第三話 成長と名前
その日の朝、シュクアは日の出前に弓を持って立ち上がる。横で寝ていたドラゴンが彼の気配を感じて顔を持ち上げるも、彼は軽くその頭を撫でて落ち着かせた。
「狩りに行ってくるから、ここにいるんだぞ。義父さんや義兄さんには見つからないようにするんだぞ」
言葉が理解できるのはわからないが、ドラゴンは知的な目をシュクアへと向けるとゆっくりと立ち上がって寝具の下へと潜り込んでいく。
不思議と彼の意図は伝わっているような気がして一つ胸を撫で下ろすと、シュクアは刀を寝具の下にいるドラゴンの横に置いて家を出る。
先んずに目指すのは先日の神殿遺跡。昨日は持ち替えきれなかった鹿を持って帰ることと、凍えるような寒さの中で思考するのはドラゴンの卵のことだ。
何かそこに手がかりが残っていればとシュクアは森を抜けて、山の奥へと入っていく。
間もなく先日巨大な遺跡の所までたどり着くと、その中へと足を踏み入れていく。刀を置いてきたのは失敗だったかとも思ったが、幸いとしてそれは杞憂に終わる。
「やっぱり、何もないか」
巨大な遺跡の中にも周囲にも手がかりらしきものは見当たらず、諦めて鹿の一匹を持って帰ることにした。
──そろそろ他の生き物に目をつけられる頃か……
今日まで鹿肉に他の生き物が集っている様子がないことを不思議に思いながら、周囲を警戒するように視線を走らせる。
前世の記憶が蘇ったことで身体の扱い方が向上し、ものの見方も変わった。長く狩人として森の中を歩き回ったシュクアでも、思わず舌を巻くような技術を前世の自分は持っていたようだ。
より音を立てずに、より体力を使わない歩法があった。重たい物を持つ時の注意点や最適な体の使い方、そのどれもあの黒い悪魔から学んだことだが恵まれた今世の肉体を合わせて昨日までとはまるで別人のように動ける。
「驚いたな」
巨大な鹿を背負っていながらまるで苦もなく山を下っていける。周囲の気配にはより敏感になっていて、いち早く他の野生動物の気配を察知できた。
素早く身を翻して遭遇することは避けて帰路に着く。
「おおっ! 今日も狩りに行っていたのか?」
間もなく家が見えてくると義兄が手を振って迎えてくれる。そんな彼はシュクアの背負う鹿を見て、思わず目を見開いた。
「随分とデカい獲物を取ったものだ。よく背負ってここまで来れたな」
シュクアから鹿を受け取り、危うく取り落としそうになりながら義兄が言う。単純な体躯だけを言うのなら彼の方が恵まれているが、それでも身体の正しい使い方が分からなければ鹿一つも持ち上がらない。
「帰ったかシュクア」
その時、遅れて義父が合流する。相変わらず鋭い視線を浴びて思わず言葉に詰まるシュクアだが、それを知ってか知らずか義父は特に何も言うことなく義兄から鹿を取り上げると代わりに背負って家に戻る。
「さっさと家に入ろうぜ。朝飯が出来てるんだ」
義父に力負けしたと思ったのだろう。一瞬肩を落とした義兄はすぐに気を取り直すと、シュクアの背中を叩いて朝食に招く。
「…………しかし、連日狩りに出かけるとは珍しいな」
鹿を物置に置いてきた義父がシュクアへとそう言う。
「昨日話したでしょう? 森の中に巨大な遺跡が現れて、群れが丸ごと一つ死んでいたんだ。今朝改めて何もないか確認するついでに、残っていた鹿を取ってきただけだよ」
「気持ちはわかるが、ああ言うところにはあまり近付かぬことだ。せめてもう少し時間が経ってからにするべきだったな」
なんとなく叱られた気分になって気落ちするシュクアへと、尚も義父は言い募る。
「魔法に関することに関して、ワシらはあまりにも脆い。何かあってからでは遅いのだ」
彼の言うことは尤もだ。返す言葉もなく、俯くシュクアに義兄が気にするなと、肩を叩いて励ましてくれる。
「まぁ、これで当分は肉に困らないだろう。季節も季節だし、適切に処理すれば暫くは保存も効く」
頷き、三人は黙々と食事を摂っていく。そうして二人は畑へ、シュクアは狩道具を置きにいくと言って部屋に戻った。
「戻ったぞ」
そう言うと寝具の下から、白いドラゴンが顔を出す。そんな彼の前に膝をつくとシュクアは懐に忍ばせていた肉を取り出し、手頃な大きさに切って与えていく。
やはり生まれたばかりで食べ盛りなのか、ドラゴンは前回の食事から数時間しか経っていないと言うのに次々に肉を平らげていく。
