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勘当された泥まみれ令嬢は、公爵家に愛でられる  作者: 霞灯里
第3章 お薬の素材探し

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第16話 満ち溢れる希望

 お姉様を治す薬――【四環の(アルカナ・)調律薬(ハーモニクス)】に必要な8つの素材が明らかになってから、書庫の空気は目に見えて変わっていた。


 それまでは、暗闇の中を手探りで進むような重苦しさがどこかにあったのに、今は違う。目指すべき場所がはっきりと定まり、そこへ向かう道筋が見えたことで、全員の動きに確かな意味と勢いが宿っている。


「時間は充分にある!間に合うんだ!ルミエラ姉様は必ず治る!」


 エリオット様の力強い号令が響いた瞬間、書庫のあちこちで顔を上げた使用人たちが一斉に頷き、それぞれの持ち場へと散っていく。


 その足取りは軽く声には張りがあり、先ほどまでの張り詰めた緊張は、いつの間にか希望に満ちた活気へと変わっていた。誰もが同じ未来を信じている。


(みんな……すごく嬉しそう)


 自然と頬が緩む。


 人を助ける為にこれだけ多くの人が心を一つにして動いている光景は、胸がじんわりと温かくなるほどに尊くて、眩しかった。


 隣の椅子に腰を下ろしたエリオット様が、資料に目を落としたまま、ふと呟く。


「うーん……ユニコーンの角の手配には、少し時間がかかりそうだな」

「そうなんですか?」


「そこまで希少な魔物ではないんだけど、この国には生息していないからね」


 顔を向けると、彼はこめかみを軽く指で叩きながら、思考を巡らせるように言葉を続けた。


「輸入に頼るしかないし、交渉や輸送を考えると……早くても一か月と見ておいた方がいい」

「でも、先が見えているだけで全然違いますね!」


 そう言うと、彼はふっと小さく笑った。


「ああ、まったくその通りだよ。星の数ほどある素材の中から、たった8つにまで絞れたんだ」


 彼と視線が交わる。どちらともなく、ふふっと笑みがこぼれた。


「角が届くまでに、他の素材は全て揃えてしまおう。特に、植物は君頼りだ。また力を貸してほしい」

「はいっ!もちろん!」


 即座に頷いた私の中には、迷いはなかった。


「じゃあ……フワフワ草に会えるんですね!」


 瞬きしながら、思わず声が弾む。


 ”風綿草”――別名フワフワ草。絵本の中にも登場するほど、有名な植物。


 タンポポの綿毛をそのまま巨大にしたような柔らかな球体が宙に浮かんで、風に乗ってゆっくりとふわふわ漂う幻想的な姿は、子どもの頃の私にとって憧れそのものだった。


(いつか絶対に会いに行くって、決めてたんだもの)


 そんな想いが、胸の奥からふわりと蘇る。

 留守にしてる間、お店はゼネブさんとお手伝いさんに任せよう。


 大きく目を輝かせる私を見て、エリオット様はくすりと小さく笑った。


「うん、準備が整い次第、僕と一緒に採集に向かおう。ちょっとした小旅行だね」

「はいっ、ぜひ行きたいです!」


 思わず前のめりになって答えると、彼はどこか照れたように頷いた。


 今回必要とされている属性の力を秘めた植物は、当初の候補であった3,800種の中にすべて含まれていた。特殊な性質を持つ珍しい植物ではあるものの、“蒼月花(ルナ・アズール)”のように希少種ではなく、各地に自生しているみたい。


 けれど、その“条件”が問題だった。


 それぞれが特定の属性の魔力に満ちた土地でしか生きられず、その地の環境から切り離された瞬間、急速に活力を失って枯れてしまう。


 ”水鏡睡蓮(みずかがみすいれん)”は湖の霊水ごと持ち帰れそうだけど、”火炎樹(かえんじゅ)”と”風綿草(かぜわたぐさ)”の持ち出しは難しい、という結論だった。


 しかも、薬を多く作るには素材が多く必要になる。なので、自然と答えは一つに定まった。


(私が直接出向いて、《花の帳(フローラル・レコード)》に登録すればいい)


 登録さえすれば、特殊な植物であっても《花の帳》で生み出すことができる

 そして彼の《錬金の神匠(デウス・アルケミア)》なら、生み出した植物が枯れる間も無く一瞬で薬が作れる。


(私……ちゃんと役に立てる!)


 胸の奥に、小さな誇らしさが灯る。


「流石は僕のふ……助手だ。今回の薬もまた、アイリスがいなければ作れなかったよ」

「今、副官と言いかけましたよね?」


 思わずじとっとした目を向けると、彼は軽く視線を逸らしながら悪戯(いたずら)っぽく肩をすくめた。


「気のせいじゃないかな」


(絶対に違う……っ!)


 内心で突っ込みながらも、強く否定しきれない自分がいる。

 彼が私を本当に信頼しきっているのを感じて、嬉しく思っちゃってるからだ。


 書庫の一角では、すでに使用人たちが地図を広げ、各植物の生息地と最適な移動ルートを割り出していた。別の班は現地へ先遣隊を送り、実際の所在と状態の確認を進める準備に入っている。


 すべてが、驚くほどの速さで進んでいた。そして何よりそこに迷いはない。皆の士気は高く一層の熱を放っている。


 見えた希望が、全員の背中を押していた。




 ◇◇◇




 その夜――

 なんと再び溢れんばかりの歓喜が、公爵家の隅々にまで満ち広がることになる。


 豪奢な晩餐の席で、エリオット様と穏やかに会話を交わしていた、その時だった。


「――エリオット様!」


 扉が勢いよく開かれ、一人の侍女が息を切らしながら駆け込んでくる。

 その顔は蒼白で慌てながらも、同時に瞳が潤むほど高揚に震えていた。


「た、大変です……!」

「どうしたの、そんなに慌てて」


 エリオット様が問いかける声に、侍女は今にも泣き出しそうな勢いで叫んだ。


「あ、アレクシス様が……!お、お目覚めになられました……!」

「――なに……? な、何だって!?」


 一瞬、時間が止まったようだった。


「本当か!?」


 椅子が激しく音を立てて倒れそうになるほどの勢いで、エリオット様が立ち上がる。その表情は驚愕と信じられないという思い、そして押し寄せる激情に大きく揺れていた。


 侍女はその場に崩れ落ちるように膝をつき、涙をこぼしながら何度も頷く。


「は、はい……!先ほど……意識が……戻られて!」


(アレクシス様……って、重い病気で眠っていたお兄様だよね……?)


「良かったですね、エリオット様」


 そっと声をかけると、彼ははっとしたようにこちらを見て、そして――


「あ、ああ……っ!本当に……!」


 言葉を詰まらせながら、目元を押さえる。


「すまない、席を外す……兄様の元へ、行ってくる」


 その声はわずかに震えていて、次の瞬間にはもう駆け出していた。

 廊下の向こうへと消えていく背中を見送りながら、胸の奥に込み上げてくるものを感じていた。


(……本当に、良かった。治ったんだね)


 必死に頑張っていた彼の努力と希望が、こうして確かな形になったのだと実感して――忘れられないほどに、温かな光に満ちた瞬間を体験した日となった。

この物語を読んで頂き有難うございます。

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また、評価いただいた方、有難うございました!

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