第二話 白い石の秘密
日も登り切った頃、漸く村の外れにある家が見えて来た。そんな中、農具を片手に立っていた男がシュクアの姿に気がつくと笑みを浮かべて駆け寄ってくる。
「これはこれは、偉大な狩人エンシュクア様のお帰りだ。今日はどんな獲物を仕留めたんだ」
男はわざとらしく大袈裟に振る舞ってシュクアの期間を喜ぶ。側から見ればシュクアが抱える獲物を見て上機嫌になったように見えるが、生憎と彼が狩りに失敗したとしても同じようなテンションだ。
──いや、失敗した時の方が酷い。肩を組むようにして散々揶揄われるのだからな。
「今日はちゃんと仕留めて来たよ、義兄さん」
「へぇ、それじゃ今日の煽り文句は次の機会に取っておくか」
ぽんぽんと肩を叩いてシュクアの持つ獲物を覗き込む義兄のレーン。しかし次の瞬間、義兄の目が光る。
「おいおい、こいつは随分と立派な獲物じゃないか」
シュクアの持つ鹿を見て嬉しそうに彼の肩を叩く義兄。そんな彼へと笑いかけると、シュクアは鹿を見せびらかすように義兄に見せつけた。
「しかし、どうやって仕留めたんだ? 傷一つないじゃないか」
「ああ、それは……」
目ざとい義兄に感心して、シュクアは隠すことでもないだろうと石のことは省いて説明する。
「一体何だと思う?」
「考えられる可能性は一つだけだ」
傷一つなく死に至った鹿を見て義兄が言う。
「多分、魔法によるものだろうな」
「やっぱり、義兄さんもそう思う?」
普通に暮らしていたら忘れがちだが、この世界には魔法が存在している。少なくとも村の人間に魔法を扱える者はおらず、他を探しても魔術師などそうそういるものではない。
「一体、誰が何の目的で?」
「さぁ、な……でも、あそこの森はいろんな噂が絶えない。俺的には、お前がこの鹿みたいにならなかっただけで儲けものだぞ」
確かにそう言われて見れば彼が鹿の代わりになっていた可能性はなくもない。
「とにかく、お前が無事でよかった。次からあの森に行く時は、もっと気をつけることだ」
義兄の言葉に頷けば、彼は遠くで畑作業をする中年の男に手を振った。
「お~い、父さん!! シュクアの奴が大物を捕まえたぞ!!」
中年の男はその言葉を受けて顔を上げ、そうして鬱陶しそうにてを振る。狩猟道具を片して早く農作業を手伝えと態度で示す義父に、シュクアと義兄は苦笑いして二人並んで家の中へと戻っていく。
「なぁ、それは何だ?」
狩人装束を脱いでいたころ、不意にレーンに言われてシュクアも思い出したように言う。
「ああ、これ」
今の今までシュクアも身体の一部のように感じていて、刀の存在を思わず忘れていた。前世ではよく刀を持ち歩いていたのか、これが腰にあったようが妙に落ち着く気がするのだ。
「武具屋で見つけて、安く売ってくれたんだ」
「ちょっといいか?」
義兄の言葉に頷き、刀を腰から外すとそれを義兄へと手渡す。手に持った刀を重さを確認するようにして少し、次にその柄に手をかけると無造花に刀を引き抜く。
「片刃で刀身が反っていて、何だか変わった剣だな」
「刀って言うんだ。鉄を溶かすんじゃなくて、鍛えて造られている」
怪訝そうに刀を見遣る義兄にそう説明してやるも、やはりよく分かっていない様子だ。軽く振るって見て、しかしどうにも合わないのか首を傾げると刀を鞘に納めて返された。
「使い難いな」
「刀は両手で振るんだ」
片手で振るっていた義兄にそう言えば、彼はどこか腑に落ちない様子で聞き返す。
