第21話 能力の開花
暫くの自由を与えられた私は、公爵家の広大な庭園の一角をお借りして、与えられた時間を有意義に過ごしていた。
手入れの行き届いた芝生の一部にしゃがみ込み、そっと掌を地面へと向けると、胸の奥に沈めていた感覚――《花の帳》が静かに開かれる。
そこから生み出されるのは、私がこれまで集めてきた草花たち。
淡い光の粒子となって現れたそれらは、やがて土へと溶け込み、芽吹き、瞬く間に葉を広げ、花を咲かせていく。
「……よし、ここはこの子たちで」
私は独り言のように呟きながら、次々と植物を生み出していく。
《花の帳》に登録されている植物は、現在およそ5千種。これまで一生懸命に必死に集めてきた成果だ。けれど、世界に存在する40万種という膨大な数には、まだ遠く及ばない。
「わああ、綺麗! 本当にあっという間に……!」
隣で土を均してくれているアネッサさんが、感嘆の声を上げた。
振り返ると、彼女は目を輝かせながら、色鮮やかな花畑を見渡している。
半日も経たないうちに、殺風景だった一角は色とりどりの草花に埋め尽くされ、小さな楽園のような景色へと変わっていた。
風が吹けば、柔らかな香りが混ざり合い、心地よく頬を撫でていく。
「……ふふっ」
思わず笑みがこぼれる。
ここにあるのは、私が積み重ねてきた時間の結晶。努力の証そのものだ。
――まだ半分も植えられていないけれど。
エリオット様に登録済の植物を、落ち着いたら全部見せてほしいと言われてる。私が生み出せる植物の中から、彼の『製作図』が解放できる植物がいるかもしれないからだ。
「あっ、そういえば……」
ふと、手を止めた瞬間、エリオット様のある言葉が脳裏に蘇る。
『これから《花の帳》の能力を開花していくと良い。きっと、他にも出来ることがあるはずだ』
彼の穏やかな声。
「能力の、開花……か」
ぽつりと呟きながら、自分の手のひらを見つめる。
彼の《錬金の神匠》には、“錬成”、“製作図”、“鑑定”という能力がある。
それに対して、私の《花の帳》は“生成”、“登録”、“閲覧”。
エリオット様と、私のスキルはどこか似ている。
「……鑑定?」
小さくその言葉をなぞる。
彼が”鑑定”を使うたび、羨ましく思っていた。
目に映るものを即座に理解できる力。毎度《花の帳》を開いて確認しなくても済む便利さ。
「植物だけなら……私にも、できたりしないかな」
呟いた瞬間、自分の中で何かが引っかかった。
――”閲覧”。
それを外に向けて拡張することはできないだろうか。
「簡単に登録済の植物と、未登録の植物を、簡単に見分けられたらいいなぁ」
お城の敷地内に居る植物は何でも登録していいと言われてるけど、その方法は漏れなく片っぱしから植物に触れている状態である。
触れる前に分かれば、どれだけ効率的になるだろうか。
「……やってみよう」
私は静かに息を整え、意識を一点に集中させた。
体の奥底から、魔力を汲み上げるように。それを、ゆっくりと、瞳へと集めていく。
じわり、と視界の奥が熱を帯びた。
「……っ」
次の瞬間。世界が、変わった。
「え……っ?」
思わず息を呑む。
足元に広がる草花たちが、淡く青い光を纏っていた。それだけではない。視界の端に、文字が浮かび上がっている。
植物の名前。そして、その横に小さく添えられた――[ 登録済 ]の表示。
「うそ……、これって?」
ゆっくりと顔を上げ、庭園全体を見渡す。
青い光の海の中に、ぽつぽつと――違う色が混じっていた。
白。
「……あれは?」
胸が高鳴るのを感じながら、その白い光の一つへと近づくと、視界に文字が浮かび上がった。
◆ヴェントラ[ 未登録 ]
覚醒草とも呼ばれる、“気付け”の効能を持つ草。
「……やっぱり!」
思わず声が弾む。
目に映るのは植物の名前と簡略化された説明、そして未登録の文字。
しゃがみ込み、その草にそっと触れると、ふわりと光が弾け、粒子となって私の中へ――《花の帳》へと吸い込まれていった。
「すごい……!」
青は登録済。白は未登録。こんなにも分かりやすい形で“答え”が示されるなんて。
胸の奥から、じわじわと喜びが込み上げてきた。
「やったぁ!」
思わず両手を握りしめる。
これで、闇雲に触れて確かめなくてもいい。非常に分かりやすい指針を手に入れたっ!
◇◇◇
その後の私は、まさに夢中だった。
お城や庭園を歩き回り、白い光を見つけては駆け寄り、触れて登録する。
視界に流れ込む情報量は多く、長く使えば少し頭が痛くなるものの、魔力の消耗は驚くほど少ない。
(……やりたい放題だけど、許可はもらってるし、いいよねっ?)
誰にともなく言い訳をしながら、くすりと笑う。
せっかくだから、と私は自分の能力に名前を付けることにした。
登録は――“花写し”。
閲覧は――“花読み”。
生成は――“芽吹き”。
「うん、いい感じ……!」
ルンルンと満足げに頷き、上機嫌にその場でくるりと一回転する。
花々が揺れ、色彩が混ざり合い、まるで祝福してくれているようだった。
――その時。
「……エ、エレノア……?」
背後から、掠れた声が聞こえた。
「えっ?」
振り返ると、そこには車椅子に座る当主様と、付き添いの侍女さんの姿があった。
(ひゃ、ヒャ――!?)
一瞬で血の気が引く。
「も、申し訳ありません! 勝手に……!」
(夢中になりすぎて、いつの間にか当主様の庭園に居た――――!?)
慌てて頭を下げる私に、当主様は硬直していた。
ただ――すごく驚いた表情で、じっと私を見つめている。
その視線は、どこか焦点が合っていないようで、それでいて深く何かを確かめるような色を帯びていた。
「……あ、ああ……君か……アイリス嬢」
やがて、小さく言葉を紡いだ。
「は、はい……すみません、お邪魔しておりました」
「いやいや……構わんよ。君にもこの庭園の花を愛でてほしい」
穏やかな声だけど、その奥に微かに揺れる感情を感じ取った。
「先程のは……幻か……?」
「……?」
問い返すように呟いて、当主様はゆっくりと首を振った。
そして改めるように、まじまじと、じっくりと、真剣な瞳で私を見つめてきた。
(ひゃ――!? や、やだっ! 私を見ないでぇ!)
ただその場に立ち尽くし、動揺しながら赤面しちゃう私でした。
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