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ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります  作者: はぶさん


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第百六話:銀色の悪意と、黒い石の共鳴


1.熱狂の広場、潜む影


黄金芋ゴールデン・ポテト』が巻き起こした熱狂は、一夜にして王都の風景を塗り替えていた。

翌日の昼下がり。商業ギルド前の広場は、昨日以上の賑わいを見せていた。香ばしい揚げ油の匂いが風に乗って漂い、それを目当てに集まった人々で溢れかえっている。


「へい! こっちにも一つくれ!」

「私にも! 噂を聞いてわざわざ貴族街から来たのよ!」


行列は広場をはみ出し、大通りにまで伸びていた。客層も様々だ。小遣いを握りしめた子供たち、昼休憩の職人、そしてお忍びで訪れたらしき身なりの良い貴婦人まで。身分も貧富も関係なく、誰もが揚げたてのポテトを頬張り、その美味しさに顔を綻ばせている。

それは、宰相オルコが作り上げた「管理された秩序」の隙間に生まれた、無秩序だが温かい、生命力に満ちた光景だった。


「……すごいことになりましたね、ルークス君」


手伝いに来てくれたクラウスさんが、嬉しい悲鳴を上げながら、次々と揚がるポテトを袋詰めしていく。彼の額には玉のような汗が浮かび、上質な服は油と粉にまみれているが、その表情はかつてないほど充実しているように見えた。


「ええ。……これこそが、俺たちの武器です」


俺は、行列の整理をしながら答えた。

宰相は「流通」という血管を止めることで俺たちを干上がらせようとした。だが、俺たちは「需要」という新たな心臓を市場のど真ん中に作り出すことで、血流を無理やり蘇らせたのだ。民衆の圧倒的な支持がある限り、いかに宰相といえども、この流れを強引に止めることはできない。


だが、光が強ければ強いほど、影もまたその濃度を増す。

俺の背筋に、冷たい視線が突き刺さるような感覚が走った。


「……ギデオンさん」

「ああ、分かっている」


俺の隣で、平民の服に変装したギデオンが、鋭い眼光を群衆の中に走らせる。

祝祭のような騒ぎの裏側で、何かがうごめいている。魔石灯の光が届かない路地の闇、建物の屋根の影、そして熱狂する人々の笑顔の隙間に、粘着質な悪意が潜んでいるのを感じていた。


その予感は、最も人が多く、最も無防備な瞬間に、最悪の形で現実のものとなった。


「ぐあっ……!!」


突然、行列の真ん中で、一人の男が悲鳴を上げて倒れ込んだのだ。

薄汚れた服を着たその男は、喉を掻きむしりながら地面を転げ回り、口から泡を吹いている。手から滑り落ちたポテトの袋が地面に散らばり、黄金色の欠片が泥にまみれた。


「おい、どうした!?」

「誰か! 医者を呼んでくれ!」


周囲の客たちが騒然となり、悲鳴が上がる。楽しい食事の場が一瞬にして修羅場へと変わる。

男は、充血した目で俺を睨みつけ、震える指で屋台を指差した。


「は、腹が……! 焼けるようだ……! あ、あの芋を食ったら、急に……! 毒だ! 毒が入ってるぞぉぉぉッ!」


その絶叫は、広場の喧騒を一瞬で凍りつかせた。

食べていた客たちが、慌ててポテトを地面に落とし、口の中のものを吐き出す。美味しそうに頬張っていた子供を、母親が青い顔で抱き寄せ、後ずさる。


「毒だって!?」

「まさか……腐ってたのか?」

「やっぱり、あんな安い値段で売るなんておかしいと思ったんだ! 俺たちを実験台にしてるんじゃないのか!?」


不安と疑念が、波紋のように広がっていく。

人々の中に潜んでいた、よそ者や貴族への潜在的な不信感。男の叫びは、その導火線に火をつけてしまったのだ。

あちらこちらから、「金返せ!」「人殺し!」という怒号が飛び交い始める。


「……落ち着いてください! 毒など入っていません!」


俺は声を張り上げたが、パニックになった群衆の耳には届かない。

典型的な、しかし群集心理を巧みに利用した、あまりにも効果的な営業妨害。このままでは、暴動になりかねない。


「……ギデオンさん、男を確保して!」

「承知!」


ギデオンが人波をかき分け、倒れた男の元へ向かおうとした、その時だった。


「おやおや、それは大変だ」


騒然とする人垣が、まるでモーゼの海のように割れた。

そこから、一人の男が優雅に、まるで舞台の主役が登場するかのように、ゆっくりと歩み出てきた。


その姿を見た瞬間、俺の懐の『黒い石』が、服の上からでも火傷しそうなほどの高熱を発した。


**ドクンッ!!**


(……来た!)


