第11話 ”泥まみれ令嬢”は公爵家に雇われる
貴族だったころに少しだけ持っていたドレスは両親に取り上げられたけど、それでも今の私にはお気に入りの服がちゃんとある。
柔らかな生成りのワンピースに、少しだけレースのあしらわれたエプロンを重ねて、胸元には小さな押し花のブローチをつけると、鏡の中の自分がほんの少し可愛く見えた気がして、思わず頬が緩んでしまう。
鏡の前でくるりと一回転して、裾の揺れ方や汚れがないかを確かめながら、私は小さく呟いた。
「よしっ……今日は、変じゃないよね……?」
誰に見せるわけでもないのに、胸の奥がそわそわと落ち着かない。今日から始まる新しい生活にわくわくしてる。
店の前には、豪奢な公爵家の馬車が静かに私を迎えに来ていた。陽光を受けた金の装飾がきらきらと輝いている。隣には護衛の騎士も並び、その光景はどう見てもお花屋さんには似つかわしくない。
――今日から週に3日ほど、エリオット様の助手として住み込みで働くことになりました。
彼は兄だけでなく姉も病気のようで、状況は一刻を争い切羽詰まっているみたい。薬の素材探しが難航していて、私の手を借りたいそうだ。
《花の帳》なら、素材の手掛かりが掴めるかもしれない、との事。
(私の力が……誰かのお役に立てるのなら)
ブルームーンの夜のことを思い出すだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。役立たずだと笑われてきた私が、誰かに必要とされて、頼られて、そして「ありがとう」と感謝を向けられて――あんなに嬉しかったことは、初めてだった。
それに、薬を作る時の作業や完成した時の「ぽぉん!」って音も、楽しくて好きだったりする。
ふふふっ、と思い出し笑いを浮かべた。
なんとゼネブさんとアネッサさんも私の世話係として雇われて、不在時のお店の運営や庭の手入れについては、公爵家から人手を派遣してくれることになっている。
生活面では何一つ困ることはなくて、あまりにも至れり尽くせりで、落ち着かないくらいだ。鞄一杯の白金貨の衝撃が抜けきれずに、怖くて給料の額は聞けてない。
普通なら、こんな話を断る理由なんてどこにもないんだけど――
それでも私は、一度この話を断った。
でも、もう悩みも迷いも無い。エリオット様との話を思い返した。
◇◇◇
「実は私……貴族の家から勘当された身でして、その……“泥まみれ令嬢”なんて呼ばれているんです」
「……それで?」
エリオット様は驚く様子もなく、ただ静かに首を傾げただけだった。あっさりとした返事に、逆に言葉が詰まってしまう。
「で、ですから……私を雇うと、公爵家にご迷惑をお掛けしてしまうかと……」
「それが、何の迷惑になるの?」
真っ直ぐに見つめられて、思わず言葉を失う。
「な、なので、私の悪名が公爵家に泥を塗っちゃうので、良くないと……」
「そんな事、気にしなくていいよ」
きっぱりと言い切られて、ぽかんと口が開いたまま閉じられなくなる。
そのまま彼は、にこりと微笑みながら続けた。
「もちろん、君達のことは調べさせてもらった」
「えっ!?」
思わず一歩後ずさる。
「半年前にこの街に移住してきた、ドルマン家を勘当された三女と、元執事と元メイド長だね」
「わ、わわわ……っ」
えっ、えーーー!?
そんな、昨日会ったばかりなのに!?
驚いている私をよそに、彼は淡々と続ける。
「君がどれだけ理不尽な扱いを受けてきたかも、把握してる。正直、怒りが込み上げてくる話ばかりだったよ」
「ど、どこまで調べたんですか?」
「殆ど全部かな。君を貶めることでしか自分を保てなかった姉達のことも、ね」
「ええええっ!? うそぉ!?」
「君を勘当したのは家計が逼迫していたことも理由の一つだね。ドルマン家は鉱山事業の失敗でかなり追い詰められていた」
「ええっ!? それ私、初耳なんですけど!」
自分の家の事情を知らないってどういうこと!?