「盾は持たないのか?」
「持たない」
「どうさてお前がそんなことを知っているんだ?」
「それは……」
言われてみれば刀の扱い方を知っている者などいるはずもない。東の国に行ければ話しは違うが、まともに剣を振ったこともない男が何を言ってるのだろうか。
「おい、いつまでサボってるんだ」
流石に時間をかけ過ぎたのか、痺れを切らした義父が二人を呼びに来た。そんな彼の険しい視線がシュクアが持つ刀へと向けられて、その顔が露骨に不機嫌になったように見えた。
「剣なんて隠しておけ。帝国の兵士に見つかれば徴兵として連れていかれるぞ」
言葉は強いが愛情深い男であることは知っている。妻を亡くしてもなお、義兄や養子のシュクアのことを男手一つでここまで育ててくれたのだ。
それをこんなくだらないことで、徴兵として連れて行かれるなどあってはならないだろう。恩人から息子を奪うようなことをした日には合わせる顔もあるまい。
「ごめん、すぐ行くよ」
言われた通り自身の寝具の下に刀を滑り込ませると、農機具のいくつかを持って外へと飛び出していく。
その日の夜、寝る前に再び例の石を取り出すともう一度よく見てみることした。軽く振って何も反応がないことを確認すると地面に置いて、ナイフの峰のところで叩いてみる。
その時、音に違和感を感じて石を寝具の腕に移動させてもう一度叩く。明らかに音に違和感があることに気がつき、今度は耳を近づけてもう一度叩いて見た。
「中は、空洞か?」
更に二、三度石を叩く。音の響き方からして間違いなく中は空洞化になっているだろう。初めて石を持ち上げた時、少しばかり軽いような気がしたのはきっと気のせいではなかった。
しかし残念ながら道具もなければ、技術もないシュクアにはこれ以上のことは分からず仕舞いだ。もう一度最後に軽く振ってみて中から音がしないことを確認すると、諦めて寝具の横に石を置いて床につく。
──その夜だった。音が聞こえる。
規則的にも聞こえるし不規則にも聞こえる。素早く起き上がると弓に手を伸ばし、矢を背負い……遅れて思い出したのように寝具の下に手を伸ばすと刀を取り出した。
──気配はしない……
──魔物ではないか……
それに響く音は異様に小さい。響いて聞こえるから大きく感じたが、どうやら部屋の中からそれは聞こえてくるようだ。
よもすれば鼠かとも考えられたが、それにしては音に違和感がある。何かが割れるような、とても小動物が動き回るような音には聞こえない。
夜の闇に目を凝らして弓を下ろすと反対の手にナイフを掴む。ゆっくりと音の正体を確認するようにそちらへと目を向けて、注意深く見遣る。
すり足で動くシュクアの爪先に固い物が当たる。見下ろし手に掴み上げたのは先日拾った石で……直後、再び音が響く。
石を振りかぶり、音の正体が姿を見せた瞬間にソレの頭にこの石をぶつけてやらんと待つ。しかし次に音がなった時、それは足元からではなく頭上からした。
──まさか……
恐る恐る振りかぶった石を下ろし、耳をすませてみれば時折り石の中から先程と同じ音が響いてくる。中が空洞になっていることは分かっていたが、まさか夜な夜なこんな音がなるとは思わんだ。
こんなことで毎晩眠りを妨げられると考えただけでうんざりする。みるからに貴重な宝石にも見え、高値で売れるかもしれないが、こんな得体の知れない物から音が響くのなら山に捨ててくることも考えなくてはならない。
