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ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります  作者: はぶさん


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第百四話:宰相の庭と、見えざる天秤


1.沈黙する貴族街


王都での生活が始まって数日。

俺と辺境伯レオナルド、そして護衛のギデオンを乗せた馬車は、王都の北側に位置する「上級貴族街」へと向かっていた。


車窓を流れる景色は、下町の活気ある喧騒とはまるで別世界だった。

塵一つ落ちていない白亜の石畳。左右に立ち並ぶのは、城塞と見紛うばかりの堅牢な塀に囲まれた屋敷たち。通りを行き交うのは、音もなく巡回する近衛兵と、窓に分厚いカーテンを下ろした高級馬車だけだ。

ここには、生活の匂いがない。あるのは、圧倒的な「権威」と、他者を寄せ付けない冷徹な「静寂」だけだった。


「……息が詰まりそうな場所だな」


向かいの席で、ギデオンが小さく襟元を寛げながら呟いた。戦場の泥と血に塗れることを厭わぬ彼にとって、この整然としすぎた空間は、かえって居心地が悪いのだろう。


「全くだ。だが、この静寂こそが、奴の好む『秩序』そのものなのだよ」


レオナルドが、苦々しげに窓の外を睨む。

これから会う男――宰相オルコ・フォン・エグゼリオ。

国王を補佐し、実質的にこの国の行政・財政・軍事のすべてを統括する、冷徹なる支配者。


「ルークス。心してかかれよ。奴は、バルザックのような小悪党とは格が違う。奴には『私欲』がない。あるのは、狂信的とも言える『国家への忠誠』と、自らが設計した『完璧なシステム』への執着だけだ」


「……システム、ですか」


「ああ。奴にとって、国とは巨大な時計仕掛けのようなものだ。民衆は歯車、貴族はゼンマイ。全てが設計図通りに動き、寸分の狂いもなく噛み合うこと。それを乱す『異物』を、奴は病的なまでに嫌う」


俺は、自分の膝の上で握りしめた拳を見つめた。

俺は、その時計仕掛けの中に、勝手に油を差し、歯車の回転を変えようとしている「異物」だということか。


馬車が減速し、巨大な黒鉄の門の前で止まった。

門扉には、絡みつく蛇と天秤を模した、エグゼリオ公爵家の紋章が威圧的に刻まれている。


「……着いたぞ。ここが、王国の頭脳の住処だ」


2.死した緑の迷宮


門が開かれ、馬車が敷地内へと滑り込む。

そこで俺の目に飛び込んできたのは、息を呑むような、そして同時に背筋が寒くなるような光景だった。


「……これが、庭?」


俺の知る「庭」とは、草木が茂り、虫が鳴き、生命の気配に満ちた場所だ。リーフ村の森や、俺の実験農場のように。

だが、目の前に広がるのは、植物で作られた『幾何学の迷宮』だった。


広大な敷地を埋め尽くす低木は、全て定規で測ったように正確な直方体や球体に刈り込まれている。枝の一本、葉の一枚たりとも、その輪郭からはみ出すことは許されていない。

花壇の花々は、赤、白、黄と厳格に色分けされ、まるでモザイクタイルのように複雑な紋様を描いている。そこには、風に揺れる自由さも、勝手気ままに咲く野性も存在しない。

地面には白い砂利が敷き詰められ、土の黒さは徹底的に隠蔽されている。雑草はおろか、落ち葉一枚すら落ちていない。


「……綺麗だが、死んでいるな」


ギデオンの呟きが、的確にその本質を突いていた。

美しい。確かに、工芸品としては完璧に美しい。だが、ここには「生命」が感じられない。鳥の声もしない。蝶も飛んでいない。

植物たちは、生きることを許されているのではない。「装飾品」として、その場に固定されているだけなのだ。


(……この庭を作らせた男が、この国の宰相か)


