってるだけなんて……う~ん、いいんだろうか……)
残された私は、落ち着かない気持ちで応接室をうろうろしてしまう。
無力感が胸を刺す。まるで置いてきぼりされた子犬である。
そんな私を見て、心境を察してくれたアネッサさんが優しく微笑む。
「大丈夫ですよ、お嬢様。このあと、きっとお嬢様の力が必要になりますから」
「そ、そうだといいんですけど……」
「お嬢様が風邪を引かないのは、普段から飲んでいるハーブのおかげなのでしょうね」
「あっ……!」
言われて気づいた。確かに私、全く病気になってない!
「私もゼネブも、ハーブティーを飲み始めてから風邪を引いておりません」
そう言いながら、アネッサさんは香り立つハーブティーを淹れてくれた。
部屋いっぱいに広がる優しい香り。それだけで、張り詰めていた空気が少し和らぐ。
(ポムリの渡り風邪……ちゃんと薬、作れるかな……)
不安を抱えながら暫らく待っていると、彼は帰って来た。
「ただいま」
エリオット様は、いつものように穏やかに笑っていた。けれど……。
「病名は確認できた、薬も作れるよ。アイリスに手伝ってもらえれば素材も足りる」
「ほんとですか!?やったぁ!」
安心して表情がぱあっと明るくなる。
「早速だけど、風邪薬を作っちゃおう。馬車に行くよ」
そう言って、彼は急いで馬車へと向かった。
エリオット様の背中を追いかけながら、彼の内心を知ってしまう。普段通りに見える彼だけど……表情に陰りが見えた。
(この街の異変に、もっと早くに気づけていればって……思ってるんだ)
自分を責めるような静かな苦さが、ほんの少し彼から伝わってきた。
◇◇◇
馬車へ戻ると、彼はすぐ《錬金の神匠》で大釜を呼び出した。
「アイリス、”レインモンド”と”薬草”を大量にお願い」
「はぁい!」
役立てる時が来た!
私が『芽吹き』で次々と薬草を生み出すと、彼は棚から素材を選び出し、慣れた手つきでそれらを釜へ投入していく。
「”黄金蜂の蜜”、”肺石”……あと、この湖の霊水も使おう」
「霊水って、風邪薬にも使えるんですね」
彼の手際は相変わらず鮮やかで、まるで料理人みたいだった。
最後に瓶の材料となる砂や石まで放り込み、魔力を込め始める。
やがて――
「ぽぉんっ!」
あの機嫌が良さそうな可愛らしい音が響いた。
「きたぁ!」
「ふふっ、完成だ。【 渡り鳥の風邪薬 】だね」
はしゃいでる私に苦笑しながら、エリオット様が釜の中から次々と丸薬の入った瓶を取り出した。
それを見た瞬間、胸がじわっと熱くなる。
「これで……街の皆が元気になるといいですね」
「きっと大丈夫。町長に街の皆へ配ってもらおう」
頼もしい彼が、眩しく見えた。
こうして私たちは、素材収集に訪れた湖畔街で――渡り風邪に苦しむ人々を救うことになったのだった。
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