第二百八十四話:狂気の果物狩り。暴君完熟王(タイラント・マンゴー)の収穫と、果汁の暴力
「ひ、ひぃぃぃ……っ! ル、ルークス様、本当にこの先へ進むのですか!? ここは『迷いの深緑』と呼ばれる、森の長老たちですら絶対に近寄らない超危険地帯ですよぉぉっ!」
5万ポイントで購入した【神話級・妖精の防虫オーラ発生器】の清浄な結界の中。
道案内を任されたエルフの少女・シルフィは、ガタガタと全身を震わせ、俺の服の裾をギュッと握りしめながら涙目で訴えていた。
「ここは高ランクの凶悪な植物型魔獣がウジャウジャと……っ! エルフの精鋭部隊でさえ、一瞬で養分にされてしまう死の森なんです!」
「うんうん、なるほど。つまり、人の手が入っていない『完全無農薬の極上フルーツが実り放題の、手付かずの果樹園』ってことだな。最高じゃないか」
俺は『真・アダマンタイトの鍬』を肩に担ぎ、鼻歌交じりに薄暗い獣道(というか魔物の通り道)をズンズンと突き進んでいた。
怖い? 冗談じゃない。
俺の頭の中は今、世界樹を救うための特効薬【星の万能薬】を買うために必要な『1億ポイント』をどうやって稼ぎ出すかで完全に支配されている。
危険な魔獣=高ポイントの高価なドロップアイテム=1億ポイントへの近道。
今の俺にとって、この薄暗く恐ろしい魔境は、キラキラと輝く「宝の山」にしか見えていなかった。
「主よ! 前方から凄まじいマナの気配だ! それに……なんだこの甘ったるい匂いは?」
先頭を歩いていたフェンが、鼻をピクつかせて立ち止まった。
鬱蒼と茂る巨大なシダ植物の向こう側から、むせ返るような、強烈にトロピカルで甘い香りが漂ってくる。
「……来たな。今回の第一村人、いや、第一フルーツだ」
俺たちが茂みを掻き分けた先に現れたのは、キャンピングカーほどもある巨大な一本の「樹木」だった。
だが、それはただの木ではない。
太い幹の表面には、獲物を捕食するための禍々しい口のような裂け目があり、周囲には無数の強靭なツルが、意思を持つ大蛇のようにウネウネと蠢いている。
そして何より目を引くのが、その樹冠の中心に、たわわに、いや「ドォォォン!」という擬音が似合うほどの威圧感でぶら下がっている、超特大の『果実』だ。
赤と黄色が混ざり合った、見事なまでの完熟グラデーション。表面には産毛すら生えており、そこから先ほどの暴力的な甘い香りが噴き出している。
【鑑定結果】
【対象:暴君完熟王】
【状態:完熟(捕食・収穫適期)】
【危険度:災害級(甘い匂いで獲物をおびき寄せ、ツルで絞め殺して養分にする)】
「ひぃぃぃっ! タ、タイラント・マンゴー!? 森の暴君ですわ! ルークス様、逃げ……」
シルフィが腰を抜かして悲鳴を上げる。
だが、俺の瞳は完全に「¥(ポイント)」と「果汁」のマークに染まっていた。
「タイラント・マンゴー……暴君完熟王だと!? なんて美味そうで、高値で売れそうな名前だ! あの見事な色づき! パンパンに張った果皮! 間違いなく極上のドロップアイテム(特上フルーツ)だぞ!!」
『ギュルルルルルゥゥゥッ!!』
俺たちの接近に気づいたタイラント・マンゴーが、獲物を養分にすべく、無数の強靭なツルをムチのようにしならせて襲いかかってきた。
バチンッ! ババァァァンッ!!
