第百五話:黄金の芋と、紅白の魔法
1.兵糧攻めと、土塊の山
宰相オルコとの決裂から一夜明けた朝。
辺境伯別邸の厨房は、かまどの火は消え、お通夜のような静けさに包まれていた。
「……申し訳ございません、ルークス様。……本日、市場からの食材の納入が、全て止まりました」
料理長のピエールが、空っぽの食材庫を背に、悲痛な面持ちで頭を垂れている。
彼は王都でも指折りの料理人だが、材料がなければ腕の振るいようがない。
「肉屋も、魚屋も、付き合いの長い八百屋までもが……。『辺境伯様の屋敷には卸せない』の一点張りです。理由を聞いても、口を濁すばかりで……」
「……オルコ宰相の差し金か」
腕組みをして立っていたギデオンが、苦々しく吐き捨てる。
直接的な攻撃ではなく、生活の根幹を断つ兵糧攻め。陰湿だが、効果は絶大だ。この広い王都で、流通を握る宰相府に睨まれれば、いかに辺境伯家といえども干上がってしまう。
「旦那様は王城での公務で不在……。このままでは、今夜の晩餐はおろか、使用人たちのまかない食すら作れません。屋敷の威信に関わります」
ピエールが頭を抱える。
だが、俺は逆に、口元に微かな笑みを浮かべていた。
「……面白いですね。食料で俺たちを支配できると思っているなら、大きな間違いだ」
俺は、ピエールに向き直った。
「ピエールさん。高級食材が手に入らないなら、庶民の市場に行きましょう。……オルコ宰相の息がかかっていない、あるいは、彼らが『見向きもしない』食材があるはずです」
2.見向きもされない土塊
俺たちが向かったのは、中央市場のさらに外れ、貧民街に近い露店エリアだった。
ここでは、形が不揃いな野菜や、少し古くなった食材が安値で売られている。宰相府の監視の目も、ここまでは届いていないはずだ。
「……これだ」
俺が足を止めたのは、泥だらけの麻袋が積まれた、一際地味な露店の前だった。
袋から転がり出ているのは、ごつごつとした茶色い塊。
【鑑定】
【ジャガイモ(品種:男爵に近い)】
【品質:良】
【市場価格:大袋1つで銅貨10枚(約1,000円)】
【詳細:王都周辺では「家畜の餌」あるいは「貧者の主食」として扱われ、貴族の食卓に上ることはない。】
「……土林檎ですか」
ピエールが、信じられないという顔をした。
「確かに安く大量に手に入りますが……。泥臭く、ボソボソしていて、貴族様にお出しできるような代物ではありませんぞ。せいぜい、スープの嵩増しに使う程度で……」
「それは、調理法を知らないからです」
俺は、店主に銅貨を渡し、麻袋を一つ担ぎ上げた。ずしりと重いその感触は、可能性の重さだ。
「こいつは、化けますよ。……俺たちが持っている『黄金の油』と組み合わせればね」
俺の脳裏には、前世で子供から大人までを虜にした、あの「最強の庶民の味」の映像が浮かんでいた。
安価なジャガイモと、高級なひまわり油。この二つが出会う時、王都の常識が覆る。
3.黄金色の誘惑
屋敷に戻った俺たちは、早速調理に取り掛かった。
ジャガイモを丁寧に洗い、皮ごとくし形に切り分ける。水に晒してデンプンを抜き、水気を拭き取る。
そして、鍋には、ソフィア様にも献上した『太陽の雫(ひまわり油)』を、惜しげもなくたっぷりと注ぎ込む。
「ルークス様、まさか……その高級な油で、芋を煮るのですか!?」
ピエールが悲鳴を上げる。この世界には「揚げ物」という調理法が一般的ではない。油は貴重品であり、風味づけや炒め物に少量使うものだからだ。ましてや最高級品のひまわり油を、ドボドボと使うなど狂気の沙汰に見えるだろう。
「煮るんじゃありません。『揚げる』んです」
俺は、油の温度が上がったのを確認し、ジャガイモを投入した。
**ジュワワワワワッ……!**
激しい音と共に、黄金色の泡がジャガイモを包み込む。
香ばしいナッツのような香りと、芋の甘い香りが混じり合い、厨房を満たしていく。
「……いい音だ」
ギデオンが、喉を鳴らす。
きつね色に色づき、表面がカリッとしてきたら引き上げる。熱いうちに、塩を振る。
完成。フライドポテト(皮付き)。
シンプルだが、これに勝る暴力的な美味さはそうそうない。
「……熱いうちにどうぞ」
俺が差し出すと、ピエールはおそるおずる一つをつまみ、口に運んだ。
カリッ。ホクッ。
「……!」
彼の目が、カッと見開かれる。
「……なんと! 外はカリカリと香ばしく、中はホクホクと甘い……! あの泥臭い芋が、油のコクを吸って、まるで別物のようです!」
