第三百七話:狂気のセーフティーネット(生活保護)。究極のネギ味噌ぶっかけ飯と、絶望の資産調査(ケースワーカー)
「……もう、絶対に働かねえ」
キャンピングカーの薄暗いソファに深く沈み込み、俺は天井を見つめながら、魂の抜け殻のような声で宣言した。
稼げば税金でむしり取られ、起業すれば社会保険料と固定費で首を絞められ、借金返済の闇バイトでは悪徳業者にピンハネされる。
システムに監視されたホワイト経済も、無法地帯のアングラ経済も、どちらも行き着く先は「搾取」という名の地獄だった。
「働いたら負けだ。俺はもう、1ポイントたりとも稼ぐ努力はしない」
「ル、ルークス君……。気持ちは痛いほど分かるが、働かなければ餓死するだけだぞ? 現に、今の我々には今日の夕飯を食べる資金すらないじゃないか」
ガリウス所長が青ざめた顔で腹を押さえる。
だが、俺の顔には、すべてを諦めた者だけが到達できる、奇妙なまでに清々しい悟りの笑みが浮かんでいた。
「ガリウス所長、あんたはシステムという国を分かっていない。この世界には、どんなに落ちぶれた人間でも、最低限の命だけは繋いでくれる『究極のセーフティーネット』が存在するんだよ」
「究極のセーフティーネット……? まさか!」
俺は虚空をタップし、システムウィンドウの奥深く、行政サービスのページを開いた。
そして、赤字と借金とブラックリストの烙印で真っ黒に染まった己のステータス画面を添付し、ある一つの申請ボタンを力強くターンッ!とタップした。
**【申請:『最低生活保障(生活保護)』の受給を希望します】**
ピロリンッ♪
**【システム審査完了:申請者の極度の困窮状態、およびブラックリスト入りによる就労困難を認定しました】**
**【本日から、最低限の食料および生活必需品の定期現物支給を開始します】**
「ふははははっ!! 通った! 審査一発通過だァァァッ!!」
俺はキャンピングカーの中で狂喜乱舞した。
「見たかお前ら! 稼げば税金、闇で働けば搾取! ならば、国の保護下に入って、タダで養ってもらうのが一番賢い生存戦略なんだよ! 俺は今日から、堂々たるナマポ受給者(高等遊民)だァァァッ!!」
◇
ポンッ、という軽い音と共に、キャンピングカーのテーブルの上にシステムの【生活保護支給品】が現れた。
だが、その中身を見て、仲間たちは絶句した。
「……えっと、ルークス様。これ……」
「ガウッ。肉の匂いが全くしないぞ。ただの土と古い草の匂いだ」
支給されたのは、パサパサに乾燥した黄色い『最低ランクの古米』が少しと、色が悪く塩辛いだけの『安い味噌』の小さな壺。それだけだった。
「肉も魚もない……。これが、国が保障する『最低限の生活』……」
シルフィが涙ぐむが、俺は不敵に笑って袖をまくり上げた。
「甘いな! 金がなくても、高級食材がなくても、農民の『知恵』さえあれば、極上のメシは作れるんだよ! シルフィ、ちょっと外に出て、その辺に生えてる野生のネギ(雑草)をむしってこい!」
俺は、カチカチの古米をボウルに入れ、魔法で強制的に水分を浸透させ、圧力鍋(魔導具)を使って極限までふっくらと、まるで新米のようにツヤツヤに炊き上げた。
そして、シルフィがむしってきた泥だらけの野生のネギを綺麗に洗い、白い部分から青い部分まで、微塵切りにしていく。
「ここからが錬金術だ!」
フライパンに、以前の料理でほんの少しだけ残っていた『極上のごま油』を数滴だけ垂らし、熱する。
そこに刻んだネギを大量に投入。ジュワァァッという音と共に、ごま油とネギの鮮烈な香りがキャンピングカーに広がる。
ネギがしんなりとしたところで、支給品の『安い味噌』をドサリと加え、さらに手持ちの砂糖と酒をほんの少しだけ足して、フライパンの肌でチリチリと焦がすように炒め合わせるのだ。
――チリチリ……ジュワァァァァァッ!!
「うおおおおっ……! なんだこの匂いは!!」
味噌が熱せられて焦げる香ばしさ、ネギのツンとした鮮烈な香り、そしてごま油の暴力的なコクが一体となり、高級フレンチすらひれ伏すような「食欲を直接殴りつける匂い」が爆発した。
「完成だ! 限界貧乏飯……『究極の焦がしネギ味噌』!!」
俺は、どんぶりに炊きたての熱々白飯を山盛りにし、その上に、照り輝くドス黒いネギ味噌をたっぷりと乗せた。
そして、その上から、沸騰した熱々のお湯(白湯)を、ネギ味噌を溶かすようにしてドバドバと回しかける!
「これだ! 『究極のネギ味噌ぶっかけ飯(湯漬け)』!! 熱いうちに食うぞ!!」
俺はどんぶりを持ち上げ、レンゲで熱々の湯漬けをかき込み、ズルズルッ!と喉の奥へと流し込んだ。
……ズルルッ!
シャキッ! ジュワァァァァァァァッ!!!!
「んんんんんんんんんッ!!!!??」
俺の全身の細胞が、歓喜の産声を上げた。
美味い!! なんだこれは!! 肉なんて一欠片も入っていないのに!!
