アイスフラワー
「「ヤッッホーー!!」」
ミトラ山脈の山頂に到着したサナダとマリーがやまびこチャレンジをしています。大きく息を吸った二人は山脈の一番高いところから、どこまでも広がる地平線へと掛け声を送り出したのです。
「……返ってこないね」
「そうだね……」
しかし待てど暮らせどもやまびこは返ってきません、なんせ声を反射する壁がありませんからね。ここはミトラ山脈山頂、前を見ようが後ろを見ようが視界を遮るような物はありません。
とはいえお子様二人は「山頂で叫べば声が帰ってくる」程度の認識ですから、そんなことは露知らずにションボリしています。
「テキトーな掛け声だったから、拗ねちゃったのかな?」
「もっとオリジナリティを出すべきかもね」
「それじゃあもっかい試そう、今度はもっとヘンテコな感じで」
馬鹿なことを言った二人が大きく息を吸い込んで、再びやまびこチャレンジに挑みます。
「ニョワワーー!!」「ホッホーーウ!!」
変な声ですねぇ。前者がマリー、後者がサナダです。二人の放った奇声は案の定、眼前に広がる森へ吸い込まれ返っては来ませんでした。
まあ二人も本気で言ってるわけではありません、一緒にアホなことをしてゲラゲラ笑うのが楽しいだけです。
「ぷぷっ、変な声。サンタさんみたい」
「マリーも大概でしょ、ゲームのお婆ちゃんキャラみたいな声だったよ?」
「あっはっは!」と二人が大きく笑いました。人の居ない山頂に声が響き渡り、そして積雪に吸い消されます。
一通り笑って満足したのか、二人は山の頂上から降りて花を探し始めました。山頂に咲いているという綺麗な花を。
「噂の花ってどんな色なんだろうね?」
「きっと保護色の白だよ、見つかりにくい色で天敵から身を守ってるんだ」
「でもマリーちゃんは青が良いなぁ、明るい青だともっと嬉しい」
しかし花を探してみても、何故か全く見つかりません。開けたところを眺めてみても、雪を掘っても、岩の根元を探してみても、不思議なほどに見つからないのです。
5分ほど探して二人も少し疲れてしまい、良い感じの石に腰を下ろしました。
「なんか……見つからないね?」
「おかしい、皆すぐ見つかるような口ぶりだったのに」
「根掘り葉掘り探したのに、見つかるのは雪と氷の塊だけ……かなしみ」
根掘り葉掘り、そして雪堀り花を探せど、見つかるのは土と氷の結晶だけです。二人の中で山頂花の存在が怪しくなってきました、ちょっと心が折れそうになってます。
「もういっそ氷でも持ち帰っちゃう? 割と整った形してたし」
「そういえば氷があちこちにあったね、綺麗なんだ?」
「そうなんだよ~。ほら、丁度ここにあるヤツ」
そう言ったマリーが足元に転がる氷を拾い上げようとして、違和感を覚えました。
「?? なんじゃこれ」
「どうしたの?」
「なんかこう……抵抗を感じる、土に刺さってるのかな?」
そう言ってグイグイと引っ張ってみると、確かに引っ張り返されます。まるで土に根を張っているような抵抗ですが、マリーは力任せに引っこ抜きました。
「っしゃあ抜けたぁ! ってあぁ!?」
「あっ、砕けた」
そして引き抜かれた結晶は、パリーンと粉々に砕け散ったのです。こんな不自然な現象が起きるなんて、この氷の結晶には何かあるに違いありません。
そしてサナダの観察眼は、その正体を捉えていたのです。
「ねぇマリー!」
「はいはいマリーだよ?」
「さっきの氷に茎みたいなの付いてた! 多分あれが花だ!!」
そう口にしたサナダが雪を掘り始めました。その辺に埋まった氷から邪魔な雪を取り除いて、その全容が分かるまで丁寧な手つきで掘り続けます。
そうして二人はついに、山頂に咲く花を発見したのです。
「わぁ……綺麗……!」
「全部氷で出来てるの……? すご……!!」
それはまるで硝子細工のような、氷らしき結晶で形作られた花でした。雪の汚れを吸った茎は緑色に染まっていて、純水だけを送られた花弁がダイヤモンドのように、透明な輝きを放っています。
芸術的なその姿には二人も大興奮、喜び勇んで持ち帰りを試みます。
「持ち帰ろう持ち帰ろう、家の玄関に飾っちゃおう」
「だねだね、10輪は摘んでいこう」
即断即決、サナダがナイフで茎を断ち切り花を収穫しようとしますが……
「あっ砕けた!?」
しかし刃が茎に傷をつけた瞬間、それは粉々に砕け散ってしまったのです。理不尽な収穫失敗を受けたサナダが、不満そうな顔をしていますね。
「おいおいサナダー? ぶきっちょ過ぎでしょー」
「いや不器用とかの問題じゃないでしょ、この花があまりにも繊細すぎるんだよ」
「繊細って、どんくらい?」
「公式アカウントに解釈違いで長文リプ送ってる人くらい」
