第二百八十七話:狂気のジビエ猟。芳醇なる香草鹿(ハーブ・スタッグ)の極厚ローストと、絶望の環境保全税
神話級の巨大フルーツ【タイラント・マンゴー】のもたらした暴力的なまでの甘味と果汁。
森の処刑部隊から搾り取った【世界樹の琥珀蜂蜜】の、脳髄を溶かすような濃厚な甘味。
そして、それらの甘味で満たされた胃袋を完璧にリセットしてくれた、【激流の銀覇魚】と【幻霊の山芽】の極上天ぷらがもたらした、ガツンとくる塩気と大人の苦味。
甘い、しょっぱい、苦い。
味覚のジェットコースターをこれでもかと堪能し、もはや俺たちの胃袋は完全なオーケストラを奏でている……かに思えた。
だが、人間の(そして最強農民の)欲望というものは底なしだ。
天ぷらの上品な白身と油を堪能したからこそ、次に体が猛烈に、そして狂おしいほどに欲しているものがあった。
「……なぁ、フェン。白身魚も最高だった。最高だったが……何か一つ、足りないと思わないか?」
「ガウッ。奇遇だな、主よ。我もまさに今、同じことを考えていた。あれだけ美味いものを食ったというのに、腹の底で『重たい何か』を求める獣が暴れているのだ」
俺とフェンは、キャンピングカーの周囲を警戒しながら歩を進めつつ、同時に深く頷き合った。
そうだ。フルーツも、ハチミツも、白身魚も、極上だった。
だが、それらはどこまでいっても「軽やか」なのだ。
俺たちの胃袋が今、真に渇望しているもの。
それは、噛みしめるたびに野性の生命力が弾け飛ぶような、ガツンと重たい「極上の赤身肉」だった。
「豚やマンモスの脂もいいが……今はもっとこう、鉄分を感じるような、味が濃くて香りの強い肉を、分厚く切って豪快に喰らいたい気分だ!」
「ルークス様、わたくしも同感ですわ! お上品なお魚の次は、野性味あふれるお肉をガブッといきたいですの!」
エレナ様までもが、貴族令嬢のドレスを翻しながら肉食獣のような目をしている。
そんな俺たちの殺気(食欲)を感じ取ったのか、先導するエルフの少女・シルフィは、ビクビクと肩を震わせながら森のさらに奥深くへと歩みを進めていた。
その時だ。
鬱蒼と生い茂る世界樹の森の奥から、ふわりと、実に爽やかで芳醇な香りが漂ってきた。
「……ん? なんだ、この匂いは」
鼻腔をくすぐるのは、ミントやローズマリー、そして数知れない極上のハーブを複雑にブレンドしたような、清涼感と深いコクを併せ持つ神々しい香り。
5万ポイントの『防虫オーラ』によって浄化された空気の中でも、その香りは圧倒的な存在感を放っていた。
ガサッ……。
立ち込める朝霧の向こう側から、静かに、そして荘厳な足取りで「それ」は姿を現した。
見上げるほどに巨大な体躯。全身はビロードのように滑らかな新緑の毛皮に覆われ、頭部には、まるで森そのものを体現したかのような、苔むした巨大で複雑な枝角がそびえ立っている。
その歩み一つ一つに合わせて、足元の枯れ葉から新たな双葉が芽吹き、周囲の空気が清浄なハーブの香りで満たされていく。
【鑑定結果】
【対象:森の賢獣・香草鹿】
【状態:極めて冷静・知性的】
【特徴:世界樹の森の理を説くと言われる神話級の賢獣。数百年かけて森の極上ハーブのみを食し、体内に神聖なマナを宿している】
【危険度:測定不能(不可侵の存在)】
「ああっ……! け、賢者様……!!」
シルフィが、先ほどの巨大魚の時以上に激しく反応し、地面に這いつくばるようにして平伏した。
その体は、畏敬の念と感動でブルブルと震えている。
「ルークス様! あの方は、森の理を説き、エルフの長老たちですら生涯に一度出会えるかどうかという、神聖なる『森の賢者様』です! 決して、決して無礼があってはなりません! 我々に、何か尊い啓示を与えてくださるはず……!」
シルフィが涙ながらに祈りを捧げる中、巨大な香草鹿は、その深遠な知性を湛えた黄金の瞳で俺たちを見下ろした。
そして、威厳に満ちた、脳内に直接響くような重厚なテレパシーで語りかけてきた。
『……迷える小さき人の子らよ。そして森の娘よ。我は森の理を識る者。そなたらがこの神聖なる森に足を踏み入れた目的は、大地の澱みを……』
「うおおおおおおおおっ!!!!」
賢獣が、いかにもファンタジーRPGの重要NPCのような長広舌を始めようとした、まさにその瞬間。
俺は、シルフィの制止も、賢獣の神々しいオーラも完全に無視して、歓喜の雄叫びを上げて跳躍していた。
「なっ……!?」
「ル、ルークス君!?」
周囲の驚愕をよそに、俺の頭の中は、鑑定結果とこの芳醇な香りから導き出された「ある一つの結論」で完全に埋め尽くされていた。
(こいつ、普段から極上のハーブばかり食ってやがるな……。肉の臭みなんて微塵もねえ! つまり、体内からすでに完璧な『下味』がついている、歩く極上肉ってことだ!!)
