第三百六話:狂気の闇バイト(日雇い労働)。涙の極上塩むすびと、絶望のピンハネ(仲介手数料)
「……腹が、減った」
薄汚れた路地裏の壁に寄りかかり、俺は空っぽの胃袋を押さえて力なく呻いた。
自己破産による借金免責の代償。それは『ブラックリスト(信用情報の喪失)』という、システムからの完全なる経済的死の宣告だった。
向こう5年間、ポイントショップでの購入は一切不可。クエストの受注もできず、新しい口座を作ることもできない。
つまり、正規のルートで飯を買うことも、稼ぐことも完全に封じられたのだ。キャンピングカーの食材は、差し押さえ前に俺たちがヤケクソ消費(魔改造カレー)で全て食い尽くしてしまった。
「ル、ルークス君……。すまないが、もう限界だ。雑草でもいいから何か……」
「ガリウス所長、泣き言を言わないでください。俺だって、泥でも食いたい気分なんですよ……」
システムに監視された表の世界(ホワイト経済)では、もう生きていけない。
ならば、俺たちが生き延びる道はただ一つ。
「……これだ」
俺の目は、路地裏の薄暗い掲示板に貼られた、怪しげな羊皮紙の張り紙を捉えていた。
**【急募! システム不問・信用情報不問! 日払い・現物支給! 誰でもできるカンタンな土木作業!】**
「システムを通さない『現物支給』の闇バイト(日雇い労働)……。これなら、ブラックリストの俺たちでも飯にありつける!」
「ひぃっ!? る、ルークス様、その張り紙、どう見ても怪しい悪徳業者の匂いがプンプンしますわーっ!」
「背に腹は代えられない! 行くぞ! 労働の時間だァァァッ!」
◇
張り紙の住所を頼りに辿り着いたのは、森の外れにある巨大な岩山の採石場だった。
そこで俺たちを待っていたのは、金歯を光らせ、ニタニタと下品な笑みを浮かべる恰幅の良い悪徳商人だった。
「ひひっ、よく来たねぇ。訳ありの連中だろうが構わねえよ。仕事は簡単だ、あそこの岩山をツルハシで砕いて運ぶだけだ。夕方まで働きゃ、極上の『銀シャリ』を現物支給で腹いっぱい食わせてやるよ」
銀シャリ。白飯。
その言葉を聞いた瞬間、俺の胃袋が狂ったように鳴動した。
俺は商人が投げ渡してきた錆びたツルハシをガシッと受け取り、岩山へと向かった。
「ふんっ! 岩を砕くなんて、農民の俺にとっては朝飯前だぜ! 農業スキル・『大地の……』」
俺はツルハシを大きく振りかぶり、スキルを発動しようとした。
――しかし。
カキィィィンッ……。
ツルハシは岩の表面を軽く弾き、俺の両腕にジーンと鈍い痺れが走っただけだった。岩は傷一つついていない。
「……えっ? な、なんでだ!? スキルが、バフが発動しねえ!?」
「ひひっ、当たり前だろ。あんた、システムから『信用情報ブラック』の烙印を押されてんだ。正規のステータス補正やスキル(バフ)なんて、システムが許可するわけねえだろ。ただの『生身の人間』として、汗水垂らして働きな」
悪徳商人の言葉に、俺は絶望のどん底に叩き落とされた。
チート級の農民スキルも、無尽蔵の体力回復も、何一つ使えない。
炎天下の中、ただの非力な人間として、重いツルハシを振るい続けなければならないのだ。
「うおおおおおっ! 負けるかァァァッ! 白飯のためにィィィッ!」
ガキンッ! ガキンッ!
