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ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります  作者: はぶさん


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第二百十七話:聖樹の管理人は、不法投棄を許さない


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「……貴様か。我が聖域のコアを盗み出し、あまつさえこんな『肥溜め』のような土に埋めた、不届きな人間は」


 巨木の幹に突如として現れた「扉」から踏み出してきたのは、この世のものとは思えないほど美しく、そして、この世のものとは思えないほど激しい怒りに燃えるエルフの少女だった。

 黄金色の長い髪が、彼女の身に纏う薄緑色の法衣の上で逆立ち、翡翠の瞳からは鋭い殺気が放たれている。その背後には、数千年の歴史を誇る聖樹守護領域の威厳が、揺らめく陽炎のように立ち上っていた。


 並の人間ならその威圧感だけで失神し、王宮の騎士ですら跪くであろう圧倒的な存在感。

 だが、その殺気を真っ向から浴びた俺、ルークス・グルトの口から出たのは、謝罪でも、ましてや神々への命乞いでもなかった。


「……おい。あんたがこの木の飼いオーナーか? ちょうどいい、見てくれよこれ。あんたのところの木が勝手に俺の家を持ち上げて、基礎にヒビが入ってるんだ。おまけに大切な特注のクワまで一本折っちまった。これ、家の修理費と農具の減価償却分、どっちで請求すればいいんだ? 一応、見積書は後で出すけどさ」


 俺は、巨木の根に取り込まれて無残に「く」の字に曲がった愛用のクワを指差した。

 一晩でジャングルと化した我が家の光景に対する、被害者としての正当な抗議だ。ブラック企業時代、無理難題を押し付けてくるクライアントに対し、「その仕様変更、追加工数と納期延長の合意は取れてるんですか?」と冷静に、かつ執拗に詰め寄っていたあの頃の感覚が、俺の背筋を真っ直ぐに伸ばしていた。


「……な、何を……? 修理……費……?」


 エルフの少女――フィオナは、俺の言葉が理解できなかったのか、一瞬だけ殺気を霧散させて呆然とした。だが、すぐに顔を真っ赤にして、持っていた杖を激しく地面に叩きつけた。


「ふざけるな、人間! これは数千年に一度しか結実せぬ、我が国の至宝『聖樹の種子』だぞ! それを盗み出し、あろうことかこんな下俗な肥料まみれの汚らわしい土に不法投棄するなど……万死に値する大罪だ! 貴様の命一つで償えると思っているのか!」


「不法投棄だと? 人聞きが悪いことを言うな。俺はただ、ポケットに入っていた正体不明の紛失物に対し、農民として適切な『仮植え』と『養分供給』という保護措置を施しただけだ。いわば緊急避難だぞ。それに――」


 俺は一歩前に踏み出し、地面の土を掬って彼女の鼻先に突きつけた。


「あんた、今この土を『肥溜め』って言ったな? それ、聞き捨てならないな。これは俺がポイントを注ぎ込み、窒素、リン酸、カリウムの配合を極限まで最適化し、さらに放線菌の活動を最大化させた、王国全土を探してもどこにもない最高級の完熟土壌だ。あんたのところの木が、これまでにこれほど『栄養バランスの取れた美味い飯』にありついたことがあるのかよ? 無農薬・有機栽培を履き違えた放置国家の住人に、俺の土を侮辱する権利はないぞ」


「き、貴様……っ! 聖なる木を、家畜か何かのように! その汚らわしい人工的な毒(ポイント肥料)で、聖なる魔力を汚染したことを恥じろ! この土に触れているだけで、私の肌が、魂が腐ってしまいそうだわ!」


 フィオナが杖を掲げ、大気がパチパチと弾けるような苛烈な魔力が渦巻く。

 その横で、さっきから真っ青な顔をしてガタガタと震えていたフェンが、必死に俺の裾を噛んで引っ張った。


『主よ! もうやめろ! いい加減にしろ! 相手は聖樹連合国の高位管理神官だぞ! エルフの怒りは森を焼き、国を滅ぼすと古の書にも記されているのだ。ここは一度、大人しく「肥料が口に合いませんでしたか、すいません」と言って引き下がるのだ! おやつ抜きは嫌だが、命抜きはもっと嫌だぞ!』


「断る。農家にとって土は命だ。それを侮辱されて黙ってたら、俺は今世の自分に合わせる顔がない。……いいか、あんた。感情論はいいから、データを見ろ」


 俺は「鑑定」ウィンドウに表示された、ノイズ混じりの解析結果をフィオナの目の前に展開した。


「見てみろ。この木のバイタル数値を。あんたが『汚染』だなんだと言っている今の土に植えてから、成長速度は通常の三万倍、魔力吸収効率は八〇〇%増だ。おまけに葉の光沢も、幹の密度も、あんたの国の記録にある全盛期を超えてるだろ。この木はな、あんたたちの古臭い『伝統という名の放置』より、俺の『徹底管理という名の奉仕』を求めてるんだよ」


「そんな……そんな数字、認めない! 聖なる木が、このような下等な生物の施しを喜ぶはずがない! 今すぐ聖樹様をこの汚泥から救い出し、清浄なる浄化の森へとお連れする! ――古き盟約に基づき、大地の楔を解け! 『聖域帰還レギオン・リコール』!」


 フィオナが必死の形相で呪文を唱えると、巨木の周囲に幾何学的な、眩い翠色の魔法陣が展開された。

 聖樹を強制的に元のセクターへと引き戻す、エルフの秘術中の秘術だ。

 本来なら、これで巨木は光の粒子となって、この「汚れた」庭から消え去るはずだった。


 だが。


 ミ、ミミ、ミ……ッ!