心臓が早鐘を打つ。全身の毛が逆立つような、生理的な嫌悪感と、本能が告げる最大級の警鐘。

現れたのは、流れるような銀色の髪をなびかせた、見目麗しい青年だった。

仕立ての良い純白の法衣のような服を纏い、その顔には聖者のような穏やかな微笑みを浮かべている。だが、その白磁のような肌と、宝石のように美しい瞳の奥には、人間らしい温かみや慈愛など欠片もない。あるのは、凍てつくような冷たさと、底知れない虚無だけだった。


俺は、彼と面識はない。

だが、直感が、そして黒い石の激しい反応が告げている。

こいつが、辺境での事件を裏で操り、この王都に災厄をもたらそうとしている黒幕。

『ジルヴァ』だと。


2.偽りの聖者、暴かれる欺瞞


「かわいそうに。粗悪な油にあたったのでしょう。最近の商人は、利益のためなら平気で腐ったものを売りますからね」


ジルヴァは、倒れている男のそばにしゃがみ込み、大げさに嘆いてみせた。その声は美しく響くが、どこか芝居がかっていて、心に響かない。だが、パニック状態の群衆には、それが救いの声に聞こえたようだった。


「皆さん、気をつけてください。見た目の華やかさに騙されてはいけません。真の救いは、もっと静かで、清らかなものです。……さあ、これを飲みなさい」


彼が懐から取り出したのは、見覚えのある小瓶だった。

スラムで配られていたのと同型の、天秤のマークが入った『救済の聖水』。


「これは『救済の天秤』が精製した聖水です。これを飲めば、毒などすぐに消え去り、身体も清められますよ」


「お、おお……! ありがとうございます、聖者様!」


男はすがるように瓶を受け取り、震える手で蓋を開け、一気に飲み干した。

すると、あろうことか、男の顔色がみるみる良くなり、呼吸が整い、先ほどまでの苦悶が嘘のように、すっくと立ち上がったのだ。


「……治った! 痛みが消えたぞ! 体が軽い!」

「すげえ! 本当に一瞬で!」

「さすがは『救済の天秤』様だ! やっぱりあそこは本物だったんだ!」


群衆からどよめきと歓声が上がる。

完璧な自作自演マッチポンプ

毒の演技をさせた男を用意して危機を演出し、自ら癒やすことで、俺たちの信用を地に落としつつ、自分の株を上げる。そして何より、あの聖水自体が、依存性のある毒物であることを俺は知っている。


(……ふざけるな)


俺の中で、怒りの導火線に火がついた。

スラムの子供たちを食い物にし、今また、罪のない人々を騙して自分の名声を高めようとしている。

許せない。絶対に。


「……待ってください」


俺は、屋台から飛び出し、二人の前に立ちはだかった。

ギデオンが、無言で俺の背後を守るように立つ。その手は剣の柄にかかり、いつでも抜ける態勢だ。


「おや、君は……ああ、噂の『農民』君かい?」


ジルヴァが、ゆっくりと立ち上がり、にこやかに俺を見る。その目は、まるで路傍の石を見るかのように感情がない。人間を人間として見ていない目だ。


「その男の腹痛は、俺たちのポテトが原因じゃありません。……それに、あなたが飲ませたその水、本当に『薬』なんですか?」


俺の問いに、ジルヴァは小首をかしげた。


「失礼なことを言うね。見ての通り、彼は回復したじゃないか。民衆を救う奇跡の水だよ」


「いいえ。……痛みを感じなくさせているだけでしょう? その中に入っているのは、麻痺草の絞り汁と、依存性のある興奮剤だ。それを『聖水』と呼んで配るのは、救済じゃなくて『支配』だ」


俺の指摘に、ジルヴァの微笑みが一瞬だけ深くなった。図星を突かれた動揺など微塵もない。むしろ、俺が成分を見抜いたことを楽しんでいるようだ。


「……へえ。田舎の農民にしては、随分と鼻が利くようだね。……でも、面白い妄想だ。証拠はあるのかい?」


「証拠なら、そこの男が持っていますよ」


俺は、回復した男の方を向き、スキル『嘘見破り』を全力で発動させた。視界の中で、男の輪郭が赤く揺らぐ。彼の心拍数、発汗、視線の動き。全てが「嘘」をついていることを告げている。


