第二百七十五話:神話級のカニパーティー。極太の脚肉と、灼熱への招待状
ボコボコと沸き立っていた地底湖の熱湯が引き、もうもうと立ち込めていた水蒸気が晴れていく。
マイナス50℃の死の世界だった地下空洞は今、芳醇な磯の香りと、極上の海鮮出汁の匂いに満ちた「世界最大の厨房」へと姿を変えていた。
干上がった湖底のど真ん中に鎮座するのは、全身が見事なまでに真っ赤に染め上がった超巨大な甲殻類――【氷河帝蟹の姿茹で】だ。
先ほどまで世界を凍らせる災厄を振り撒いていた神話級のボスモンスターは、俺の『間欠泉の熱石』と『魔導熱線砲』による強引極まりない調理法の前に、最高級の茹でガニへと成り果てていた。
「さあ……待ちに待ったカニパーティーの始まりだ! マンモスの熟成肉を食ったばかりだが、海鮮は別腹だからな!」
「ガウッ! 肉とは違う、この甘美な匂い……我の胃袋に新たなスペースが誕生したぞ!」
俺とフェンは、ヨダレで雪を溶かしながら、大木の幹ほどもある極太のカニ脚へと飛びついた。
普通の包丁では、この絶対零度を耐え抜いた分厚い殻には傷一つつけられないだろう。だが、俺には最強の「カニ割り器」がある。
「いくぞ! 殻割り(脱穀)開始!」
俺は『真・アダマンタイトの鍬』を構え、柄の長さを利用してハンマーのように振り下ろした。
コンッ! パカァッ!
心地よい破砕音と共に、硬い殻に見事な亀裂が入る。俺はそこに指をかけ、一気に殻を真っ二つに割り開いた。
モワァァァァッ……!
殻の中から、熱々の湯気と共に、暴力的なまでのカニの香りが溢れ出す。
そして姿を現したのは、純白と鮮やかな紅色が入り交じる、パンパンに詰まった極太の脚肉だ。
繊維の一本一本がはっきりと見て取れ、表面には旨味の詰まったカニのエキスがキラキラと輝いている。
「マリアさん! 例のやつを!」
「はいっ! 特製・柑橘仕立てのカニ酢ですわ!」
俺は殻の端を掴み、軽く前後に揺すってから、一気に身を引き抜いた。
――ツルンッ!!
何の抵抗もなく、巨大な身が殻から完璧な形で抜け出る。カニ好きにとって、これ以上ない至福の瞬間だ。
俺はその大根ほどもある巨大な身を、マリアさんが用意してくれたタライのような器に張られたカニ酢に、たっぷりとダイブさせた。
そして、両手で掴み、豪快にかぶりつく。
……ガブリッ。
ブリンッ! ジュワァァァァッ!
「んんんんんんッ!!!!」
噛みちぎった瞬間、圧倒的な弾力が歯を押し返し、次いで繊維がほどけ、中から甘く濃厚なカニのジュースが大爆発を起こした。
甘い。信じられないほど甘い!
過酷な絶対零度を生き抜くために蓄えられたその旨味は、カニ特有の風味を限界まで濃縮している。そこに、柑橘の効いたカニ酢の酸味が加わることで、濃厚なのにいくらでも食べられる奇跡のバランスが完成していた。
マンモスの重厚な脂とは全く違う、さっぱりとしつつも底知れぬ深い旨味の海。
「美味しいぃぃぃっ! お口の中が竜宮城ですわーっ!」
「シャクシャク……うまい! 殻の隅々まで舐め尽くしてやる!」
「あああ……この繊維の間に染み込んだお出汁が……たまりません……」
マキナが歓喜の舞を踊り、フェンがカニ脚を抱え込み、エレナ様がうっとりと目を閉じている。
だが、カニの真髄はここからだ。
俺はニヤリと笑い、家ほどもある巨大な「胴体(甲羅)」の上へと飛び乗った。
「みんな! 脚だけで満足するのは素人だぜ! ここからが『悪魔の食べ方』の時間だ!」
俺は鍬を甲羅の隙間にねじ込み、テコの原理で一気に押し上げた。
メキメキメキッ! バコンッ!!
