第二百九十話:狂気の薄利多売(ポイ活)。厄災の飛蝗(ローカスト)と、ソフトシェルクラブ級の極上フリット
「ひぃぃぃっ! 見ろよあのデカい毛虫! 毒々しい色しやがって! ……ああっ、こっちの木には人面カメムシがびっしりだ! おぞましい……!」
世界樹の森の奥深く。
俺はキャンピングカーのリビングで、窓ガラスにへばりついて外の景色を眺めながら、全身に鳥肌を立ててガタガタと震えていた。
5万ポイントを叩き出して購入した【神話級・妖精の防虫オーラ発生器】のおかげで、俺の周囲2メートルには虫の一匹たりとも近づけない。
だが、視界に入るだけでも不快なのだ。
「やっぱり、俺は虫がこの世で一番嫌いなんだ……。足が6本以上ある生き物は、この世のバグだろ。5万ポイントの投資がなかったら、とっくに発狂して村に帰ってるぞ……」
「ル、ルークス様……。先ほど巨大ザリガニ(足が10本)をあんなに美味しそうにバリバリ食べていた方のセリフとは思えませんわ……」
「エビやカニは海の幸だからセーフなんです! 虫はアウト! 絶対無理!」
俺がエレナ様の的確なツッコミを強引な理論で跳ね返していた、その時だ。
――ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥン……!!
突如として、森の空気をビリビリと震わせる、重低音の羽音が響き渡った。
それは、先日の殺人蜂の群れとは比べ物にならないほどの、圧倒的な質量を伴う地鳴り。
昼間だというのに、窓の外の景色が急速に薄暗くなっていく。
見上げると、樹冠の隙間から見えていた青空が、文字通り「黒い雲」によって完全に覆い尽くされようとしていた。
「な、なんだ!? 天気が急に……いや、違う!」
ガリウス所長が窓に顔を近づけ、その「黒い雲」の正体に気づいて顔面を蒼白にした。
雲ではない。それは、一匹がハトほどの大きさを持つ、凶悪なアゴと棘だらけの脚を持った「飛蝗」の、数万、いや数十万匹にも及ぶ大群だった。
【鑑定結果】
【対象:厄災の暴食飛蝗の大群】
【状態:外来種・飢餓状態による異常大発生】
【特徴:森のすべてを食い尽くす生きた災害。緑を更地にするまで進軍を止めない】
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃッ!?」
俺は情けない悲鳴を上げ、ソファの後ろに隠れて頭を抱えた。
無理無理無理! あんなのが何万匹も飛んでるとか、地獄絵図の極みだ! 防虫オーラがあっても、視覚的暴力でショック死する!
「ああっ……! カラミティ・ローカストの群れ! 外来種の最悪の害虫ですぅぅっ! あれが通過した後は、世界樹の葉っぱ一枚残りません!」
シルフィが絶望の涙を流してへたり込む。
俺は耳を塞ぎ、目を固く閉じて念仏のように唱えた。
(やり過ごすんだ……。オーラの中に引きこもっていれば、あの黒い悪夢は通り過ぎていく……。虫は嫌だ、虫だけは絶対に狩らない……)
だが、その時。
俺のポイ活センサー(強欲)が、無意識のうちにシステムウィンドウの『買取価格表』をチラリとスキャンしてしまったのだ。
【カラミティ・ローカスト(外来種)/買取価格:1,000 pt(非課税)】
「……ん?」
俺は、塞いでいた耳から手を離し、薄目を開けた。
1匹、1000ポイント。非課税。
巨大マンゴーや巨大魚と比べれば、圧倒的に「薄利」な単価だ。ゴミのような価格設定である。
だが、だ。
俺は、空を覆い尽くすその群れの『数』を、農民の動体視力で瞬時に見積もった。
ざっと少なく見積もっても……10万匹。
俺の脳内電卓が、恐ろしいスピードで、そして正確に「掛け算」を弾き出した。
1,000(ポイント) × 100,000(匹) =
「……いちおく?」
100,000,000。
一億ポイント。
――ピキィィィィンッ!!
