第二百七十四話:絶対零度の地下迷宮。大地の澱みと、氷河帝蟹(エンペラー・クラブ)の姿茹で
ピピッ! ピピッ! ピピッ!
500年モノの究極の氷温熟成マンモスステーキと、暴力的なまでに甘い雪中キャベツがもたらした至福の満腹タイム。
俺たちがキャンピングカーの床暖房の上で極楽浄土を漂っていたその時、ダッシュボードのシステムコンソールがけたたましいアラート音を鳴らした。
【警告:巨大なマナの歪みを検知】
【推定:『大地の澱み(浄化目標)』の根源、あるいは未知の神話級食材の可能性アリ】
「食後の運動と行こうか」
俺はパンパンに膨れたお腹をさすりながら立ち上がり、運転席へと陣取った。
ソナー・レーダーが示す震源地は、現在地からさらに奥深く――分厚い永久凍土を何百メートルも下った、地底の底の底だ。
「ルークス君、正気かね!? この足元の氷河をどうやって掘り進むというのだ!?」
「決まってるでしょう。最短距離を『真っ直ぐ』です」
俺はニヤリと笑い、キャンピングカーの魔導コンソールを操作した。
「システム・オールグリーン。『魔導熱線砲』、下部マウントへ展開。最大出力で照射開始!」
ズギュゥゥゥゥンッ!!!!!
車体底面から放たれた超高熱の赤いレーザーが、マイナス50℃に冷え切った永久凍土をジュワァァッ!と爆発的な水蒸気に変えて融解していく。
キャンピングカーは、自らが溶かした氷の縦穴をエレベーターのように垂直降下し始めた。
周囲は真っ白な水蒸気に包まれ、ガガガガッという振動が車体を揺らす。
「ひぃぃぃっ! 落ちてる! 落ちてますわルークス様!」
「ギャハハハ! ジェットコースターみたいだぞ主!」
エレナ様が悲鳴を上げ、フェンが尻尾を振って喜ぶ中、数分間の垂直落下(という名の採掘)が続いた。
――ズズゥンッ。
やがて、熱線砲が氷を貫き、キャンピングカーは広大な空間へとフワリと着地した。
ホバーの推進力で姿勢を制御し、周囲の蒸気が晴れていく。
「……着いたぞ。ここが、アラートの震源地だ」
俺たちはヘッドライトを点灯させ、窓の外を見た。
そこは、息を呑むほどに美しく、そして恐ろしい「死の世界」だった。
見渡す限りの巨大な地下空洞。
壁も天井も、すべてが青白く発光するクリスタル氷で覆われている。天井からは巨大な氷柱がシャンデリアのように垂れ下がり、鏡のように磨き上げられた氷の床が、車のライトを乱反射している。
大気中の水分すら瞬時に凍りつく絶対零度の世界。吐く息は一瞬でダイヤモンドダストに変わり、キラキラと空宙を舞う。
「なんて美しい……。ですが、背筋が凍りつくような冷気を感じますわ」
20万ポイントの『絶対結界付きダウンジャケット』を着ていなければ、窓越しの冷気だけで心臓が止まっていただろう。
「ルークス君、あれを見たまえ! 地底湖だ!」
ガリウス所長が指差した空洞の中央には、凍りつくことなく青黒い水をたたえた巨大な地底湖が存在していた。
そして、その湖の中心。
ブクブク、ブクブク……。
湖底から不気味な泡が立ち上り、周囲の氷から生命力とマナを吸い上げるようにして、どす黒い「氷苔」が異常繁殖していた。
「あれが……『大地の澱み』! 古代の呪われた氷苔だ! あれがマナの循環を阻害し、この大陸全体を極寒の地へと変えている元凶なのだ!」
所長が震える声で解説した、その瞬間。
ザバァァァァァァァンッ!!!!