──取り敢えず今日は我慢するしかないか……
部屋の外に置いてくると言う選択もあるが、義兄や義父の睡眠を邪魔するわけにもいない。それに魔法に関係する代物なら危険極まりないだろう。
出来ることなら一旦外に置いてくることも考えたが、そうこう思考しているうちに石から音が聞こえなくなる。
──まぁ、また明日考えればいいか……
もう一度寝具の横に置くと、今度は刀をすぐ手の届く位置に置いて眠りにつく。──そうして間もなくだ。夢現にあるシュクアを再び同じ音が起こした。
素早く刀を手に取り、ナイフの鞘を払って起き上がる。ジロリと見下ろした先では石が揺れ、時折り転がっているのだ。
ナイフを左手に持ち帰ると、素早く鞘を払って刀を抜き放つ。揺れる石に切先を合わせて、ゆっくりと寝具から降りると出口を背にして立つ。
いざとなればこのまま踵を返して部屋から飛び出し、義父と義兄を連れて逃げ出す算段だ。その前にシュクアが抑え込めればいいのだが、魔法の類なら知識も技術もない彼ではどうしようもない。
揺れが収まったから取り敢えず家の外にでも埋めるか。そうしてまた明日にでも山に捨てに行こう。
そう決めるとジッと目を離さず石を睨め付け続ける。──あるいは、手に持った刀が本当に妖刀というのなら石を相手にも効果があるんじゃないか。
そう思い出すと、ナイフを放り両手で刀を握りしめる。何故だか扱い方はすぐに分かり、ゆっくりと振り被った。
覚悟を決め、無造作に刀を振り下ろす。音も置き去りにするような一刀が宙を切る音を小さく鳴らし……再び石が大きく揺れ、転がる。狙いを外した刀が石の楕円の先を掠めて地面を切り裂いた。
石の一部を切り落として刀が止まり、シュクアが目を鋭くする。僅かに切り落とすことには成功したが、生憎と中の空洞にすら至らないようだ。
「チッ……」
舌打ちをしてもう一度刀を振りかぶり、今度こそ真っ二つにしてくれる。そう内心で息巻いて腕に力を込めた直後、切り落とした部分から何かが突き出した。
ピタリと動きを止めて、興味深くそれを見下ろす。切り裂かれた場所から亀裂が広がり、飛び出したソレが動き出すと穴は広がって破片が溢れ始める。
そうして少し、石やそこから飛び出した中身の一部が動きを止める。刀を振り下ろすべきか迷うシュクアな眼前、今一度大きく揺れると切り飛ばされた場所を中心に石が大きく割れた。
刀を振り下ろすどころではないと大きく跳びのき、それと同時に暗がりの中に一つの姿を見た。砕けた石の中から滑り出たのは細長い体を持つ生き物。
身体に巻き付いた粘膜をそのままに、二対四枚の翼を広げて地面に投げ出されたソレは、ゆっくりと長い首を動かして小さな頭をシュクアの方へと向ける。
「まさか、そんな……」
それは前世では幻の存在として有名な伝説。そしてこちらの世界に於いても噂程度に聞いた超常的存在。
──目を疑うような光景でありながらも決して見た違うはずもない。月明かりの中、シュクアの視界に映るソレは白いドラゴンだった。
以前として刀の切先をドラゴンへと向けたまま立ち尽くすシュクア。そんな彼をドラゴンは興味深そうに見遣り、そうしてゆっくりと四肢に力を入れて立ち上がろうとする。
二、三度失敗して転ぶとその度に小さな奇声を上げる。しかし間もなく地力で立ち上がったドラゴンが、ゆっくりと部屋の中を歩き出す。
──どうする……?