俺は、生理的な嫌悪感と共に、戦慄を覚えた。

もし彼が、国というものも、民というものも、この庭木と同じように考えているとしたら。

それは、どれほど息苦しく、恐ろしい世界だろうか。


案内されたのは、庭園の中央にある、純白の大理石で造られたあずまやだった。

そこには、一人の男が、彫像のように静かに座っていた。


長身痩躯。仕立ての良い黒い礼服には、皺一つない。白髪交じりの髪を完璧に撫で付け、鼻眼鏡の奥から、カミソリのように鋭く、そして冷たい眼光を放っている。

彼こそが、宰相オルコ。


「よく来られた、レオナルド殿。……そして、噂の『農民』の少年も」


彼は立ち上がることもなく、手元の椅子を勧めた。その声は低く、感情の起伏が全く感じられない。まるで、朗読される判決文のようだった。


「お招き感謝する、宰相殿」


レオナルドが対面に座る。俺は、その隣に立ったまま、無言で頭を下げた。

ギデオンは、「護衛は不要」という無言の圧力により、あずまやの外、声が届かない距離での待機を命じられた。


3.管理という名の正義


テーブルの上には、湯気を立てる紅茶と、見た目にも美しい焼き菓子が並べられていた。だが、誰もそれに手を伸ばそうとはしない。


「さて……」


オルコは、音もなくティーカップを持ち上げ、一口含むと、静かに俺を見据えた。


「君が、ルークス・グルト君か。……辺境での活躍、そして王都に来てからの数々の騒動、耳に入っているよ」


「……騒動を起こすつもりはありませんでした。ただ、目の前の問題を解決しようとしただけで」


「謙遜は美徳だが、結果が伴わねばただの言い訳だ。……君がスラムで配った薬、そして広場で売った芋。民衆は君を称えているようだが、私にはどうも、君が『秩序』を乱して楽しんでいるようにしか見えんのだがね」


試すような問い。俺は、慎重に言葉を選んだ。


「秩序を乱すつもりはありません。ただ……俺は、誰もが腹一杯食べて、安心して眠れること。それが、国にとって一番大切な『秩序』の土台だと思っているだけです」


「……ほう? 食と安眠が土台、か」


オルコは、鼻で笑った。


「甘いな。砂糖菓子のように甘い。……国を支える土台とは、即ち『システム』だ。誰が何を生産し、誰がそれを管理し、どう配分するか。その完璧な統制こそが、国家の繁栄を約束する」


彼は、あずまやから見える王都の街並みを指差した。

そこには、昼間だというのに、いくつかの魔石灯が試験点灯され、青白い光を放っていた。


「見ろ、あの光を。……王都の夜を照らす魔石灯。あれこそが、私が築き上げた『管理された繁栄』の象徴だ。高価な魔石を輸入し、魔術師団に管理させ、定期的に交換する。その莫大なコストと労力を、国が一手に引き受けることで、民は夜の恐怖から解放された。……これこそが、貴族の、そして国家の果たすべき義務ではないかね?」


彼の言葉には、揺るぎない信念があった。

彼は私欲のためにやっているのではない。本気で、この管理システムこそが民を救う最善の道だと信じているのだ。


だが、俺にはその光が、いびつなものに見えた。


「……確かに、美しい光です。ですが、その光を維持するために、地方の農民たちは重い税に苦しみ、スラムの子供たちはその恩恵を受けることすらできない。……一部の人間が管理し、与えるだけの光は、いつか必ずかげります」


俺は、オルコの目を真っ直ぐに見返した。


「俺が目指すのは、誰もが自分の手で灯せる、小さなロウソクの光です。……高価な魔石がなくても、知恵と工夫があれば、闇を照らすことはできる。民衆自身が、生きる力をつけること。それこそが、本当の意味で国を強くするのではないでしょうか」


「……民衆自身の力、だと?」


オルコの目が、剣呑けんのんに細められた。

そこには、単なる思想の違いへの反発以上の、明確な『警戒心』が浮かんでいた。


「君のその思想……『民衆の自立』などという危険な考えは、この国の根幹である『魔石産業』を揺るがしかねん」


「……魔石産業?」


「そうだ。我が国は、他国から魔石を輸入し、それを加工・管理することで莫大な富と、外交上の優位性を得ている。……もし、民が自ら火を灯し、食を賄い、国に頼らずとも生きていけるようになったら、どうなる? 誰が税を払う? 誰が我々の管理に従う?」


(……なるほど。これが本音か)


