第二百四話:聖女の来訪と、究極のドケチ農法
朝日が昇ると同時に、俺は『夕暮れ亭』の裏手にある農園予定地――もとい、「ヘドロの沼」の前に立ち、絶望的な数字と向き合っていた。
【現在の所持ポイント:18,500pt】
昨日まで十万あった財産が、残り二万を切った。
原因は明白。目の前で半透明に輝く『聖域結界』だ。この土地の底から湧き上がる複合汚染を抑え込むため、毎時1,000ptという暴食ぶりで俺の資産を食い潰している。
このままでは、あと一日持たない。明日には破産し、ここは再び腐臭漂うゴミ捨て場に逆戻りだ。
「……やるしかない。『経営改革』だ」
俺は血走った目で振り返り、朝食を待っていたフェンに宣告した。
「フェン。今日から経費削減だ。貴族から貰った高級ステーキ肉の在庫は尽きた。これより、朝食のメニューを変更する」
「なっ……!? 主よ、まさかまたあの硬い干し肉に戻るのではあるまいな? 我が舌は既に『王室御用達』レベルに肥えているのだぞ!」
「安心しろ。肉は肉だ。……これだ」
俺が鍋からよそったのは、茶色く煮込まれた物体。
市場でタダ同然で仕入れた、牛や豚の「モツ(内臓)」と「スジ肉」、そして「野菜のヘタ」を、味噌と香草で長時間煮込んだ『スラム風ごった煮』だ。原価はほぼゼロ。
「な、なんだこの茶色い物体は……。見た目が貧相すぎるぞ!」
「嫌なら食うな。自分で森へ行って狩ってこい。ただし、獲物の魔石と素材はすべて俺に納品すること。それが嫌なら、黙って食え」
「ぐぬぬ……ブラックだ。主の目はブラック企業の社長の目をしている……!」
フェンは文句を垂れながらも、空腹には勝てず、恐る恐る煮込みを口にした。
一方、俺にはフェンの相手をしている暇はない。
最大の金食い虫、この『結界』をどうにかしなければ、俺たちの未来はないのだ。
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「魔法で抑え込むから金がかかるんだ。なら……物理で殴ればいい」
俺はスラムの住人たちを招集し、ガレキの山から「あるもの」を集めさせた。
焦げて炭になった廃材、川原の砂利、そして目の細かい砂。
さらに、俺が『収納魔法』にストックしていた大量の『スライムの粘液(乾燥粉末)』。
「旦那様、こんなガラクタ集めて何するんです?」
不思議そうにする住人たちに、俺はニヤリと笑った。
「これを作るんだ。『物理濾過装置』をな!」
俺たちはドラム缶代わりの巨大な酒樽を積み重ね、底に穴を開けて多層構造のタワーを作った。
一番下に砂利、次に砂、その上に炭(活性炭代わり)、そして最上段に『スライム粘液層』を配置する。
スライムの粘液には、異物や毒素を吸着して取り込む性質がある。これを利用しない手はない。
「よし、ポンプ稼働! 地下から湧き出る汚染水を、このタワーに通せ!」
ギギギ……と手動ポンプが唸りを上げ、ドス黒いヘドロ水がタワーの上部へと注がれる。
汚水は炭の層で臭いを吸着され、砂の層で不純物を濾し取られ、最後にスライム層で魔法的な毒素を絡め取られていく。
そして、タワーの下部から出てきたのは――。
チョロロロ……。
透き通った、無色透明の「水」だった。
「す、すげぇ! あの毒水が、真水になったぞ!?」
「魔法じゃねぇのに、なんでだ!?」
歓声を上げる住人たち。俺はすかさずウィンドウを操作した。
毒の供給源が断たれた今、強力な結界はもう必要ない。
【設定変更:『聖域結界』の出力を「最大」から「微弱(フィルター補助)」へ変更】
【変更完了:維持コスト 毎時 1,000pt → 毎時 50pt】
「……勝った」
俺は泥だらけの顔でガッツポーズをした。
20分の1。劇的なコストダウンだ。
これぞ、魔法に頼らない、知識と工夫による「ドケチ農法」の勝利だ!