その瞬間。
俺の頭の中で、虫に対する「生理的嫌悪感」と「恐怖」の回路が、一億ポイントという莫大な「欲望」によって、物理的にショートし、完全に上書きされた。
「……おい、シルフィ」
「は、はいぃっ?」
「虫? どこに虫がいるんだ? ……俺の目にはな、あの黒い雲が……『空飛ぶ一千円札の束』にしか見えねえんだよォォォォォッ!!!」
俺はソファの陰から弾かれたように立ち上がり、目を真っ赤に血走らせ、口からヨダレを撒き散らしながらキャンピングカーの扉を蹴り開けた。
「ル、ルークス君!? 虫が一番嫌いだったのでは!?」
「1億ポイントの前では、虫への恐怖なんて誤差だ!! フェン! 『大竜巻』だ! あの札束の群れを一箇所に集めろォォッ!」
俺は、首から下げていた命綱である【妖精の防虫オーラ発生器】のスイッチを、躊躇なく「OFF」にした。
「ガウッ! よく分からんが、お前が狂った時が一番美味い飯にありつけるからな! やってやるわ!」
フェンが咆哮と共に巨大な竜巻を発生させ、空を覆う飛蝗の大群を空中の一個所に強引に巻き込んでいく。
そこへ、俺は前回購入していた『神話級・絶対捕獲の魔導投網』を、全力の遠心力を乗せて天空へと投擲した。
「一匹千円! 十匹で一万! 一万匹で一千万だァァァッ!! 薄利多売のポイ活の真髄、見せてやるゥゥゥッ!!」
シュルルルルルッ!!
神話級の投網が空中で巨大なドーム状に広がり、竜巻に巻き込まれた数万匹単位の飛蝗を、文字通り「一網打尽」に捕獲していく。
ズザザザザザァァァッ!!
重力に引かれ、数万匹の飛蝗が詰まった巨大な網が、ドスゥゥゥン!と森の地面に落下した。
網の中で、何万という「千円札」がワサワサと蠢いている。
「よォォォし!! 大量収穫(大漁)だァァァッ!!」
俺は狂喜乱舞し、息つく暇もなくキャンピングカーの前に超巨大な中華鍋をセットした。
「さあ! ポイントに換える前に、こいつらがいかに『極上の酒のツマミ』であるかを証明してやる! 油だ! 油を大量に持ってこい!」
「えっ……? ル、ルークス様……まさか、その、虫さんを……?」
「食べる気か!? 正気かルークス君!!」
エレナ様が顔を引きつらせ、ガリウス所長が後ずさりする。シルフィに至っては「森の害虫を食べるなんて……」と気絶寸前だ。
だが、俺は止まらない。
たっぷりの上質なオリーブオイルを180度の高温に熱し、生きたままの飛蝗(もちろん泥抜きと下処理は一瞬で済ませた)を、網からザラザラザラッ!と豪快に油の海へとぶち込んだ。
――ジュワァァァァァァァァァァッ!!!!!!
激しい油の弾ける音。
しかし、そこから立ち上ったのは、虫特有の青臭さや土臭さなどではない。
「……えっ? なに、この匂い……?」
鼻を覆っていたエレナ様が、思わず手を下ろした。
油の中で素揚げ(フリット)にされた飛蝗たちの殻が、熱を通すことで、まるでエビやカニのように『鮮やかな真紅』へと一瞬にして変色していったのだ。
そして周囲に爆発的に広がったのは、極上の甲殻類を殻ごと高温の油で揚げた時にしか出ない、あの「暴力的で香ばしい匂い」だった。
「完成だ! 『カラミティ・ローカストの極上フリット・ハーブソルト和え』!!」
俺はカリッカリに揚がった真紅のフリットを網じゃくしで引き上げ、大皿に山盛りにした。
そこに、数種類のハーブをブレンドした特製の岩塩をパラパラと振りかける。
「見た目は虫だが、その本質は陸を飛ぶエビだ! 騙されたと思って食ってみろ!」
俺は、揚げたてのアツアツを一つ指でつまみ、口に放り込んだ。
……サクゥッ!!!
ジュワァァァァァッ!!
「んんんんんんんんんッ!!!!??」
美味い!! 美味すぎる!!
高温の油で揚げられた殻は、不快な硬さが一切なく、高級な『ソフトシェルクラブ(脱皮直後のカニ)』のように、サックサクの軽い食感。
そして、その薄い殻を噛み砕いた瞬間、中から溢れ出したのは、エビの身の甘みと、カニ味噌の濃厚なコクを併せ持った、凝縮された旨味の塊だ!
ハーブソルトの塩気が、その甲殻類特有の甘みと旨味を限界まで引き出し、後を引く大人のジャンクフードを完成させている。
「うおおおおっ! サクサクで香ばしい! 噛むほどにエビの旨味が……! おいマリアさん! 急いでアレを出してくれ!」
「はいっ! キンキンに冷やしておきましたわ!」
マリアさんが、樽ごと氷で冷やしていた最高級のエール(麦酒)をジョッキに注いで手渡してくれる。
俺は、口の中がフリットの濃厚な旨味と塩気で満たされているところに、氷のように冷たいエールを一気に流し込んだ。
ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ……!
プハァァァァァァァァァッ!!!!!
