第二百二十二話:聖樹、ついには「酒」を醸す
宴は、もはや制御不能な熱狂の渦へと叩き込まれていた。
リーフ村の広場に並べられた聖樹産のマホガニーテーブルの上には、食べかけの黄金ピザの耳や、ソースの滴るパスタの皿が散乱している。
だが、ここで重大な問題が発生した。
「……おい、人間。……いや、ルークス殿。酒だ。酒が足りん。エルフの喉は、この『白い悪魔』の塩気によって、干上がった砂漠のようになっているのだ」
聖樹守護騎士団長エルウィンが、空になったクリスタルジョッキをテーブルに叩きつけ、潤んだ瞳で俺を睨み据えた。
彼の背後では、数十名の精鋭騎士たちが「酒だ!」「不浄な麦汁を持ってこい!」「もはや水ではこの渇きは癒せん!」と、戦場さながらの怒号を上げている。
「そう言われましても……村の貯蔵酒は、あんたたちがさっき全部飲み干したじゃないですか。今から醸造するわけにもいかないし……」
俺が困り果てて後頭部を掻いた、その時だった。
――ゴゴゴゴゴゴゴォォ……。
俺たちの頭上で、聖域の守護者であるはずの聖樹が、まるで居酒屋の店主が客の要望に応えるかのように不気味な振動を始めた。
「……あ、あれを見て! 聖樹様の幹が、また変異しているわ!」
泥酔して顔を真っ赤にしたフィオナが、千鳥足で幹を指差す。
そこには、昨日の「多機能の実」とは別の、禍々しいほどの生命力を感じさせる変化が起きていた。幹の一部が不自然に隆起し、そこから真鍮のような光沢を持つ、細長く湾曲した「枝」が突き出してきたのだ。
その先端には、どう見ても「蛇口」としか思えない形状の突起が付いている。
「……サーバー? 聖樹が、セルフサービスのドリンクバーを実装したのか?」
俺が呆然と呟き、恐る恐るそのコックに手を触れた、その刹那。
プシュッ……ドボドボドボォォォ!
コックから溢れ出したのは、黄金色の輝きを放ち、きめ細やかな白い泡を湛えた液体だった。
その瞬間、広場全体に、およそ植物から漂うとは思えない、芳醇でエステリーな、そして脳を直接揺さぶるような熟成された酒精の香りが爆発した。
「……鑑定」
[名称:聖樹特醸・黄金の神酒]
[品質:神話級(アルコール度数調節可能)]
[効能:極度の多幸感、全ステータスの一時的上昇。ただし、翌朝のデバフ『二日酔い』は不可避。]
[解説:ルークスの『宴会を盛り上げたい』という欲望を聖樹が過剰に解釈し、大気中の魔力と土壌の糖分を一瞬で発酵・抽出した禁断の液体。]
「……よし。飲み放題プラン、開通だ。団長、まずはあんたが毒見しろよ」
俺が差し出したジョッキを受け取ったエルウィンは、「……ふん、聖なる樹液をこのような卑俗な酒に見立てるとは……」と毒突いたが、その鼻はすでにピクピクと小刻みに動いている。
彼は、もはや我慢の限界とばかりに、黄金の液体を思い切り煽った。
「ぐっ、……ぷはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
エルウィンが、絶叫と共にジョッキを放り投げた。
次の瞬間、彼の翡翠の瞳はトロリと蕩け、白銀の兜を投げ捨てると、俺の肩をガシッと力任せに抱き寄せた。
「……う、うまい。うますぎるぞ、ブラザー!! なんだこれは! エルフの秘酒ネクタルが、薄めた泥水に感じられるほどだ! 五臓六腑が、……いや、魂が歌っている! ブラザー! お前、最高だな!」
「……団長、距離が近いです。あと、鎧が当たって痛い」
「堅いこと言うなよぉ! 俺はな……俺は、ずっとこうして、堅苦しい騎士の掟を忘れて、太陽の下でクソうめぇ酒を飲みたかったんだよぉぉぉ!(泣)」
最強の騎士団長、エルウィン。
開始一分で、完全なる「絡み酒」へとキャラが崩壊した。
それを合図に、騎士団全員が聖樹のサーバーへと群がった。
「注げ注げぇ! 今日は無礼講だぁ!」
「ルークス殿、あんた神か!? 一生、あんたの小作人として生きていきたい!」
「フィオナ! お前、昔から生意気なんだよ! 可愛げがないんだよぉ!(号泣)」
「あんだとぉ!? それはこっちのセリフよぉ! 団長こそ、毎日毎日『聖域の尊厳が~』とかうるさいのよぉ! この、筋肉ダルマァ!」
広場は、一瞬にして地獄のような、しかし最高に楽しそうな乱痴気騒ぎの場へと化した。
エルフの精鋭たちが、村人たちと肩を組み、聖樹の枝で産まれた椅子を振り回して踊り狂っている。
俺はそんな地獄絵図の真ん中で、一人冷静に、お冷(聖域の湧き水)を騎士たちに配り歩いていた。
「はい、団長、チェイサーです。飲み過ぎ注意ですよ。……そっちの騎士さん、おつまみの『聖樹産・激辛チョリソー』追加ですね」
これが世界を救うための接待か?
