第22話 出発の日
お城に来てから四日後――
ついに”焦炎樹”を発見したという報せが先遣隊から届き、エリオット様のお姉様を治す薬、【四環の調律薬】を作る為、私達は待ちに待った素材採集の小旅行へと出発することになった。
目的地は、領都アンダルシアから北西へ進んだ先にある隣の領との境界 、火山地帯に近い一帯で、往復でおよそ十日ほどの行程になるらしい。
ワクワクが止まらない私。こんなに胸が躍っているのは、未だ見ぬ植物との出会いが待っているからだ。
「領内で全部揃えられるなんて、運がいいね」
エリオット様がそう言って笑った。
「多分、特に濃い魔力が土地から溢れてる一帯なんだろうな」
落ち着いた声で説明しながらも、その瞳の奥にはどこか弾むような光が宿っていた。彼自身もまたこの旅を心待ちにしていたのだと、言葉にしなくても伝わってくる。
官服に身を包んだ私は、エリオット様とアネッサさんと共に、いつぞやの工房馬車に乗っている。
馬車の中には整然と並べられた薬品や魔道具、そして錬金素材がぎっしりと積み込まれていて、相変わらず研究室のようだ。
そして護衛として騎馬した騎士と魔術師が20名、侍女が2名同行し、馬車は三台編成の堂々たる行列。その規模に最初は圧倒されたけど、これでも速度優先の為に絞ってると教えてくれた。
そして、公爵家馬車の馬車は――やはり只の馬車ではなかった。
「この馬車は揺れが少なくて、速いんだよ」
向かいに座るエリオット様が誇らしげに言った。
石畳や未舗装の道を進んでいるのに、身体への衝撃が驚くほど少ない。ふかふかとしたソファと相まって、まるで室内にいるかのような安定感だ。
「すごいですね……全然揺れないし、お尻が痛くなりません!」
「機構を少し工夫してみたんだ。衝撃を吸収して速度も上がるのさ。簡易結界も搭載してる」
彼の発明品らしい。
さらりと言うけど、それは“少し”で済む話ではない気がする。改めてその才能に感嘆してしまう。
そんな話をしながら、私はアネッサさんが淹れてくれたハーブティーを口に含む。柔らかな香りが口の中に広がり、少しだけ興奮気味の心がほぐれた。
街道は比較的安全とはいえ、魔物の出没もゼロではない。そのため馬車や馬には“黒香草”を使った強力な魔物避けの香り袋が取り付けられていた。魔物はすんごく嫌いな臭いらしい。
「まずは”風綿草”が自生する高原へ向かう」
「フワフワ草……ついに会えるのね……!」
思わず両手をぎゅっと握りしめる。
「次に”水鏡睡蓮”の咲く湖がある街、そして最後に火山の麓だ」
「全部、楽しみです!」
山の麓は魔物が多く危険もあるらしい。
でも、山は自然が溢れる植物の宝庫だ!出会いの期待に胸が高鳴る!
目を輝かせる私を見て、エリオット様はくすりと笑った。
「今回は急ぎの旅ではあるけど、各地で少しは時間が取れるから、植物や素材を見て回ろう」
「えっ!?いいんですか!?」
思わず身を乗り出しぱっと表情を明るくすると、彼は嬉しそうに頷いた。
「もちろん!僕も素材を集めたいからね」
「やったぁ!ありがとうございます!」
思わず声が弾んじゃう。
私は人生で旅行なんてしたこと殆ど無い。まさに夢のような機会をくれた彼に感謝した。
◇◇◇
一行は朝に出発し、魔物に遭遇する事も無く、夕刻前には最初の宿場街へと到着した。
そこは大きな街ではないものの、街道を行き交う商人や旅人たちで賑わい、通りには色とりどりの出店が並んでいる。香辛料の香り、焼きたてのパンの匂い、乾燥させた薬草や花々の匂いが混ざり合い、活気に満ちた空気が広がっていた。
興味津々にお店を見回してる私に、エリオット様が微笑んだ。
「日が暮れるまで時間がある。店を見て回ろうか」
「わーい!見たいです!」
彼はそう言って手を差し出してくる。
その仕草があまりにも自然で、うきうきな私は深く考えることもなくその手を取る。
そして、すぐに目の前の光景に意識を奪われた。
通りには薬草や草花を売る露店も多く、所狭しと並んでいる。
「わあ……!」
私はすぐに目に魔力を集め、《花読み》を発動する。
「あっ!あの花、未登録です!収集したいです!」
点在する白い光を見つけて、あっちこっちに彼の手をぐいぐい引っ張る。
「ちょ、ちょっと!? 少しは落ち着きなさい!」
と呆れたように苦笑されるけど――その直後には、彼は立ち止まり岩のように動かなくなった。
そこにある鉱石を真剣に眺めている。
「……この鉱石はミラル鉱か、珍しいな。全部買おう」
なんて言い出すものだから、思わず笑ってしまう。
「エリオット様も同じじゃないですか!」
お互いに気になるものへと引き寄せられ、気がつけば競うように手を引いたり引かれたりしながら、夢中に店を巡っていた。
何の遠慮も気遣いも、彼には無用だった。
不思議なくらい心地よくて、まるで旧知の仲のように自然だった。
「見てくださいよ!すごく綺麗です!」
「本当だ、光を帯びている……魔力を含んでいるね」
肩を寄せ合うようにして一つの花を覗き込み、顔を見合わせて慌てて離れる。
そんな小さな出来事の一つひとつが、穏やかに大事な想い出となっていく。
やがて日が傾き、街が夕焼けに染まり始めた頃。
彼と上機嫌で笑い合いながら、繋いだ手を振り跳ねるように通りを歩く――そんな時に、私は思わずぽろりと口にしてしまった。
「私達って、なんだか似てますよね? 相性ばっちりじゃないですか!」
「っ!?」
その瞬間――エリオット様の動きがぴたりと止まった。
彼を振り返ると、心配になるほど真っ赤な顔で固まっていた。いつも余裕綽々の彼が初めて見せた表情に唖然としてしまう。
(えっ?……あっ!?)
そして自分が口にした言葉の意味を、ようやく理解する。
「ち、違います!い、今のはその、冗談です! 反応が似てるっていうか、そういうことです!」
慌てて取り繕う私に対して、彼は真っ赤な顔を隠す様に視線を逸らしながら、はっきりと口にした。
「いや……僕も……ずっと、そう思っていた」
「……えっ」
今度は私が固まる番だった。まさかの肯定に、一拍置いてから顔に熱が昇ってくる。
夕焼けに照らされた通りの中で、固まった二人に妙に静かな空気が流れた。
やがてお互い顔を真っ赤な顔を俯かせて――そのまま何も言えなくなった私たちは、手を繋いだままぎこちない足取りで宿へと向かうのだった。
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