ツルが周囲の巨木を容易くへし折りながら、俺たちを包囲する。並の冒険者なら、一瞬でミンチにされる死の舞踏だ。
「フェン! 風の刃であのツルを切り刻んで……」
俺が指示を出し掛けた、その時。
一本のツルが、あろうことか自身の樹冠にぶら下がる「巨大なマンゴーの実」の表面を、バチィッ!と軽く掠めたのだ。
「あっ」
「あ?」
俺の時間が止まった。
見事な完熟グラデーションを描いていた果皮に、ほんの数ミリ、ツルによる擦り傷がついた。
「…………てめぇぇぇぇっ!!!」
俺は、この世界に来てから一番の、腹の底からの怒号を森中に轟かせた。
「何やってんだバカヤローッ!! 自分の体に傷つけてどうする!! フルーツはなぁ、見た目の美しさが命なんだよ! 傷がついたら『訳あり品(B級品)』扱いになって、買取価格がガタ落ちするだろうがァァァッ!!」
「しゅ、主よ!? 敵の自爆にキレているのか!?」
「当たり前だ! 俺の1億ポイントへの道のりを邪魔する奴は、自身であろうと絶対に許さん! フェン、風の刃は禁止だ! 果肉に傷がついたら万死に値するぞ!」
俺はすぐさま虚空をタップし、システムウィンドウの検索窓を叩き割る勢いで操作した。
1億ポイント貯めるためには、どんな初期投資も惜しんではいけない。
【検索ワード:果物狩り、高所、絶対傷つけない、神話級】
チャリンッ♪
(森の暴君の咆哮をかき消す、軽快な決済音)
【購入完了:神話級・伸縮自在高枝切り鋏(ミスリル製・衝撃吸収ネット付き)】
【価格:10,000 pt】
俺の手の中に、黄金の輝きを放つ、柄がどこまでも伸びる超高級な高枝切り鋏が出現した。
「いくぞ! 傷一つない完全な状態で『収穫』してやる!」
「わ、分かった! 我はどうすればいいのだ料理長(農民)!」
「あいつのツルを風圧で地面に押さえつけろ! そして俺を空中に打ち上げろ!」
フェンが『大竜巻』の風圧を重力のように上から下へと叩きつけ、暴れ狂うツルを地面に縫い留める。
その隙に、俺はフェンの背中を蹴り台にして、高さ十数メートルにある巨大マンゴーの真横へと大跳躍した。
「ツルをしっかり抑えろよ! 果実が落ちる下には、絶対に衝撃吸収ネットを展開するんだ!」
俺は完全に「果樹園でバイトに指示を出すオヤジ」のテンションになっていた。
空中で、神話級・高枝切り鋏の柄をシュバッ!と伸ばす。
狙うは、果実と枝を繋ぐ、直径30センチはある分厚い「ヘタ」の部分のみ。
「農業スキル・『大地の解体新書(果実摘み・神業)』ッ!!」
チョキンッ!!!
ミスリルの刃が、果実本体には1ミリも触れることなく、極太のヘタを鮮やかに、そして完璧な角度で切断した。
『ギョェェェェェェェェッ!?』
生命の源(実)を切り離された暴君完熟王が、断末魔の叫びを上げて枯れ木のように干からびていく。
キャンピングカーほどの大きさがある超特大のマンゴーは、重力に従って落下し――俺が空中で展開した『衝撃吸収結界ネット』に、ポヨンッ、と無傷のまま、赤ん坊のように優しくキャッチされた。
[システムログ]
[害獣(果樹)駆除・収穫完了:暴君完熟王]
[ドロップアイテム:神話級・タイラント・マンゴーの完熟果肉(傷なし・特S級)]
「よぉぉぉっし!! 無傷で収穫完了だァァァッ!!」
俺は着地と同時にガッツポーズを決め、ネットに包まれた巨大な黄金の果実へと駆け寄った。
シルフィは、森の暴君が「ハサミの一撃で果物をチョン切られただけ」で討伐された光景に、完全に顎を外して固まっていた。
「さあ! 冷やして食うぞ! マリアさん、キャンピングカーの冷蔵庫全開! フェン、氷結魔法で急冷だ!」
俺たちは巨大なマンゴーを広場のど真ん中に置き、フェンの氷結魔法で表面をキンキンに冷やした。
そして、ミスリルの包丁(特大)を構え、意を決して刃を入れる。
……スゥッ。
刃が吸い込まれるような、信じられないほどの柔らかさ。
そして、パカァッ!と果実を真っ二つに割った、その瞬間。
ジュワァァァァァァァァァッ!!!!!
「おおおおおおっ……!!」
真っ二つになった断面から、太陽の光を閉じ込めたような、目も眩むほどに鮮やかな『黄金色の果肉』が姿を現した。
そして、そこから堰を切ったように溢れ出したのは、肉汁ならぬ「極上の果汁」の奔流だ。
トロリとした黄金の液体が、切断面からポタポタと、いやドバドバと滝のように滴り落ちる。
周囲の空気が、むせ返るようなトロピカルな香りと、暴力的なまでの甘い匂いで完全に支配された。
「ひゃあ……! お肉の脂とは違う、なんて甘くて爽やかな匂い……!」
「お兄ちゃん、早く! 早く食べたい!!」
俺は急いで果肉をサイコロ状(といっても一つがメロンサイズだ)に切り分け、全員に配った。
「いただきます!!」
俺は、黄金に輝く果肉のブロックに思い切りかぶりついた。
……チュルンッ。
ジュワァァァァァァッ!!