いや、違う。これはただの、ブラック企業時代に何度も経験した、理不尽な上司と取引先を捌く「忘年会の幹事」の業務そのものだ。
英雄なんてガラじゃない。俺は、酔っ払いたちが吐かないように、そして翌日の業務(農業)に支障が出ないように管理する、ただの現場監督に過ぎない。
フェンが、俺の足元でボロボロになって転がっていた。
泥酔したフィオナに「ワンちゃん、ふわふわぁ~! 私の新しい枕になりなさぁ~い!」と抱きつかれ、伝説の魔獣の毛皮は、彼女の涙とヨダレでベタベタに汚染されている。
『……主よ。……もう限界だ。こいつら、……こいつら一匹残らず噛み殺していいか? 魔獣としての尊厳が、……溶けていく……』
「我慢しろ、フェン。ほら、聖樹から実った『特製・霜降りビーフジャーキー』だ。これを食って落ち着け」
『……むぐっ。……ふん、今回だけだぞ。……うまい。悔しいが、うますぎる……』
狂乱の夜は、聖樹が放つ翠色の光に包まれながら、どこまでも深く、賑やかに更けていった。
――そして、翌朝。
リーフ村の広場には、昨夜の熱狂が嘘のような静寂が訪れていた。
朝日が昇り、黄金の光が降り注ぐ中、広場には鎧を脱ぎ散らかし、死屍累々と横たわるエルフの騎士たちの山。
「……うぐっ……頭が、……頭が割れる……。ここは、どこだ……?」
エルウィンが、青い顔をして、自分の抜けた鎧を枕にしながら目覚めた。
その目の前には、朝日を背に受けて仁王立ちし、冷徹な笑みを浮かべる俺の姿があった。
「おはようございます、団長さん。いい目覚めですか?」
「……ル、ルークス殿……。昨夜は、その、……すまなかった。我を忘れて……」
「いいですよ、楽しそうでしたし。……ただ、これ」
俺は、昨夜のうちに作成しておいた「請求書」をエルウィンの鼻先に突きつけた。
「ピザ百枚、神酒サーバー使用料(飲み放題プラン適用外)、什器破損賠償費、および深夜の介抱代。……合計で、金貨三〇枚になります。あ、もし現金がなければ、『聖樹連合国との優先貿易協定』への署名でも構いませんよ?」
エルウィンは、請求書の数字と、自分の横でヨダレを垂らして寝ている部下たちの惨状を見て、がっくりと項垂れた。
「……酒は飲んでも飲まれるな。……あの日、士官学校で教わった訓示を、これほど骨身に染みて理解した日はなかった……。……署名する。……なんでもするから、その冷たい目で私を見るのをやめてくれ……」
「ありがとうございます。毎度あり」
俺は、黄金に染まる聖樹を見上げた。
アルコールによって最強の騎士団を完全制圧し、ついでに外交交渉まで優位に進める。
スローライフを取り戻すための俺の「接待農業」は、こうして、王都編に続く新たな「利権」をリーフ村にもたらしたのだった。
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**【読者へのメッセージ】**
いつもご愛読ありがとうございます!
第二百二十二話、いかがでしたでしょうか?
「聖なる樹からビールが出る」という暴挙に、騎士団長もプライドもろとも飲み込まれてしまいました。
結局、ルークスが一番強いのは、剣でも魔法でもなく、この「相手を自分の土俵(宴会)に引きずり込む力」なのかもしれません。
さて、騎士団までもが「借金(飲み代)」で繋がってしまった中、聖樹はいよいよ本格的な「開花」の予兆を見せています。
「エルウィン団長、もう戻れない(笑)」「請求書の金額がリアル!」と思ってくださった方は、ぜひ【評価・感想・ブックマーク】をお願いします!
皆様の応援が、ルークスの「接待メニュー」をさらに増やします!
次回、第二百二十三話――「エルフ編、本格始動」。お楽しみに!