彼が守りたい「秩序」とは、国の繁栄という名の、貴族たちの「既得権益」を守るためのシステムだったのだ。

民衆が生かさず殺さず、管理者に依存し続ける状態。それこそが、彼にとっての理想郷。

俺が広めようとしている技術や知識は、その依存関係を断ち切る「毒」なのだ。


「君は、危険だ」


オルコは、断言した。


「君の存在は、雑草の種のようなものだ。放置すれば、風に乗って広がり、手入れされた庭を、無秩序な森へと変えてしまう」


4.石畳の上の花


「ルークス君。君に、最後の選択肢を与えよう」


オルコは、懐から一枚の羊皮紙を取り出し、テーブルの上に滑らせた。

そこには、王家の紋章と共に、『王立魔導研究所・特別研究員』という肩書きが記されていた。


「私の管理下に入れ。……君の知識を、私が指定する『正しい』目的のために使え。そうすれば、地位も、名誉も、そして一生使いきれないほどの富も約束しよう。……スラムのドブ掃除などという下らぬ真似をする必要もなくなる」


それは、甘い誘惑であり、同時に最後通告だった。

彼の庭木になれ。綺麗に剪定され、彼の望む形に固定された、観賞用の植物になれ。さもなくば、切り落とす。そう言っているのだ。


俺は、羊皮紙を見つめた。

これを受け取れば、もう二度と、泥にまみれて畑を耕すことはできないだろう。トーマスさんや、ゴードンさんと笑い合うことも。

管理された箱庭の中で、飼い殺しにされる未来。


(……ふざけるな)


俺の心の中で、反骨の炎が燃え上がった。

俺は、誰かのコレクションになるために、この世界に来たんじゃない。


俺は、顔を上げ、オルコを睨み据えた。


「……お断りします」


「ほう? 栄達を拒むか」


「俺は、誰かに管理されるために農業をやっているんじゃありません。……俺の知識は、俺が守りたい人たちのために使います。家族や、友や、今日食べるものに困っている人たちのために。……それが、俺の『秩序』です」


俺の言葉に、オルコの表情が凍りついた。

その場の気温が数度下がったような、凄まじいプレッシャーが俺を襲う。

彼は、ゆっくりとカップを置き、ため息をついた。


「……残念だ。君は、優秀だが……賢くはないようだな」


オルコは、指先で羊皮紙を弾き飛ばした。紙切れが、風に舞って地面に落ちる。


「後悔するぞ、少年。……雑草が、庭師に逆らって生き延びられると思うな。私の庭に、不要な草はいらんのだよ」


「……後悔は、しないように生きています」


俺は、椅子を蹴るようにして立ち上がった。

そして、去り際に、きっぱりと言い放った。


「たとえ雑草でも……**石畳いしだたみ**を割って咲く花があることを、貴方は知らないでしょう。……踏まれても、刈られても、俺たちは必ず芽を吹く。その生命力を見くびらないことです」


その言葉を残し、俺たちはあずまやを後にした。

背中に突き刺さる視線は、もはや交渉相手を見るものではなく、排除すべき「敵」を見る、冷酷な光を宿していた。


帰り道、馬車の中で、レオナルドが重々しく口を開いた。


「……よく言った、ルークス。だが、これで完全に目をつけられたな。オルコは動くぞ。……手段を選ばずにな」


「ええ。望むところです」


俺は、窓の外を流れる、幾何学的な庭園を見つめた。

美しく、しかし息苦しいその景色。

俺は、この完璧な庭に、風穴を開けてやる。

農民の意地と、知識という武器を使って。


戦いの火蓋は、静かに、しかし確実に切って落とされた。


【現在の所持ポイント:11,189pt】


【読者へのメッセージ】

第104話、お読みいただきありがとうございました!

王国の支配者、宰相オルコとの思想的対立を描きました。

彼の「管理こそ正義」という考えと、ルークスの「自立と生命力」という考え。

相容れない二つの正義がぶつかり合い、ついに決定的な決裂を迎えました。

「オルコの威圧感、怖い…」「ルークスの啖呵、スカッとした!」「石畳の花、いい表現!」など、感想をいただけると嬉しいです。

次回、宰相の報復が始まります。

兵糧攻めという陰湿な攻撃に対し、ルークスはどう立ち向かうのか?

あの「庶民の味」がついに王都に登場します!

評価、ブックマークも引き続きよろしくお願いいたします!

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