第13話 難航する素材探し
《花の帳》は、世界中の植物を“キーワード”によって検索し情報を閲覧する事ができる。
そのキーワードは単なる植物の“名前”だけに留まらず、“生態”や“特性”、“効能”、さらには“生息地”や“属性”といった、本に記されたあらゆる言葉にまで及んでいる。
要するに、《花の帳》に記されている言葉であれば、それを手掛かりに膨大な種類の植物の中から、条件に合致するものを絞り込めちゃうんです。
残念ながら、薬や病名から検索することはできないけど。
そんな説明を終えた私に、エリオット様はぽかんとした表情を浮かべたかと思うと、次の瞬間には見開いた瞳をきらきらと輝かせていた。
「それはすごい……!きっと、薬の素材が見つかるはずだ!」
その声には心からの期待とわずかな安堵が滲んでいて、胸の奥が温かくなる。
彼のお兄様はすごく太っちゃう病気に、お姉様はすごく痩せちゃう病気にかかってるらしい。何て恐ろしい病気だろう、ぶるるっと体が震えた。
そして今は、お姉様を治す薬の素材を探している。
「あとは……何のキーワードで検索するか、ですね」
私達がいるのは、アルヴェリア城の巨大な書庫。大きすぎて“書庫”というより、立派な図書館だ。
三層のフロアがあって、高い天井まで届く本棚が幾重にも並び、紙をめくる音と筆の走る音がかすかに響いている。
その書庫の中で、目に見えない熱が渦巻いていた。
エリオット様の指示を受けた大勢の使用人達が、各々の持ち場で奔走しているのだ。
本棚から資料を引き抜き、必要な箇所を素早く確認しては書き留め、また別の棚へと移動していく者。
すでに集められた情報を整理し、分類し、次の指示に備えて待機する者。
――その動きは無駄がなく、まるで一つの軍隊のように連携が取れている。
そんな彼らに圧倒されていると、エリオット様が思考を切り替えるように、軽く息を吐いた。
「まずは、大まかに当たりをつけよう。アイリス、“属性”で検索してもらえるかな」
「はい、分かりました」
私は目の前に置かれた《花の帳》にそっと手を添え、意識を集中させる。
その瞬間、本がふわりと浮き上がるようにわずかに震え、淡い光が紙面をやさしく包み込んだ。まるで薄い花びらが幾重にも重なって揺れるような、柔らかで幻想的な光が広がった。
やがて――パラパラパラ……と、ページがひとりでに捲られ始める。
その様子はどこか優雅だ。
けれど――
パラパラパラ……パラパラパラ……パラパラパラ……
圧倒的な情報量を孕んでいて、高速で捲られるページに思わず息を呑んだ。
やがて動きが止まり、静かに開かれたページの下部に、淡い光の文字が浮かび上がる。
「“属性”をキーワードにした場合……該当する植物は、およそ8万種ですね」
「は、8万……!」
エリオット様が思わず言葉を失い、私も改めてこの世界の植物の多様さを思い知らされる。
「じゃあ、“属性”と“魔力循環”の二つのキーワードで検索してもらえるかな?」
「はい、分かりました」
再び意識を集中させると、今度は先ほどよりもゆっくり、そして滑らかにページが流れていく。
そして、パラパラ……と、短い音とともに止まった。
「“属性”と“魔力循環”で絞り込んだ場合……約3,800種です」
「よし!その数なら現実的だ。一旦この範囲で当たりをつけよう」
「もっと絞り込むこともできますけど……いいんでしょうか?」
そう尋ねると、彼は即座に首を横に振った。
「あまりに条件を厳しくしすぎて、本命を取りこぼすのは避けたい。最初は広めに取って、そこから必要に応じて削る方がいい」
その判断の速さと的確さに、感心してしまう。
しかも彼は私とやりとりをしながら、使用人達に諸々の指示を飛ばしていた。
(本当に……年下なのに、すごくしっかりしていて、頭がいい)
「きっとその3,800種の植物の中に、核心となる主要素材がある」
「……あると、いいですね」
自然と、私は微笑んでいた。
◇◇◇
「書き写す内容は、名前、外観の絵、生息域、特性、効能、その他の要点のみで構わない。速さを最優先、見開き一ページにつき2分で頼む」
「承知致しました」
エリオット様の指示を受け、呼び出された二人の書記官が即座に配置につく。正確に転写する魔道具はあるけど、速度に関しては書記官の方が断然早いらしい。
《花の帳》には見開き1ページに1種類の植物情報が記されてる。
そのページを書記官が速記で写し取り、他の使用人達に写しを回し情報を蔵書から更に集め、入手の段取りをつける人海戦術。エリオット様は3,800種もの植物を、本気で全部集めるつもりだ。
一人が植物の精密なスケッチを描き、もう一人が情報を速記で書き起こす――その動きは驚くほど無駄がなく、筆は迷いなく紙の上を滑っていく。
わずか二分という制限の中で、それでもなお美しさを損なわないその技術に、思わず見入ってしまう。
(……この人たち、ものすごく優秀そう)
私はというと、アネッサさんが淹れてくれたハーブティーを飲みながら、二分ごとに《花の帳》を1ページ捲るだけである。
(これ、いいのかな……?私だけすごく楽なんだけど……)
助手とは?労働とは?
などと、考えてしまう私でした。
「副官、次のページをお願いします」
「あっ、は、はぁい!」
考え事してたら書記官がもう写し終えていて、私は慌てて次のページを開いた。
「んっ?」
あれ?聞き慣れない言葉が聞こえた気がする。
(……今、私の事、副官って呼ばなかった?)
書記官たちはすでに次の作業に没頭している。
(あ、あれぇ? き、気のせい……よね?)
書き写された紙はすぐさま別の使用人へと渡され、さらに書庫の資料と照合されて情報が補足されていく。
そして、そのすべてを――エリオット様が、一つ一つ真剣な表情で確認していた。
彼は全ての資料にもきちんと目を通し、その場で指示を加える。
その姿は、どこまでも真剣で、立派で――思わず見惚れてしまった。
「手探りで素材を探すのって……こんなに大変なんですね」
思わず漏れた言葉に、彼は小さく笑った。
「うん、すごく大変だよ。でも――」
彼は優し気な微笑みを浮かべながら、私を見つめた。
「アイリスのおかげで、ここまで絞れた。これは、とても大きな前進なんだよ」
その言葉は、まっすぐ私の心に届いた。
ただページを開いているだけのように感じていた作業が、確かに意味を持っているのだと実感して、胸の奥がじんわりと温かくなる。
こうして私は――
未知の薬の素材を探し出すという、気の遠くなるような作業の大変さと、そしてその中にある確かな希望を、身をもって知ることになったのだった。
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