表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります  作者: はぶさん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
186/329

第百八十四話:美味の処刑場、あるいは「地獄」へ誘う黄金のソース

 中央商業ギルドの特別晩餐会場。

 天井に吊るされたクリスタルシャンデリアは、一つ一つのカッティングが王都の光を反射し、壁面に並ぶ金色のレリーフを神々しく照らし出している。だが、その豪奢な舞台に漂う空気は、優雅な晩餐会のそれとは程遠い。そこに充満しているのは、獣のような荒い吐息と、理性が崩壊する寸前の人間たちが発する、粘りつくような熱気。そして、それらすべてを「支配」する、この世のものとは思えない芳香の渦だ。


 その中心で、俺――ルークス・グルトは、汚れ一つない純白のコックコートに身を包み、機械的なまでに正確なリズムでフライパンを煽っていた。

 提供するのは、ランクをあえて二段階落とした「古代トリュフ」の端材を練り込んだ、シンプルなチーズリゾット。だが、俺の手元で、保有ポイントから引き出した劇薬が、その「劣化品」を神の供物へと作り変えていた。


【保有ポイント:83,600 pt → 83,100 pt】

【使用アイテム:極限・味覚同期スパイス(増幅率1200%設定)】


(……よし。残高は八万三千百ポイントか。……前世のシステム保守で、予備のサーバー代を削り出してでも、この一瞬の『負荷』に耐える。……こいつら強欲な商人どもの脳内に、逃れられない『美味の刻印』を焼き付けるには、五百ポイントの投資など安すぎる)


 俺は視界の端で冷徹にポイント推移を確認し、同時に調理工程の「深化」を開始した。

 リゾットがフライパンの中で米粒同士を擦り合わせる、微かなパチパチという音。

 そこに、古代トリュフの皮から抽出した濃厚な黒いオイルを滴らす。

 

 刹那、会場の空気が「物理的な重み」を伴って変質した。

 バターの乳脂肪分が熱によって解体され、トリュフの土着的で力強い香りと、ポイントアイテムによる「脳を直接揺さぶる成分」が融合する。その香気が、会場を埋め尽くす商人たちの鼻腔へと、逃れようのない毒ガスのように染み込んでいった。


「……さあ、どうぞ。王都の『舌』を自負する皆様。これが、辺境の農民が供する、ありふれた一皿です」


 俺の声は、結界によって濾過され、彼らの脳内に直接響くような、静かで、冷徹な響きを帯びていた。

 俺の言葉が終わるか終わらないかのうちに、円卓を囲んだ商人たちが、我先にと銀の匙を突き立てた。


「――な、っ!? っ、あああああッ!?」


 最前列に座っていた、王都でも指折りの食通として知られる大商人ドニが、ガタガタと高級な椅子を鳴らして立ち上がった。

 彼の口内にリゾットが触れた瞬間、脳の報酬系を直接灼き切るような「香りの爆発バースト」が起きたのだ。


 米粒の一粒一粒が、まるで生命を持っているかのように舌の上で躍動する。

 ランクを落としたはずのトリュフは、ルークスの「深化プロトコル」によって、むしろその『野性』を剥き出しにしていた。洗練された高級食材にはない、大地の奥底に眠る荒々しい「生」の力が、ポイントアイテムの作用で数千倍に増幅され、ドニの味覚神経を蹂躙した。


「な、なんだこれは……。私がこれまで食してきた、一皿金貨十枚を越える宮廷料理が……王室の晩餐会で、国賓のために供されたあの至高のスープさえもが……今この瞬間に、砂を噛むような、無味乾燥な泥の塊へと成り下がった……!」


 ドニの瞳孔が限界まで開き、顔面は快楽と恐怖で朱に染まった。

 彼の額からは脂ぎった汗が滝のように流れ落ち、首元の最高級シルクのタイを濡らしていく。

 一口。噛みしめるたびに、米の芯に残った僅かな弾力が心地よい振動として脳に伝わり、バターの甘みとトリュフの香気が、彼の精神こころを一枚ずつ無残に剥ぎ取っていく。

 