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その時だった。
スラムの澱んだ空気を切り裂くように、凛とした声が響いた。
「……そこで何をしているのですか?」
作業の手を止めて振り返ると、そこには異様な集団が立っていた。
泥と油にまみれた俺たちとは対照的な、純白の法衣に身を包んだ神官戦士たち。そしてその中央に、一際神聖な空気を纏う少女がいた。
金色の髪に、慈愛と厳格さを併せ持った碧眼。聖教会が誇る「聖女」、セシリアだ。
「貴方が、噂の『王室御用達農民』ルークスですね。……この土地から、不浄な気配が消えているのを感じて参りましたが……」
セシリアは、俺たちが作った不格好な「樽のタワー」と、そこから流れ出る清水を見て、眉をひそめた。
「これは一体? 神への祈りも、聖なる儀式も行わず、このような……ゴミの山で、神の定めた『腐敗の理』をねじ曲げるとは。これは異端の魔術ですか?」
彼女の声には、悪意はない。ただ純粋な「困惑」と、教義に基づく「疑念」があるだけだ。
彼女にとって、浄化とは神の奇跡であり、こんな泥臭い物理現象であってはならないのだ。
「魔術じゃありませんよ、聖女様。これはただの『濾過』です」
俺は泥だらけの手をタオルで拭きながら答えた。
「この土地が腐っていたのは、神の理じゃありません。人間が捨てたゴミと毒のせいです。だから俺は、人間の知恵でそれを元に戻した。……それだけのことです」
「知恵……? 祈りも捧げずに? そのような独善的な行いが、正しい結果を生むはずがありません。この土地で作られた作物など、きっと内側から穢れているはず……」
セシリアは悲しげに首を振った。
頑固だ。真面目すぎて、教科書(聖典)通りのことしか信じられないタイプだ。
言葉で説明しても無駄だろう。
なら――「結果」を食わせるしかない。
「聖女様。論より証拠です」
俺は畑に実ったばかりの、真っ赤なミニトマトをもぎ取った。
フィルターを通した水と、俺の『植物操作』で急成長させた、最初の果実だ。
「お口を開けてください」
「な、何を……んむっ!?」
俺は抗議しようとしたセシリアの口に、強引にトマトを放り込んだ。
周囲の神官たちが「無礼な!」と色めき立つ。
だが、セシリアの動きが止まった。
「――ッ!?」
プチッ、と薄い皮が弾ける。
中から溢れ出したのは、穢れなど微塵もない、太陽の光を凝縮したような濃厚な甘みと酸味。そして何より、大地が持つ力強い「生命力」だった。
「……あ……」
セシリアの碧眼が、驚愕に見開かれる。
教会の聖水よりも濃い、圧倒的な「生」の味が、彼女の口腔を満たし、喉を潤していく。
「な、なぜ……? 祈りも捧げず、泥と瓦礫で作った装置から……なぜこれほど清らかな味が……? 私の知る『浄化』よりも、遥かに温かい……」
彼女は口元を押さえ、崩れ落ちるように膝をついた。
そのトマト一つが、彼女の信じてきた「形式だけの清浄」を否定し、凌駕してしまったのだ。
「祈りじゃ腹は膨れないし、毒は消えませんよ、聖女様」
俺は彼女を見下ろし、静かに告げた。
「必要なのは、神頼みじゃない。『知恵』と『汗』、そして『工夫』です。……農民にとっては、それが最高の祈りなんですよ」
セシリアはしばらく呆然としていたが、やがてよろりと立ち上がった。その瞳には、混乱と、それ以上の「興味」の光が宿っていた。
「……理解、できません。ですが……そのトマトの味に、偽りがないことだけは認めます」
彼女は乱れた法衣を直し、俺をじっと見つめた。
「今日のところは……見逃します。ですが、貴方の行いが本当に神意に叶うものなのか、引き続き監視させていただきます。……よろしいですね?」
「ええ。いつでもどうぞ。美味しい野菜を用意して待ってますよ」
セシリアは複雑な表情で一礼し、神官たちを連れて去っていった。
敵対は解けていない。だが、少なくとも「対話」の余地は生まれたようだ。
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夕暮れ時。
嵐のような一日が終わり、『夕暮れ亭』に平穏が戻ってきた。
俺はウィンドウを確認する。
【現在の所持ポイント:18,450pt】(※維持費減額により、減少ストップ)
なんとか、首の皮一枚で繋がった。
ふと見ると、足元でフェンが皿を舐めていた。あんなに文句を言っていた『モツ煮込み』の皿だ。
「……ふん。悔しいが、これも悪くない。噛めば噛むほど味が出るというか……この『もつ』という部位、意外と奥が深いな」
どうやら、最強の魔獣も「下町の味」に陥落したらしい。
俺はフェンの頭を撫でてやり、夕焼けに染まるスラムを見渡した。
「よし、守り切ったぞ。……さあ、明日からは反撃(黒字化)だ!」
究極のドケチ農法により、王都第一農園は無事に稼働を始めた。
だが、安堵する俺はまだ知らない。
この農園の成功が、王都の食糧事情を根底から覆し、さらなる巨大な波紋――「貴族派」と「平民派」の対立を招くことになる未来を。
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読者の皆様、第二百四話「聖女の来訪と、究極のドケチ農法」をお読みいただきありがとうございました!
魔法よりも強い「物理」と「知恵」。そして聖女をも黙らせる「トマト」の威力。
ポイント不足というピンチを、農民らしい工夫で乗り越えるルークスの姿を楽しんでいただけましたでしょうか?
次回、第二百五話。
「王都市場の制圧戦! スラム野菜が革命を起こす」。
生産体制が整ったルークスが、ついに王都の市場へ殴り込み!
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皆様の応援が、ルークスの「黒字化」への第一歩になります!