熱々のお湯によって溶け出した焦がし味噌のガツンとした塩気と甘みが、白飯の炭水化物と完璧に融合する。
そこに、野生のネギのシャキシャキとした食感と辛味が心地よいアクセントになり、ごま油のコクがスープ全体に圧倒的な重厚感を与えている。
深夜に、台所でこっそり一人で食べるような、あの「絶対にやってはいけない背徳の味」。
高級食材では絶対に到達できない、人間の根源的な欲求を満たすチープで限界突破の旨味が、胃袋の底から身体をジンジンと温めていく。
「う、美味ぇぇぇぇぇぇっ!!! サラサラいける! 噛まなくても喉の奥に旨味が滑り込んでくるぞ!!」
「はふはふっ、ズルルッ! あかん、お肉もお魚もないのに、お味噌とネギだけでお米が無限に食べられますわーっ!」
「ガツガツガツ、ズルルッ! なんだこの茶色い汁飯は! 貧乏臭いが、魂が震えるほど美味いぞ!!」
俺たち全員が、額から汗を流し、ズルズル、ハフハフと音を立てながら、限界貧乏飯を狂ったようにかき込み続けた。
肉なんていらない。高級スパイスもいらない。
支給品の米と味噌で、これほどまでに満たされるのだ。
◇
どんぶりの底の一粒まで綺麗に飲み干し、お腹をタヌキのように膨らませた俺は、ソファにゴロンと寝転がって大きなゲップを放った。
「ふぁ~……食った食った。最高だ。労働のストレスゼロで、毎日こんな美味いメシが食えるなんて」
俺は爪楊枝をくわえ、すっかり堕落した笑みを浮かべた。
「税金もピンハネも関係ねえ。俺はもう一生、システム(国)に甘えて、このキャンピングカーの中で怠惰に生きていくぞ……!」
俺が勝利のナマポ宣言をした、まさにその時だった。
――ピンポーン。
キャンピングカーの扉のチャイムが、無機質に鳴り響いた。
扉を開けると、そこには、目から赤いスキャン光線を放つ、冷酷な鉄の塊……システム直属の『監査役ゴーレム』が立っていた。
「……えっ? な、なんだお前?」
ゴーレムは機械的な音声で告げた。
**【システム・福祉課より参りました。担当ケースワーカーです。これより、受給者『ルークス』の定期資産調査(抜き打ち訪問)を実施します】**
「は……? 資産調査?」
ゴーレムの目から放たれた赤い光が、キャンピングカーの内部を舐め回すようにスキャンしていく。
そして、ピピッ、という電子音と共に、ゴーレムの頭上のモニターに無慈悲な結果が表示された。
**【資産スキャン完了。……重大な規約違反を検知しました】**
**【① 居住実態:申請外の高級資産『神話級・魔導キャンピングカー(車両資産)』の保有を確認】**
**【② 隠匿資産:アイテムボックス奥底に、未申告の『高級ハーブ』『極上ごま油(残量少)』等の換金可能資産を確認】**
**【③ 贅沢品の保有:調理器具『魔導コンロ』を検知】**
「……え?」
**【判定:最低生活保障の受給要件(無資産)から逸脱。本件を『悪質な不正受給』と認定します】**
**【処置:ただいまをもって生活保護の支給を『即時打ち切り』とし、これまでの支給額の『全額返還』、および『不正受給の罰金』を命じます】**
チャリンッ。(※俺のマイナス口座に、さらに絶望的な額の罰金が上乗せされる死の音)
「……………………………………………………え?」
――静寂。
ネギ味噌の香ばしい匂いが漂うキャンピングカーの中で、俺の心臓は完全に停止した。
生活保護。それは「最低限の生活」を保障するためのもの。
だからこそ、車の所有は認められず、換金できそうな調味料を少しでも隠し持っていれば、即座に「資産隠し」として打ち切られる。
それが、セーフティーネットの裏側に張り巡らされた、国の冷徹なルールのリアルだった。
「………………………………………………ふざ、ふざけるなァァァァァァァァァッ!!!」
俺は、今日何度目か分からない血の涙を両目から噴出させ、ゴーレムの装甲に頭をガンガンとぶつけながら泣き叫んだ。
「キャンピングカーは俺たちの家代わりだろうが!! 高級ハーブとかごま油なんて、ちょっとした料理の彩りだろうが!! なんだよその厳しすぎる資産認定基準は!! ちょっといい調味料を持ってただけで不正受給扱いだとォォォッ!? ケースワーカー(システム)の監視の目、厳しすぎだろバカヤローッ!!」
働くことから逃げ出しても、システムという名の絶対的な監視社会からは決して逃れることはできない。
1億ポイントへの道のりどころか、ただ息をしてネギ味噌を食うことすら許されない。最強農民は、不正受給者の烙印を押され、終わりの見えない絶対的な貧困と絶望のどん底へと、再び突き落とされるのだった。
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**【読者へのメッセージ】**
第三百七話、いかがでしたでしょうか。
あらゆる労働と搾取に絶望し、ついに「生活保護」という究極の逃避に走ったルークス!
支給された最低ランクの古米と味噌を、農民の知恵と野生のネギで限界突破させる「究極のネギ味噌ぶっかけ飯」! ごま油と焦がし味噌の香ばしさ、お湯でサラサラとかき込む深夜の背徳感……。高級食材ゼロなのに、なぜか一番食欲をそそる限界貧乏飯テロをお届けしました。
しかし、食後の怠惰な時間を地獄に変えたのは、システムからの使者「ケースワーカー(監査役ゴーレム)」!
「生活保護受給者に車の所有は認められません」「隠し持っていた高級調味料は資産とみなします」という、リアルすぎる生活保護法の資産調査に引っかかり、不正受給で一発アウト(笑)。セーフティーネットの裏にある「すべてを監視される絶望」をファンタジーに持ち込みました。
正規ルートも、闇バイトも、そして国の保護すらも失ったルークス。いよいよ生きる道がなくなった彼が次に向かう先は……!?
次回もノンストップでコメディと飯テロをお届けしますので、ぜひブックマークと評価をお願いします!