ジビエ特有の血抜きや臭み消しの手間が、完全に省ける。
ハーブを練り込む必要すらない。細胞の隅々にまで、神話級の香草の風味が染み込んでいるのだ。
こんな都合のいい、手間の省ける極上食材が他にあるだろうか!
「フェン! 狩るぞ! 極上の赤身肉だ!」
「ガウッ! 美味そうな匂いだ! 任せろ!」
『な、何事だ貴様ら!? 我の言葉を……』
「御託はいい! 喋るな、鮮度が落ちるだろうがァァァッ!!」
俺は『絶対冷却シャツ』の身軽さを活かして空高く舞い上がり、『真・アダマンタイトの鍬』を大きく振りかぶった。
狙うは、神話級の巨大鹿の首元――脳からの神経伝達を瞬時に断ち切り、肉の繊維にストレスを与えない究極の急所。
「農業スキル奥義・『大地の解体新書(ジビエ狩猟・神業)』ッ!!」
ズシャァァァァァァァァンッ!!!!
アダマンタイトの刃が、慈悲深く、そして残酷なまでに正確に、賢獣の急所を貫いた。
『……えっ?』
森の理を説くはずだった賢獣は、驚きに目を見開いたまま、その巨体をゆっくりと地面に倒れ伏させた。
尊い言葉を発する暇など、一秒たりとも与えなかった。
ドッスゥゥゥゥン……!
光の粒子となって浄化されることもなく(農業スキルによる『食材』としての強制収穫判定のため)、キャンピングカーほどの大きさがある【特上・香草鹿のモモ肉ブロック】と【特上・ロース肉ブロック】が、ドロップアイテムとしてドサリと残された。
「け、賢者様ぁぁぁぁぁぁっ!!?」
シルフィが、白目を剥いて天を仰ぎ、そのまま気絶しそうになる。
「泣くなシルフィ! 俺たちの胃袋の中で、賢者様は永遠に生き続けるんだ! さあ、調理開始だ!!」
俺はすぐさま、先ほど村への凱旋から再びアイテムボックスに収納して持ち歩いていた『究極の極炎石窯(元ゴーレム)』をドーン!と設置した。
マグマの熱源は今も健在で、窯の内部は完璧な400度を保っている。
「よし、今回は赤身の旨味を極限まで引き出す『ロースト』だ!」
俺はミスリルの包丁を構え、香草鹿の極太のモモ肉とロースを、厚さ10センチはあろうかという暴力的な極厚サイズに切り出した。
断面は、これまでの霜降りとは全く違う、深紅のルビーのように美しく、力強い赤身肉。
包丁を入れただけで、爽やかなハーブの香りがふわりと広がる。本当に、体内から完璧な下味がついているのだ。
「表面に岩塩を擦り込んで……いくぞ!」
俺は巨大な木のスコップに極厚の肉塊を乗せ、400度の熱を放つ石窯の奥深くへと突っ込んだ。
ジュウウウウウゥゥゥゥッ!!!!!