「んんんんんんんんんッ!!!!??」
噛む必要すらなかった。
舌に乗せた瞬間、果肉が溶けた。
細胞の壁が崩壊し、限界まで濃縮されたトロピカルな甘みと、スッキリとした酸味の完璧なバランスが、口の中という口の中を激しく蹂躙する。
美味い。美味すぎる。
肉の重たい脂とはベクトルが全く違う、脳がとろけるような「フルーツの暴力的な甘み」。
喉を通る時の、あのネットリとした、それでいて爽快な果汁の喉越し。
これが、神話級のフルーツ。森の暴君が蓄えた、極上のスイーツの破壊力か。
「あ、甘ぁぁぁぁぁいっ! お口の中が南国のパラダイスですわーっ!」
「チュルチュルチュル! うまい! 肉ではないが、この甘露は我の胃袋を底なしにしてしまうぞ!」
「あぅぅぅ……森の恵み……生きててよかったぁぁぁ……」
シルフィもまた、エルフの矜持など完全に忘れ去り、顔中を黄金の果汁でベタベタにしながら、泣きながらマンゴーを貪り食っていた。
全員が、ただ無言で、狂ったように巨大フルーツパフェ(マンゴー直食い)を堪能する。
数十分後。
キャンピングカーほどの大きさがあったマンゴーは、皮と種だけを残して跡形もなく消え去っていた。
「ふぅ……。食った食った。極上のデザートだったな……」
俺が膨れた腹をさすりながら、満足げにシステムウィンドウの【討伐(収穫)ボーナス】の通知をタップした、その時だ。
[ボーナス獲得:500,000 pt]
[※無傷(特S級)ドロップによる倍率ボーナス適用]
「……ご、ごじゅうまん……?」
俺の目が、カッ!と見開かれた。
「50万ポイント!? これ1個(1体)で、50万ポイントだと!?」
「ル、ルークス君? どうしたのだ、そんなに大声を出して」
「50万ってことは……あと……あと199個(体)狩れば、一億ポイントに届くじゃないか!!!」
俺の脳内で、欲望の計算式が恐ろしいスピードで弾き出された。
美味い。その上、信じられないほどの高ポイント。
ここには、あと199個のタイラント・マンゴー(あるいは同等の神話級フルーツ)が眠っている。
「フェン! ガリウス所長! 休んでる暇はないぞ!」
俺は『真・アダマンタイトの鍬』と『神話級・高枝切り鋏』を両手に構え、目を血走らせて立ち上がった。
「あと199個だ! あと199個狩れば、世界樹の黄金林檎(一億ポイント)が俺のものになる! 行くぞォォォォォッ!! この森の甘い果実を、根こそぎ刈り尽くしてやるゥゥゥッ!!」
「ちょ、待て主! まだ腹がパンパンだぞ!」
「ル、ルークス様!? お顔が魔王のようですわよ!?」
俺は静止の声も聞かず、猛烈な勢いで森の奥(次の高ポイント反応がある方向)へとダッシュした。
その背中を見送りながら、森の守護者であるはずのエルフの少女、シルフィは、ガタガタと震えながら呟いた。
「あ、あの人間……世界樹の危機を救う前に……この森の生態系を、完ッ全に更地にする気だわ……!」
1億ポイントという絶望は、最強農民の前に「狂気の収穫祭(ポイ活)」という名の、生態系崩壊のプレリュードへと姿を変えていた。
【読者へのメッセージ】
第二百八十四話、いかがでしたでしょうか。
肉、カニ、キノコと来たので、今回は圧倒的な「フルーツの暴力的な甘み」!
刃を入れた瞬間に溢れ出す黄金の果汁、とろけるような舌触り……読んでいるだけでマンゴーパフェが食べたくなるような、限界突破のシズル感を目指しました。
そして、どんな恐ろしい魔物もルークスにかかれば「ただの果物狩り」。傷をつけないために1万ポイントの高枝切り鋏をポンと買う投資家精神も健在です(笑)。
1体で50万ポイント! あと199体!
欲望に完全に火がつき、目を血走らせて森を更地にせんとするルークスの狂気に、エルフのシルフィがドン引きする完璧なオチとなりました。
さあ、狂気の収穫祭はまだ始まったばかりです。次回はどんな神話級の「森の恵み(高ポイント魔物)」が狩られるのか?
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