そんなドラゴンを見て、昨日は気がつくなかっことに目が止まる。昨夜は暗くて分からなかったが、どうやらドラゴンの前足は四つあるようだった。
腰から出た強靭な後ろ足から離れ、腹部を跨いで胸の部分で前後左右に並ぶようにした二対四本のしなやかな前足。六本の足と四枚ある翼、その骨格というか身体の作りは昆虫にも似て見える。
「夕方、畑仕事が終わったら出かけようと思うんだが……」
今更、そんなことは考えても仕方ないとそうドラゴンに声をかける。無論、彼が言葉を理解出来ないのは知っているが、そんなこと分かった上で夕方、ドラゴンを連れて家を飛び出す。
生き物の気配や視線に敏感になり、さらに気配を消す技術も向上した今、家族の目を盗んで家を出ることなど造作もない。
「さて、と……」
抱えたドラゴンを置いてシュクアは巨大な木を見上げるようにして顔を上げた。
「遊んできてもいいが、目の届くところにいろよ?」
足元にいるドラゴンにそう声をかけると、早速作業に取り掛かる。ドラゴンをこのまま家に住ませておくのは流石にリスクが高すぎると、考えに考えた結果、家から離れた場所に彼の為の住処を作ることにした。
ドラゴンが自力で身を守れるまでに成長するまでの間、野生動物から身を隠すために犬小屋改めて龍の小屋は木の上に作ることにしたのだ。
今朝のうちに下見をして、家から遠くも近くもない丁度いい距離にあるこの大樹にすることにしたのだ。軽く道具を広げると、早速家から持ってきた材木を使って組み立て始める。
今はドラゴンの体躯は大きく無いため、必要な素材もそう多く無い。まずは簡単に作って、またドラゴンが成長してきたら少しずつ材木を集めて大きく作り直せばいい。
そう考えると木を登るとあまり高過ぎず、かとって地上の生物からは到底届かない高さまで登っていく。あまり高過ぎても毎日登るのが面倒だと、そんなことを思いながらも少し高めの位置に小屋を設置するようにおく。
あとは釘やロープで小屋が動かないように固めればいいだろう。唯一心配の残る問題は猿など木の上の機動力に優れた動物だが、自然界ではリスクなど数えきれない。
そんなのもを一つ一つ潰そうなどと思えばキリが無いし、何よりも理想を体現するのには立地も悪いし、足りないものも多い。
「なんだお前、登ってこれるのか?」
いつの間にかシュクアを追ってきたのか、ドラゴンが地上から相当の高さにある木の上まで登ってきていた。
幸い、これでドラゴンが小屋から落ちたあとに戻れなくなると言うことは心配せずとも良くなった。
「あとは、防寒用に何が必要か?」
ここの土地は年中通して気温が低い。冬は当然として、夏季でも涼しく夜間に至っては夏場でも長袖が必要になるほどだ。
念の為にと取ってきたボロ布を取りに一度地上に取り戻ると、再び木を登って小屋を覗き込む。シュクアが下に戻っている間、一足に先に小屋の中に入って、その出来栄えを評価するドラゴン。
まだ完成はしていないと、小屋から彼を引き摺り出し、そこへボロ布を敷いていく。
「さぁ、新しいお家が出来たぞ」
六本の足を器用に使って枝から枝へと渡り歩くドラゴンへとそう声をかければ、彼は興味深そうに小屋の方へと近づいてくる。
先程はいつの間にか中へ入っていたと言うのに、今回はやたらと慎重に小屋の周囲を回って警戒しているように見えた。
数度周囲を周り、何度か小屋の匂いを嗅いだ後にようやく自分から中へと入っていく。それを確認して、シュクアは懐から干し肉を取り出して小屋の中へと入れていく。
「毎朝と夕方に会いくる。それまで大人しくしているんだぞ」
小屋から顔を出して相変わらず知的な目をシュクアへと向けるドラゴン。そんなドラゴンへと彼は伝わるように、繰り返し同じ言葉を投げかける。
ここにいれば安全だと言うこと、朝と夕方に会いに来るといいこと、そして他の生き物には気をつけること。
それは日が暮れるまで教え込むように言い続けた。幸いなことに、ドラゴンはシュクアが思うよりも知能が高いのか、その言葉に従って彼が帰る頃には大人しく小屋の中に身を隠していた。
その日の夜、ドラゴンのことと前世の記憶のことがあって寝付けずにいた。──いや、寧ろドラゴンが他の動物の餌食になっていたのなら、それまでだったと逆に諦めが付くだろう。
