需要と供給
「ヘイ店主さん、ベッド売ってない?」
「できればスプリング式のやつで」
マーケットの家具屋にやってきたサナダとマリーが、ベッドの在庫を確認しています。見たところ店内に寝具の類はありませんが、裏にある可能性もありますからね。確認は大事です。
しかし残念なことに、店主さんは首を横に振るばかりです。
「ベッドは無いねぇ、というか寝具の類は扱ってないねぇ」
「敷布団すら無い感じです?」
「枕一つ置いてないねぇ」
「そんなー」
間延びした口調の店主が三大欲求を蔑ろにしたラインナップを告白しました、家具屋にあるまじき品揃えです。これには子供二人も困惑。
実のところ、寝具を扱わないのはロビーにおいて当然のことだったりします。それを知らない世間知らずのおこちゃま達に、店主さんが解説してくれるようですよ。
「ほらぁ、ロビーじゃぁ寝具って売れないからさぁ?」
「そうなんですか?」
「死ねば寝る必要ないからねぇ」
「あっ」「そっかぁ」
店主さんの言う通り、ロビーで寝る必要は何処にもありません。なんせ死ねば睡眠ゲージも空腹ゲージもまるっと全回復しますから。
我々運営が用意したロビー最大のセールスポイントこそがこの「デスベホマ」です。地道な研究と緻密なシミュレーションにより実現した復活機能では、栄養状態や疲労を完全に回復させることができるのですよ。当然これは現世の身体にも適用されますから、朝と夜に1回ずつ自殺するだけで文字通り24時間飲まず食わずで遊び続けられるのです。すごいでしょ。
「そもそもぉ、寝たいなら現世の布団を使えば良いからぁねぇ……ロビーで寝具を買う人はなかなか居ないんだよぉ」
「んにゃぁぁ……」
「そんなぁ……」
こうして、マリーとサナダの幸せお昼寝計画は幕を閉じてしまったとさ。めでたくはないですね。
しかし項垂れる子供たちが不憫だったのか、店主さんが進むべき道を二人に示してくれました。
「もしどうしてもベッドが欲しいならぁ、【ホテルスリーシープ】ってぇギルドを訪ねると良いよぉ?」
「スリーシープ……ですか?」
「『羊を三つ数える間に眠れる』ってことらしいねぇ」
「ふむ……もしかして、ベッドを自作してる感じ?」
「まさしぃく」
ロビーで睡眠は必要ありませんが、だからこそお眠りは贅沢な娯楽でもあります。「趣味でホテルに泊まる」というのは聞いたことがあるでしょう? そうやって贅沢に過ごすためのホテルをロビーに建てて経営しているのが、ギルド『ホテルスリーシープ』なのです。
「値は張るけぇど、オーダーメイドも受けてるって話だよぉ?」
「オーダーメイドのベッド……!」
「贅沢な響き……!」
庶民にはまず縁のない存在であるオーダーメイドのベッドですら、ロビーでは現実的に手に入るのです。ちなみに現世に持ち出すこともできますよ、新生活のお供にいかが?
その高級な響きにマリーとサナダもわくわくしています、善は急げと早速向かうようです。
「ありがとう店主さん! 行ってくる!」
「ありがとうございますー!」
「頑張りなぁよぉ」
そうして浮足立った二人を【ホテルスリーシープ】で待ち受けていたものは…………
「六ヶ月待ちです」
残酷な待機列でした。
「えっ六ヶ月?」
「六ヶ月です」
「六週間の間違いではなく?」
「六ヶ月なんですよね」
耳を疑う子供二人ですが、残念なことに現実は半年待ちです。時間は基本平等ですから、サナダとマリーも180日の時間を耐えねばなりません。
心なしか申し訳なさそうな顔をした受付さんが、二人に待機列の現状を詳しく説明してくれています。
「と言いますのも、原料が手に入らないのです」
「希少なんです?」
「そうなんですよ。始まりの平原の鳥が落とす羽毛なのですが、これがなかなか手に入らなくて」
「希少素材をふんだんに使ったベッド……ジュルリ……」
頭をひねるサナダ君、更なるブランド価値に舌なめずりするマリーちゃん。対照的な反応ですが、二人に出来ることは一つしかありません。予約です。
「当ホテル自慢のベッドをお買い求め頂けるのは我々としても嬉しいのですが、原料問題は如何ともし難く……」
「ない袖は振れないもんね」
「お金があっても買う物が無いですもんね……」
「ひとまず予約されていきますか? 前払いにはなってしまいますが」
ロビーで後払いの方が珍しいですけどね、盗まれますもん。
待機列は長いですが、後回しにすればもっと長くなってしまいます。善は急げとはよく言ったもの、サナダとマリーが予約金を払い、待機列の一部となったタイミングで…………ふと、意外な人物が姿を現しました。
「ありゃ? そこにいるのはサナダ君とマリーちゃんではございやせんか?」
「えっヒノさん?」
「ヒノちゃんだ!」
【ダルマ落とし】の副社長にしてタコ部屋の主、相も変わらずキメッキメの水着を着たヒノが、そこに居ました。
彼女としても二人がここに居るのは意外だったようで、不思議そうな顔をしています。
「お久しぶりです、ヒノさんは何でここに?」
「もちろん取引でございやすとも、ここのホテルはお得意様ですから。二人はなにゆえここに? お泊り会?」
「ベッド買いに来たんだよ! 二人で横になれるくらいフカフカのやつ!」
「ああ、ロビーじゃベッド売ってやせんものね」
合点がいったと手を叩いたヒノが、今度は何やら考え込み始めました。こめかみに指をあてながら、何やら頭をひねっています。
「ふーむ、確かここのベッドは……買うまでかなり待たされやしたよね? 原料不足で」
「そうなんですよー……」
「六ヶ月待ちなんだよー……」
背中を丸めて落ち込む二人を見て、ヒノは変わらず考え込んでいます。うんうんと唸りながら考えて、考えて……急にパッと顔を上げました。
「サナダ君マリーちゃん! 良い仕事がありやす!!」
「うえぇ!?」「っぴぃ!?」
急な大声に驚いた二人が奇怪な悲鳴を上げます、あとマリーちゃんはサナダの背中にしがみついて避難しています。かわいい。
「始まりの平原で羽毛集め! 原料集めてベッドをゲット! ささっ行きやすよぉ!!」
「うぇわわ!? どこ行くんです!?」
「良いから良いから! 損はさせませんとも!!」
こうして二人はヒノの手で、唐突に攫われてしまいました。果たして二人を待ち受ける仕事とは、無事にベッドは手に入るのか。乞うご期待。