「あなた、この人にいくらで雇われました? 『芋を食べて苦しむ演技をすれば、金貨一枚やる』……そう言われませんでしたか?」


俺のカマかけに、男の目が泳いだ。

そして、俺の耳には、彼が口を開く前に、不協和音のようなノイズが聞こえた。

『な、なんでバレた!? 誰にも聞かれてねえはずだぞ! こいつ、心を読んでるのか!?』

彼の心の声が、焦りの色を持って響いてくる。


「そ、そんなわけあるか! 俺は本当に腹が……!」


「嘘ですね」


俺は冷徹に断言した。


「腹が痛いのに、なぜそんなに脂汗一つかいていないんです? それに、あなたの懐。……妙に膨らんでいますが、中身を見せてもらえますか?」


「ひっ……!」


男が後ずさる。

俺はギデオンに目配せをした。


「……失礼する」


ギデオンが無言で男の腕を掴み、懐を探る。男は抵抗しようとしたが、騎士団長の剛腕の前には無力だった。

チャリッ、と音がして、一枚の金貨が出てきた。庶民が普段持ち歩くはずのない、王家発行の高額硬貨だ。しかも、その金貨には、まだ新しい光沢があった。


「……なっ!?」


群衆がどよめく。


「金貨……? あんな風体の男が?」

「じゃあ、やっぱり演技だったのか?」

「俺たちを騙そうとしたのかよ!」


形勢が逆転する。群衆の視線が、疑念から怒りへと変わり、ジルヴァへと向けられる。

だが、ジルヴァは動揺する素振りも見せず、パチパチとゆっくり拍手をした。


「素晴らしい。……実に見事な洞察力だね、ルークス君」


彼は、初めて俺の名前を呼んだ。

その瞬間、周囲の空気が、ピリリと張り詰めた。まるで、彼を中心とした重力場が発生したかのような圧迫感。


3.ゲームと現実、交わらぬ平行線


「……やっぱり、あなたがジルヴァですね」


俺が睨みつけると、彼は肩をすくめた。


「ご名答。……初めまして、と言うべきかな? 『同郷』のよしみとして」


彼は声を潜め、俺にだけ聞こえるように囁いた。

その言葉に、俺は息を呑む。彼もまた、俺が転生者であることを確信している。


「……なぜ、こんなことをするんです。スラムの人たちを騙し、毒を撒き、俺たちの邪魔をして……。それがあなたのやり方ですか」


「やり方? 違うな。これは『攻略法』だよ」


ジルヴァは、楽しそうに笑った。その笑顔は美しいが、中身は空虚だ。


「この世界はね、出来の悪いゲームなんだよ。NPC(現地人)たちはプログラム通りに動くだけの存在。彼らの感情も、人生も、ただのデータに過ぎない。……君も気づいているだろう? この世界の住人が、時々ひどく単純で、愚かな行動をとることに」


彼の言葉には、人間に対する敬意が欠片もなかった。彼にとって、この世界の住人は「人」ではなく「背景」であり、消費するための「リソース」なのだ。


「君は真面目すぎるんだよ、ルークス君。ちまちまと畑を耕し、一人一人を救って、たかが数百ポイント? ……効率が悪すぎる」


彼は、広場を行き交う人々を冷ややかに見渡した。


「自分で問題を起し(イベントを発生させ)、それを解決クリアする。あるいは、対立を煽り、戦争を起こして、その物資を売りさばく。……そうすれば、一度に数万、数十万のポイントが手に入る。それが、この世界の正しい『遊び方』だろう? 君も持っているはずだ。その力を」


