リメンバー・ミトラ
本日のサナダたちは氷海で燃料採掘のバイト中。シャリシャリの燃料をスコップで掘って、インベントリに放り込む簡単なお仕事です。
「ーーー♪」
氷海の水面下には多種多様な生物が棲んでいます。青と黄色の縞模様なウミヘビに、直径2メートルくらいのジャイアントヒトデ。凶悪な顔だけどビビリですぐ逃げるアンコウモドキなど、白い燃料が砂原を覆う海中の雪景色で、様々な生物が生態系のサイクルを回しています。
実のところ、この氷海に人間を襲うような肉食魚は殆どいません。現実の寒い海に似て、ここは餌となるプランクトンや雑魚が豊富ですから。わざわざ大きい生物を狙う物好きはいないのです。
「ピィッ!?」
ちょうど今マリーの顔面に向かって飛び出してきたウツボサイズのサンドワームも、実際は丸呑みできるような小魚が来るまで砂中で待ち伏せをしているだけの、至極大人しい生き物なんですよ? 潜んでいたところにスコップが突き立てられたから、ビックリして飛び出して来ちゃったみたいですね。
「サナダッ帰る! 私もう帰ゴボッ!?」
ヤツメウナギのようにビッシリと牙の並んだ口腔が特徴的です、シンプルにキショイ。そんなグロ画像が視界一面に広がったマリーはメンタルブレイク、酸素の無い海中である事も忘れて叫んだ結果、海水を吸って溺れかけています。
「…………」
サナダ君はマリーが助からないことを察しつつも、ダメ元でエスケープ能力を発動させました。水を吸ってから溺死するまでの時間は状況によって大きく変わります、運が良ければ発動までの10秒間を耐えて生還できるかもしれません。
「っ……っ…………!!」
なお肝心のマリーちゃんは無酸素と肺を満たす水の苦しみから、ギュウギュウと必死にサナダに抱き着いています。イメージとしてはタオルを噛んで痛みをこらえる感じですね、溺死の苦しみを強制的にシェアさせられるサナダからすればたまった物ではありません。
「ちょっ……やめ…………!」
「(骨が軋むほどの力でサナダをホールドしている)」
「鯖折りィ……っ」
サナダ君が必死に背中をタップして手を離すよう促していますが、顔面サンドワームと肺水(塩分高め)でパニックのマリーちゃんには通じません。しかも腹周りに力を込められているものですから、吸っておいた空気がどんどん押し出されてしまいます。
「ぅぇ……死ぃ……」
「……っ…………」
そしてサナダが苦痛からマリーの背中を掻きむしり、それすらできなくなったあたりで10秒が経ちました。エスケープ能力が発動して、二人の姿がスッと消えます。なんとか死ぬ前に脱出できたようですね、良かった良かった。
燃料採掘バイトのタコ部屋に二人が帰ってきました。引っ付いて死にかけている様子に、部屋の主であるヒノちゃんが困惑しています。
「お帰りなさい……って、何してらっしゃる?」
「ぜぇ……ぜぇ……息切れで……死にそう……」
「それと引っ付いてることに如何な関係が?」
「マリーが……パニクって…………鯖折りしてきた…………」
「なるほど、それで死んでるわけですね」
当のマリーちゃんは帰還した2秒後くらいに酸欠で死んでいます。その結果筋肉が弛緩して、サナダ君はようやく背骨の危機から解放されました。
「はぁーーっ……キツかった、何がキツイって背骨がキツかった」
「溺死のパニックでギュッと潰された感じです? マリーちゃんが何故そんな素人みたいなことを」
「それなんですよねぇ」
死に慣れてない素人だったら酸欠のパニックでそういうこともあります。しかし熟練のマリーちゃんがそんなミスを何故したのか、サプライズサンドワームを知らない二人は不思議に思っているのです。
そしてそんな二人に答えを教えるべく、マリーちゃんがタコ部屋に復活しました。
「酷い目に遭ったぁ……つらたん……」
「おかえりマリー、なんで急にパニクったのさ」
「なんかキショいのが突っ込んできた! 集合体恐怖症的にキショいやつ! つらい!!」
そう叫ぶや否や、傷心を癒すべくマリーがサナダに飛びかかりました。強烈なタックルを喰らったサナダは仰向けで床にダウン、そのままマリーにグリグリと頭を押し付けられています。
「何やってんのマリー」
「つらい! つらたん! つらてすと!! 慰めてもらわないと死ぬ!!」
「もうさっき死んでるじゃん」
「ん”ん”ん”!!」
「おいやめろ分かったから背骨に力を入れるなさっきのダメージでヤバいんだって背骨ェ!」
サナダによる命乞いの背中さすさすが通じて、二度目の背骨危機も去りました。ついでに頭も撫でてもらって、マリーちゃんご満悦です。
「仲が良いですねぇ。マリーちゃんはアレか、サンドワームにやられちゃいましたか」
「サンドワームって、あの未確認生物の?」
「そうそれ、口の中にビッシリ牙が並んでるからキショイんですよねぇ。燃料掘ってるとたまーに飛び出してきやがりますし……」
それを聞いたマリーちゃんがビクリと震えました。視界一面を覆うグロ画像を思い出したのでしょう、思わず腕に力が入り、またサナダの背骨が軋み始めます。
「ちょっ!? マリー大丈夫だから、ここは大丈夫だから」
「グルルル……」
「そう、落ち着いて……グッボーイ、グッボーイ……」
「クゥン…………」
厳重に宥められたことで、ようやくマリーちゃんがフラッシュバックを乗り越えました。犬から人間に戻れたので、理性的な会話も出来ますよ。
「あれキッショイですよねぇ。わちきと社長も、初見の時はしばらくトラウマになりやしたもの」
「心にクるビジュアルだったよ…………」
「まあこれもお金儲けのためですよ。こんなバイトに通ってるのですから、お二人も買いたい物があるのでございましょう?」
一般的に苦行とされる燃料採掘バイト。これに日夜通っているのですから、何かの理由で大きな金が必要だと考えるのが道理です。
「別にないですけど」
「特に無いよ?」
「えっ」
そりゃ寒冷耐性鍛えに来ただけですからね、続けてるのも金払いが良いからです。
「じゃあどうしてここに来たので……?」
「そりゃあ寒冷耐性を上げるためだよ」
「そうそう、ミトラ山脈に登るために耐性を上げよ、う……と…………?」
あっ、そういえばそんな理由でしたね。
「忘れてたー!?」
「そうじゃん山に登る予定だったじゃん! 完全に忘れてた!!」
二人はどうやら登山計画をすっかり忘れていた様子、間抜けですねぇ。
「あっはっは、そういうことでしたか」
「ありがとうヒノさん! おかげで思い出せました!」
「そりゃあ良かった。あそこの山頂には綺麗な花が咲いてますから、持ち帰って家に飾るのがオススメですよ」
ヒノが喋り終わるより先に、二人は部屋を飛び出して行ってしまいました。居ても立っても居られなかったようです。
「ただ摘む時にコツが必要で……って、行っちゃった」
そんなわけで、サナダとマリーによるミトラ山脈リベンジが幕を開けたのです。氷海の寒さで燃料掘れるんだから楽勝だと思いますけどね。