石をも切り飛ばしたこの刀なら幼龍ぐらい殺すことは造作もないだろう。しかし何故だか、ドラゴンを傷つけることに躊躇いが生じる。
確かに石、改めて卵に刀を振り下ろしはしたが彼はもともといたずらに生き物を傷つけることは嫌う性分だ。
危険だと分かれば、必要だと感じれば躊躇うことはないが果たして今のドラゴンが危険と言えるだろうか。──一般的にその答えは是であるだろう。今は違くとも、成体になれば手もつけられない猛獣と化す。
その時、ドラゴンは彼の言うことを聞いてはくれるだろうか。そもそもとして、そんなドラゴンを家に置いておくことを家族は許すだろうか。
様々な疑念が脳裏をよぎり、結論を付けてしまえば今の場でドラゴンを殺してしまう方が最も簡単な解決方法だ。
前世でも育てた猛獣に飼い主が食われてしまったと言う事件は複数例ある。まさかドラゴンが例外だとは思わないだろう。
「クソ……」
部屋の中を歩き疲れたのか、あるいは腹が減っているのか、座り込んだドラゴンが弱々しく鳴く。そんな姿を見てしまえば良心が痛まない訳もなく、シュクアは刀を下ろすとドラゴンの前に跪く。
「腹が減っているのか?」
ドラゴンは知的な目を向けるだけで、シュクアの質問の意図を理解できない様子だ。しかし殆どの生き物は生まれて間もなく何かしら口にするだろう。
そう思い立つとシュクアは部屋を出て食料を探し出す。昨日捕まえた鹿の肉が余っていたと考えると、それを小さく切り取ろとして……またしても悪態をつく。
腰に下げていたナイフの鞘には何も入っておらず、また部屋に戻らなくてはないかと思った時、不意に右手に握られている刀が視界に映る。
下手に家を動き回って二人を起こしてしまう方が面倒だと、致し方なしに刀で肉を取るとそれを部屋に持ち帰る。
「お待たせ」
言葉は理解できていないと分かっていても、一応は呼びかけてみる。そうすればいつの間にか寝具の上に移動していたドラゴンがこちらへと目を向けた。
「ミルクはなかったんだ」
いきなり肉など食えるかわからないが、必要なら細切れにして柔らかくしてもいい。どちらにせよない物ねだりなど出来ないと、シュクアはナイフで更に肉を小さく切り取るとそれをドラゴンの口元へと近づける。
「ほら、食えよ」
一つ、肉片を口に咥えてるとそれを軽々飲み込む。食事の心配は杞憂に終わったのだと胸を撫で下ろしていると、ドラゴンは次をせがむような彼の手を鼻先でつつく。
──その直後、両者の間に静電気が走った。厳密には静電気に似た何かを感じたと同時、ドラゴンとの間に何かの繋がりが出来たと感じた。
「──っ!?」
ドラゴンは一瞬驚いたように飛び退いたが、それ以上にシュクアは肉もナイフも取り落として息が詰まったように顔を青ざめさせる。
──思い出した……
ドラゴンとの繋がりも静電気のような刺激も……それどころか、今までの人生が全て思考から消え失せてしまうような衝撃。
脳裏を駆け抜ける無数の記憶と激情の数々。それは前世に於ける誓いの証で、忘れていたことが一瞬の間に脳へと流れ込んできた。
──妹を殺した人殺し……
──黒い悪魔との契約……
──血で血を洗った日……
──苦痛に溺れた記憶……
「そうだ、俺は……」
手に持つ刀を見下ろして、そうしてあの頃の記憶が蘇る。復讐の炎に身を心も焼かれた日々、手に持つ刀は常に血で濡れていた。
「……俺は、誰だ?」
驚くほど鮮明に前世の記憶は蘇ったというのに自分の名前すらもわからない。震える手で刀に映る自身の顔を見遣れば、そこに映るのは悪夢の中に見た悪魔そのものだった。
──我が眷属となり、復讐と救済の燃え尽きるまで抗え……
耳鳴りの中で頭の中に響くのはあの時、悪魔が口にした言葉。彼の復讐は終わっていないと、煉獄の中で焼かれる苦痛に抗うことを宿命付けられ瞬間。
しかしこちらの世界で前世との繋がりを感じたことはない。──否、思い出そうとも頭が痛くなって思うように記憶を掘り起こせない。
「…………」
その時だ、ふと耳に響くか細い声が消える。音を辿った視線を下せば、寝具の上に立つドラゴンが心配そうにこちらを見上げていた。
「ああ、ごめん。腹が減ってるよな」
取り落とした肉を拾い上げ、それを小さく千切ると再びドラゴンの口元へと運ぶ。色々と考えなくてはいけないことは増えてしまったが、先んずはこの幼龍を育てることに専念しよう。