「全部踏まえた上で言うけど……ドルマン家は愚かすぎるね」
公爵家の方がはっきり断言されましたよ、父様、母様。
その直後――頭が混乱している私に、彼はふふっと可笑しそうに肩をすくめた。
「それにしても、騎士団の訪問より花市を優先するなんて! あはははっ!」
「あーっ! なんでそれまで知ってるんですか!?」
思わず抗議すると、彼は腹を抱えて笑い出した。
「だって面白すぎるよ、それ!」
「笑い事じゃないですっ!」
ぷくっと頬を膨らませて睨みつけると、彼は目尻を拭きながら、それでもまだ楽しそうにこちらを見つめてくる。
「分かりましたよね!?私はそういう人間なんです!だから、雇わない方がいいと思います!」
「いやいや、君らしくて、すごくいい」
「え?」
「ますます、好きになった」
――どきん、と心臓が跳ねた。
「な、な、なに言ってるんですか!?」
思わず声が裏返る。好きとか冗談でも言わないで欲しい。
「本当だよ。節操なく取り繕う貴族令嬢なんかより、遥かに魅力的だ」
「……!」
顔が熱くなって、まともに視線を合わせられない。
「公爵家は令嬢との見合い話が山ほど持ち込まれてね、正直うんざりで疲れるんだ」
「そうなんですか?」
お姉様がた、言われてますよ!殿方は疲れるらしいです!
「とにかく、アイリスは何も気にすることなんて無い。だから、また僕に協力してほしい」
改めて真剣な瞳で言われてしまえば、もう断る理由なんてどこにもなかった。
◇◇◇
お店と庭はゼネブさんとお手伝いさんに任せて、公爵家のお城にはアネッサさんと二人で向かう。
「アルヴェリア公爵家は珍しく、義に厚く裏表の無い、真っ当な大貴族です」
出発前、ゼネブさんは静かにそう話してくれた。
「これまで不穏な噂は一切聞いたことも無く、民からの信頼も厚い名家ですから、安心してよろしいかと」
「そうなんですね」
ほっと胸を撫で下ろした、その直後。
「ですが――」
ぴしり、と空気が変わる。
「エリオット様も、年頃の男子であることには変わりありません。念の為に、充分お気を付けください」
「えっ?どういうこと?」
「彼の様子を見る限り、お嬢様を女性として意識されているように思えます」
「は、はい!?」
思わず変な声が出た。
「つまり……言い方を選ばずに申し上げれば、“手を付けられる可能性”は否定できません」
「ちょ、ちょっと待ってください!?」
顔から一気に血の気が引いていく。
「わ、私は平民で、年上ですよ!? それにあの人まだ14歳だし、ありえないですよね!?」
「お嬢様はご自分の魅力に気付かれていないのです。身分も年齢も、関係ありません」
えぇぇ……??
「アネッサ、頼んだぞ」
「はい、命に代えてもお嬢様をお守りいたします」
「命に代えてもって何!?」
真剣すぎる二人の視線に囲まれて、私は唖然としてしまった。
(うそ……えっ、本当に……?)
頭の中で、あの綺麗な顔がぐいぐい近づいてくる光景が勝手に再生されてしまい、ぶわっと顔が熱くなる。そういえば、確かに彼はちょっと強引で距離が近い。
(いやいやいや、そんなことあるわけ……でも……)
「お嬢様、馬車の準備が整いました」
「は、はい……」
大混乱したまま、私はふらふらと馬車へと向かう。
胸の奥がざわざわして、期待なのか不安なのか、自分でも分からない感情がぐるぐると渦を巻く。
――こうして私は、少しだけ頬を赤くしながら公爵家の馬車に乗り込んだのでした。
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