第15話 お姉様を治す薬
そこに広がっていたのは、書庫に匹敵するほどの広さを持つ、巨大な素材保管庫だった。
「……わあああ……すごい……」
「僕がこれまでに収集してきた素材だよ」
誇らしげに、どこか楽しそうな彼の声を背に、私はふらふらと足を踏み入れる。
視界いっぱいに広がるのは、まさに宝石箱だった。
巨大な魔物の鱗や革は丁寧に加工されて吊るされ、牙や骨は用途別に分類されて専用の棚に収められている。深い光を宿した鉱石は透明なケースの中で静かに輝き、精錬されたインゴットは整然と積み上げられていた。
ガラス瓶の中には不思議な色合いの液体が揺らめいている。時間が止まったように静止した魔力を帯びた昆虫。怪しげな気泡を生み続ける謎の粘性物質が、瓶の中で息づくように脈打っている。
どれもこれも見たことのないものばかりで、目に映るすべてが新鮮で、胸が高鳴るのを抑えきれなかった。
「ふふふっ、楽しそうだね」
「だって……こんなの、宝石箱のようです……!」
振り返ると、エリオット様が柔らかく微笑んでいた。
「君なら気に入ってくれると思っていたよ」
「はいっ、私も収集家なんです!《花の帳》の図鑑を、全部埋めるのが夢なんですよ!」
思わず身を乗り出すように言うと、彼は軽く頷きながら奥を指し示した。
「あの辺りに薬草や草花の素材が纏まっている。まだ登録されていない植物があれば、しておくといい」
「えっ、本当ですか!?」
「外の庭でも珍しい薬草を育てているし、この城の敷地内にあるものは何でも登録していいよ」
「ええええっ!?いいんですか!?」
「もちろん!代わりに必要になったら生み出してもらうからね」
「は、はぁい!ありがとうございます!」
弾む足取りで《花の帳》を抱え、植物の区画へ向かおうとした――その時だった。
ふと、視界の端に“異質”なものが映り込む。
「……こ、これは……」
思わず足を止め、近づく。
壁際に、大きく広げるようにして吊るされているそれは――
「これ、ドラゴンの革……ですか……?」
「ああ、それはアースドラゴンの革だよ。【蒼月の雫】の素材になった」
近づいて見ると、現実味の無いその大きさと存在感に圧倒される。分厚く強靭さを感じさせる革、艶やかで固く鋭い鱗――それは確かに“伝説級”の素材だった。
「すごい……こんな立派なもの、よく手に入りましたね」
「隣国で討伐された個体でね、運よく少しだけ譲ってもらえたんだ」
そう言いながら説明してくれる彼の声を聞きながら、私はじっとその革を見つめる。
「……あれ?」
そして――ちょっとした違和感に気がついた。
「どうしたの?」
「ドラゴンって、”毛”が生えてるんですね~」
指さした先には、鱗の間から細く伸びる、わずかに色の濃い毛の束があった。
「えっ、そんな事ないと思うけど?ドラゴンに毛は……」
言いかけて、そこを目にしてエリオット様も首を傾げる。
「……本当だ、気づかなかったな……。あれ?生えていたっけ?」
よく見れば、それは一箇所だけではなかった。ところどころに同じような“毛”が生えている。
(ドラゴンって……毛が生えてるんだっけ……?)
二人して首を傾げる。
疑問に思いながら、私は何となくそっと”毛”に指先を伸ばした。
そして触れた、その瞬間――
「――えっ!?」
ふわりと、ドラゴンの毛から柔らかな光が弾けた。
毛のように見えたそれは一瞬で光の粒へと変わり、空中でほどけるように散ったかと思うと、そのまま《花の帳》へと吸い込まれていく。
一瞬の出来事に呆然としたあと、はっと息を呑む。
「こ、これ……植物みたいです!草ですね!」
「何だって!?」
「ドラゴンに生える、草?」
「ま、まさか……そんな草があるの?」
私の言葉に、エリオット様もドラゴンの毛に触れる。
その瞬間、彼の腕が淡い光に包まれ――指先から薄く透き通る光の板が浮かび上がった。
まるで設計図のように、幾何学的な線と文字が組み合わさったそれを見た瞬間、彼の表情が驚愕に染まり一変する。
見開かれた瞳に、わずかに震える肩。
そして――
「う、嘘だろ……ま、まさか……こんなところで……?」
彼は掠れるような声で呟いた。
「ど、どうしたんですか……?」
問いかけると、彼はゆっくりとこちらを振り向き、満面の笑みを浮かべ――感情を押し殺しきれないように、はっきりと告げた。
「アイリス――薬の『製作図』が解放された……」
「ええっ!?」
「そして、その素材も全て分かった!」
「……わ、分かったの!?」
その言葉が、静まり返った空間に確信を持って響いた。
「薬の名前は【四環の調律薬】! 姉様を治す薬だ!」
◇◇◇
ドラゴンの革に生えていた毛のような草。《花の帳》でそれを調べると、“地脈毛草”と呼ばれる珍しい寄生植物だった。
地属性の魔力を豊富に含む岩盤や鉱石、さらには魔物の体表にまで根を下ろし、宿主からゆっくりと魔力を吸い上げながら生育する特異な性質を持つ草。
一本一本は細く頼りないが群生するとまるで獣の毛並みのように見えることから、その名が付けられたらしい。
実際に目の前にあるそれも、ドラゴンの鱗の隙間へと深く潜り込み、しなやかでありながらも驚くほど強固に絡みついていた。確かに“寄生している”と分かる異質さを帯びてる。
「……どこかで種子が付着していたんだろうね」
エリオット様が、それを観察しながら呟く。
「アースドラゴンは地属性の魔力が極めて濃い。皮と鱗になっても魔力を秘めている。日を置いて、この草が芽吹いてここまで成長したんだ」
偶然にも地脈毛草が育つ条件を満たした――この植物はお姉様を治す薬の素材だった。
そして、彼の《錬金の神匠》によって、薬の『製作図』がついに解放された。
その奇跡のような巡り合わせが、今ここにあるのだ。
「これが、ルミエラ姉様を救う薬の――『製作図』だ」
見せてくれた淡く輝く光の板に浮かび上がっていたのは、見たこともない複雑な構成式と、整然と並ぶ素材の名前。
お姉様のすごく痩せちゃう病気を治す薬、【四環の調律薬】の素材は、8つあるみたい。
”焦炎樹”
”水鏡睡蓮”
”風綿草”
“地脈毛草”
”ユニコーンの螺旋角”
"虹翅蝶の鱗粉"
”清流の霊水”
”薬草”
必要素材の中にその名前を見つけた時、私は「ふわあっ!」っと歓声を上げてしまった。
それは、幼い頃からいつか絶対に見たいと思っていた、憧れの綿毛。
「フワフワ草だぁー!」
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