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勘当された泥まみれ令嬢は、公爵家に愛でられる  作者: 霞灯里
第5章 素材収集の小旅行

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第23話 フワフワ草

 素材収集の小旅行に出発して三日目の昼前。


 先遣隊(せんけんたい)の一班と無事に合流し、彼らの案内のもと草原の坂をすいすい進む。舗装(ほそう)されていない自然の中でも、私たちの馬車は驚くほど滑らかに走り続けていた。


 エリオット様の馬車は本当にすごい、こんなにゆったりと景色を楽しむ余裕すらあるのだから、空を滑っているみたいな心地になる。


 やがて坂を上り切り――目の前に広がった光景に、思わず息を呑んだ。


 地平線の彼方まで続く、果てしない緑の草原。


 短く刈り揃えられたような草が一面に広がる大草原は、どこまでも柔らかな起伏を描きながら続いていて、空は高く澄み切り、淡い青の中に白い雲がゆったりと流れている。


 馬車の窓から抜け行く風は、ほんのりと魔力を帯びていて、頬に触れるたびに不思議な温もりを運んできた。


「ここが……ウィル高原……」

「到着したようだね」


 誰にともなく呟いた声は、風に運ばれていく。

 馬車がゆっくりと止まるや否や、私は弾かれたように扉を開けて外へ飛び出した。


「――『花読み(リード)』!」


 魔力を目に集め、視界をなぞるように見渡すと、草原のあちこちに白い光がぽつぽつと灯っているのが見えた。それはまるで星が地上に降りてきたみたいで――


「わぁぁ……!知らない子が、こんなに……!」


 思わず声が弾む。胸がいっぱいになって、じっとしていられない。


「ほらほら、落ち着きなさい」


 はしゃぐ私の後ろから、苦笑混じりの声が追いついてくる。


「だって、フワフワ草がいるんですよ!ここに!」

「はいはい、もう少し先にいるみたいだよ。行こうか」


 微笑みながら、エリオット様はいつものように自然な仕草で手を差し伸べてくる。


 ――その手。


 これまでは何も考えずに取っていたのに、何故か意識してしまって胸の奥がくすぐったくなる。


『 いや……僕も……ずっと、そう思っていた 』


 真っ赤な彼のあの時の言葉が、ふいに蘇った。


(ち、違う違う!あれは思わず言っただけだし、深い意味なんて――!)


 少しだけ顔に熱を感じて誤魔化すように慌てて首を振り、その手をぎゅっと掴んで思いっきりぐいっと引っ張った。


「さあ! 行きましょう、エリオット様!」

「ちょ、ちょっとお! ちょっと待って――!」


 意気込む私に引きずられるようについてくる彼と、それを楽しそうに見守るアネッサさん。


 高原の風はどこまでも澄んでいて、ほんのりと甘い草の香りを含みながら、自然が私たちを優しく包み込んでくれた。歩いているだけで幸せになれるような場所だった。


 そよそよと柔らかい風が吹いていて、澄んだ美味しい空気を胸いっぱいに吸い込む。もちろん、白い光を見つける度に彼をひっぱりながら駆け寄った。


 ふと、護衛の騎士たちがそんな私達の周囲を固めて警戒しているのが目に入る。視界は一面の草原で開けていて、魔物の気配なんてまるで感じられないのに彼らは気を抜いていない。


「この辺りにも魔物って出るんですか?何もいなさそうですけど」


 不思議に思って尋ねると、エリオット様は穏やかに頷いた。


「うん、出るよ。魔力が濃い土地は、それを好む魔物が集まるからね」

「そうだったんですか!?」


「先遣隊がある程度排除して、さらに魔物除けも撒いてくれているんだよ」


 見えて無かったところで守られていたのだと気づき、浮かれてはしゃいでスキップしていた自分が恥ずかしくなりました……。


(皆の尽力に、ちゃんと感謝しなきゃ……)


 ピクニック気分だった自分を反省しながらも、視界に入る白い光の誘惑には抗えず、次々と『花写し(ブック)』していく。


 そして――


「あ――――っ!!」


 ついに、それが見えてきた!