俺は、手のひらの皮がズルむけになり、血豆が潰れても、ひたすらにツルハシを振るい続けた。
泥と汗にまみれ、全身の筋肉が悲鳴を上げる。喉はカラカラに渇き、視界が白く霞む。
かつてのチート農業とは違う、これが本当の、バフなしの「過酷な肉体労働」だった。
◇
日が傾き、全身の骨が軋むほどの疲労困憊の中、ついに労働が終わった。
俺たちは泥だらけの体を地面に投げ出し、荒い息を吐いていた。
「ひひっ、よく働いたな。ほらよ、約束の現物支給だ」
悪徳商人が、大きな木桶に入った、炊きたてで湯気を立てる『純白の銀シャリ』と、小袋に入った『極上の粗塩』をドサリと俺たちの前に置いた。
高級な肉も、複雑なスパイスもない。ただの米と塩。
だが、限界まで汗を流し、極限まで空腹を極めた今の俺たちにとって、それはこの世のどんな神話級食材よりも光り輝く『至宝』に見えた。
「うおおおおおっ……! 米だ! 塩だァァァッ!!」
俺は泥だらけの手を水で乱暴に洗い、木桶から火傷しそうなほど熱々の銀シャリを、両手いっぱいに鷲掴みにした。
そこに、小袋の粗塩をたっぷりと、親の仇のようにまぶしつける。
「アチッ! アチチッ! でも、握るゥゥゥッ!」
熱々の米粒が潰れないように、それでいて空気を包み込むように、ギュッ、ギュッと力強く、魂を込めて三角形に握り上げる。
手にまぶした塩のジャリッとした感触が、熱々の米と融合していく。
「完成だ! 限界労働の結晶……『涙の極上・塩むすび』!!」
俺は、まだ湯気を立てるいびつな三角形の塩むすびを、大きな口を開けてガブリと頬張った。
……ハフッ。
モチュッ、ジュワァァァァァァァッ!!!!
「んんんんんんんんんッ!!!!??」
俺の両目から、大粒の涙が滝のようにボロボロとこぼれ落ちた。
美味い。美味すぎる……いや、そんなチャラい言葉では表現できない。
これは「命の味」だ!!!
限界まで労働し、汗と共に失われた大量の『塩分』と、極限まで枯渇した『炭水化物』。それが今、俺の生存本能(DNA)にダイレクトに、そして暴力的に叩き込まれているのだ!
具なんて一切必要ない。
炊きたての米が持つ圧倒的で暴力的な『甘み』。それを、粗塩のガツンとした『ダイレクトな旨味と塩気』が限界突破の次元へと引き上げている。
「う、美味ぇぇぇぇぇぇっ!!! 高級フレンチや霜降り肉より、結局これが一番美味いんだよォォォッ!! 塩と米! これ以上の美食が存在するかっ!!」
「はふはふっ! しょっぱいですわ! でも、お米が甘くて……涙が、涙が止まりませんのーっ!」
「ガツガツガツ! なんだこの白い塊は! 肉がないのに、全身の細胞が歓喜の雄叫びを上げているぞ!!」
俺たち全員が、泥だらけの顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら、無言で狂ったように熱々の塩むすびを握っては貪り食った。
手についた塩の一粒、米の一粒すら愛おしい。
バフなしの過酷な労働という最高のスパイスが、究極にシンプルな「塩むすび」を、この世で最も背徳的で至高のB級グルメへと昇華させていたのだ。
◇
木桶いっぱいにあった銀シャリを一粒残らず平らげ、腹を満たした俺は、塩で白くなった唇を拭いながら、力強く立ち上がった。
「ふはははっ! 最高の塩むすびだった! バフがなくても、俺たちは生きていける! システムに監視されない現物支給なら、借金取り(差し押さえ)も来ない! おいオッサン! 明日もここで働いてやるぞ!」
俺が労働の喜びに満ちた笑顔で悪徳商人に告げた、まさにその時だった。
「ひひっ、そうかい。それは助かるよ。……じゃあ、これが今日の分の『明細』だ」
悪徳商人が、ペラリと一枚の羊皮紙を俺に投げ渡した。
俺はそれを受け取り、目を落とした瞬間、顔面から一気に血の気が引いた。
「……えっ? な、なんだこれ? 今日の支給は『銀シャリ二桶分』の約束だったはずだぞ! なんで一桶しか支給されてないんだ!?」