地底湖の水面が爆発し、想像を絶する巨大な「何か」が姿を現した。
「なっ……!?」
それは、全身を分厚い氷の装甲と、呪われた氷苔で覆われた、超巨大な甲殻類だった。
全幅は30メートルを超えようかという規格外のサイズ。
鈍く光る十本の脚。そして、キャンピングカーすら一撃で両断できそうな、凶悪な巨大ハサミ。
青白い冷気を吐き出しながら、八つの複眼が俺たちをギョロリと睨みつける。
【鑑定結果】
【対象:氷河帝蟹】
【状態:『大地の澱み』寄生による凶暴化・巨大化】
【装甲:絶対零度の氷殻(物理・魔法完全反射)】
【危険度:神話級(世界を凍らせる者)】
「ひ、氷河帝蟹……!? 神話に名を残す氷の暴君が、大地の澱みに寄生されて蘇ったというのか! ル、ルークス君! 逃げるんだ! あれは物理攻撃も魔法も通じない『絶対零度の装甲』を持っている! 我々の手に負える相手ではない!」
ガリウス所長が、顔面を蒼白にしてキャンピングカーのドアノブにしがみついた。
巨大なハサミが振り上げられ、地底湖の冷気が一気に収縮し、究極の氷結魔法が放たれようとしている。
まさに、絶望。世界の終わり。
だが。
俺は、シートベルトを外し、歓喜に打ち震えていた。
「所長。あんた、あれがただの化け物に見えるのか?」
「はっ? 何を言っているのだ!? あれはどう見ても世界を滅ぼす災厄……」
「バカ言っちゃいけない」
俺は、ヨダレで口の周りをビチャビチャにしながら、キャンピングカーの扉を蹴り開けた。
「マンモス(極上肉)の次は、超特大のカニ(最高級海鮮)か!! 山の幸の後に海の幸! このコース料理、完璧すぎるだろ!!」
「……え?」
所長がぽかんと口を開ける。
だが、俺の目には、あの恐ろしい巨大怪物が「カニ味噌がギッシリ詰まった、歩く巨大な宝箱」にしか見えていなかった。
あの極太の脚の中には、プリプリの身がはち切れんばかりに詰まっているはずだ。甘くて濃厚なカニの身。それをポン酢で……いや、ここはカニ酢でさっぱりと!
想像しただけで、さっき満腹になったはずの胃袋が、ブラックホールのように新たなスペースを空け始めた。
「フェン! 出番だ! 極上のシーフードのお出ましだぞ!」
「ガウッ! 海鮮か! 生臭いのは嫌いだが、主が言うなら美味いのだろう!」
俺とフェンは、マイナス50℃の地下空洞へと飛び出した。
『グシャァァァァァッ!!』
氷河帝蟹が、俺たちを「邪魔なゴミ」と認識し、キャンピングカーほどもある巨大な右のハサミを振り下ろしてきた。
「危ないッ!」
ドゴォォォォンッ!!
氷の床が粉々に砕け散る。
だが、俺とフェンは低重力(のような身軽さをもたらす防寒具)を利用し、紙一重で回避していた。
「おいフェン! 気をつけろ! 絶対に甲羅を割るなよ! カニ味噌がこぼれたら万死に値するぞ!」
「無茶を言うな! ならどうやって倒すのだ! 我の風の刃も、あの氷の甲羅には弾かれるぞ!」
フェンの言う通りだ。
絶対零度の氷殻は、物理攻撃も魔法も完全に反射する。俺の『真・アダマンタイトの鍬』で叩き割ることは可能かもしれないが、それでは中身の極上の身や味噌が台無しになってしまう。
カニを倒す(調理する)ための、最適解。
料理人(農民)なら、誰でも知っていることだ。
「決まってるだろ! カニはな……『茹でる』のが一番美味いんだよ!!」
「ゆ、茹でる……!?」
俺は虚空をタップし、アイテムボックスを全開にした。
そして、以前の火山エリアのクエスト報酬やポイントショップで買い漁り、死蔵していた『あるアイテム』を大量に引っ張り出した。
「喰らえ! 【間欠泉の熱石(極大・発熱魔石)】×100個だァァァッ!!」
俺は、燃え盛るマグマのような赤い光を放つ巨大な熱石を、次々と地底湖へと放り投げた。
ボチャン! ジュワァァァァッ!
熱石が沈むたびに、絶対零度の地底湖の水が猛烈な勢いで沸騰していく。
「まだまだァ! ガリウス所長! キャンピングカーの『魔導熱線砲』を湖底に向けてフル稼働させろ! 最大出力だ!」
「む、無茶苦茶だ! 湖を沸騰させる気か!?」
「そうだ! ここはダンジョンじゃない! 超巨大な鍋だ!!」
ズギュゥゥゥゥンッ!!