石窯の中で、遠赤外線の圧倒的な熱が肉の表面を一気に焼き固める。
肉汁とハーブのエキスが弾け、石板の上で焦げる香ばしい匂いが、森の空気を一変させた。
今回は長時間焼かない。表面だけをカリッと香ばしく焼き上げ、中は極上のレア(ロゼ色)に保つのが、新鮮なジビエの最高の食い方だ。
「よし、焼き上がりだ!」
俺は石窯から肉を取り出し、肉汁が落ち着くのを少しだけ待ってから、ミスリルの包丁でスパンッ!と真ん中から両断した。
パカァッ。
ジュワァァァァァァァァッ!!
「おおおおおっ……!!」
切り分けた断面から姿を現したのは、まるで満開の薔薇のように美しい、鮮やかな『ロゼ色(ピンク色)』。
完全に火は通っているが、決して硬くなっていない、究極のミディアム・レア。
そして、その美しい赤身の繊維の間から、ハーブの香りが溶け込んだ極上の透明な肉汁が、止めどなく滝のように滴り落ちていく。
「や、ヤバいですわ……! お肉が、お肉が輝いていますの!」
「主よ、早く! 我の理性が、賢獣の言葉よりも早く崩壊しそうだ!」
俺は切り分けた極厚のロースト・ジビエを皿に盛り、天然の粗塩だけを添えて全員に配った。ソースなんて無粋なものは要らない。肉が完成しているからだ。
「いただきます!!」
俺はフォークで分厚い肉の塊を突き刺し、豪快に口に放り込んだ。
……ガブリッ。
ムチィッ。
ジュワァァァァァァァァッ!!!!
「んんんんんんんんんッ!!!!??」
俺の脳髄が、赤身肉の暴力的な旨味で完全に吹き飛んだ。
表面の香ばしい焦げ目の直後、歯を押し返すような力強い、しかし決して硬くない極上の弾力。
噛みしめるたびに、野生の生命力を凝縮したような「濃い肉の味」が、口内という口内を激しく蹂躙する。
獣臭さなど、一ミリも存在しない。
肉汁と共に溢れ出す、ミントやローズマリーを思わせる神話級ハーブの清涼感と深い香りが、赤身肉の旨味をどこまでも、どこまでも高みへと引き上げていく。
「う、美味ぇぇぇぇぇっ!! なんだこれ! 脂身がないのに、信じられないほどの満足感だ!」
「ガツガツガツ! 噛めば噛むほど味が溢れる! これぞ獣の肉! ハーブの香りがたまらん!」
「ひぃぃぃっ、お肉なのにさっぱりしていて……でも味が濃くて……止まりませんわぁぁっ!」
全員が、狂ったように分厚いロースト肉を貪り食う。
そして、先ほどまで「賢者様ぁぁぁっ!」と泣き叫んでいたエルフの少女、シルフィはというと――。
「……ひぐっ、うぅっ……」
両手で顔のサイズほどある極厚肉を持ち、顔中を肉汁と脂でテカテカにしながら、涙目で肉に食らいついていた。
「け、賢者様……賢者様ぁぁぁっ……。むちっ、ジュワッ……ああぁぁ、おいちい……! 賢者様のお言葉(ハーブの香り)が、私の胃袋に直接響いてきますぅぅっ! もっと、もっと賢者様をぉぉっ!」
「おいおい、エルフがそんなに肉食っていいのかよ。完全に堕落してるぞ」
俺は呆れつつも、美味い飯の前には信仰心すら無力であることを改めて実感していた。
◇
キャンピングカー並みに巨大だった賢獣の肉を、文字通り骨の髄まで平らげた後。
俺は、指についたハーブの香る肉汁を舐め取りながら、ニヤリと笑って虚空をタップした。
「ふぅ……。極上のジビエだったな。さて、お楽しみの【討伐(収穫)ボーナス】の確認だ!」
フルーツで50万。殺人蜂の蜜ツボで200万。
ならば、神話級の賢獣を無傷で狩ったこの報酬は、どれほど跳ね上がるのか。
俺の目は、完全に「¥」マークになっていた。
システムウィンドウが展開され、黄金色の文字がポップアップする。
[ボーナス獲得:【森の賢獣・香草鹿】討伐]
[基本報酬:4,000,000 pt]
「よっしゃあああああッ!!!!」
俺は砂漠の地下迷宮の時以上の大声で絶叫し、ガッツポーズを決めた。
「よんひゃくまん!! 400万ポイントだぞ!! 一撃でこの額! これで1億ポイントの壁も一気に崩せる……!!」
歓喜に沸く俺。
だが、その直後だった。
黄金色に輝いていたシステムウィンドウの画面が、突如として不吉な「真っ赤」な警告色へと反転し、けたたましいアラート音を鳴らし始めたのだ。
ピーッ! ピーッ! ピーッ!