 巨木は消えるどころか、さらに深く、まるで「離してたまるか」と言わんばかりに、俺の畑の土へと根を食い込ませた。それどころか、巨大な枝の一本が俺の肩に優しく寄り添い、まるで「もっと……もっとあの黄金の粉(ポイント肥料)をくれ……」とねだるように、葉をサワサワと悦びに震わせながら揺らし始めたのだ。


「な……っ!? 聖樹様!? 私の、管理者である私の呼びかけを拒絶し、このような……このような暴力的なまでの栄養に……完全に、餌付けされているというのですか……!? 嘘だ、こんなの、聖典のどこにも書いていない……聖樹様が、堕落してしまわれた……っ!」


 フィオナは杖を落とし、その場に膝から崩れ落ちた。

 彼女が数千年の間、不可侵の神聖な存在として敬ってきた植物が、ルークスの提示した「圧倒的なカロリー(欲望の味)」に、完膚なきまでに敗北した瞬間だった。


「……ほらな。一度最高効率の味を覚えたら、もう昔の痩せた土地の食事には戻れないんだよ。これは生物としての生存本能だ。あんたの魔法(理想)より、俺の肥料(現実)の方が美味かった。それだけのことだ」


 俺は冷徹に言い放ち、それから壊れた家の壁を見て深く溜息をついた。

 正直、家の庭がジャングルになったままなのは、スローライフの観点からして大問題だ。だが、この木が自ら動くのを拒否し、さらに成長し続けている以上、力ずくで抜くこともできない。

 そして何より、この「解析不能」なトラブルメーカーが庭にある限り、リーフ村に平和は戻らない。


「……おい、フィオナと言ったな。あんた、この木の専門家なんだろ?」


「……う、ううっ……聖域の誇りが……伝統が……」


「泣いてる暇があったら責任を取れ。いいか、この木はもう、あんたの魔法じゃ動かない。俺の土と肥料に重度の依存状態だ。だから、あんたがここで責任を持って管理しろ」


 フィオナが、涙目で俺を見上げた。

「せ……責任? 大罪を犯した私を、処刑でも何でもするがいいわ……」


「違う。……あんた、今日からここで寝泊まりして、このジャングルの剪定と、庭の草むしりをしろ。これだけ巨大化したんだ、俺一人じゃメンテナンスしきれない。……それと、王都の賠償請求が来たら、あんたが窓口になって対応しろよ」


「な……な、なんですって!? この私に、不浄な人間の下僕しもべとして庭仕事をしろというの!? 王族からも敬われる聖域の管理者に……!」


「拒否権はない。この木を『肥料中毒』にさせた原因は、半分はあんたらの杜撰な管理(種を落としたこと)にあるんだからな。それに、ウチの畑で飯を食うなら、働いてもらうのがリーフ村の、そして俺のルールだ。……あ、ちなみに、ウチの母さんの料理は絶品だぞ。その代わり、サボったら肥料袋に詰めて北の狂気の山脈に不法投棄するからな」


 俺は、腰を抜かしたままのフィオナに向かって、予備の、少し重めのクワを放り投げた。


「……おい、新人。まずはその、巨木の根っこに絡まって栄養を奪っている雑草の処理からだ。腰を入れろよ。……フェン、お前はフィオナの教育係だ。逃げようとしたり、苗を傷つけたりしたら、噛みついていいぞ」


『……主よ。お前は、いつか本当に神罰で消し飛ばされる気がするぞ……』


 フェンが深い絶望を込めた溜息をつくが、俺はもう、次の「業務」へと頭を切り替えていた。

 王都を救った三億ポイントの奇跡の余韻は、こうして「高飛車エルフの新人研修」という名の、新たな激務へとすり替わった。


 王都を救った救世主。

 世界の理を書き換えた男。

 その真の姿は――新人を容赦なくこき使う、ブラック農家の主。


「……さあ、スローライフ(の障害物)を取り除くために、まずはこのジャングルをなんとかするぞ。フィオナ、返事は!?」


「……はい、マイスター……。ううっ、お母様、助けて……」


 リーフ村の空に、ルークスの無慈悲な指示が響き渡った。

 聖樹のざわめきは、まるでおかわりを要求する歓喜の声のように、朝の空気にどこまでも溶けていった。


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**【読者へのメッセージ】**

いつもご愛読ありがとうございます!

第二百十七話、いかがでしたでしょうか?

「神聖な木」を肥料で陥落させ、高飛車なエルフを「庭師」として強制雇用するルークス。

彼の放つ「農民としての正論(屁理屈)」は、エルフの数千年の伝統すらも粉砕してしまいました。

被害者としての権利を最大限に主張し、労働力を確保する。これこそが、ブラック企業で過酷な工数管理を生き抜いた男の真骨頂です。

果たしてフィオナは、ルークスの過酷な(?)農作業に耐えられるのか?

「フィオナ、どんまい!」「ルークスのブラックっぷりが最高!」と思ってくださった方は、ぜひ【評価・感想・ブックマーク】をお願いします!

皆様の声が、ルークスの畑に次なる「新種」を呼び込みます!

次回、第二百十八話――「聖樹の下で、新種(?)の野菜を収穫する」。お楽しみに!

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