標高3000メートル! ミトラ山脈に潜むイエティの正体とは!?
照り付ける太陽、日差しを反射し輝く積雪、ここはミトラ山脈6合目。雲一つない晴天の下、雪の積もった山道をサナダとマリーが歩いています。
「良い天気だねぇ」
「登山日和だなぁ」
二人はフワフワの毛皮に身を包んでいて、首元から足先まですっぽりと覆われています。この毛皮はダルマ落としで売っている安価な防寒具で、安く仕入れられる「牛豚の毛皮」を縫合した物となっています。
「せっかく寒冷耐性を上げたのに、晴れていて暖かいのはもったいない気がする」
「分からなくもない、これならテキトーなシャツで来ても良かったな」
「せっかく着込んできたのにねぇ」
この上着は中々優秀でして、秋の富士山くらいなら問題なく着ていけるくらいの性能があるのです。流石に冬は無理ですけど、手ごろな価格に対して高性能なのは間違いありません。
ぶっちゃけサナダとマリーの寒冷耐性ならTシャツ一枚でも吹雪に耐えられるんですよね、つまりこの上着は雰囲気作りにしかなっていないのです。その雰囲気が実は一番大事なんですけど。
「でも可愛いからマリーちゃんはオッケーです!」
「良いよねこの毛皮コート、見た目にロマンがある」
「ウム! 見た目は大事! せっかくなんだから楽しまなきゃ!」
今回の登山は殆どレジャー目的ですから、楽しむための雰囲気作りが一番大事なのですよ。【逃げ足】の無いマリーに歩調を合わせたサナダが、手を引かれて斜面を進んでいきます。
「楽しいなぁ、まさか人生で登山ができるなんて夢にも思わなかった」
「マリーは現世だと外に出れないもんね、楽しそうで良かった」
「サナダが一緒に来てくれるからだよ、一人だったら現世にいる時と同じだもん」
彼女が現世で出来ることは通販・ゲーム・ネットしかありません。誰もいない家に飽き飽きした彼女にとって、こうしてサナダと外で遊ぶ時間は何よりも価値があるものなのです。
マリーは浮足立った心で軽やかに進み続けます。幸せそうな笑顔に明るい声色、遊園地に向かう子供のような、無邪気な希望に満ちた様子です。
「これからも一緒に遊んでね。こうやって、ずっと一緒に」
「もちろん、何なら明日も登山しようか?」
「それはやめとくー、また忘れた頃に誘ってほしいな」
「りょーかい、思い出したらまた行こう」
晴れ渡った晴天が二人の前途を祝福するかのようです。日差しを照り返して輝く雪景色のように、二人の未来もきっと明るいハズです。
しかしマリーはその縁起の良い雪景色に、何か違和感を感じたようです。
「…………?」
「どうしたの?」
「ねえ…………あっちに、なんか居ない?」
「なにそれ怖い」
そう言ったマリーが自分たちの右後方、1kmほど離れた先を指差します。
「ほら、あっちにピースサインみたいな形の岩があるでしょ?」
「確かにあるね」
「あの根元のあたりにさ、なんか白いのが立ってる気がするんだよ」
「どれどれ……」
サナダが目を凝らしてみると、そこには確かにナニカが居ました。それは全身を白い体毛に覆われていて、縦長の姿をしています。
「確かになんか……白いのが居るね」
「でしょ? 遠くてよく見えないけど、微動だにせずじっとしている」
「そうだね、というかアレって……」
よく目を凝らせば、ソレが2本の足で立っていることに気づけるでしょう。更に注視すれば、それが腕を組んでいること、そして黒い顔をしていることにも気付けるハズです。
そしてそこまで気づいたサナダは、ソレが「自分たちを見ている」ことを理解しました。
「……見られた」
「えっ?」
「アレの顔が見えた、そして目が合った。ゴリラみたいな黒い顔、イエティって有名でしょ? あんな感じ」
サナダが言う通り、遠くに見えたソレは所謂イエティのような姿をしていました。その顔は体毛に覆われておらず、ゴムのような黒い表皮を雪山の寒気に晒しています。であればそれと目が合った現状は、過酷な雪山の貴重なお肉としてヤツに認識されてしまったデンジャラスな事態と言えましょう。
説明の途中でマリーを背負い上げたサナダが、イエティから逃げるべく駆け出します。
「ちょちょちょ! そんな急がなくても良くない!?」
「良くない、相手は雪山に住んでるモンスターだから場慣れしてる。急いで逃げなきゃ追いつかれて丸かじりされちゃう」
「そんな馬、鹿……な…………?」
サナダの危機管理を笑い飛ばそうとしたマリーですが、その余裕は全力疾走でこちらに向かってくるイエティを見て消し飛びました。積雪と傾斜による悪路を物ともせずこちらへ走り寄ってくる様子は、不気味な外見も相まって恐怖心を掻き立てます。
UMAに全力疾走で追いかけられる恐怖体験に、流石のマリーも悲鳴を上げていますね。
「ひえぇぇっ……! こっち走って来てるぅ……!」
「やっぱりかぁ、どう? 追いつかれそう?」
「多分大丈夫……かなぁ? 距離は離せてると思うんだけど、一面真っ白でイマイチ距離感が掴めない……」
大丈夫ですよ、順調に距離は離せています。
イエティも雪山を走り慣れている様子ですが、岩場をぴょんぴょん飛び跳ねるサナダに追いつけるほどではありません。【逃げ足】の悪路適応効果がある以上、こういった場所での追いかけっこはサナダの独壇場です。
サナダが逃げ回り続けアサシンのように崖を駆け登った頃には、イエティの姿はすっかり見えなくなっていました。一歩間違えれば転落する人力ジェットコースター体験に、マリーちゃんは大はしゃぎです。
「すごいすごい! サナダこんなこと出来たんだ!!」