「……ふざけるな」


俺の腹の底から、今まで感じたことのないほど熱い怒りが湧き上がった。

俺が大切にしてきた、トーマスさんの涙も、エレナ様の笑顔も、ゴードンさんの魂も。彼にとっては、ただの「データ」で、「遊び道具」だと言うのか。


「彼らは生きている! 俺たちと同じ人間だ! 痛みも感じるし、喜びも感じる! あなたのポイントのために、踏みにじられていい存在じゃない!」


俺の叫びに、ジルヴァは冷めた目を向けた。


「……青臭いね。前世でも、そうやって綺麗事を並べて、結局は搾取されて死んだ口かい? 『みんなのために』なんて言って、自分の命をすり減らして……。馬鹿げてるよ」


その言葉が、俺のトラウマをえぐる。

病院のベッドで冷たくなった後輩の手。深夜のオフィスで孤独に死んでいった自分。

確かに、俺は無力だった。搾取される側だった。だからこそ、二度と同じ過ちを繰り返さないために、俺は「力」を求めた。だが、それは他人を犠牲にするための力じゃない。


「……だからこそ、だ」


俺は、顔を上げた。


「搾取される側だったからこそ、分かる痛みがあるんです。理不尽に奪われる悔しさを知っているから、俺は、誰も犠牲にしない道を選ぶ。……俺は、この世界をゲームだなんて思わない。ここは、俺たちが生きる『現実』だ!」


俺は、懐の黒い石を握りしめた。

石が、熱く脈打つ。まるで、俺の怒りを力に変えようとしているかのように。


「……ほう?」


ジルヴァの視線が、俺の胸元に注がれる。

彼は、何かに気づいたように目を細めた。


「その反応……。君、面白いものを持っているね。……まさか、あれを?」


彼は、興味深そうに一歩近づいてきた。その手には、見えない魔力が収束している気配がする。

ギデオンが、すかさず俺の前に立ちふさがり、剣の柄に手をかける。


「……そこまでだ。我があるじに近づくな」


ギデオンの殺気に、ジルヴァは「おっと」と両手を上げて後ずさる。


「野蛮なのは苦手でね。……まあいい。今日は顔見せだ」


彼は、踵を返した。だが、去り際に振り返り、不吉な予言を残した。


「忠告しておこう、ルークス君。君が信じている『民衆の良心』なんて、明かりが一つ消えるだけで簡単に崩れ去る脆いものだよ。……暗闇の中で、人は誰を信じ、誰を憎むかな? 君の大好きな辺境伯様が、その憎しみの的になったら面白いと思わないかい?」


「……どういう意味だ?」


「楽しみにしていてくれ。……今夜、素敵な『イベント』を用意してあるから」


彼は、群衆の中に紛れるようにして、姿を消した。

まるで、最初からそこにいなかったかのように。


4.迫る闇の足音


ジルヴァが去った後も、広場には不穏な空気がよどんでいた。

自作自演の男は衛兵に引き渡され、群衆も散っていったが、俺の心は晴れなかった。彼の残した言葉が、呪いのように心に張り付いている。


「……『明かりが消える』、か」


ギデオンが、低い声で繰り返す。


「奴の口ぶりからして、ただの脅しではなさそうだな。……ルークス、奴の狙いは何だと思う?」


「……分かりません。ですが、奴は『イベント』と言いました。大勢の人を巻き込み、混乱と恐怖を煽るような、大規模な仕掛け……」


俺は、空を見上げた。

太陽は傾き、王都は黄昏に包まれようとしていた。

魔石灯に明かりが灯り始め、街が輝きを取り戻していく。この美しい光景が、今はなぜか、とても脆く、儚いものに見えた。


「……帰りましょう、ギデオンさん。準備をしなければ」


俺は、黒い石を強く握りしめた。

石は、まだ微かに震えている。それは、近づく危機の警鐘のようだった。


「奴が何を仕掛けてこようと、俺たちが守り抜く。……この街の人々も、辺境伯様も、絶対に奴の『ゲーム』の駒にはさせない」


俺たちは、屋台を片付け、急いで屋敷へと戻った。

王都の空は、いつの間にか厚い雲に覆われ、遠くで雷鳴が轟いていた。


嵐が、来る。

辺境で起きたような、いや、それ以上の規模の嵐が。

王都五十万人の命を巻き込む、巨大な悪意の渦。


俺は、拳を強く握りしめた。

スローライフを守るための戦いは、いよいよ最終局面へと向かおうとしていた。


【現在の所持ポイント:10,589pt】


***


【読者へのメッセージ】

第106話、お読みいただきありがとうございました!

ついに実現した、宿敵ジルヴァとの直接対決。

「世界をゲームとして消費する者」と「世界を現実として生きる者」。互いの譲れない哲学が衝突しました。

「ジルヴァ、性格悪すぎ!」「ルークスの反論、熱い!」「大きなイベントって何だ!?」などの感想、お待ちしております。

次回、不穏な予兆は現実のものとなります。

王都を揺るがす大事件、そしてルークスが下す決断とは?

評価、ブックマークも引き続きよろしくお願いいたします!

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