「これだけじゃありません。……さらに魔法をかけます」
俺は、ウィンドウを開き、ポイントを消費した。
ここでケチってはいられない。この料理には、絶対に欠かせない「相棒」がいる。
[cite_start]【600ptを消費し、『トマトケチャップ(ボトル)』『マヨネーズ(ボトル)』を取得しました。】 [cite: 297]
【現在の所持ポイント:10,589pt】
俺は、懐から二つの容器を取り出した。
一つは鮮やかな赤、もう一つは濃厚な白。
「赤い魔法と、白い魔法です」
揚げたてのポテトに、真っ赤なケチャップと、濃厚なマヨネーズを添える。
その鮮やかなコントラストは、見るだけで食欲を刺激する。
「……これは、トマトのソースですか? なんと濃厚な……」
ピエールがケチャップをつけたポテトを口にし、絶句する。
トマトの旨味と酸味、そして砂糖の甘みが、油っこさを中和し、次の一口を誘う。
「止まらん……! これは、手が止まらんぞ!」
ギデオンが、行儀悪く次々とポテトを口に放り込んでいる。
「よし。……これを、売りにいきましょう」
俺は、不敵に笑った。
食材がないなら、自分たちで作ればいい。そして、それを民衆に広めればいい。
宰相が止めた流通など、この黄金色の匂いの前には無力だ。
4.大通りの革命
その日の昼下がり。
王都のメインストリートの一角、商業ギルドの目の前にある広場に、香ばしい匂いが漂い始めた。
「いらっしゃいませ! 辺境伯領の新作料理、『黄金芋』はいかがですか!」
俺とギデオン、そしてピエール率いる料理人たちが、屋台を出したのだ。
その場で揚げた熱々のポテト。値段は、紙袋いっぱいで銅貨2枚(約200円)。
王都の物価からすれば、破格の安さだ。
「なんだ、すごいいい匂いがするぞ」
「芋? 家畜の餌じゃないか……」
「でも、あの黄金色は……美味そうだ」
最初は遠巻きにしていた人々も、匂いの誘惑には勝てない。一人が買い、そのカリッという音と、「うめぇ!」という声を聞いた瞬間、雪崩を打ったように人が押し寄せた。
「一つくれ!」
「こっちにもだ!」
「なんだこの赤いソースは! 甘酸っぱくて最高だぞ!」
行列はみるみる伸び、広場を埋め尽くすほどになった。
貴族も、平民も、関係ない。誰もが揚げたてのポテトを頬張り、笑顔になっている。
そこへ、騒ぎを聞きつけた商業ギルドの職員たちが飛んできた。
「おい! ここで商売をする許可は取っているのか!」
彼らの背後には、あのオルコ宰相の息がかかった商人の姿も見える。
「許可なら、ありますよ」
俺は、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
それは、クラウスさんが手配してくれた、辺境伯家の紋章入りの『臨時出店許可証』だ。
「これは、辺境伯家が直々に振る舞う『炊き出し』の一種です。……領民に安く食事を提供することを、ギルドが止める権利はありませんよね?」
俺の言葉に、職員たちは言葉を失った。
「炊き出し」という名目であれば、商売の規制は及ばない。しかもバックには辺境伯がいる。
「……くっ、覚えとけよ!」
捨て台詞を吐いて去っていく職員たち。
その様子を見ていた群衆から、ドッと笑い声と歓声が上がった。
「やったぞ! 兄ちゃん!」
「偉そうな役人を追い返したぞ!」
俺は、揚げたてのポテトを掲げて応えた。
この広場に満ちているのは、美味しい匂いと、そして「小さな勝利」の熱気だ。
オルコ宰相が管理しようとした秩序の庭に、雑草の生命力が根を張った瞬間だった。
【現在の所持ポイント:10,589pt】
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【読者へのメッセージ】
第105話、お読みいただきありがとうございました!
宰相の兵糧攻めに対し、ルークスが出した答えは「フライドポテト」でした。
安価な食材を高付加価値な商品に変え、民衆を味方につける。まさに「最強の農民」らしい反撃です。
「ポテトは正義!」「ケチャップ300ptはお得!」「ざまぁ展開、スカッとした!」などの感想、お待ちしております。
次回、この騒ぎを聞きつけた「彼」がついに動き出します。
銀色の髪を持つ悪意。ジルヴァとの対決が迫ります。
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