巨大な甲羅が外れ、その下から現れた光景に、全員が息を呑んだ。
そこには、黄金色から深い土色へとグラデーションを描く、ドロドロに溶けた熱々の「カニ味噌の海」が広がっていたのだ。
「見ろ……神話級の魔力を蓄えた、究極のカニ味噌だ。ウニと極上バターを混ぜ合わせて十倍に濃縮したようなもんだぞ。ここに……さっきの脚肉を、こうだ!」
俺はほぐした純白のカニ身を、黄金の味噌の海へと直接ディップした。
身の繊維の奥深くまで、濃厚な味噌が絡みつく。
それを、隣でゴクリと喉を鳴らしていたガリウス所長の口へと放り込んだ。
……ハムッ。
「…………っ!!?」
ガリウス所長の目が、限界まで見開かれた。
白目を剥き、杖を取り落とし、ワナワナと全身を震わせる。
「こ、これは……! 暴力的なまでのコク! 磯の香りのオーケストラ! カニの甘みと味噌の濃厚さが絡み合い、脳の理解を置き去りにして旨味が暴走しておる! あ、ああ……私が長年求めていた魔法の真理は……この甲羅の中にあったのか……。美……味さで……天に召される……」
バタッ。
ガリウス所長が、幸福すぎる笑みを浮かべたまま、雪の上に気絶して倒れ込んだ。
「所長ーっ!? ……って、美味すぎるだろこれ!!」
俺も味噌ディップを口に運び、あまりの背徳的な美味さに悶絶した。
濃厚。芳醇。旨味の暴力。
これは痛風になっても構わない。世界を救うついでに、こんな美味いものが食えるなら、農民(勇者)稼業も悪くない。
◇
数時間後。
俺たちは超巨大な氷河帝蟹を綺麗に平らげ(残った殻は極上の肥料にするためアイテムボックスへ回収した)、満腹の限界を突破して地面に転がっていた。
「食った……もう一生分のカニを食ったぞ……」
「主よ、我の腹がポンポコリンだ……」
幸せな疲労感に包まれていた、その時。
目を覚ましたガリウス所長が、干上がった地底湖の底で何かを発見し、大声を上げた。
「ル、ルークス君! これを見たまえ!」
所長が抱え上げてきたのは、赤く明滅するように発光する、奇妙な古代の石板だった。
表面には、天空の浮島で見たものと同じ古代文字が刻まれている。
「次の『大地の澱み』の座標が記されているぞ! 解読した結果……次の目的地は、大陸の南端! 見渡す限りの熱砂と炎に支配された死の大地……**『灼熱の大砂漠(極炎の地)』**だ!」
「……」
所長の深刻な宣言が、地下空洞に響き渡る。
だが、俺の心は一気に冷え込んだ。
「……あー、なるほど。灼熱の大砂漠。極炎の地、ですか」
「そうだ! 炎の呪いが大地を焼き尽くそうとしている! すぐに出発しなければ!」
「絶対に行きません」
俺はきっぱりと、1ミリの迷いもなく断言した。
「俺は、汗をかくのがこの世で一番嫌いなんです」
マイナス50℃の絶対零度から、今度は灼熱の砂漠?
冗談じゃない。農作業における熱中症は死に直結する。クーラーの効いた部屋で冷たい麦茶を飲むのが至高の幸せだというのに。
「そんな暑苦しい場所に行くバカがどこにいるんですか。俺は帰ります。こたつで丸くなります」
「だ、だが! 文献によれば、その大砂漠には……世界一辛くて、世界一美味いとされる『幻の極炎スパイス』が自生しているという記録が……!」
「……ほう?」
「それに、その熱砂の地熱を利用して焼かれる、巨大魔獣の『超特大・灼熱串焼きBBQ』という絶品料理の伝承も……!」
バンッ!!
俺は、立ち上がり、鍬を肩に担ぎ直した。
「行くか」
「えっ?」
「極上の香辛料と、豪快なBBQ串のためだ! 今すぐ出発するぞ!」
「また秒で手のひらを返したぞコイツ……! ブレない男め!」
フェンが呆れたようにツッコミを入れるが、そんなことはどうでもいい。
極上のスパイス! 汗をかきながら食う激辛料理と、冷えたエール!
想像しただけで、さっきまで限界だった胃袋が強制的に再起動した。
「みんな、キャンピングカーに戻るぞ! 次の舞台は砂漠だ!」
俺は足早にキャンピングカーへと戻り、システムコンソールを操作した。
空調設定を「暖房MAX」から「冷房(極寒)MAX」へと一気に切り替える。
さらに、虚空をタップしてポイントショップを開いた。
【検索ワード:猛暑、熱中症対策、冷感、無敵】
チャリンッ♪
(冷酷なまでに軽快な決済音)
【購入完了:神話級・絶対冷却シャツ(永久凍土の氷魔石繊維100%)×7着】
【価格:150,000pt(セット割引)】
「よし……。これで熱中症対策も完璧だ。どんな灼熱地獄だろうが、快適なグランピングにしてやる」
俺は新しく手に入れた冷却シャツを握りしめ、ニヤリと笑った。
絶対零度のカニパーティーを終えた最強農民一行は、次なる未知の味覚(激辛スパイス)を求めて、熱砂の吹き荒れる新天地へとキャンピングカーを発進させたのだった。
【読者へのメッセージ】
第二百七十五話、氷河編のエピローグはいかがでしたでしょうか。
ツルンッと殻から抜ける極太のカニ脚、そして暴力的なまでに濃厚なカニ味噌ディップ。深夜に読んではいけない、痛風覚悟の圧倒的飯テロをお届けしました!
そしてお約束の「暑いのは嫌だ」からの見事な手のひら返し。ルークスのブレない食欲と、ポイントの力で過酷な環境をねじ伏せる痛快さは、本作ならではの醍醐味ですね。
絶対零度から一転、次回からは汗だく必至の「灼熱の大砂漠編」へと突入します。
激辛スパイスと巨大BBQ串……想像するだけで喉が渇いてきますね!
新章もワクワクと空腹をお届けしますので、ぜひブックマークと評価をお願いします!