明細には、無慈悲な数字が並んでいた。
**【本日の労働報酬(現物):銀シャリ 二桶】**
**【※ブラックリスト雇用リスク代(保険料):- 銀シャリ 半桶】**
**【※現場斡旋・仲介手数料:- 銀シャリ 半桶】**
**【実際支給額(手取り):銀シャリ 一桶】**
「……………………………………………………え?」
俺は、信じられないものを見るような目で悪徳商人を睨みつけた。
「は? なんで半分引かれてんだ!? 『リスク代』ってなんだよ! 『仲介手数料』!? お前が直接雇ってんだろうが!! 約束が違うぞバカヤローッ!!」
俺の激昂に対し、悪徳商人は金歯を光らせて、底意地の悪い、最高に下品な笑みを浮かべた。
「ひひっ、文句があるならシステム(労働基準監督署)に駆け込むかい? あんた、信用情報真っ黒の『ブラックリスト』だろう? システムに守られてねえ底辺の人間を雇ってやるんだ、これくらいの『ピンハネ』は当然の権利ってもんさ。嫌なら明日から来なくていいんだぜ? ……餓死するだけだがな」
――静寂。
塩と汗の匂いが漂う採石場で、俺の心臓は完全に停止した。
システムを通さない、アングラ経済(闇バイト)。
それは、税金や差し押さえがない代わりに、悪徳業者にどれだけピンハネ(搾取)されても、誰にも文句が言えない、法の保護が一切届かない無法地帯だったのだ。
「………………………………………………ふざ、ふざけるなァァァァァァァァァッ!!!」
俺は、今日何度目か分からない血の涙を両目から噴出させ、空の木桶を抱えたまま地面に突っ伏して泣き叫んだ。
「信用がない人間の足元を見やがってェェェッ!! リスク代ってなんだよ! ただのボッタクリじゃねえか!! 正規ルートから外れた弱者を食い物にしやがって!! 闇労働のピンハネえげつねえバカヤローッ!!」
税金、経費、リボ払い、そしてブラックリスト。
システムの正規ルートから完全に弾き出された俺たちを待っていたのは、信用がない底辺の人間からさらに搾取しようとする、アングラ経済(闇労働)の果てしない闇だった。
「ル、ルークス君……。これが、システム(国)に守られない『非正規』の現実だよ……。信用がないということは、誰からも足元を見られるということなんだ……」
「米が! 俺の汗水流して稼いだ銀シャリが、ただのピンハネで半分に減ったぁぁぁぁっ!!」
究極の塩むすびで満たされた胃袋の喜びは、アングラ経済の搾取の前に粉々に打ち砕かれた。
1億ポイントへの道のりどころか、明日の飯を確保することすら絶望的な状況。信用情報という絶対的な烙印を押された最強農民は、泥と血の涙にまみれながら、果てしない社会の底辺へと完全に沈んでいくのだった。
---
**【読者へのメッセージ】**
第三百六話、いかがでしたでしょうか。
ブラックリスト入りで正規のポイ活を封じられ、ついに「闇バイト(日雇い土木作業)」にまで身を落としたルークス!
バフなしの生身の肉体労働でボロボロになった後に食らう、究極のシンプル飯「涙の極上・塩むすび」! 具は一切なし、米の甘みと粗塩のダイレクトな塩分だけ! 生存本能(DNA)に直接ぶっ刺さる、深夜に絶対に食べてはいけない究極の白飯テロをお届けしました。フレンチより塩むすび、最高ですね(笑)。
しかし、食後のハッピータイムを地獄に変えたのは、アングラ経済の「ピンハネ(仲介手数料)」!
「信用情報真っ黒の人間を雇ってやるんだから、半分抜くのは当然」と足元を見る悪徳商人。システム(労基)に守られていない弱者を食い物にする、非正規労働の底辺のリアル(闇)をファンタジーに持ち込みました。ルークスの絶望の叫びが響き渡ります。
ブラックリスト&ピンハネの闇労働の沼に完全にハマったルークス。果たして彼に、このどん底から這い上がる逆転の目はあるのか!?
次回もノンストップでコメディと飯テロをお届けしますので、ぜひブックマークと評価をお願いします!