 それは、食事という名の「暴行」だった。

 ドニは、これまで自分が築き上げてきた「食通としてのプライド」が、一介の農民が作ったリゾットの前に瓦解していくのを、涙を流しながら見つめていた。

 

 二口。鼻から抜ける香気は、かつて彼が愛した女の抱擁よりも甘美に、そして硫酸よりも残酷に彼の神経を焼き、再構築した。

 三口。彼はついに、人間としての自制心をかなぐり捨てた。

 銀の匙を投げ捨てると、周囲の目も憚らず、犬のように皿へと顔を突っ込み、リゾットを貪り始めた。


「おかわりだ! 誰か、これをもっと持ってこい! 私の全財産を、王都にある商館の全てを、船を、利権を、全てくれてやる! だから、この『地獄』を……この、抗いようのない美味の深淵を、もっと私に流し込んでくれぇぇ!」


 彼の絶叫を合図に、会場の至る所で、同様の、あるいはそれ以上に醜悪な狂乱が沸き起こった。

 白髪を整えた老商人が、隣の席の若手商人の皿を奪い取ろうとして掴み合いの喧嘩を始め、王宮お抱えの商人が、床にこぼれた米粒を這いつくばって拾い上げ、恍惚とした表情でそれを口に運ぶ。

 きらびやかな会場は一瞬にして、欲望と美味という名の毒に中てられた「美味の処刑場」へと変貌した。


 俺は、その醜悪な狂乱を、氷のように冷めた、温度のない目で見つめていた。

 

(……ああ、これと同じだ。この光景、俺はよく知っている。……期間限定のポイント還元という名の餌を撒き、射幸心を煽るガチャという名の罠に誘い込み、行列を作ることで『価値』を錯覚させる狡猾なキャンペーン……。俺がかつて、画面の向こう側の顧客カモたちに、売上という名の数値を稼ぐためだけに仕掛けていた、あの卑劣で効率的な『ハック』と、何一つ変わりはしない)


 目の前で涎を垂らし、人としての尊厳を汚物のように捨て去っているこの男たちは、俺にとって「人間」ではない。

 ただ、俺の平穏を守るためのリソースを吐き出し続ける、無機質な「マーケット」の数値、あるいは最適化されるべき「データ」に過ぎないのだ。

 俺が塩を一粒加減するだけで、彼らの人生の価値基準は狂い、俺の懐には「権力」という名の見えないポイントが積み上がる。

 かつての俺を過労死まで追い込み、魂を磨り潰したあの「システム」を、今度は俺自身が、この異世界で完璧に運用マネジメントしているのだ。


(……救いようがないな。俺も、こいつらも。結局、俺はここでも『システム』を操り、人を磨り潰す側でしかないのか)


 自嘲気味に、僅かに口角を上げた、その時だった。


「――実に見事だ。これこそが、世界の定義を書き換える『一皿』というわけか。……素晴らしい攻略法だよ、ルークス君」


 熱狂の絶頂にあり、狂乱の極致にあった会場の空気が、一瞬で「絶対零度」へと凍りついた。

 物理的な音の消失ではない。

 それは、沸騰した大釜の中に、巨大な氷塊を投げ込んだような、あまりに唐突で、暴力的なまでの「沈黙」。


 会場の入り口に、一人の男が立っていた。

 銀糸のように細く、冷たい光を放つ髪を揺らし、すべてを射抜くような薄い氷の色の瞳を持った、死神のような優雅さを纏う男。

 ジルヴァ。

 彼が床を鳴らし、一歩を踏み出した瞬間、俺の「気配察知」が、鼓膜を劈くような警報音を脳内に鳴らし続けた。


【警告:周辺の魔力定義の『凍結』を検知。……物理的干渉はありませんが、存在の『格』が周囲の生命維持システムを圧倒しています。侵食率上昇中】


「……ジルヴァ様」

 俺は、手にしたフライパンを置かず、いつでも「管理組合」の防壁強化を起動できるよう指先を震わせ、その名を呼んだ。


「驚くことはない。私はただ、この退屈な王都に現れた『真の救世主』を称えに来ただけだ」

 ジルヴァは優雅に、ダンスでも踊るかのように歩み寄り、恐怖で硬直しているドニの皿から、残った最後の一口を、自身の指で直接掬い取って口にした。

 

