第57章: 秘密の世紀
1時間ほどが過ぎ、その間センザイは不気味なほど静かに、ゆっくりと意図的な動作でページをめくり続けた。ヒカルとリナは視線を交わしたが、本が経験しているらしい存在論的危機を処理する時間を与えるため、何も言わなかった。
やがて、センザイは長く大げさなため息をついた。「よし、ようやく理解したようだ」
腕を組んでソファに寝そべっていたアヤミがニヤリと笑った。「遅いわね」
「誰も自由に魔法を使えなくなったのか……神の祝福を受けた者以外は……つまり……何世紀にもわたる魔法の歴史、壮大な呪文や秘術が……消えてしまったのか……」センザイは呟いた。声に出すことで現実味を帯びさせるように。
アヤミは肩をすくめた。「そうね」
センザイは苦悩の声を上げた。「信じられない!私は知識の書だぞ!神秘へのガイドだ!それなのに、こんなに長く封印されていた間に魔法自体が無用の長物になってしまっただと!?」
アヤミは笑った。「皮肉だと思わない?『膨大でほぼ無限の知識』があるくせに、今の世界の基本的な事実さえ知らなかったなんて。大した学者さんね」
「私は……真空パックされて忘れ去られた本棚に何年もいたんだ!どうやって時事問題を追いかければいいんだ!?」センザイはもごもごと言った。
ヒカルがクスリと笑った。「それは酷いな」
リナは首を振った。「『ほぼ無限の知識』も終わりだね」
「お前らはひどい……」センザイはぶつぶつ言った。
センザイはしばらく不明瞭につぶやき続け、ページを机の上の書類を乱暴にシャッフルするようにバサバサと動かした。
アヤミはまだ面白がって、頬杖をついた。「で、偉大なる知恵の書よ、現実を理解したところで今後の計画は?」
「私の計画?」センザイはむっとして言った。「元々は封印を解いてくれるお前たちに貴重な知識を与えるつもりだった。だが今や知識だけでは足りないことがわかった!お前たちは魔法を使わない!この世界は私が知っていたものとは全く違う!」
「使えるよ」ヒカルが平坦に答えた。
「私もね」リナが付け加えた。
アヤミはニヤリと笑った。「さっき私が姿を変えたの、見たでしょ?」
センザイは完全に黙り込んだ。
その夜二度目、彼は自分が非常に愚かだったと感じた。
センザイは長い間黙っていた。ページの動きもほとんど止まり、予期せぬ現実を受け止めるかのようだった。
「待て、待てよ!」やがて彼はもがくように言った。「魔法が消え、神でさえ自由に力を振るえなくなった世界で……お前たち三人がまだ魔法を使えるだと?」
「そういうこと」ヒカルは椅子に深く腰掛けた。
リナは肩をすくめた。「それほど不思議じゃないわ。古い血筋の者の中にはまだ魔法を使う者がいる。ただ神の力が主流になっただけ」
センザイは学者の存在論的危機のような声を上げた。「なぜそんなことが記録に残らない?なぜこの知識は失われた!?私は封印されていただけで死んでない!こんな重要な変化を見逃すなんて!?」
アヤミは彼の苦悩を楽しむように笑った。「思ったより全知じゃないのね」
「私はたかだか数世紀の封印だった!いったい何があったんだ!?」センザイは叫んだ。
「いつ頃から?」リナが尋ねた。
「えっと……二大宗教しかなかった頃?その後新しい宗教が現れて、ある男が預言者を名乗った時代だ」
リナはまばたきした。「……古代の話ね」
「寝過ごしたのか?」ヒカルが眉を上げた。
「いいや、一年前に目覚めたばかりだ」センザイは平然と答えた。
アヤミはにやりとした。「あなたのタイムラインからすると、多分……10万歳くらい?」
センザイは絶望的な声を上げた。「な、何だと!?」
センザイのページがパニックを起こした鳥のように激しく揺れた。「馬鹿げてる!そんな古代の遺物のはずがない!覚えてるはずだ!」
アヤミは腕を組んで後ろに凭れた。「本当に?何万年も封印されて世界が進化したお前が、まだ全てを知っていると?」
「私は全てを知っている!」
リナは冷めた目を向けた。「ここ数千年の出来事を除いてね」
ヒカルは笑った。「面白いよな。長い間閉じ込められて、結局時代遅れってわけ」
「時代遅れ!?」センザイは存在そのものを侮辱されたかのように息を呑んだ。「私は知識の宝庫!知恵の灯台!私は――」
「本だよ」アヤミが結論づけた。
センザイは劇的に呻いた。「これは屈辱だ……」