「マジかよ」
炎上しそうな比喩表現ですね、ちょっと傷ついただけで爆散する花には相応しいですが。
「それじゃあ私がやってみよう」
「気をつけてね、マジですぐ砕け散るから」
「ふふん、マリーちゃんの器用さをナメてもらっいゃあ困るよ」
そう言って自信満々のマリーちゃんがゆーーーー………っくりと、トランプタワーでも触るような手つきで収穫を試みます。
「…………」
「…………」
息を止めて集中するマリー、固唾を飲んで見守るサナダ。緊迫した空気が辺りに満ち、茎に触れた刃を引いたその瞬間…………
「あっ………」
「砕けた…………」
パリーン、と軽快な音を立て、花はまた砕け散ってしまいました。花を摘むだけの簡単な作業に失敗したショックで、二人は膝をついてしまいます。
「うごごごご……花摘めぬ……」
「ここまで来たのに……もう無理ぽ……」
花一つ満足に収穫できない無力感に二人が打ちのめされる中、その背後から「サク、サク」という、雪を踏みしめる音がしました。
「イエティ!?」
「また来たの!?」
記憶に刻まれた恐怖から反射的に振り返った二人、そこに居たのは…………
「ハァイ、お困りのようだね?」
知らない人でした。
「えっ誰?」「誰ですか?」
当然二人は困惑します。毛皮のコートを身に着けオシャレな帽子をかぶった知らない女が、突然話しかけてきたのですから。
しかし不審者扱いを受けても知らない人はどこ吹く風、飄々とした様子で自己紹介を始めました。
「うん? ああそっか。私はアレだよ、野生のミトラ山脈有識者だ」
「ヤセイノミトラサンミャクユウシキシャ……?」
「そんな野生の神絵師みたいな……」
またキャラの濃い人が出てきましたね。突然湧いて出てきたクセに、まるで最初から三人で居たかのような図々しさです。
そして仮にも有識者を自称するだけあって、サナダとマリーの現状にも当たりが付いている様子。
「君たちはここの花を持ち帰りたいが、どうやって摘めば良いか分からない。そうだろう?」
「わぁ、当たってる」
「その通りなんですけど、その前にあなたは何者なんですか」
「うんうん、やはり私の読み通りだ。君たちのような登山者は何人も見てきたからね、おおよそ予想は出来るさ」
サナダの質問を華麗にスルーした知らない人は、そのまま花の摘み方講習を始めました。ドン引きされているのに一切気に掛けず話し続けるその胆力は、さすが野生のミトラ山脈有識者です。野生のミトラ山脈有識者ってなんだよ。
「この花は根っこから採取しないとダメなんだ、茎より上を傷つけると一気に爆散するからね」
「根は大丈夫なんです?」
「ああ、茎……というか、コブより下は柔らかいんだ」
そう言った知らない人が雪をかき分けて根を掘り起こすと、確かに根と茎の間に宝石のようなコブがあります。
「これ、このコブが花の本体なんだ」
「じゃあそれより上は?」
「雪を吸って余った成分が凝固した物、まあ有り体に言えばツノだね。ツノ」
「わあ、すっかり騙されました」
知らない人の軽快な植物トークによって、みるみるサナダも知らない人の存在を受け入れてしまいます。なんで不審者の分際でここまで堂々としてるんですかねこの人。
そして堂々とした様子の不審者は止まりません。二人の目的を看破した上で、次に会う約束を取り付けようとしています。
「この花は根から雪を吸って生きているんだ。家に飾るなら冷蔵庫に入れて、一週間ごとに新しい雪を与えねばならないだろうね?」
「えっそんな飼育難易度高いの!?」
「うぐぐ……僕らの玄関装飾計画が……」
家での飼育が困難だと知って悲しむ二人、そしてハイレベルな不審者である知らない人はその隙を見逃しません。
「ふっ、安心したまえ。私はこの花を簡単に飼育する方法を知っている。君たちさえ良ければ、この後必要な物を教えてあげようじゃないか」
「良いんですか? 是非お願いします」
「知りたい知りたーい!」
そうしてお子様二人はまんまと、不審者と遊びに行く約束を取り付けてしまいました。まったく、ロビーは死んでも問題ないから良かったですけど。これが現実だったら大変なことになってましたよ。
「ではこのままダンジョンを出て南蛮街の闇市に向かうぞ、あそこの店に必要な物がある」
「よーし行くぞー!」
「行くぞー!」
三人がダンジョンから帰るべく、山頂の脱出ポイントへ向かいます。果たしてこの知らない人は何者なのか、山頂の花を飼育する方法とは? そもそもなんでタイミング良くサナダとマリーの前に現れたのか。次回をお楽しみに。
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