前世の記憶が戻った今、悪魔の言葉の意味を考える時間も欲しかった。契約のこともあるし、ドラゴンに構っている時間もない。
この世界ではドラゴンは神格化されるほどの生き物だ。魔法が存在して、魔物が存在して、ファンタジー小説で出てくるような亜人もいる。
そんな中でやはりと言うべきか、ドラゴンは絶対的な存在だ。この世界に存在ありとあらゆる種族に於いて、彼等は最強の生物として君臨している。
「……でも、それも昔の話しだったか……」
百年近く年前か、彼もよく調べなかった記憶が朧げだが昔の戦争でドラゴン達は絶滅寸前にまで追い込まれた。厳密にはこの国やその周辺でのみの話で、他の大陸に行けばまだまだドラゴンは残っているとも聞く。
兎にも角にもドラゴンというのもはそれだけ強大な存在であって、そして貴重な存在である。今でこそ個体数は少ないが、この帝国にもそれなりには生息している。
「だが……」
この国いるドラゴンはその全てが帝国の管理下にある。どうやって最強の龍族を、数が少ないとはいえ弱小種の人間が支配下に置けているのは分からない。
そしてもう一つ大切なこと。──それは一部、ドラゴンと絆を結んだ人族がいるということ。今でも一定数存在して、ドラゴンと絆な結んだ者達は竜騎兵や竜騎士とも呼ばれるような存在になる。
ドラゴン自体が神格化されるほどの存在であり、そんな彼等に見初められた者もまた一線を画す存在になる。
大昔、ドラゴンの個体数が多かったころは無論、それに倣って竜騎兵も多く存在していたと言う。
──まぁ、今では残った竜騎兵も帝国の僕だが……
恐らくもうこの国には野生のドラゴンというものが存在していないのだろう。残っているドラゴンはどれも人間の相棒を持ち、その人間もまた帝国の支配下にある。
扱い切れない力であればいっそ滅ぼしてしまえばいいと、昔の人間はそう思ったのだろうか。だからこそ、言うことを聞くドラゴンだけを少数残した可能性もある。
ドラゴンという最強の手駒があれば国を支配するのは容易い。誰も彼等と好き好んで戦いとは思わないし、ドラゴンの力を借りている国と戦争しようとま思わない。
「…………しかし、分からないなぁ」
それでも、どうしてもドラゴンが国の側に付くのだろうか。何か彼等にメリットがあるのか、それともパートナーの人間が帝国に協力せざるを得ない理由があって……ある意味で人質を取られている状態なのだろうか。
考えても仕方ないことを永遠と思考して、そうしているうちにいつの間にか寝てしまったのか。ふと目を覚ました時には、既に日の出前だ。
いつも通り狩りに行くように見せかけて、今日はドラゴンの元へと足を運ぶ。いくつかの干し肉を持って大樹へと近づき、周囲を警戒するが近くに生き物の気配はない。
一刻も早くドラゴンの無事を確認したいと、シュクアは素早く木を登ると小屋の中を覗き込む。暗く狭い小屋の中で、白いドラゴンが面倒くさそうにこちらを見るのがわかる。
「悪い、起こしてしまったな。そのお詫びと言ったらなんだが、餌を持ってきたんだ」
干し肉を小屋の中へと入れてやれば、まだそれほど食欲がないのか、あるいは眠たいだけなのかドラゴンは再び目を閉じると規則的な呼吸を繰り返す。
これ以上睡眠の邪魔をしては悪いと思い、木を降りようとしたシュクアを……しかし、背後から聞こえた声が止める。
反射的に振り返れば小屋から出て枝に止まるドラゴンが、何か言いたげなめでこちらを見下ろしてくるではないか。
何か不満があるのか、シュクアは疑問を投げ返すように視線を向けた。
「…………わかった。もう少し残っているよ」
何となく帰らないで欲しいと言われているような気がして、そう言い返せばドラゴンは満足したように小屋の家に座って干し肉を食べ始める。
シュクアもまた太い木の枝に腰掛けると、そんなドラゴンの様子を眺めて待つ。
間もなくドラゴンが食事を終えた頃、ふと見上げた空は既に明るくなっていた。もうそろそろ帰らないと行けない……そうドラゴンに伝えるが、彼は不満そうに唸るだけだ。
明日は仕事も休みで一日一緒にいられると伝え、また夕方会いに来ると言ってどうにか宥める。そうしているうちに日は完全に登って、ドラゴンの方も渋々引き下がるように小屋の中へと戻っていった。
そうしてシュクアの生活の中に、その日常にドラゴンが加わった。何よりも驚かされたのがドラゴンの成長速度だろう。