アヤミは指をテーブルでトントンと叩いた。「核心は――お前は最初から本だったわけじゃないよな?」
「当たり前だ!元は人間だった!言ったろう!」
ヒカルは膝の上に肘をついた。「つまり、人間だったお前がどうして本になった?」
センザイはページをぴくつかせた。「それは……複雑な話だ」
「複雑って?」アヤミが眉を上げた。
本が咳払いするような音を立てた。「簡単に言えば、私は知りすぎた。神々が知られたくないことを研究した。結果、彼らが適切と考える処置を受けた」
リナは眉をひそめた。「知識があるだけで封印された?」
「大まかにはな」センザイは呟いた。「私は古代魔法や失われた歴史、神々の秘密を研究した。力の均衡を変える知識だ。当然、脅威と見なされた」
アヤミは首を傾げた。「だから本に変えられた?」
センザイは深い溜息をついた。「ああ。最悪の運命ではなかった。私を殺す代わり、誰も見つけられない場所に封印した。彼らの計算を誤ったのは、私のしつこさだな」
ヒカルはにやけた。「理由はわかるよ」
「おい!」
アヤミは指をリズミカルに動かした。「で、解放された今はどうする?」
センザイは再びためらった。「私は自由を望む。袋に入れられて運ばれる生活なんて……」
リナは目を細めた。「『自由』って具体的に?封印を解いてほしいの?」
本は一瞬沈黙した。やがて小さな声で答えた。「ああ」
アヤミは腕を組んだ。「残念ながら、私たちには無理ね。新オーナーを紹介するわ。まずこの少年、ヒカル。鏡の世界に入れる能力の持ち主。何でもできるらしいけど、お前を解放できるかは不明」
「多分無理だ」ヒカルは認めた。「心と心の繋がりが必要だから」
「そしてこの少女リナ」アヤミは続けた。「特殊能力は……ドン! 視力が異常に良い。凄腕のスナイパーだけど」
一方、タケミカヅチの神域では、香の匂いと過去の戦いの緊張が漂っていた。武道の神は高台に座し、目を閉じ体は静かだが感覚は研ぎ澄まされていた。彼の領域は規律が支配する静寂で、強者だけが立てる場所。
重い扉が軋んだ。
タケミカヅチは目を開け、わずかに首を向けた。予想外の来訪者。
女が入ってきた。世界がその存在に従うかのような足取り。金色の装飾品が微かに光り、深紅の衣が優雅かつ大胆に翻る。
「イシュタル」
タケミカヅチの声は平静だが、警戒が滲んでいた。「何の用だ?」
愛と戦いの女神は微笑んだ。その奥に鋭い光を宿して。「理由が必要か?昔の知り合いが挨拶に来ただけよ」
タケミカヅチは静かに立ち上がり、彼女を見据えた。「イシュタル……お前の行動にはいつも何か意図がある。それが何なのか話してもらおう」
イシュタルは肩をすくめ、さらに一歩近づいた。「まあ、確かに今日は少し用事があってね。あなたに協力を求めるために来たのよ」
「協力?」タケミカヅチの声には驚きが混じった。「我々の間に協力など必要だったか?」
イシュタルは小さく笑い、手に持っていた扇子を開いた。「状況が変わったのよ。神々の力が制限されている今、私たちは新たな同盟を模索するべき時が来たのかもしれない」
タケミカヅチは眉をひそめた。「神々の力が弱まっていることは承知している。だが、それがなぜお前と協力する理由になる?」
「単純な話よ」イシュタルは扇子で軽く口元を隠しながら言った。「私たちが互いに争うのは無意味だわ。現状を打破するためには、共闘する方が効率的でしょう?」
タケミカヅチは腕組みをして考え込んだ。「具体的には、何を求めている?」
「まずは情報交換だわ」イシュタルは扇子を閉じ、真剣な表情になった。「最近、ある動きを感じている。人間界だけでなく、神々の領域にも影響を与えそうな兆候よ。それを追跡するにはあなたの力を借りたい」
タケミカヅチは目を細めた。「つまり、私の力を貸せと?」
「そうね」イシュタルは頷いた。「そして、その先にある可能性を探るためにも、私たちは手を組むべきよ。どうやら、この世界にはまだ未知の力が眠っているようだし……」
タケミカヅチはしばらく黙り込み、やがて深く息を吐いた。「……分かった。ただし、私は信頼を簡単に与えるつもりはない。行動で示せ」
イシュタルは満足げに微笑んだ。「それなら問題ないわ。最初の一歩として、あなたと共にこの謎を解いてみせる」
二人の神々は互いを見つめ合い、不穏な沈黙が流れた。しかし、それは対立ではなく、新たな始まりを示唆するものだった。
継続すること。




