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勘当された泥まみれ令嬢は、公爵家に愛でられる  作者: 霞灯里
第4章 公爵家の一族

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第20話 アレクシス様とのおしゃべり

 名実ともに公爵家御用達となった『ハニーペタル』は、更に活気に満ちていた。通りに面した入口には朝から列ができ、焼き菓子の甘い香りと、ハーブの清涼な香りが混ざり合って人々を引き寄せる。


 店内では侍女さんが手際よく動き回り、注文を受け、包装し、次々と商品を渡していくその様子は、まさに小さな戦場のようでありながらもどこか華やかで、見ているだけで胸が高鳴る光景だった。


 私はというと、ハーブの調合に追われながらも、なんとか既存の作り置きを使って数日分は確保しつつ、新たに大量生産の段取りを整えていった。けれど、肝心のハーブそのものは繊細で、どうしても仕上がりまでに時間がかかる。


(最低でも……十日は必要よね)


 焦る気持ちを抑えながらも、丁寧に仕上げていくしかなかった。


 その合間を縫って、アネッサさんと一緒にハーブを練り込んだクッキーを焼き上げる。さくりと軽い食感に、ほんのりと広がる香りと効能を込めたそれは評判も良く、あっという間に売り切れてしまった。このクッキーも公爵家に持って行こう!




 ◇◇◇




 そうして目まぐるしく過ごしているうちに、あっという間に三日が過ぎ――私は再びアルヴェリア城へと足を運ぶことになった。


 城内の書庫へ足を踏み入れると、以前と変わらぬ熱気が満たしていた。その中心で、エリオット様は変わらず的確に指示を出し続けている。


「進捗は順調だよ」


 彼は資料から顔を上げ、私にそう告げた。


「ほとんどの素材は入手済みか手配済み、もしくは所在が判明している。あとは“焦炎樹”の位置特定だけだね」

「”焦炎樹”……火山の麓に生える木ですね」


「そう、赤黒く焼け焦げたような見た目の木だ。山一帯だから探索範囲が広くてね。先遣隊が現在も捜索しているところだよ」


 なるほど、と頷く。


「”虹翅蝶(こうしちょう)の鱗粉”は十分に集まったし、薬草も問題ない。君も居るしね」


 虹色に輝く羽を持つ虹翅蝶は、この季節になるとよく見かける美しい蝶で、私の店の庭にもよく遊びに来ていた。あの子たちがこんな大事な薬の素材になるなんて、少し不思議な気分だ。


「”清流の霊水”は”水鏡睡蓮(みずかがみすいれん)”が自生する湖で採取できる」

「それじゃあ、つまり……」


「要するに、手配中のユニコーンの角と、これから採集に行く三種の植物だけだね」

「なるほど~」


 こうして”焦炎樹”の所在が確定次第、直ぐに素材採集の小旅行に出ることが決まった。


「うう……今日までに片付けておきたかったのに」


 資料に目を落としたまま、エリオット様が小さくぼやく。


「仕方ないですよ、頑張ってください!」


 軽く励ますと、彼は苦笑した。


 どうやら彼は錬成総務局の仕事に加えて領主の政務も代行しているらしく、溜まりに溜まった書類と格闘している最中なのだという。


 そんな忙しい彼を横目に、特にやることのない私は「自由にしていて」と言われ、アネッサさんと城内をあちこち歩き回り探索していた。


 庭まで与えてくれて花や草を植えたり、敷地内の植物を《花の帳》に登録したりと、ほとんど趣味の延長のような時間をぬくぬく過ごし始めた私。


(これ、いいんだっけ……?どういうご褒美……?)




 ◇◇◇




「また来てくれたのか……無理をしなくていいんだぞ」


 穏やかな声が、部屋に響く。


「いえいえ、私が来たいんです。アレクシス様とお話するの、楽しいですし」


 時間に余裕のある私は、時折こうしてアレクシス様のもとを訪れていた。


 彼はベッドに横たわったままだけど、以前よりも明らかに顔色が良くなっている。頬には血色が戻り、呼吸も安定している様子で、その変化がとても嬉しかった。


 体は病の影響で全体的に丸くふくよかではあるものの、その中に確かな活力が宿っているのが感じられる。腕を動かす仕草や、言葉の端々に宿る力強さが、回復へ向かっている証のように思えた。


 彼はもともと気さくで包容力のある方なのだろう。話をしていると自然と肩の力が抜けて、気が付けばいろいろと話し込んでしまう。優しく耳を傾け、時に楽しそうに笑ってくれる彼に、すっかり安心しておしゃべりしてた。


 そして――大変失礼だけど、ふくよかだからこそ気兼ねなくお話しすることができてる。エリオット様や当主様のようにあまりにも整いすぎた方を前にすると、どうしても緊張してしまって身構えてしまうから。


 何よりアレクシス様は、官服やドレスをこっそり用意して、着せてくるなんてことはしないもん!


「汗を拭きますね」


 そう言って、冷たい水に浸した布で彼の額や首元をそっと拭う。


「……っ、す、すまない」


 わずかに息を呑む気配がした。


「そんなに気を遣わなくてもいいのに……君に汗が飛んでしまいそうだ」

「えっ、それこそ気にしなくていいですよ」


 思わず首を傾げると、彼は少しだけ視線を逸らす。その様子に、胸がほんのりとくすぐったくなる。


「私、泥まみれ令嬢って呼ばれてるんです、知ってますよね?」


 ふふん、と少し得意げに笑うと、


「毎日土まみれなんです、汗なんてへっちゃらなんですよ!」

「……そ、そうか、そうだったな」


 彼はエリオット様が処方した減量薬に加え、“減量効果”を持つハーブティーも飲んでいる。


 そのため体の内側からじんわりと熱がこもって、薄く湯気が立ち昇るほどに全身がぽかぽかと温まってるようで、大粒の汗が絶え間なく流れていた。


「それがアイリスの強さなんだな」

「え?」


 その視線はどこか優しくて、少しだけ――眩しいものを見るようでもあって。


「……君と話していると、心が軽くなる」


(あれ……?)


 なんだか、熱が籠ってるような視線に違和感を感じて、私は少し落ち着かなくなった。


「そういえば手紙で知ったよ。君の家を訪れた騎士団の中に、私の親友がいたそうだ」

「えっ!?そ、それは大変失礼しました……!」


 慌てる私を見て、彼はくつくつと喉を鳴らして笑った。


「いやいや、あいつの呆然とした顔が目に浮かぶよ。ははっ……本当に面白い!」


 その笑顔は可笑しくて堪らないといった表情だ。


「それで、その時の花市は楽しめたのか?」

「はい!すごく楽しみにしていた花に会えて感動しました!」


「ほう、どんな花だ?」

「すんごく大きくて、すんごく臭い、ラフレシアという花です!」


「あははははは!」


 彼はふくよかな体を揺らしながら大爆笑した。


「なるほど、騎士団よりもその臭い花の方が大事だったわけだ!」

「そうです!勘当されるくらいには大事でした!」


 言い切ると、彼は更に楽しそうに笑い声を上げた。その屈託のない笑顔を見ていると――


(……治ってよかった)


 心からそう思えた。

この物語を読んで頂き有難うございます。

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