数日もしないうちに小屋には入りきらなくなり、念の為にと数日かけて家でこっそり作っていた大型の箱を持って来るも、既にそれも無意味だと気づいて肩を落とす。
「驚いたな」
そうこうしているうちに、ドラゴンの大きさはシュクアを超えてしまった。二週間もせずにそんな大きさになったことに驚きながら、ここでは流石に家が近すぎると引越しをすることにした。
無論、いまさら隠れ家など作れるはずもなく引越しというよりは落ち合う場所を変えたと言う程度だ。頭から尻尾までの身長を合わせれば既にシュクアを越していて、いつの間にか一人で飛べるようになっていて気が付ければ彼が餌を持っていく必要もなくっていた。
いや、むしろその巨大に必要な餌を用意できなくなったと言うべきだろう。
「全く、どうしたものか」
シュクアの愚痴も、やはりドラゴンにはイマイチ伝わっていないのか彼は首を傾げるだけだ。
「お前のことだぞ」
まるで他人事のようなドラゴンにそう言ってやるも、やはりよく分かっていない様子で低く唸るだけだ。
「まぁ、いいさ。それに、お前がもっと大きくなれば狩りも楽だろうな」
今ではドラゴンも自力で獲物を捕まえられるようになっている。無論、餌場は人間の目の届かないいわつく付きの山奥でするように言いつけてあるが、それにしても大きくなったものだとシュクアは改めてドラゴンを上から下まで眺める。
もし可能なら、シュクアやその家族の為に仕留めた獲物を分けて貰えるようなれば相当楽だろう。シュクアの場合、昼間は農作業もある為、基本的に狩猟に割ける時間が少ない。
その点、ドラゴンは一日狩りをすることも可能だし、彼と違って人間が必要とする肉はそこまで多くない。
数日に一度、多めに獲物を仕留めて貰ってその一部を頂ければシュクアもかなり楽になる。
「あるいは、もっと大きくなればお前の背中に乗って狩りもできるかもな」
いつも義兄がやってくれるようにドラゴンの肩をぽんぽんと叩き、その時改めて彼の身体をまじまじと見遣る。
白い体毛が全身を覆っているドラゴンを見て、不思議そうに首を傾げる。普通、ドラゴンといえば表面は鱗で覆われていたそうなものだが、この白いドラゴンは厚い皮膚の上を白い体毛に覆われているのだ。
「ちょっとよく見せてくれ」
ふと興味を引かれてドラゴンの毛を掻き分けるようにして皮膚を見遣る。これもまた白い肌を持っていて、触れて見るがやはり人間のそれとは比べ物にならないほど皮膚は厚い。
加えて何度か押し込むようにして確かめたところ、どうやら皮膚の下に外骨格があるのだろう。あるいは甲殻とも言うべきか、硬い鎧のようなものが感じられた。
背中に腕を這わせてみればやはり背骨もある様子で、それは脊椎動物に加えて、昆虫などの甲殻類の外骨格を合わせたような構造をしている可能性が高い。
構造的にはより頑丈になるのだろうが、空を飛ぶ上では体重が増えるような構造でいいのかと疑問に思うら、
あるいはとシュクアが目をやるのは巨大な翼で、鳥などと比較しても身体に対して異様に巨大な翼が、その巨大な身体を浮かすのに貢献しているのかも知れない。
「ほんと、不思議な作りをしているよな」
六本の足と四本の翼、甲殻に外骨格といい、もし前世の世界にドラゴンがいたら昆虫にも近しい分類に入れられていたのだろうか。
「おいっ! やめろって」
そんな失礼なことを考えていたからだろうか。ドラゴンが彼の身体を押しやるようにして、思わず尻餅をついたシュクアが文句を言う。
「言葉はわからないくせに、こう言うことは敏感なんだな」
これは以前から気がついていたことだが、どうやらドラゴンは直接人間の頭に干渉することができるようだ。
最初こそは、こいつ直接脳内に……とやったものだが、生憎と言葉のわからないドラゴンが言葉を話すはずもなく、伝わってきたのは言葉ではなく映像やら感情などの情報だった。
どうやらドラゴンと彼の間にある繋がりは、それぞれが考えていることや感じていることも伝心するようで、シュクアがドラゴンに対して昆虫みたいだと思えば彼は当然のように怒る。
「別にお前を貶してるわけじゃないって。ただ不思議に思っただけで──」
尻を叩いて立ち上がるシュクアを、尚も責めるような目で見るドラゴンに言い訳する。無論、シュクアも決してドラゴンを貶すような意味を持って、彼を昆虫に近いなどと考えたわけではない。