「……え? なんだ?」
赤いウィンドウに、無慈悲なシステムメッセージが高速でタイピングされていく。
【警告:世界樹の聖域における生態系の急激な破壊を検知】
【警告:保護指定モンスター(神話級・森の賢獣)の不法な乱獲(※話も聞かずに瞬殺)を確認】
【システム・コンプライアンス規約に基づき、『自然環境保全税』を適用します】
「……は?」
【ペナルティ算出……】
【総収益4,000,000 ptの80%を、環境保全及び世界樹修復基金として源泉徴収します】
チャリンッ。(※お金が吸い取られる悲しい音)
【徴収額:-3,200,000 pt】
【現在の純利益(手取り):800,000 pt】
――静寂。
世界樹の森に、恐ろしいほどの静寂が落ちた。
俺の目は、その赤い文字に釘付けになったまま、瞬きすら忘れていた。
よんひゃくまん、稼いだ。
だが、引かれた。
税金で。ペナルティで。
80パーセントも。
手元に残ったのは、たったの80万ポイント。
「………………………………………………はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
俺は、今度こそ本物の血の涙を流し、大地を両手でバンバンと叩いて泣き叫んだ。
「税率80パーセントォォォォォっ!? ふざけるなァァァッ!! なんだその狂った税率は! 俺は命懸けで(?)、極上の肉を狩ったんだぞ! なんで400万稼いで、手取りが80万なんだよ!! ブラック企業どころの騒ぎじゃねえぞシステムのバカヤローッ!!」
額面と手取りの、あまりにも残酷なギャップ。
社会人が給与明細を初めて見た時のような、いや、それの何十倍ものリアルな絶望感が、俺の心を完膚なきまでにへし折った。
「ル、ルークス君……。さすがに神聖な賢獣を、話も聞かずに肉にしたのはシステム的にもマズかったようだな……」
「主よ、元気を出せ。肉は美味かったではないか」
「うるさーい! ポイントが命なんだよ俺は!!」
俺は地面を転げ回りながら、ギリリと奥歯を噛み締めた。
ただ闇雲に狩れば、1億ポイントに届くと思っていた。
だが、現実は違った。
このポイ活サバイバルは、俺が思っている以上にシビアで、リアルで、容赦のない「経済の壁」が立ちはだかっているのだ。
「……くそっ。ただ狩ればいいってもんじゃないのか」
俺は、涙を拭い、血走った目で再びシステムウィンドウを睨みつけた。
「いかに保護指定を避けて、税金を抑えつつ、経費を削減して高利益を叩き出すか……! 上等だ! やってやろうじゃねえか!! 俺のポイ活(節約&狩猟)の真髄を見せてやるゥゥゥッ!!」
1億ポイントという途方もない目標は、単なる「乱獲」から、「いかに経費と税金を抑えて立ち回るか」という、生々しくも狂気に満ちたシビアなサバイバルへと変貌を遂げていた。
最強農民の、税金との終わりのない戦いが、今ここに幕を開けたのだった。
【読者へのメッセージ】
第二百八十七話、いかがでしたでしょうか。
神話級の賢獣すら「下味完了済みの都合のいい肉」として話も聞かずに瞬殺するルークスのブレなさ! そして、赤身の野性味とハーブの香りが爆発する極厚ローストジビエ。深夜の肉テロ、楽しんでいただけたでしょうか。
しかし、そんな乱獲にシステムからの無慈悲な鉄槌が!
「額面400万、手取り80万」という、現代社会の闇を煮詰めたような税率80%のペナルティに、ルークスが血の涙を流して絶望するシーン。インフレ防止とコメディが見事に融合した展開となりました。
1億ポイントへの道は、ただ狩るだけではなく「税金対策と節約」が鍵を握るシビアなポイ活へとシフトします。
次回、ルークスは一体どんな狂気の「節約狩猟」を見せるのか?
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