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地味スキル【荷物持ち】と【逃げ足】による、現代ダンジョン物拾い生活  作者: 自爆霊


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17/30

初日勢

「市場競争はパイの取り合いと評されることがある」


 ここはマーケットの管理を行っているギルド【ダルマ落とし】の拠点。その一室で、一人の女が淡々と喋っていました。


「ブルーオーシャンや市場開拓とも言うように……商売というのは、いつだって商機を取り合う物さ」


 彼女は無地の黒い着物を身に着けていました。一見地味な服装ですが、使われた生地の滑らかな質感がその価値を静かに……しかし堂々と誇示しています。


「この例えに照らし合わせれば、さしずめ君たちは「トンビ」と言ったところか。なんせどこからともなく現れて、私の手元からパイを攫って行ったのだからね?」


 【ダルマ落とし】のギルドマスター、オウミ。彼女のにこやかな、されど冷ややかな視線。それを注がれた二人の男女は、しかし臆せず、堂々と言葉を返します。


「その割には、随分冷めたパイでしたね」

「近くで眺めてるだけで自分の物になるなら、オモチャ屋さんは軒並み破産しちゃうだろうね?」


 その幼い容姿に反して、彼らの立ち振る舞いは堂々としたものでした。臆せず軽口を叩き、会話の主導権を握らせません。

 そう、我らがサナダとマリーです。ダルマ落としの頂点たる女を前にしても、二人に緊張の色はありません。

 何故二人がマーケット元締めの拠点にいて、そのギルドマスターと三人で話しているのか。その発端は数日前の決闘ビジネスでした。






 幸運が味方したこともあってそれなりの金を稼げた二人は、自宅にお迎えしたキッチンで楽しくステーキを焼いていました。

 塩と胡椒を贅沢に使ったミトラ熊のステーキを堪能していた二人。しかしその至福の時間の中、ダルマ落としの使者が自宅にやってきたのです。


『ダルマ落とし拠点で商談をしたいので、ご足労願いたい』


 彼はそのように言いました。要するに「ちょっとツラ貸せや」ってことですね、後ろ盾の無い一般人が派手に儲けたのですからさもありなん。






「いやはや耳が痛い、どうにもフォークが見つからなくてね。食器漁りに夢中になっていたら、君たちが素手で食べてしまったというワケだ」


 そうしてノコノコやってきた結果がコレです。ダルマ落としは興行事業も行っていますが、順調とは言い難い状態。そこで野生の小学生が大成功したのですから、それはもう心中穏やかではないでしょう。


「食べ方が分かって良かったじゃないですか。これで新しいフォークを買わなくても、好きなだけパイを食べられる」

「私たちは一回食べて満足したからねぇ、同じことするだけなんだから簡単でしょ?」


 マーケットの頂点とはつまり大量の資本を抱えた大物であり、多くのコネクションを持つスーパー権力者でもあります。具体的には彼女が一声上げるだけで、マーケットのブラックリストにサナダとマリーの名前が並ぶことになるでしょう。


「…………ほう。私はてっきり明日にでも、同じことをするつもりだと思っていたのだが」


 これが現世であれば今すぐ跪いて命乞いをするところですが、生憎ここはロビーです。土地は無限にありますし、ちょちょいと申請するだけで家ごと別区画に夜逃げできます。マーケットが使えなくても運営のショップで物品は手に入りますし、殺される心配は言うに及ばず。

 つまり二人には、目の前の女性に恐怖する理由が何一つありませんでした。


「まっさかぁ、今回はキッチンが欲しいからやっただけだよ。でなきゃこんな運任せな方法するワケないじゃーん」

「それにこういうのは『運よく遭遇する』から楽しいんですよ。何度もやったら飽きられますし、やるとしても皆が忘れた頃です」


 その言葉を聞いて、オウミの表情が初めて変わりました。


「へえ…………」


 笑顔を浮かべているのは変わりませんが、その笑顔に好奇心の色が覗きます。


「参考程度に聞きたいのだけど、再開催する時はどうする予定だったのかな?」

「フツーに裏路地で同じようにやるつもりですよ。景品のゴールドミトラは少し頑張れば手に入るから、やろうと思えばいつでもできますし」


 彼女が二人に歩み寄ります。


「なぜ裏路地で? もっと人の多い場所に行けばいいだろう」

「固定客が欲しいからねー、『裏路地の恒例行事』みたいになればもっと簡単に人が集まるでしょ?」


 オウミがマリーの前に立ちました。至近距離でジー…………っと、まばたき一つせずマリーの瞳を覗き込んでいます。


「規模の拡大は? 君たちは興行者としての実績を得た、もっと大きな事業も可能だと思うのだが」

「ムリムリ、そんな大きいイベントに見合う景品は用意できないよ」

「僕たちの目的はキッチン購入資金の調達でしたからね。そんな大袈裟な……有り体に言ってメンドクサイことをする理由はありません」


 それを聞いたオウミが、今度はサナダの瞳を覗き込みます。さっきと同じようにジー…………っと、表情筋一つ動かさず至近距離で覗いています。


「…………」

「…………」

「…………」


 三人が無言で見つめ合っています。女は瞳孔すら動かさずサナダを覗き込んでいますし、サナダもリラックスした笑顔を崩しません。マリーは面白がってニヤニヤしたまま黙っていますから、オフィスに静寂が流れ続けています。

 そうしてにらめっこすること三分、オウミが口を開きました。


「……ああ、なるほど。初日勢だったか」


 その言葉を契機に、オウミの雰囲気が緩みました。


「ハッハッハ! そうかそうか、だったら動じないのも納得だ! いやはや無駄に時間を取ってしまったね!」

「まったくですよ、もう」

「ロビーで脅しなんてしても無駄じゃんね~?」


 急に快活と笑い出したオウミが一通り大笑いした後、さっきの暗黒金持ちごっこの真意を語りました。


「マーケットの顔役なんてしていると後発組……つまり暴力と死を怖がる連中……の、相手をすることが多くてねぇ」


 そしてそういう連中は相手も同じだと勘違いして、怒鳴ったり殴ったりで交渉が有利になると勘違いするのです。


「色々なトラブルを避けるため、ああして怖い人ごっこしてるワケなんだわ」

「あー、なるほど」

「ロビーでもときどき恐喝してくるヤツいるもんねぇ、無駄なのに」


 一般的な探索者は本能を克服しきれず、命の危機に大なり小なり恐怖を感じるものです。ミトラ山脈の初心者狩りたちが殺されるとき、悲鳴を上げていたでしょう? あれは首へナイフが食い込む感触に本能が悲鳴を上げて、恐怖ゆえに叫んでいたのです。




 初日勢と呼ばれる、ロビーの開会式に招待された人々。死の恐怖を完全に克服できる彼らはロビーにおける『天才』であり、運営から名指しで招待された特別な探索者たちです。

 スキルを鍛えるために何か月も荷物で圧死し続けたり、モンスターを恐れて逃げ回るのに何度殺されても再挑戦したり、燃料を安定供給するためだけに何百回も氷海で凍死したり…………

 彼らは死を恐れぬが故、後発組とは比べ物にならない速度で前へ進み続けるのです。

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