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勘当された泥まみれ令嬢は、公爵家に愛でられる  作者: 霞灯里
第2章 アルヴェリア公爵家の受難

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第10話 公爵家からのお礼

 まだ開店前の朝の静かな通りに、不釣り合いなほど豪奢な馬車がゆったりと佇むように停められていた。

 磨き上げられた車体には見覚えのある紋章が刻まれていて、周囲には数人の騎士が無駄のない動きで警護にあたっている。


 その光景は場違いなほど華やかで、いつもの穏やかな商店街の空気をわずかに張り詰めさせていた。


 私は店の奥から様子を伺い、胸をどきどきさせながら外へと足を踏み出す。


 すると、私を待っていたかのように馬車の扉が静かに開き、白銀の髪を朝日にきらめかせた少年が軽やかに降り立った。


「おはよう、アイリス。昨日は本当にありがとう」


 その声音は柔らかく、けれどどこか弾むようで、にこやかに微笑む彼の機嫌の良さがそのまま伝わってくる。


「お、おはようございます、エリオット様」


 思わず反射的にカーテシーをしてしまった瞬間、彼の表情がくしゃりと崩れて――


「……ふふっ、あははっ!」


 堪えきれないように吹き出し、肩を震わせて笑い始めた。


「な、なに!?どうかしました!?そんなに変でしたか!?」


 むっとして頬を膨らませる私に、彼は笑いながら指を差す。


「だって君、全身土まみれだよ!ほら、頬にも、鼻の頭にも」

「えっ――あああっ!?」


 慌てて自分の顔やエプロンを見ると土があちこちに付いていて、さっきまで庭で土いじりをしていたのを完全に忘れていたことに気付く。


「も、もうっ……これは模様です!」


 咄嗟に言い訳すると、


「そうか、模様か、それはお洒落だね」


 彼は即座に乗っかって、また楽しそうに笑った。


「もうっ、からかわないでください!」

「ごめんごめん、でもその姿が似合ってるよ。すごく君らしい」


 くすりと優しく笑われて、何だかそれ以上怒れなくなってしまうのが悔しい。

 ぷくっと頬を膨らませたまま睨む私に、彼は満足そうに頷いてから、少しだけ真面目な表情に戻った。


「昨日のお礼をしに来たんだ。今、少し時間はあるかな?」

「えっ?あ、はい……開店前なので大丈夫ですけど……」


「良かった。それじゃあ――お邪魔します」

「あっ、ちょっと待ってください!」


 彼は返事を聞くや否や、お店に興味津々な様子で軽やかな足取りで店の中へ入ってしまった。私は慌ててその後を追う。


 本当にこの人、ちょっと強引だ……ぐいぐい来る……!