 草原に落ちる、不思議な沢山の丸い影。

 ふわり、ふわりと揺れながら空に浮かぶ、まんまるの白い綿毛たち。


「ふわぁ――! あれです、あれですよ! えっ、大きい!? 」

「はいはい、落ち着いて」


 興奮した私は思わず駆け出しそうになるも、エリオット様の苦笑にかろうじて踏みとどまる。


 目の前に広がっていたのは、無数の”風綿草”――幼い頃から夢見てた、フワフワ草!


 タンポポの綿毛をすごく密度を増やして大きくしたような、ふっくらとした球体が風に乗ってゆっくりフワフワと宙を漂っている。下側には短い茎がちょこんとついていて、それが時折くるりと回転しながら、ゆったりと空を泳いでいた。


 私の目の高さをふわふわと漂う子もいれば、遥か上空で優雅にぷかぷか浮かんでいる大きな子もいる。


「すごい……こんなにふわふわが……たくさん……」


 その大きな丸い綿毛は、魔力を秘めて僅かに淡く光っていた。

 絵本の中にいるみたい。胸の奥からじわっと感動がこみ上げてくる。


「フワフワ草はね、大きくなると空に上がっていって、年を取るとまた地面近くまで戻ってくるんです」

「へえ……じゃあこの目の前にいるのは、お爺さんってこと?」


「この子は、まだ若い子ですね。まだ小さめですし、綿毛も茎も瑞々(みずみず)しくて元気そうです」


 彼と話をしながら、《花の帳(フローラル・レコード)》を開く。そして、目の前のフワフワ草にそっと手を伸ばした。


 ふわりと軽く触れた瞬間――それはほんのり温かくて、驚くほど柔らかかった。

 そして、光の粒になって本へと吸い込まれていく。


(のびのびと自由に漂ってたのに……ごめんね)


 フワフワ草の『花写し(ブック)』は完了した。


 少し罪悪感を感じ感傷に浸っている時に――


「おお……これはすごい弾力だ……!柔らかい……!」


 その言葉にはっと振り返ると、エリオット様がフワフワ草を両腕で抱きしめて、顔を埋めていた。


「ああーっ!? 何してるんですか!?」

「いや……これは……すごく気持ちいい……! すっごいフワフワ……!」


 ちょっと恍惚(こうこつ)とした顔で言うものだから、我慢できなかった。


「ずるい! それ私もやりたかったの!」


 慌てて近くの一つを捕まえて、両腕でぎゅっと抱きしめる。


 ――ふわぁ。


 包み込まれるような柔らかさ。

 ほんのりと太陽の匂いがして、風の温もりがそのまま形になったみたいだった。


「ふわぁ……すごい……なにこれ……幸せ……」


 フワフワに頬を押し当て、思わずにやけてしまう。


 周囲ではアネッサさんや数名の騎士たちも、遠慮がちに触れては次第に夢中になっていくのが見えて、なんだか可笑しくなってしまった。


「ふわふわ……やっぱり最高です……」

「……アイリス、捕まえすぎじゃない?」


 気付くとフワフワ草を沢山捕まえ抱きしめていて、代わる代わる顔を埋めている。

 もう、表情なんて取り繕えなかった。きっとだらしない顔をしていたと思う。


「ふわふわ……ふわぁ」

「あ、アイリス……」


(夢みたい……ほんとに、夢みたい……! 夢が、叶ったの……!)


 エリオット様が呆然と私を見ている気がするけど、夢心地な私はそれどころじゃない。


 澄んだ魔力の風が、優しく吹き抜ける。


 その中で私は何度も何度もフワフワ草を抱きしめながら――一生忘れられない、幸せな時間を胸いっぱいに刻み込んでいた。

この物語を読んで頂き有難うございます。

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