「別に怒ってはいない」
つらつらと言い訳を重ねるシュクアが思わず、その言葉を切る。金縛りにあったように固まって、ただただ無言でドラゴンを見つめた返した。
「どうしたの? 間抜けなトカゲのように固まって。尻尾を切ることも忘れた爬虫類のように、酷い顔。それじゃ捕食者も呆れる」
「お前、話せたのか? しかも口が悪いな!」
口が動いてる様子はなく、どこから声を発してているかわからない。──いや、そんなことはどうでもいい。
「冗談。ただ少し脅かして見ようと思っただけで、貴方が想像以上の反応だったから揶揄ってみたくなった」
「いつから言葉が分かっていたんだ?」
シュクアの問いかけにドラゴンは少し考えるように小首を傾げて、少ししてから答える。
「生まれてから数日後。貴方の記憶から言葉を学ばせて持ったけど……貴方が随分と沢山の言語を持っているから、習得に時間がかかった」
前世、ここではない世界にいた彼は自国の言語は勿論として、必要に応じて様々な国の言語を習得していた。
悪魔の手伝いもあって色々な言語の習得に成功したが、生憎とこちらの世界は役に立たない長物だ。
「それに貴方に前世があるなんて、非常に興味深い」
「俺の記憶を勝手に弄ったのか?」
「貴方がちゃんとコントロールしてくれないから。絆を結ぶと様々な記憶がなだれ込んできて、それを抑えるのに苦労した」
「それは、悪かったな」
言われてみればドラゴンから記憶が流れて込んでくることはちょくちょくあった。しかし彼が言うのとは違って、ドラゴンからシュクアへと流れ込む記憶は少ない。
「それは生まれて間もないから」
「ああ、なるほど……」
シュクアの疑問をいち早く感じ取ったドラゴンが先んじて質問に答える。言われてみればドラゴンは生まれて一ヶ月ほどなのに対して、シュクアは前世と合わせれば数十年はくだらない。
生きてきた年月がないほど記憶が増えると考えれば、ドラゴンの言うことは正しいだろう。
「しかし言葉が理解出来るってことは、お前達ドラゴンは人間と同等以上の知能があるのか?」
「そんなこと、聞かれてもわからない」
それもそのはずで、ドラゴンの持つ知識は真っさらに近い。シュクアの記憶や知識から言語を習得したにせよ、彼はドラゴンに関する知識が乏しいし、ドラゴン自身も本能以外で自分の種族を知る手段を知らない。
「しかし、人間の子供が言葉を話せるようにのに一年ぐらいかかると考えれば、一ヶ月足らずで習得出来るのなら……いや、肉体の成長速度を考えれば、ただ発達が早いだけとも考えられるか」
どちらにせよ考えても拉致の開かないことだ。それに答えがわかったところで対して役にも立たないだろうと、シュクアは改めてドラゴンへと向き直る。
「改めて自己紹介をしておく?」
「必要か?」
ドラゴンの提案に思わずそう聞き返すが、彼は流石に瞬きをするだけだ。
「知っての通り、俺の名前はエンシュクア。長いからみんなからはシュクアと呼ばれている」
「そう」
向こうから提案したくせにドラゴンの反応は素っ気ないものだった。思わずムッとしたシュクアがドラゴンに自己紹介を求めようとして、すぐに気がつく。
「そういえばお前、名前とかあるのか?」
「一ヶ月もあって名前を付けてないの?」
気まずい沈黙が流れる。一ヶ月もあればペットに名前を付けるだろうと、彼の前世の常識が言う。
恐らくドラゴンもそこから持ってきた切り返しなのだろうが、彼のチョイスした言葉は見事にシュクアの図星をつく。
「ドラゴンは人間に飼われるような愛玩動物とは違う。貴方がさっき言った通り、我々には人と同等以上の知能がある。それを忘れて下に見るようでは、対等な関係は気付けない」
「別にペットなんて言ってないだろう」
どうやらドラゴンはペットと思われることはお気に召さないらしい。それに彼の言うことは尤もで、会話が成立する相手を上にも下にも見るようでは、その両者間に対等な関係を築くことはできない。
「名前は……まぁ、なんとか考えてみるから時間をくれないか?」
「別に構わないし、気にする必要もない」
そう言ってどうにかこの件は保留にしてもらうことにした。
──はぁ、先んずはこれを解決しないとな……
流石に酷いことをしてしまった実感あって、その日は珍しい肩を落として帰路についた。