 ◇◇◇




 店内に一歩足を踏み入れたエリオット様は、目を輝かせながら見渡し、興味津々といった様子で並べられた花や鉢植えに近づいていく。


「このラベンダーとパンジー……綺麗だね。《花の帳(フローラル・レコード)》で生み出したの?」

「い、いえ!ちゃんと庭で種から育ててるんです!」


 少し誇らしく答えると、彼は花に顔を近づけすっと息を吸い込んだ。


「お店にある植物は全部、最高品質だよ?」

「ええっ!?」


 思わず変な声が出てしまう。


「君は植物を種から育てても、最高品質になる力があるの?」

「そ、そんなことないはずです……普通に育てただけですよ?」


「この花、微弱だけど精神安定の効果があるね」

「えっ?そうなんですか!」


 彼は一つ一つの植物や商品を手に取り、《鑑定(アナライズ)》を使って確かめるように眺めていく。

 その真剣な横顔に緊張してしまって、背筋がぴんと伸びてしまう。視察されてるみたいで冷や汗が流れた。


 そして彼の視線は瓶に詰められたハーブを見据える。


「アイリス、このハーブは……」

「は、はい!」


 瓶に詰めたハーブを差し出すと、彼はふっと苦笑いした。


「……これはすごい。最早、薬と呼んでいい出来だよ、効能がしっかり付与されてる」

「えっ」


 呆れ半分、感心半分といった声色で呟かれて、どう反応していいか分からなくなる。


「このハーブは市場に出回ってるポーションなんかより、断然上だね」

「ええええっ!?」


「在庫に余裕があれば、ハーブを全種類売ってもらえる?」

「は、はいっ」


 思考が追いつかないけど、褒められて嬉しい。




 ◇◇◇




 一通り見終えてエリオット様が満足された後、私達は奥の応接室へと移動した。


 アネッサさんが手際よくハーブティーを淹れてくれて、部屋にふわりと花の香りが広がる。流石は元メイド長、綺麗で無駄のない所作。


「ありがとう。この香り……いいね」

「疲労回復のブレンドです。昨日、お疲れのようでしたので」


「……よく分かってる」


 彼は少しだけ照れたように目を細めて、カップに口をつけた。


「それで」


 一息ついた後、彼はすっと真剣な表情に切り替えた。


「【蒼月の雫(ブルームーン・ティア)】は兄に処方したよ。容体は安定して、回復に向かってる」

「本当ですか!?」


 ぱあっと彼の顔が嬉しそうに、明るくなる。


「うん、君のおかげだよ、ありがとう」

「いえいえ、お役に立てて良かったです」


 年相応の少年らしく微笑む彼に、胸がじんわりと温かくなった。

 そのまま彼は軽く合図を送り、騎士が重そうな革の鞄を机の上に置いた。


「まずは、お礼をさせて」

「え?」


 鍵を取り出して開かれた鞄の中身を見た瞬間――私は完全に固まった。

 そこにあったのは、銀貨でも金貨でもなく……ぎっしりと詰まった白金貨が、眩しく光を反射している。


「これを受け取ってほしい」

「ええええぇ!!?」


 体が震えて、思わず椅子から崩れ落ちそうになる私。


「ちょ、ちょお!多すぎますって!桁がおかしいです!」

「これでも足りないくらいだよ。協力してくれた正当な対価でもある。受け取ってほしい」


「こ、これって何枚あるんですか……?」

「白金貨、一千枚だ」


 一生働かずに暮らせるほどの、とんでもない大金だぁ!


「む、無理です無理です無理です!!」

「考えてみなよ。3年ぶりに咲いた希少で短命な蒼月花(ルナ・アズール)を、君は何本生み出してくれたの?」


 彼は少し困ったように眉を下げた時、必死に拒否する私にゼネブさんが声をかけて来た。


「お嬢様、ここは受け取るべきかと思います」

「えっ?」


「エリオット様はこの度の働きの、御礼と正当な対価と、仰っています。至極真っ当な行いです」

「そ、それはそうだけど……!」


「そうだよ、受け取って貰わないと困っちゃう」


 でも、でも、金額がおかしいの!


「アルヴェリア公爵家は恩人に礼をしない無礼者と、後ろ指刺されちゃうなぁ」

「うう、わ、分かりました……」


 悲しそうな声色で追撃してくる彼に観念して頷くと、エリオット様はほっとしたように微笑んだ。


「改めて、協力してくれてありがとう、アイリス」


 その満天の笑顔が感謝を伝えてきていて、嬉しくなっちゃう。体はまだ小刻みに震えてるけど。


「ではその話は一旦終わりにして、本題があるんだ」

「え……?」


 ――でも、話はまだ終わりじゃなかったみたい。


「実は折り入って君にお願いがある」

「お願い?」


 カップを静かに置き、彼はまっすぐに私を見つめてきた。その真剣な瞳の熱に思わず息を呑む。


「アイリス、君を公爵家に迎え入れたい。そして、僕専属の助手になって欲しい」

「えっ!?な、何て!?」


彼の口から出た音に、耳を疑う。


「僕専属の助手になって欲しい」

「い、いや、どうして!?助手ぅ!?」


 専属という言葉を妙に強調しながら彼は前のめりになって、机越しに綺麗な顔が近づいてくる。

 焦った私は椅子から立ち上がった。


「急ぎだから、とりあえずは助手だね。その後は――おいおい」

「とりあえずって、何ですか!?」


「僕には君が必要なんだ、アイリス」

「ち、近いですってば!?ちょっと待ってくださいってばぁぁ!」


 ――再び、応接室に私の悲鳴が響き渡ったのだった。

この物語を読んで頂き有難うございます。

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