 彼は眉一つ動かさず、それをゆっくりと咀嚼し、嚥下した。

 そして、獲物を定めるような残酷な、だが親愛に満ちた微笑みを俺に向けた。


「素晴らしい。……諸君、聞くがいい! このルークス・グルト殿が作った料理は、我がエストリア王国が未来永劫守るべき『国宝』に等しい! 彼をただの農民として扱うなど、王都の、いや世界の恥だ! さあ、彼を称えよ! 彼の名を、聖なる救世主として天高く叫ぶがいい!」


 ジルヴァの声には、人の精神の深層を無理やりこじ開けるような、魔力という名の「毒」が乗っていた。

 彼の「肯定」によって、一度は恐怖で冷え切った商人たちの熱狂が、さらに異常な、狂信的な方向へと加速した。彼らはもはや、リゾットではなく「ルークス」という偶像を崇める狂信者へと変貌させられていた。

 

(……チッ! 奴め、あえて俺を『神』にまで持ち上げることで、俺を完全に逃げ場のない『表舞台』の頂点へと引き摺り出しやがった!)


 ジルヴァの意図は明白だ。

 俺を称賛という名の檻に閉じ込め、注目という名のスポットライトで、俺が死守したかった「影のスローライフ」を焼き尽くす。

 目立てば目立つほど、俺の「平穏」は遠ざかり、俺を、あるいは俺のポイントを奪おうとする敵の数は、指数関数的に増えていく。


「……主よ。……気をつけろ。あれは……あれは『人間』が連れてきていい匂いではないぞ」

 俺の影の中から、フェンがこれまでになく低い、地を這うような唸り声を上げた。

 念話越しに伝わってくるのは、絶対的な本能的な嫌悪と、そして震えるような殺気。

「奴の背後から漂うのは、命の香りではない。……主よ、あれは『喰われた世界』……絶望の果てに磨り潰された何百万という魂の、冷たく乾いた灰の匂いだ。……奴そのものが、世界のバグの『吹き溜まり』だと思え」


 ジルヴァは、狂熱する群衆の中心で、熱狂の渦に飲み込まれようとしている俺を、慈しみ深く、そして飢えた獣のような目で見つめ続けていた。


「ルークス殿。君の『一皿』で、この出来の悪いクソゲーがどう壊れていくのか。……私は、特等席で見守らせてもらうよ。……次は、君の『大切なもの』がどう調理されるか、楽しみだね」


 華やかな晩餐会の裏側で、死の予感が、冷たい蜘蛛の糸のように俺の首筋を撫でた。

 保有ポイント八万三千百。

 最強の「資本」を手にしたはずの俺の目の前に、今、この世界の「システム」そのものを喰らい尽くそうとする虚無が、優雅な礼を捧げながら立っていた。


---


【読者へのメッセージ】

第百八十四話をお読みいただき、ありがとうございます!

商人たちがリゾットを貪る醜悪な熱狂、それを前世の「ハック」と重ねるルークスの孤独、そしてジルヴァの不気味な賞賛。

物語はもはや、単なるスローライフの枠を越え、世界の存亡を懸けた「管理組合システム」のバグを巡る戦いへと突入しました。

次回、ジルヴァによって祭り上げられたルークスの周囲に押し寄せる、狂乱の群衆。

そして、王太子リアムが友を守るために下す、苦渋の決断とは――!?

「ルークスの冷徹な独白にゾクッとした!」「リゾットの描写、本気でエグいw」という方は、ぜひ評価やブックマークで応援をお願いいたします。

皆様のブクマが、ルークスの次なる「偽装・隠蔽アイテム」の購入資金となります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