表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勘当された泥まみれ令嬢は、公爵家に愛でられる  作者: 霞灯里
第3章 お薬の素材探し

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/21

第14話 制服に袖を通す

 すんごく広くて豪華なお風呂にすっかり癒やされ、さらに豪勢な晩餐(ばんさん)をご馳走になり、最後にはふかふかの大きなベッドに柔らかく包み込まれた私は――あまりの非日常にそわそわして、寝付けなかった。


(素材……早く見つかるといいなぁ)


 ふと、昼間の光景が脳裏に浮かぶ。


 私が担当している《花の帳(フローラル・レコード)》の写しは、あの優秀な書記官たちの手によって、驚くべき速さで進められていた。


 けれど、いくら彼らが優秀で早くても――


(……3,800種、だもんね)


 絞り込まれた数ですら、気が遠くなるほど膨大だった。一日に写せるのはせいぜい200種程、毎日続けたとしても、全てを写すには数週間はかかる計算になる。


 そして、それだけでは終わらない。


(そこから検証して……実際に植物を入手して、薬の素材を見つけ出す……)


 考えれば考えるほど、その道のりは長く困難だ。


「……長い戦いになりそうね」


 恰好(かっこう)つけて全てを理解したかのように小さく呟く。

 そんな私は、ハーブティーを飲みながら《花の帳(フローラル・レコード)》のページを(めく)っているだけである。ふふふっ。


(エリオット様のお姉様……かなり容体が悪いって言ってたわ)


 あの時、書庫で一瞬見せた彼の表情は、冗談を言っていた時とはまるで違っていた。強い意志と焦りを内に秘めた、真剣な眼差し。


(急がないと……少しでも、お役に立てたらいいな……)


 そんな願いを抱いたまま、いつの間にか意識はゆっくりと沈み、私は深い眠りへと落ちていった。




 ◇◇◇




 そして、翌朝。


 まだ眠気の残るままの私達のお部屋に、控えめなノックとともに侍女たちが訪れ、香り高い朝食と一緒に一式の衣装を運び込んできた。


「こちらは、本日よりお召しになるお仕着(しき)せでございます」

「え……もう、仕立てて下さったんですか?」


 思わず目を丸くする。採寸したのは昨日の事だというのに、たった一日で仕立ててしまうとは。

 さすがは公爵家としか言いようがない。


 朝食の後に手際よく身支度を整えられる。私は促されるままその衣装に袖を通し――鏡に映った自分の姿に、言葉を失った。


(……え……なに、これ……!?)


 深い紺を基調とした生地は触れただけで分かるほどに上質で、滑らかに身体へと馴染む。そこに施された白と銀の刺繍は繊細で上品。足元はふわりと広がる可愛らしいスカート。


 胸元にはアルヴェリア公爵家の紋章が品よくあしらわれ、過度に主張することなく、それでいて確かな格式を示していた。


 立派な士官服のようにも見えるし、まるで貴族の令嬢が纏うドレスのような優雅さを備えていて――


「な、なにこれぇ……?」


 思わず、間の抜けた声が漏れた。


 隣を見ると、アネッサさんは他の侍女たちと同じく、紺を基調に白と銀アクセントが入った上品なエプロンドレス姿。

 確かに美しいけど、明らかに私とは衣装の“格”が違った。


 戸惑いながら侍女さんに聞いてみると、にこやかに一礼して説明してくれる。


「エリオット様は、アルヴェリア公爵家における商と財を担っています。製造・開発、流通、商務のすべてを統括なさる中枢機関――『錬成総務局(れんせいそうむきょく)』の責任者、総長でいらっしゃいます」

「は、はあ……?」


「そしてアイリス様は――総長を補佐なさる、副官のお立場にございます」

「……はい?」


 一瞬、意味が理解できなかった。じわじわと嫌な予感が込み上げてくる。


(……副官って……昨日、呼ばれてた……)


 書記官の声が、はっきりと蘇る。


 要約すると、こうみたい。


 彼は錬成総務局・錬成総長、エリオット。組織の責任者。


 そして――

 私は錬成総務局・錬成総長副官、アイリス。組織のナンバー2。


「そんなお話、聞いていませぇーーーん!」


 私の悲鳴が、朝の静かな室内に盛大に響き渡った。


 いつの間にか仰々(ぎょうぎょう)しい役職が付いてた!助手って言っていましたよね!?




 ◇◇◇




「助手って言っていましたよね!?」

「うん、アイリスは僕の助手だよ?助手は、右腕とも副官とも言うじゃないか。あはははっ!」


 思わず身を乗り出して詰め寄ると、エリオット様は一瞬きょとんとした後、可笑しそうに笑った。抗議の声を上げても、彼はまったく悪びれる様子もない。


「もうっ!」


(……また、からかわれてる……!)


 頬を膨らませながらもそれ以上強く言い返せない自分に、ほんの少しだけ悔しさを覚えた。


 今日も、午前の早い時間から書庫では素材探しの作業が始まっている。


 高い天井に反響するのは、紙をめくる乾いた音と、ペン先が走る規則的な音、そして飛び交う指示と、それに即座に応じる声。使用人たちはそれぞれの役割を正確に理解し、無駄のない動きで書庫の中を行き来している。


 その様子はまさに“奔走”という言葉が相応しく、空気は張り詰め緊張に満ちていた。


 私はというと――


「副官、次のページをお願いします」

「あ、はい!」


 私は書記官たちの作業に合わせて《花の帳》のページを捲る。


 ただ、それだけなんだけど。


(……息が詰まりそう)


 周囲の熱量に圧倒され、知らず知らずのうちに肩に力が入っているのが分かる。全員が本気でこの作業に向き合っている――長くこの空間に居るとその圧力が、じわじわと重くのしかかってくるのだ。


 ふと視線を上げると、エリオット様が私を見つめていて、気遣うように口を開いた。


「……少し休憩しようか」

「え?」


「ちょうど、君に見せたいものがあるんだ」




 ◇◇◇




 書庫を出て、しばらく静かな回廊を歩いた先。重厚な扉の前で、エリオット様が足を止める。


「ここだよ」


 そう言って扉を開いた瞬間――思わず、息を呑んだ。


「……わあああ……すごい……!」


 そこに広がっていたのは、書庫に匹敵するほどの広さを持つ巨大な素材の保管庫だった。


 整然と並ぶ無数の棚や展示台は、まるで博物館のように美しく整えられている。一つひとつが厳重に管理され、価値あるものとして扱われていることが一目で分かる空間だった。


「僕がこれまでに収集してきた素材だよ」


 視界いっぱいに広がるのは、まさに宝石箱だ。

 誇らしそうな彼の声を背に、私は導かれるようにふらふらと足を踏み入れた。



 でも、まさか――


 エリオット様が私を気遣い、息抜きに連れて来てくれたこの場所で、思わぬ転機に恵まれるなんて……この時は思ってもいなかった。

この物語を読んで頂き有難うございます。

もし宜しければ、ブックマーク・評価を頂けると励みになり有難いです。

また、評価いただいた方、有難うございました!

今後ともよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