「ふふん、この前のイベントでコツを掴んだのだよ」
「ヒュンヒュン飛び跳ねて身体を揺すられる感じがメッチャ刺激的だった! またやって!!」
悪路適応効果はかなり融通が効きます、アサクリのフリーランみたいな挙動で崖を駆け上がれる程度には。
Youtubeの主観パルクール動画染みた恐怖体験をしたマリーですが、「サナダが自分を落とすハズがない」と強く信じている彼女からすればこんなのはただのジェットコースターです。それも最高に景色の良い。
しかし楽しんでいたとはいえ、五分間も身体を揺すられれば流石に疲れます。二人はその辺の岩陰に腰を下ろして、一休憩取り始めました。
「ほふーーぅ、まさかイエティに襲われるとは思わなかったよ。氷海でもサンドワームに体当たりされたし、なんかUMAが多いなぁ」
「ミトラ山脈にあんなのがいるとはね、マジでビビった」
「マリーちゃんもビビった、実物見るとめっちゃ怖いねイエティ」
早い話が野生のゴリラですからね、イエティ。見晴らしの良い地形で保護色のゴリラに追いかけられるのですから、そりゃ怖いですよ。
緊張が解けた反動で二人はワイワイと話し込んでいます。
「結構登って来たんじゃない? 体感9合目くらいあると思う」
「わかる、あんだけ走ったんだから8合目は間違いなく越えてるよな」
手を繋いでのゆったり登山はできませんでしたが、パルクールで駆け上がったことで二人は山頂に大きく近づいています。
二人の座っている場所は景色が良く、麓の森を一望できます。必然、話題も景色の話になっていきます。
「見てよマリー、遠くの森が燃えてる」
「噂には聞いてたけど、本当に常時山火事状態なんだねぇ。不思議」
「なんで全焼しないのか、大自然の神秘だね」
ミトラ山脈麓の森は謎が多いです。山から遠くにある、常に燃え続けている領域もその一つですね。多くの探索者がその謎を追って森に挑みましたが、その全てが辿り着く前に全滅しています。
そうして大自然の神秘について二人が語っていると、ふと左から『サク、サク』という音がしました。
「うん? 何の音?」
それに気づいたマリーが立ち上がり、岩陰から顔を出します。遮蔽となる岩から彼女が顔を覗かせると、そこには…………
「Ghhhh……」
イエティが居ました。
すぐ目の前に現れたイエティに、自分たちを食い殺すため、しつこく追跡してきた不気味な白毛に、マリーは脳髄を貫く恐怖を堪えられませんでした。
「キェェェァァァァアアアッッ!?!?」
フリーズする思考回路とは裏腹に、彼女の肉体は恐怖の感情が下した命令を即座に遂行します。「アレを殺せ」という命令を。
マリーが叫びながら、インベントリから呼び出したナイフを右手に、イエティの太腿を突き刺しました。
「GOOooooooo!!??」
絶叫するイエティにマリーは容赦なく追撃を叩き込みます。突き刺したナイフを引き抜いて右足の筋線維を切断、脚を潰され姿勢が崩れたところで無防備な首をザクザクザクと執拗に突き刺し、徹底的に急所を損壊させます。
「死ね! 死ねッ! 死ねぇぇぇっ!!」
そうして刺して刺して、突き刺し続けて。反射による身体の痙攣すら無くなったあたりで、ようやくマリーが手を止めました。
「ぜぇ……ぜぇ……死んだ……?」
「間違いなく死んだ、ナイスだよマリー。助かった」
「はっ……はっ……心臓に、悪い……」
叫び続けて疲弊したマリーがサナダにもたれかかりました。背中を腕で支えられて、安心して脱力しています。
「はぁぁ……何コイツ、何でアイテムボックスにならないのさぁ……」
通常モンスターが殺されると、遺体は「アイテムボックス」という軽くて持ち運びやすい立方体に変換されます。熊の死体をそのまま引きずって持ち帰るとかやってられませんからね、運営による配慮です。
そしてこのイエティは殺されたのに、何故かアイテムボックスにならず血を流し続けています。しかしどうやらサナダ君は、この不可解な現象の理由に心当たりがある様子。
「それは多分……」
「サナダ……? なんで首を外そうとしてるの……?」
「ここをこうすれば…………やっぱり」
首元をナイフでザクザクしたサナダがイエティの頭を引っ張ると、その頭部がキグルミのように、すぽーんと引っこ抜けました。
「やっぱり、コイツ探索者だよ」
「はい…………? どういうこと…………?」
「ほら見て、人間の顔面でしょコレ」
彼の言う通り、イエティの被り物をはぎ取られたソレは、何の変哲もない女性の顔でした。よく見れば遺体のすぐ隣に、ドロップアイテムのイエティ着ぐるみも落ちています。
探索者が死んだ場合、死体の隣にドロップアイテムが出現します。服をドロップした死体が全裸になっても困るので、死体にはドロップアイテムを複製したハリボテが着せられるようになってるんですよ。
そんなわけで、イエティの正体はただのコスプレイヤーでした。拍子抜けとはまさにこのこと。
「うんうん、誰しもイエティになって雪山で人を襲いたい時くらいあるもんね。これで事件は解決だ」
「いやそんな時は一生無いでしょ」
「そういうことにしないと気が狂いそうなの。雪山でイエティのコスプレして人を襲うような常軌を逸した女について僕は考えたくない」
「まあそれはそっか」
こうしてイエティの恐怖を乗り越えた二人は、再び手を繋いで山頂へと歩きだしました。登山は既に9合目を超えて、山頂はもう目の前です。
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