キャンピングカーからの熱線が地底湖を撃ち抜き、水温が急激に上昇していく。
「フェン! お前の風魔法で湖の水をかき混ぜろ! 熱を均等に行き渡らせるんだ! 対流を作れ!」
「我をミキサー代わりに使う気か! ええい、やってやるわ! 『大竜巻』!!」
フェンが起こした巨大な竜巻が、沸騰する地底湖の水をかき回す。
マイナス50℃の地下空洞が、一転して巨大なサウナ――いや、地獄の釜茹で会場へと変貌した。
ボコボコボコボコッ!!!
凄まじい水蒸気が立ち上り、視界が白く染まる。
『ギ、ギィィィィ……!?』
氷河帝蟹が、急激な水温上昇にパニックを起こして暴れ回る。
自慢の絶対零度の甲羅が、沸騰するお湯によって急速に溶かされ、寄生していた『大地の澱み(氷苔)』も熱で剥がれ落ちていく。
「逃がすか! おとなしく赤くなれ!」
俺は『真・アダマンタイトの鍬』を構え、湖から這い出ようとする巨大カニの脚を、ミネストローネの具材を鍋に押し込むように、峰打ちでバンバンと叩き落とした。
『グギュルルルルル……ッ!!』
ボコボコと沸き立つ超巨大な鍋(地底湖)の中で。
青白く不気味だった巨大カニの甲羅が、徐々に、しかし確実に色を変えていく。
青から紫へ。紫から……鮮やかで、食欲を暴力的にそそる、見事な「赤」へ。
「おおおっ……! 色が変わっていくぞ! なんて美味そうな色だ!」
熱を通すことで、甲殻類特有のアスタキサンチンが発色し、地底湖は巨大な海鮮スープの香りに包まれていった。
カニの旨味が溶け出したお湯の匂い。
磯の香りと、極上の出汁の香り。
ダンジョンのボスの死臭など微塵もない。そこにあるのは、完全に「茹で上がった極上のタラバガニ」の匂いだった。
「ルークス君……君は、神話級の怪物を、ただの『茹でガニ』にしてしまったのか……?」
ガリウス所長が、キャンピングカーの窓から顔を出し、信じられないものを見る目で呟いた。
やがて、カニの動きが完全に止まり、地底湖の沸騰も収まった。
水蒸気が晴れた後。
そこには、見事なまでに全身が真っ赤に茹で上がり、湯気を立てている、超巨大な【氷河帝蟹の姿茹で】が鎮座していた。
[システムログ]
[浄化完了:大地の澱み(氷河大陸)]
[討伐(調理)完了:氷河帝蟹]
[ドロップアイテム:神話級・帝蟹の極太脚肉×20トン、究極の帝蟹味噌×5トン]
「……完璧だ。最高の茹で加減だぞ」
俺は、ごくりと喉を鳴らし、『真・アダマンタイトの鍬』をカニ割り用のハンマーのように構え直した。
「さあ、みんな! 最高のカニパーティー(解体作業)を始めようか! エレナ様、マリアさん! カニ酢の準備はいいか!?」
「「「はいっ!!」」」
キャンピングカーから、フォークとカニ酢を持った女性陣が、歓声を上げて飛び出してきた。
極寒の地底迷宮は今、世界で一番熱く、そして美味しい宴の会場へと姿を変えたのだった。
【読者へのメッセージ】
第二百七十四話、いかがでしたでしょうか。
神話級のボスモンスターすら「巨大な鍋の具材」として処理してしまうルークス。
地形を変えるレベルの強引な調理法で、青白いカニが真っ赤に茹で上がっていくシズル感をお楽しみいただけたでしょうか。
「甲羅を割るな! カニ味噌がこぼれる!」という、戦闘中とは思えない怒号が本作の真骨頂です。
さて、大地の澱みを浄化(姿茹でに)し、見事に極上のカニを手に入れた一行。
次回は、いよいよお待ちかねのカニ実食&解体パーティーです!
プリプリの極太の身と、濃厚なカニ味噌の海に溺れる準備はよろしいですか?
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