「……悪魔的だ。これぞ究極の『ビール泥棒』だ!!」
揚げ物、塩気、そして冷えた炭酸。このループは、人類が到達した食の極致の一つだ。
「さ、サクサク……ジュワッ……。えっ? うそ、これ……お虫さんなのに、完全にエビの唐揚げですわ……!」
「サクッ! サクッ! なんだこれは! 止まらん! エールが進みすぎるぞ主!」
最初はドン引きしていたエレナ様もフェンも、一口食べた瞬間にその「ソフトシェルクラブ級の旨味」に完全に洗脳され、無言でサクサクサクサクと、スナック感覚で山盛りのフリットを胃袋に吸い込んでいく。
恐怖の害虫スウォームは、最強農民の手によって、森で最高の居酒屋メニューへと成り下がっていた。
◇
ビールと共に極上のフリットを山ほど平らげ、大満足のゲップを放った後。
俺は、油と塩でテカテカになった指で、システムウィンドウを開いた。
俺の目の前には、まだ網の中で蠢いている「約10万匹」の生きた飛蝗の山がある。
「ふはははっ! 味も最高だったが、本命はこっちだ!」
俺は「一括納品(換金)」のボタンを、1億ポイントの夢と共に、力強くターンッ!とタップした。
チャリンッ♪ チャリンッ♪ チャ……ピィィィーッ!
「……え?」
またしても。
前回と同じ、あの不吉なエラー音が鳴り響いた。
そして、ウィンドウに表示された『換金明細』を見た瞬間。
俺の心臓は、文字通り凍りついた。
【納品アイテム:カラミティ・ローカスト(生体)×100,000匹】
【1~1000匹目:1,000 pt(計1,000,000 pt)】
【1001匹目以降: 1 pt(昆虫食の急激な市場供給過多による卸売価格暴落)】
【合計獲得ポイント:1,099,000 pt】
「……は?」
10万匹納品して。
109万ポイント。
予定していた1億ポイントの、たったの「1パーセント」。
さらに、赤い警告ウィンドウが追い討ちをかけるようにポップアップした。
**【システム警告:同一アイテムの異常な大量納品(卸売)を検知しました。大口割引(暴落レート)が適用されました。市場の価格破壊にご注意ください】**
「…………………………………………」
俺は。
キャンピングカーの前に、両膝をつき、そのまま顔から腐葉土の上に突っ伏した。
「ふざ……ふざけるなァァァァァァァァッ!!!」
俺の、今日二度目の血の涙を伴う絶叫が、世界樹の森を切り裂いた。
「1001匹目から『1ポイント』だとォォォッ!? なんだその極端な大口割引は! 薄利多売の『薄利』の限度を超えてるだろ! これじゃあ10万匹の在庫を抱えたただのバカじゃないか! 卸売業者のバカヤローッ!!」
1匹狩っても、10万匹狩っても、手に入るポイントの上限はシステムによって残酷なまでにコントロールされていた。
インフレを絶対に許さない、強固な経済の壁。
「同じものを大量に卸せば、価値は紙くずになる」。
このポイ活サバイバルは、どこまでも俺に「多品種の狩猟」を強要してくるのだ。
「ル、ルークス君……。元気を出したまえ。ビールのおつまみとしては、最高だったじゃないか……」
「ポイントが! ポイントが足りねえんだよォォォッ!!」
俺は地面を転げ回り、ギリリと歯を食いしばった。
1億ポイントまで、まだあと9千万ポイント以上。
虫嫌いを克服(欲望で上書き)してまで特攻したのに、道はまだ果てしなく遠い。
「……くそっ。システムがその気なら、徹底的に抗ってやる……! この森にいる『全種類』の美味い魔物を、片っ端から少しずつ狩り尽くしてやるゥゥゥッ!!」
薄利多売の残酷なリアルを味わった最強農民は、決して折れることなく、さらなる狂気の「多品種・極上食材ハンティング」へと目を血走らせるのだった。
【読者へのメッセージ】
第二百九十話、いかがでしたでしょうか。
「虫が一番嫌い」という伏線を、1億ポイントという莫大な欲望によって強引にねじ伏せたルークスの手のひら返し!
そして、見た目のグロさを完全に凌駕する「ソフトシェルクラブ級のサクサクフリット」と、キンキンに冷えたエールの組み合わせ。深夜のおつまみテロ、ビールが飲みたくなったなら大成功です!
しかし、システムは容赦ありません。
「大量納品による大口割引(価格暴落)」という、またしてもリアルで残酷な経済の仕組みがルークスを絶望の淵に突き落としました。インフレ対策が徹底されすぎていて笑えますね。
1億ポイントへの道は、本当に「多品種」の魔物を狩り続けるしかない過酷なポイ活サバイバルとなりました。
次回、ルークスはシステムに抗うため、一体どんな新たな食材(魔物)に狙いを定めるのか?
新章もノンストップでコメディと飯テロをお届けしますので、ぜひブックマークと評価をお願いします!




